もぐれ!モグリール治療院 第24話「強き者の王国」

故郷の兄姉の中で一番私を溺愛していたのは3番目の兄だった。私の兄姉はみんな下の弟妹に対して、砂糖たっぷりのお菓子よりもベタベタに甘い性格をしているけど、その中でもカルフ兄ちゃんの甘さはそれはもうすさまじいものがある。私がまだ3歳か4歳の頃、うっかりしてた私を庇って熊の一撃を受けて、額から頬にかけて大きな傷を負いながらも、妹が怯えてるだろっていう、え、そっちなのって理由で熊に怒って、そのままその日の夕食に変えてしまい、おまけに血塗れなのに満面の笑顔を浮かべてみせたり、とにかくすごいのだ。
ある日ふと戦士の血が騒いだのか、俺より強い奴に遭いに行くと言い出してノルドヘイムから旅立ち、年に何回かは顔を見せに戻ってきて、成長した私にデレデレになりながら冒険話を聞かせてきて、おまけに狩った熊肉だと釣った魚とか、骨で作った首飾りとか腕輪とか、そういったお土産も忘れずに用意していた。そんな素敵な兄がカルフ兄ちゃんである。

ここオルム・ドラカの樹海の奥の集落にいると噂のビョルンセルク。どうせだったらカルフ兄ちゃんだったらいいな、私のこれまでの冒険譚を聞かせてあげたいし、私の手柄を小さなものから大きなものまで、余すことなく褒めちぎってくれると思うから。
「ヤミー、兄姉仲良し、甘い、きっと」
ルチは以前ピリラ姉ちゃんに会ったことがあり、馬肉をおなかいっぱいごちそうになってるけど、カルフ兄ちゃんに会ったら、きっとびっくりするだろう。なんせピリラ姉ちゃんよりも強くて、輪をかけて私に甘いのだ。今度は食べきれないくらいの熊肉とか出てくるかもしれない。そうなったら干し肉をいっぱい作っておこう。
「でも、そいつもヤミーちゃんと似たような感じなんだよな? いきなり殴りかかってきたり、いきなり斧をぶん投げてきたり、そういうこと無いよな?」
子分のガルムが不安そうに、あれこれと心配し始める。私の子分に勝手にそんなことしないと思うけど、うちの兄たちの溺愛ぶりはそれはもうすごいので、ちょっとわからない。
「前に、もし私が夫になる男を連れてきたら俺より強いか試してやる、とは言ってたけど、ガルムはそういうのじゃなくて単なる子分だから大丈夫だよ」
「誤解されないように頼むぜ」
そうならないように努力はしてみるけど、死んだら死んだでその時だ。ちゃんと墓を作って、きれいな花と高いお酒をお供えしてあげよう。

「こいつの命はどうでもいいとして、そのカルフってのは本当に強いんだろうな?」
道案内を買って出てくれたコルッカ族のアディラが、念を押すように確かめてくる。コルッカ族は女だけの種族で、旅先で子種を貰ってくる。どうせなら強い男の種が欲しいってことで私たちに同行していて、もちろん狙いはこの先にいるビョルンセルクだ。
「ビョルンセルクがカルフ兄ちゃんなら間違いなく強いし、もし私の家族とは別のノルドヘイムの戦士でも、きっとすごく強いよ」
ノルドヘイムも広い。私の家族以外の集落の人たちはあまり知らないけど、最低でもナイフ1本で熊や狼を狩る力と知恵を持っていて、きっちりその狩りをやり遂げて生き残っているのだ。もちろん強いに決まってる。私より強いかはさておき。
「なんせナイフ1本で熊を狩れるからね。最低でも私くらいの強さだと思う」
「そいつはすごいな。いい種が貰えそうだ」
いや、それはちょっとわかんないけど。

「……っと、着いたぞ。ここが噂のビョルンセルクの居場所って話だ」
アディラが見上げた先にあるのは、森の中によくこんなもの作ったなって感心しちゃうような石造りの砦で、さらにその周りをぐるっと巨人のような高さの石壁で囲んでいる。ちょっとした集落ならすっぽり収まりそうな大きさで、もしかしたらもっと広いかもしれないけど、これを寝床代わりにしているとしたら贅沢だなあって思う。
「……! ……!」
耳を澄ませると中から野太い男たちの叫び声というか掛け声というか、鬨の声というか、とにかくそんな音が漏れ聞こえてくる。
「……い! おい! おい! おい!」
祭りかなにかやってるのかな? 声はなんとなく楽しそうで、声の他にも太鼓のような音とか手を叩くような音も流れてくる。

