もぐれ!モグリール治療院 第16話「ボロは着てても心は錦」
「着いたよ、ここがタンタモルラ。フィアレアド王国の北端の町さ」
タンタモルラの町並みは、見たところスルークハウゼンのスラム街とあまり変わりないけど、決定的に違う点があるとすれば窓という窓が板で塞がれて、バラックにありがちな壁の穴や隙間もきっちり塞がれて、中が見えないようになってること。もちろん中から外を見ることも出来ないと思う。もしかしたらちっちゃい覗き穴とかあるかもしれないけど。
案内をしてくれてる踊り子のロマによると、この町は南北で楽園と貧民街とに分けられていて、貧民街の住民はものすごく自由を制限されているのだとか。例えば裕福な街へは立ち入れないとか、そもそも出歩ける範囲が決まってるとか、外出していい時間もそうだし、食べるものも仕事も選べないらしい。窓に打ち付けられた板は、部屋に光を入れてはいけないという制限であると同時に、窓際にいて戯れに銃で撃たれないための守るでもあるのだとか。
一方で楽園と呼ばれる富裕層の街では、溢れるように食べ物やお酒があって、一定の労働の義務さえ果たせばあとは何をしても自由。食っちゃ寝して過ごすもよし、気に入った者同士で交尾に浸るもよし、貧民街の住人を戯れに撃ってもよし、麻薬に溺れてもよし、なにもかも自由なのだとか。よくこんな街が成り立つなって思うけど、タンタモルラ近隣には巨大な農園があって、そこで育った特殊な植物がフィアレアド中で大人気の麻薬に変わる。その収益で楽園は成り立ってるらしい。
フィアレアド王国、中々にえげつない国だな。とりあえず偉そうな奴がいたら、戯れに手足の骨でも折ってやろう。
「ヤミーちゃん、俺とヤーブロッコは救貧院を探して情報を集めてくる」
「私は交易商人でも当たってみるとしよう」
モグリールとヤーブロッコは貧民街で、クアック・サルバーは裕福な街の入り口辺りで情報を集めるみたい。さすがに町にゴブリンやサイクロプスは入れないから、人間以外のみんなは言葉の片言なルチや標準語の話せない部族連合と一緒に、町の外でお留守番。
「ちゅーわけで、お嬢は俺らと一緒にお散歩じゃのう」
「羽振りのええボケがおったら、しばいたろうやんけ」
私はひとりで気ままにうろうろしたかったんだけど、スルークハウゼンとは様子が違うってことで、うちのチンピラコンビのカストリとシケモクを連れてくことになった。このふたり、素行と性格と手癖の悪さと態度と図々しさは最悪だけど、戦力に関してはうちのパーティーでも指折り、特に腕っ節は私と並ぶくらいに強い。護衛としてはもってこいなのかもしれない、全体的にアレだけど。
「顔が生意気なんじゃい!」
「睨み利かせんな、カス!」
不安は秒で的中した。私たちは貧民街の中でも比較的まともそうな区画で、武器屋か酒場でも探そうってことになったんだけど、向こうから歩いてきたゴロツキみたいな連中と目が合った瞬間にこれだ。
ぶん殴られて倒れた人から聞き出したんだけど、タンタモルラの貧民街は荒れに荒れていて、おまけに衛兵のひとりも配備されていないから、彼ら自警団が常に巡回している。それで、普段見かけない怪しい奴とか危なそうな奴がいたら、声を掛けたり捕まえたりするんだけど、私たちは普段見かけない上に見るからに危険そうなのがふたりもいるし、ついでに肩で風を切りながら堂々と歩いてるってことで……こうなっちゃった。
「おいおい、雑魚のくせに金も持ってへんやんけ」
「気が利かんのう。お前らは金か経験値になるのがお約束じゃろがい」
自警団が蹴飛ばされて宙を舞った。フィアレアド人も真っ青な暴君ぶりだ、元気があってよろしい。
「これなら楽園とかいうとこで遊んでた方がマシやないか?」
「ちょっと行ってみようかのう」
カストリとシケモクが通りを外れて、北側の建物が途切れて雑草だらけの空き地に踏み込んだ瞬間、ドンドンと轟音を響かせて楽園側から砲弾が何発も飛んできた。狙って放たれたわけではないので、そうそう当たるものでもないけど、砲弾は1発1発が警戒しなきゃいけない破壊力で、頭の上を飛び越えて後ろに控えるバラックを容赦なく粉砕した。さらに銃声が次々とこだまして、数に任せてむやみやたらに撃ってくるのだ。
ロマから戯れに撃たれるとは聞いてたけど、ここまで来ると戯れではなく侵略に近い。同じ町同士で馬鹿じゃないのかなと呆れるけど、今は呆れるより先に逃げるのが先だ。
頭に血が上ったカストリとシケモクを引っ張って、私たちは通りの奥へと逃げ込んだ。
「ぬがぁーっ! 誰に向かって弾いとんじゃい、ボケ共が!」
