もぐれ!モグリール治療院 第26話「渚にたたずむトントロト」
「どうせなら海の方に向かわないか? 大きな祭りがあるらしいんだ」
私があれこれ名を轟かせている間に、積み荷運びの仕事をしていた子分のガルムが合流した途端にそんなことを言い出した。そうかそうか、ガルムは祭りに飢えているのか。彼は元々奴隷だった身、祭りを満喫できたことないだろうし、祭りでしか味わえないやたら濃い味付けの屋台料理なんて食べたことが無いのだろう。
なんて不憫な奴なんだ。よし、ここはひとつ、このヤミーちゃんが可哀想なガルム君に祭りの楽しみ方を教えてあげようじゃないか。
「いいね、ガルム。うちのメンバーっぽさが染みついてきたね!」
「いや、遊びに行くわけじゃないぞ。その祭りにドラゴンが来るらしいって噂を聞いたんだ」
はぁ? 祭りで遊ばない奴なんて、国によっては死刑にされてもおかしくない重罪だっていうのに……って、ドラゴン!? ドラゴンが来るの!?
ガルムが積み荷運びで一緒になった沖仲仕の連中から聞いた話だと、川を下って海まで出た辺りの集落では毎年この時期に豊漁を願うお祭りが開かれていて、そこにドラゴンが呼ばれているのだという。
ドラゴンはこのオルム・ドラカの頂点に君臨する生物で、仮にドラゴンに気に入られてしまえばこの国での生活や行動に大きな利益がある。ドラゴンのお墨付きともなれば、色んな町でも大手を振って動けるし、各地の領主や竜戦士たちからの協力だって取り付けられる。
「モグリールって奴の目的は不明なんだろ? 最悪の場合、ドラゴンと敵対する可能性もあるわけだ……前もって自分たちはドラゴンとは敵対しないって理解してもらえたら、俺たちの命だけは助けてもらえるかもしれない」
さすがガルム、生き意地が汚いというか生き残るために全力というか、見たこともない仲間の命と自分たちの安全だったら迷わず後者を選ぶ。裏切りと人間不信に満ちた奴隷の世界で生きてきたガルムからすれば、それは当然の考えだ。
「それに、もしモグリールの目的にドラゴンの協力が必要なら、前もってドラゴンと合っておく価値はあるだろ」
考えようによってはそうともいえる。モグリールが敵対するとも限らないのだ。であるならばやはりドラゴンと会う価値は十分にある。
「あれ? 私とドラゴンが揉める可能性は考えないんだね?」
「そこまで馬鹿だとは思ってねえよ」
……ん? だったら、ちょっとは馬鹿だと思ってるってこと?
◆❖◇❖◆
カルフ兄ちゃんの治めている町、最強ビョルン王国から川船に乗って下流へ5日ほどの河口付近、川と海流とが混じり合う地点にある小さな漁村集落ウイベルベイの村。オルム・ドラカの海岸線にはこれくらいの集落は幾つもあるけど、この村のすぐ沖は海流の境界があるらしくて、運が良ければ大量の魚の群れや、その群れを狙う大魚とも遭遇できる。
だったら発展しそうなものだけど、オルム・ドラカは雨期になると天気がめちゃくちゃ荒れるそうで、年に数回は村を根こそぎ破壊しちゃうような鉄砲水に襲われる。なので最低限の設備だけ作っておいて、ほとんどの猟師は近くの漁師町や港町なんかに住んでるみたい。
だったら祭りもそっちでやればいいのに、って思うけど、祭りの間は豊漁祈願の踊りなんかも舞うので、必然的に一番獲物を獲れそうなウイベルベイで行われるのだとか。
「で、ドラゴンはどこ?」
まずは何事も腹ごしらえから、屋台の海鮮焼きを食べながら会場を見渡してみても、ドラゴンらしき生き物は見当たらない。いるのはリザードマンの漁師たちと、上半身が人間で下半身が魚の姿をした人魚と呼ばれる生き物たち、あとは祭りでひと稼ぎしようとやってきたゴブリンやオークたち。
上半身も魚っぽさが強い村長らしきおじさん人魚はいるけど、ドラゴンがいるならもっとひれ伏したり土下座したりしそうなもの。なんせこの国の頂点で、神のように信仰する者も仕える戦士も山のようにいる存在だ。もしこの場にいたら、こんなほのぼのとした雰囲気ではないと思う。
「ねえ、アディラ。そもそもドラゴンってどんなの?」