「よし、とにかく入ってみよう」

お祭りをやっているのなら猪串とか売ってるかもしれない。ちょうどおなかも空いてきたし、私は砦の中に足を踏み入れた。


◆❖◇❖◆


「おい! おい! おい! おい!」

獅子とか虎とかサイの頭をした獣人たちが、太鼓の音に合わせて両手を突き上げる。ぐるっと壁沿いに並ぶ彼らが眺めているのは、一言でいうと熱だ。圧倒的な強さは熱を生みだすっていうけど、まさに熱狂とでもいうべき激闘が繰り広げられていた。
森の中に現われた石壁の中は、家畜小屋みたいな建物が10くらいと、巨大な円形の砦がひとつ建っていて、砦の中は吹き抜けの闘技場みたいになっていた。壁沿いに見物用の通路が走り、中心にはまさに血みどろになって戦っているふたりの男。
片方は牛のような角のついた兜を被った太り気味の男で、強そうなハンマーを振り回している。なかなかの腕利きと見たけど、いかんせん相手が悪すぎる。力強いはずのハンマーは軽々と弾き返されて、そのままバランスを崩されて至近距離まで踏み込まれ、角と腕を掴まれて動きを封じられる。そのまま膝を蹴り砕かれて転がされたところに強烈な拳打が何発も降り注いで、顔の形があっという間に別人のように変わっていった。
よく見ると端っこの方にはすでに倒された男たちが何人も転がっていて、どうやらこの角男が最後の相手みたい。一際鈍い音を轟かせて、鼻っ柱を窪まされた角男が力なく地面に転がる。

「……少しはやる奴だったけど、全然だったな。これじゃ歯応えが無さすぎ……って」
勝利した男は真っ黒い熊の毛皮を纏っていて、退屈そうに息を吐き出しながら一緒に不満も吐き捨てた。背丈は私より少し高いくらいだけど、毛皮の上からでもわかるくらい手足も胸板もがっちりと鍛え上げていて、腹筋なんて岩のようにゴツゴツと割れている。顔にはぎょろりとした鋭い目と、額から頬にかけて刻まれた大きな古傷、その下には猪くらいならそのまま噛みついて食べちゃいそうな口。
私のよく知る兄姉の顔。そう、間違いなくカルフ兄ちゃんだ。
「もしかしてヤミーか……? いいや、間違いない! その世界一かわいい顔は俺の妹のヤミーだ! どうしたどうした、ちょっと見ない間にこんなにでっかくなって! ん? その毛皮、もしかして雪の女王か? そうか、ヤミーも立派なノルドヘイムの戦士になっちまったか!」
カルフ兄ちゃんは私を軽々と持ち上げて、まあ私は全然小柄だし実際に軽いんだけど、その辺の子犬でも抱きかかえるみたいに持ち上げて、しっかり返り血が残る頬をぐりぐりと押し付けてきた。
「で、なんでオルム・ドラカなんかにいるんだ?」
「うん。実はね……」

私はここまでの道中をしっかりと聞かせてあげた。
ノルドヘイムの外に出たこと、ルチたちを仲間にしたこと、冒険者になったこと、モグリールたちと禁域に向かう約束をしたこと、奴隷を助けたこと、フィアレアド王国ではぐれたこと、オルム・ドラカに来たこと、合流するために名を上げる必要があること。一番重要なその節々で輝く私の活躍ぶりも。
カルフ兄ちゃんは兄ちゃんで、これまでのことを自慢気に語ってくれた。ノルドヘイムを旅立ち、私とは全く別のルートでオルム・ドラカに辿り着いた兄は、この地で獣人たちと出会う度に力試しをして片っ端から子分にしていった。この砦の中にいる獣人たちや獣はみんな子分で、10年前にフィアレアドの軍隊が侵攻してきた時には、彼らを守るために森の中で待ち受けて、何十人もの敵を葬ってみせた。そしてドラゴンから英雄と認められて、今は挑んでくる猛者たちと戦ったり子分たちと酒盛りをしたリ、毎日を楽しく過ごしている。