「やったろうやんけ! お嬢、こっちも銃かなんか持ってこようや!」
カストリは怒り狂って近くの建物を好き勝手に殴り、シケモクは怒りに震えながらギリギリと口から不快な音を発し続けている。
当然、私も好き勝手にやられっぱなしで収まる器ではない。あいつらはしっかり全員ボコボコにするとして、どうやって空き地を越えて楽園に入るか? 穴を掘る……却下、時間がかかり過ぎる。監視員を買収する……却下、あいつらにくれてやる金など無い。空から襲撃する……却下、空を飛ぶ友達がいない。貧民街の住人を盾にする……有りだけど却下、後でモグリールたちに怒られる。こっちも大砲を手に入れる……妥当だけど却下、地形的に楽園までは結構急な坂になっていて、高さの分だけ射程で負ける。
「こうなったら馬鹿ふたりを弾除けに使うしか」
「そうか。お嬢とシケモク、俺のためにすまんのう」
「アホか、お嬢とお前が俺の盾になれや」
盾はお前らふたりだよ、と拳で教えてあげようと思ったら、私たちの後ろにさっきの自警団の仲間らしき男たちが立っていた。
なんだなんだ、肉壁志願か? そんなわけないと思うけど、肉壁なら絶賛募集中だぞ。
◆❖◇❖◆
双頭の蛇自警団はタンタモルラ貧民街の非合法勢力のひとつで、主に巡回と取り締まり、それに伴う警備代をしのぎにしている。いわゆる用心棒の押し売りってやつで、住民たちからは厄介な火種を撒き散らす存在として、他のマフィアみたいな勢力と同じくらい嫌われている。ほとんどの住民はひっそり大人しく、なるべく目をつけられないように過ごすことを望んでいて、圧政を敷いている王党派や金持ちしか救わない教会派に対抗してやろうって人は、自警団と麻薬にひと噛みふた噛みしたいマフィアくらいしかいないのだとか。
ただ、実態は対抗するどころか貧民街で幅を利かせるくらいしか出来てなくて、その辺もマフィアと同類扱いされる原因になってるそう。最初こそ圧政に物言わせてやれって応援されてたけど、今では単なる街のはぐれ者。ここらでひとつふたつ、思い切り暴れて評価を高めたいらしい。
「ってことで、俺たちはあいつらをぶん殴るための戦力を随時募集中ってわけだ。どうだ、お嬢さん。あんたの連れてるチンピラふたり、うちに貸してくれねえか?」
自警団の事務所に連行された私たちは、正確にはカストリとシケモクが金でも巻き上げようと案内させたんだけど、とにかく私たちの目の前には屈強というにはちょっと頼りない感じの男たちが何人も並んでいて、真ん中に座ったジョンウッドって大柄の男が鼻息荒く息巻いている。このジョンウッドとかいうのは自警団のリーダーで、縮れた長い髪を後ろで植木鉢のように束ねていて、両腕には毒々しい色の蛇の刺青を彫っている。ただの荒くれ者とはちょっと違う、いわゆる雰囲気のある男で、カストリとシケモクに対しても物怖じしない胆力がある。
「うちの団員に怪我させたんだ。当然、嫌とは言わねえよなあ?」
その隣にいるのは弟のロベルトで、短い坊主頭に蛇のような剃り込みを入れていて、両腕には同じように蛇の刺青。体格は兄に劣らずといった大きさだけど、意外と気が小さいようで目線がきょろきょろと定まらない。
この自警団はジョンウッドとロベルト兄弟が結成した組織で、ふたりは元々教会に育てられた孤児。どこの国でも似たようなもんだけどフィアレアドの教会も孤児院や救貧院を兼ねていて、身寄りのない孤児を一定の年齢まで育てる……ここまでは共通してるんだけど、そこから先が結構酷くて、優秀な子供は兵士として強制的に王都に送り、そこまででもない人材は労働力として安く売り飛ばされる。さらに出来の悪い子供は男も女も娼館に払い下げられるんだけど、ふたりはそれを拒んで逃げ出してきたらしい。
で、逃げたら市民権とかいうのを失って、自由のない民として貧民街から二度と出られなくなる。この町はそういった不用品と働けなくなった労働者、治る見込みのない病人でいっぱいだ。元々それなりに貧富の差が激しい町だったけど、数年前からスラム街を完全に隔離して、今みたいな仕組みになったんだとか。酔狂というか性悪というか、暇な領主もいるもんだ。
「確かに胸くそ悪い話だね」
「甘いのう、お嬢。ええか、お前らが弱いのが全部悪いんじゃい! 雑魚は頭下げて靴舐めるくらいで丁度いいんじゃ! わしらとは格が違うんじゃい、アホタレが!」
「せやで。こんな雑魚共に情けなんか掛けとったらキリがないで。金もない、くそ弱い、お前ら助けてもこっちになんの得もないやんけ、ハゲ!」