「さあな。私たちコルッカ族はドラゴン信仰者じゃないからな、見たこともない」
「そうなの?」
「私たちは籠りがちなくせに渡りの種族だからな。誰が王だとか誰が支配者だとか、そんな面倒事とは自然と距離を取っておきたいんだよ」
なるほど。でも少なくともドラゴンが従わない種族は滅ぼすとか、そういう類の生き物ではないことはわかった。よくよく考えたら、戦争してたフィアレアド王国にしても禁域に踏み込んだ冒険者たちへの攻撃も適当なところで切り上げて、地の果てまで追い詰めて絶滅させるまではしてないわけだし。
「ヤミー、始まる、踊り。珍しい、興味深い」
海鮮焼きそばを頬張りながら、ルチが唐突に始まった踊りに目を向ける。
岩場を叩く白波の向こうで、円錐のような形をして赤や黄色のひらひらを無数に垂らした頭部に、魚の絵が描かれたひらひらした服を纏った人影が舞う。頭部を覆うひらひらの隙間からは無数の目玉が覗き、あの頭部がそういう形なのか帽子や兜みたいなものなのかはわからない。わからないけど、いい感じに不気味さとかわいさが釣り合ってると思う。帽子だったらちょっと被ってみたい。
踊り手は真っ白い三角形のひらひらした紙に血を垂らしたような円を描いたものを手にして、のらりくらりとゆったりと舞い続けている。
「ソリャ、トントロトー、トントロト! ヤァ、トントロトントロ、トントロトントロ! エイヤー、ソリャサノ、ヨイ!」
舞いながら呪文のような言葉を発していて、呪文が一区切りついたところで、奇妙な生き物が足元に伸びる影から湧いて出てくる。
上半分が魚をそのまま地面に立たせたような雑な姿をして、顔はそのまま普通に鮫、本来エラがある部分で顔を90度に曲げて、二股に別れた尾びれで人間のように立っている、そんな冗談みたいな生き物だ。
ぬるっと飛び出た鱗に覆われた腕が生えていて、先端の大小の2本指で剣や槍のようなものを抱えていて、鮫というよりは半魚人、もっというと半鮫人。
ちなみに鳴き声はフカッフカッで、声は低くて野太い。
「なにあれ!? なにあの生き物!?」
「人間、鮫、気になる、味……!」
私とルチは珍しい生き物に目を釘付けにする。ガルムとアディラは、え、こいつら食べるつもりなのか、って目を向けてくるけど、ギリギリ食べ物な見た目してるんだから味は気になるでしょ。むしろ私は味よりもどのくらい強いのかとか、そっちの方が気になるけど。
次々と現れるフカフカ……とりあえずフカフカと呼ぶことにした生き物を眺めていると、フカフカたちはぺたしぺたしと独特の足音を立てて歩きながら、海岸線をなぞるように海の前に並んでいく。
「お嬢ちゃんたち、祭りは初めてかい? あれはフカフカといってね、この祭りを平和に終わらせるための警備員みたいなものなんだ。ところでおかわりはいるかい?」
「もちろん。海鮮焼きふたり分」
海鮮焼き屋台のオークのおじさんによると、あの生き物はフカフカという召喚獣。祭りを邪魔しに来るサハギンを追い払うために呼び出されて、フカッフカッと勇敢に戦ってくれる。血肉が大好きで知能はほとんどない。残念ながら味の方は、強烈なおしっこ臭で食べられたもんじゃないらしい。
「残念、代わり、生贄」
ルチがフカフカたちを見る目を食材から生贄へと変える。悪いことした人間の皮は剥いでいいけど、フカフカたちはむしろ善寄りの生き物だからやめておこうね、かわいそうだから。
「キシャアアアアアアア!」
「縄張り寄越せええええ!」
海の向こうからやってきたサハギンたちは、人魚たちと違って人間みたいに二本の足で歩き回り、頭の天辺から爪先までびっしりと鱗に覆われている。フカフカのようなかわいげもなければ、人魚たちの持つ絵になりそうな魅力もない、獰猛で凶暴そうな印象がまず飛び込んでくる。
サハギンはドラゴンに従うを良しとしない海域の民で、元々の凶暴で粗暴な振る舞いもあって、長らく人魚や漁師たちと敵対している。結構前にドラゴンから声を掛けられたけど、先に人魚たちがドラゴンへの忠誠を誓ったこともあって、敵の親玉くらいの認識でいるのだとか。