「え? お兄ちゃんドラゴンと会ったことあるの!?」
「もちろんだ。俺ほどの猛者にもなると、ドラゴンだって自分から会いに来るってことだな!」
ガハハハッと豪快に笑うカルフ兄ちゃんに、ルチとガルムがこの妹にしてこの兄あり、とでも言いたげな目を向けている。アディラはこの男の子種なら貰う価値ありとでも思たのか、なんとなくもじもじとしながら話に割って入ろうと私たちの呼吸を読んでいる。
子種の話をしてあげてもいいけど、そんなことよりドラゴンの話だ。
ドラゴン。ここオルム・ドラカの頂点に君臨する生物で、人間とは桁違いの破壊力を持っている。禁域と接する人間の領地、禁域に踏み入った数多くの冒険者たち、フィアレアドの大地に刻まれた大穴、信じられない規模の破壊はドラゴンがもたらしたのだとか。

「ねえ、ドラゴンってどんな生き物なの?」
「うーん、そうだなあ……ドラゴンなあ……」
カルフ兄ちゃんは両手をひらひらさせながら、脇の辺りから真っ直ぐ突き出してみたり、鼻の下辺りで横に振ってみたり、なんとなくこれくらいの大きさだぞと身振り手振りで伝えようとする。
え? ドラゴンってちっちゃいの? 私くらいの大きさなの?
「うまく説明できないな。そのうち見れるだろうから楽しみにしとけ」
そう言って説明を諦めて、そんなことよりと転がっている男たちにポーションや蘇生薬を浴びせた。どうやら命までは取るつもりはないみたいで、酷い顔になってはいるものの、男たちも傷を押さえながら息を吹き返していく。
「よし、お前ら今日から俺の子分だ! 俺の国でしっかりと働けよ!」
どうやら労働力にでもするつもりみたいだけど、国? カルフ兄ちゃん、もしかしてこの闘技場を国だと思ってるの? 悪いけどせいぜい小さめの集落だよ?

「そうだ! ヤミーも俺の国を見ていけ、きっとびっくりするぞ! 子分共も遠慮するな、妹の子分は俺の子分みたいなもんだからな!」
カルフ兄ちゃんは闘技場の奥の分厚い鉄の扉を軽々と押し開けて、その先に拡がる広大な街並みを見せつけた。
私たちが最初に見た石壁、あれは町の門みたいなもので、闘技場の奥、入り口から見たら崖下に位置する開拓地にはスルークハウゼン程ではないけどそれなりの町が拡がっていた。さすがに国と呼ぶには小さいけど、町と呼ぶには十分な大きさで、領地と呼んでもおかしくない面積と規模がある。
「はっはっはぁ! どうだ、これが俺の治める国、力と自由と腕力と武力の国、最強ビョルン王国だ!」
命名はちょっと馬鹿みたいだけど、これを治めてるならもう立派な領主だ。そういえば故郷に帰ってきた時に国がどうとか言ってたような気がするけど、このことだったんだ。私を喜ばせようと盛ってんだなって話半分に聞き流してたけど、まさか本当に領地を持ってたなんて!

……ん? 領主なのにそんな頻繁にノルドヘイムに帰ってもいいの? お飾りなの? いるだけ領主なの?


◆❖◇❖◆


「……こんな便利な道具があるなんて!?」
「便利! 欲しい、戻る、楽!」
「信じられないな、フィアレアドにはこんなもんなかったぞ」
「オルム・ドラカにだって滅多にないぞ。それこそドラゴン様の側近レベルじゃないと」
「そうだろそうだろ、すごいだろ。これが俺がドラゴンから貰った魔法の道具だ」

カルフ兄ちゃんの家というか屋敷というか基地というか、とにかく頑丈さに全てを費やしたような色気も飾り気もない建物に招待された私たちは、唯一いい感じの装飾が施された門のような道具を目の当たりにした。ポータルと呼ばれる門みたいなものは、他の土地に設置したポータル同士で繋がっていて、最強ビョルン王国からノルドヘイムにある狂獣公ボスヴァルの祠まで一瞬で移動させてくれる。残念ながら持ち主にしか反応しないみたいで、私たちをノルドヘイムまで連れて行ってはくれないけど、カルフ兄ちゃんが持ってるんだから私だって貰える可能性はある。
その時はぜひ、ノルドヘイムとかスルークハウゼンとか、ピョルカハイム保護区のルチの部族のところとか、色んな場所を繋げてしまおう。そして神出鬼没な世界各地で愛されるかわいいヤミーちゃんとして君臨してやるのだ。

「これ、どういう原理なんだ?」
「不明。外、理解」
「だろ? 俺にもさっぱりわからんが、おかげで里帰りも楽だから考えないようにしてる」
ドラゴンの魔法は私もさっぱりわからない。そもそも魔法にはちっとも詳しくないんだけど、ドラゴンが人間の国の魔道士とは比較にならないような魔法や技術を持っているのはわかる。冒険者たちが禁域から持ち帰った永遠に消えない炎やドラゴンの盾、あっちで権力の象徴みたいになってる代物も、もしかしたらドラゴンからしたらほんの些細な玩具程度の道具でしかないのかもしれない。
よし、間違っても喧嘩を売るような真似だけはしないでおこう。どうせなら仲良くなりたいよね、ぺこぺこ頭を下げたり、靴の裏を舐めたり、四つん這いになって上に座らせたり、そんな風に媚びるつもりはまったくないけど。
「もうわかってると思うけど、ドラゴンとだけは敵対しちゃダメだぞ」
「わかってるよ」
「ヤミーは賢い子だからわかってるだろうけど、そのモグリールって奴らは大丈夫なのか? さすがの俺もヤミー以外は助けないぞ」
ってことは、ドラゴン相手でも私は助けてくれるんだ。ほんとに甘いなあ、カルフ兄ちゃんは。

でもモグリールたち、ちょっと心配だな。モグリールの目的もいまいちわからないし、慎重なヤーブロッコやでっぷりたちはともかく、無駄に血の気の多いのがふたりほどいるし。カストリとシケモクのことだけど。
最悪の場合、あのふたりは見捨てようかな。ルチの方に目線を向けると、同じことを考えてたのか真面目な顔で黙って親指を立ててみせた。よし、馬鹿は見捨てよう。安らかに眠れ、チンピラコンビ。
「ちなみにお兄ちゃん、一緒に来てくれたりは?」
「俺も忙しいからなあ。闘技場で戦ったり、闘技場で挑まれたり、闘技場で子分を集めたり……あと闘技場でお祭りをやったり、まあとにかく忙しいんだ」
「闘技場ってさっきの?」
「そうだぞ。俺は王様でもあるけど、闘技場の人気戦士でもあるのだ。なんせ一番強いからな! 一番強いってことは一番人気があるってことで、ということは一番出番が多くて忙しいんだ」
さらに詳しく聞くと、カルフ兄ちゃんの主な仕事は外から攻めてきた敵をやっつけること。ちなみに元々この町は他に領主がいて、そいつを倒して町を乗っ取ったらしい。なので町が欲しければ挑んで来ればいいし、自分を倒せるほどの戦士になら町を奪われても仕方ないと豪語してる。
その代わり、負けたら子分になるか死ぬかしか選択肢はなく、生かして返すこともしない。さっき倒れていた男たちも町を乗っ取ろうとした挑戦者で、適度にボコボコにされて子分になった。きっとこの先、この町の戦士として生きていくのだろう。

「とはいえ、兄としては妹には無事でいて欲しいし……よし、なんか考えてたら腹が減ってきたから、しばらくこの町に泊っていけ! 今日は食べるぞー。ヤミー、熊と鹿と馬と猪と羊と山羊、どれがいい? どれでも好きなだけ食べていいぞ!」
カルフ兄ちゃんはグギュルルルルと獣の咆哮のようにおなかを鳴らし、そのまま森へと向かっていった。
しばらく待っていると体よりもずっと大きな熊を担いで戻ってきて、これじゃ足りないよなとさらに2頭3頭仕留めてきたのだった。熊が美味しかったのはわざわざ語るまでもない。だって熊だし。


▶▶▶「力自慢たちと月熊の騎士」


≪NPC紹介≫
剛腕のカルフ
種 族:人間(男、28歳)
クラス:ビョルンセルク(レベル48)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 61 29  5 29 17 33 21 38 10 15  4↑2↓3(水上) 
成長率 70 35 10 45 30 40 25 35 15 20

【技能】
短剣:C 剣術:E 槍術:E 斧鎚:B 弓術:E 体術:A
探索:B 魔道:E 回復:E 重装:C 馬術:D 学術:D

【装備】
ベアナックル 威力40(10+30)
熊の毛皮   必殺+10

【スキル】
【個人】熊退治の勇者(熊の毛皮装備時、腕力+2)
【基本】腕力+2
【下級】ウォークライ(1ターンの間、自身と隣接ユニットの腕力+2)
【中級】獣の一撃・爪(通常攻撃に確定でノックバックを追加)
【奥義】狂獣公ボスヴァルの罪禍(HPが1になる代わりに威力×2、確定必殺の近接物理攻撃)
【奥義】開拓公エルベの剛撃(周囲7マスに威力=腕力の地震攻撃、建造物破壊効果)

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