ちなみにドラゴンは寛大な生き物なので、従わない程度では滅ぼしたりせず、喧嘩はほどほどにねって忠告するくらいで許しているらしい。
「ブッシャアアアア!」
「フカッ! フカッ!」
サハギンの一団とフカフカたちが互いの武器で斬りつけ合っている。大きめの喧嘩というよりちょっとした抗争、小さめの戦争と呼んだ方がよさそうな光景だけど、毎年のことらしく、みんな酔っ払いながら適当にはやし立てながら見物している。
「私たちも加勢した方がいいのかな?」
「やめとけやめとけ。私たちは人魚でも漁師でもないし、サハギンと敵対する理由もない。祭りの客ですよーって顔して、なるべく関わらないのがお利口だ」
「同感だな。敵はなるべく少ない方がいい、あ、海鮮焼きこっちにもひとつ」
アディラとガルムが海鮮焼きを頬張りながら忠告してくる。確かにここでフカフカたちに加勢する理由はないし、もしかしたら横槍を入れるのは彼らの誇りを傷つける行為かもしれない。
いや、でもなあ、せっかく目の前で戦闘が起きてるのに参加しないのも、血のたぎりが勿体ないというか……んん!? なにあれ、あのでっかいの!?
サハギンの一団とフカフカが争っている海岸の向こう、そんなに遠くない沖合に巨大な生物が現れた。ずんぐりした肉の塊に槍のような角が生えた怪物で、少なくとも人間の15倍、20倍、いやもっとありそう。とにかく巨大な、怪魚とも鮫とも違う生き物が現れて、移動しては高波を起こしている。
「クジラだー! クジラが出たぞー!」
「うおおおお! 今年は遊んで暮らせるぞー!」
その巨体を見つけるや否や、さっきまで呑気に酔っぱらっていた漁師たちが槍を手に海へと走り出し、人魚たちも銛を手に握って海に飛び込み、さっきまで争っていたフカフカとサハギンたちも巨体に向けて突撃していく。
なるほど、どうやらあの巨大なクジラとかいう生き物を倒した者が、この祭りで一番えらいとか強いとか、そういうのになるのか。だったらこのヤミーちゃんの出番、私が一番強くてかわいいのだ、そのクジラは私の物だ!
「うおおおおりゃあー!」
私は円月輪とナイフを手に駆け出して、沖合のクジラめがけて走り出した。
ところで私というかノルドヘイムの戦士は、ナイフ1本で熊を狩れる強さを持っている。その強さは海の上でも発揮されて、故郷近くの海では戦士をやめて海賊や漁師になる人も多い。人食いザメやでっかいカニにだって後れを取らない、それがノルド戦士の実力だ。その強さは疑う余地が無いし、私も自分の強さには絶対の自信を持っている。
とはいえだ。いくら強いといっても、山とか海とか雪崩とか自然そのものを相手に倒してやろうと考えたことはない。自然はただそこにある障害物で、戦いを挑む対象ではないのだ。そういう意味では、目の前の巨大なクジラは自然そのものに近い存在だ。大きさはちょっとした小高い丘だし、泳ぐ度に大きく揺れる海面は地震に等しく、斬りつけた感触は岸壁そのものだ。
「全然手応えが無い!」
渾身の力で振るった円月輪が走った場所には、かろうじて筋のような跡がついただけで、血がじわりとも滲む気配すら見えない。漁師たちが投げる銛も上手く突き刺さりはするものの、相手の皮膚が分厚過ぎるのかせいぜい小さなトゲが刺さった程度の効果しか無さそう。
「休むな! 銛が無くなるまで投げちまえ!」
「気をつけろ! なんか来るぞ!」
クジラが振り回した角に巻き込まれて、漁師たちが船ごと吹き飛ばされて宙を舞い、そのまま海の中へと放り込まれていく。まさに怪物、それも規格外の化け物だ。
「みんな離れろ! ヘレポリスが行くぞー!」
相手が規格外の怪物なら、陸の上から攻城兵器で攻めてしまえばいい。人よりも大きな、槍のような矢を放つバリスタ、それを幾つも連ねて大量の矢を飛ばすヘレポリスを持ち出して、クジラめがけて雨のように降らせる。矢の後ろには鎖が繋がっていて、ヘレポリス本体には碇を巻き取るような機械が取りつけてある。たぶん商船の碇を改造したものだと思うけど、これを使ってクジラを陸の上まで引き上げてしまおうって算段みたい。
「引っ張れ! 陸の上に上げちまえばクジラだろうが何だろうが……って、うええぇぇー!?」
「冗談だろ! ふざけんなよ!」
クジラを曳く漁師たちから驚きと怒りの声が沸き起こる。それもそのはず、私たちが今の今まで相手にしていたクジラは、もっと巨大な怪物の餌でしかなくて、それこそ小島程度の大きさがありそうな怪物が海の上から姿を現したのだ。全身に海藻のように見えなくもない、常に動き続ける海流を纏って、海面から覗く胴体と二本の腕は剛腕と呼べるくらい力強くて太い。いや、そもそも常識外れな大きさをしてるんだけど。
怪物が地鳴りのような音を発しながら腕を動かすと、集落をそのまま押し壊すような津波が襲い、怪物はそのままクジラを引っ張るヘレポリスを叩き壊して、大地を響かせながら大海原へと帰っていった。
後に残るのは無残に破壊された集落と怪物が削り取った大地の傷跡。そして漁師たちの心に刻みつけた無力感。
「えー……」
私としてもがっかりだ。強い憤りと落胆が鉛のように肩と背中に乗りかかる。この悔しさはもう誰かしら血祭りにでもしないと治まらない。サハギンでもフカフカでもいいから、とにかく誰かぶん殴りたい!
「ありゃあ海坊主だな。30年に1回くらい現れるんだ、災害みたいなもんだから仕方ねえ」
「まあ、こんな日もあるさ。お嬢ちゃんも頑張ってたのになー」
「そうだ。お嬢ちゃん、冒険者なんだろ。見どころあるから若いの何人か連れてったらいいや」
「ほらほら、元気出して。焼き魚でも食べなさい」
歯軋りしながら悔しがっていると、漁師のおじさんたちが次々と焼き魚とか煮魚とかエールなんかを奢ってくれた。よし、許そう、このおじさんたちに免じて許してやろう。怒りは文字通り水に流して、温かい料理を口に運ぶ。旨い、しょっぱい、おかわり!
「あーあ、こういう時こそドラゴン様がいてくれたらなあ」
「ドラゴン様、まだ来てねえなあ。どうせ迷子にでもなってんだろ」
「しょうがねえなあ、ドラゴン様は」
そうだよ、ドラゴンは? お祭りにドラゴン来るんじゃないの? どうなってんの?
めちゃくちゃになってもお祭りはそのまま続き、結局その日は夜になるまでドラゴンらしき生き物は現れなかったのだった。その代わりサメとか大きな魚とか、そういうのはいっぱい寄ってきて、私たちはその度に魚を獲っては食べて、食べては獲りで大忙しだったけど、それはまたドラゴンとは別のお話。
▶▶▶「支配者は通り雨のように訪れる」
≪NPC紹介≫
シットロート
種 族:種族不明(男、年齢不明)
クラス:サモナー(レベル30)
能力値 28 3 11 7 12 9 9 8 9 9 3↑2↓3(歩兵)
成長率 40 10 30 30 30 30 30 30 30 30
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:E
探索:D 魔道:B 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:B
【装備】
装備なし
【スキル】
【個人】豊漁祈願(モンスターを召喚する度にHPを20%回復)
【召喚】フカ召喚陣(フカフカを召喚する、召喚数1、上限4体)
【召喚】拡大魔法陣(同時召喚数+2)
【召喚】呼び出す者(同時召喚数+2、上限+1)
【??】
【??】
【サモナー】(NPC専用)
モンスターを召喚する魔道士。高位の者になると複数体を同時に呼び出せる。
能力値 HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
基本値 16 1 5 1 6 3 3 2 3 - 3↑2↓3(歩兵)
スキル 〇〇召喚陣(○○系のモンスターを召喚する、召喚数1、上限4体)
拡大魔法陣(同時召喚数+2)
呼び出す者(同時召喚数+2、上限+1)
邪教の碩学(召喚モンスターのレベルを術者と同レベルに引き上げる)
魔の呼び声(召喚したモンスターを消費して、同系の上位モンスターを召喚する)