言い方はともかく、カストリとシケモクの言い分にも一理ある。私たちの目的はそもそもフィアレアド王国を抜けて、国境の向こう側に拡がる禁域に向かうこと。この国の問題も、この町の問題も本来はどうでもいい。
とはいえだ、私だって情けというやつは持ち合わせている。
「お前ら、ちょっと黙ってて。ねえ、私は禁域に向かうルートを探してるんだけど、なんか知らない? オルム・ドラカへの行き方でもいいんだけど」
「禁域? オルム・ドラカ? なんだ、それ?」
うん、いよいよ関わる必要がなくなってきた。このまま帰ろうかな……。
「ロベルトさん、あれっすよ。王都の連中が招き入れた亜人の国の連中」
「富裕層のエリアにも派遣されてるって噂っすよ」
どうやらオルム・ドラカの兵だか使者だかがこの町にもいるらしい。これは大きな情報だ。オルム・ドラカは禁域の向こう側にある国で、多分だけど禁域とも隣接してるし、おそらく禁域をある程度管理している。だたtらオルム・ドラカの使者を捕まえて案内させたら、楽に禁域まで行けるじゃん。
「お嬢、なんか悪い顔しとるぞ」
「ろくでもないこと考えてる顔やな」
ちまちま情報を集める必要もなくなるし、国境を越えるための秘密ルートを探る必要だってなくなる。きっとモグリールたちも胴上げでもして喜んでくれるに違いない。
「出来ればオルム・ドラカとは事を構えたくないが、領主と結託してるんじゃ避けられねえわな」
ジョンウッドが安っぽいくっさい葉巻をひと吸いして、私たちにギロリとした瞳を向けてきた。
「もし俺たちに協力してくれたら、オルム・ドラカの使者はあんたの好きにさせてやる」
「よし、ジョンウッド君、ロベルト君。心優しいこの私、ヤミーちゃんが、君たちに協力してあげよう」
これは利益とか打算とかそういうものではない、れっきとした人情とか仁義とかそういうものなのだ。嘘じゃないよ、ほんとだよ?
ところでこの町は貧民街と楽園とで分断されていて、その間には町の端から端まで石壁と鉄格子が築かれている。向こう側に行ける扉は常に閉ざされていて、境界は常に銃を担いだ兵隊に睨まれている。外に出歩けない時間帯に住人が歩いているだけで、壁の向こうから野戦砲や攻城兵器で鉛玉だの岩だの飛んでくるくらいだから、壁を越えようとしたらどんな目に遭うかわかったもんじゃない。
かといって楽園の入り口は教会派の兵で厳重に警備されてるし、当然許可された商人や兵士しか出入りできない。それなりの兵力と人数、それこそ騎士団でも用意しない限り突破は不可能だ。普通だったら。
「ここはひとつ、正面突破で行こう」
「はあ? おいおい、死ぬ気かよ!?」
もちろん死ぬつもりはない。堂々と中に入って、堂々とオルム・ドラカの使者を捕まえて、堂々と出ていく予定だ。ついでに監視の連中は全員逆さ吊りにして、壁の扉も開けてあげるね。
◆❖◇❖◆
「というわけでクアック・サルバー、許可証作って!」
「ちょっと目を離した隙に、またとんでもないことに首突っ込むね、うちのヤミーちゃんは」
クアック・サルバーが冗談はよせとでも言いたげに肩をすくめた。あれ? こういう時の偽造の腕前なんじゃないの?
「いくら私が凄腕だからって、知りもしない物は作れないよ。見本でもあれば話は別だがね」
どうやらフィアレアド王国内の書類を作るには情報が足りないみたい。となると本物の書類があればいいわけだ……って、それを手に入れるには中に入らないといけないから、そしたらもう偽造しなくてもいいのか。あれ? もしかして私の作戦、もう詰んだ?
「そういうと思ってな、ほら、見本」
横で話を聞いていたモグリールが書類を何枚か取り出してみせた。
「俺からも頼む。楽園への通行許可証、ヤミーちゃんのと併せて2枚頼む」
モグリールも行きたいのかな。それとも私とはまた別の情報を手に入れてるのかも。
「だったらついでに俺のも」
「ヤーブロッコも行くの?」
「モグさんとお前だけだと手が足りないだろ」
「やれやれ。揃いも揃って無茶な注文をするね」
クアック・サルバーは書類の見本を受け取って、指先で微かに叩きながら文字をひとつひとつゆっくりとなぞってみせた。
▶▶▶「汚れた手で足を洗うな」
≪NPC紹介≫
ジョンウッド・グラウス
種 族:人間(男、23歳)
クラス:クレフテス(レベル24)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 37 18 5 12 5 25 38 11 20 10 4↑2↓3(歩兵)
成長率 40 40 15 25 15 30 25 25 15 20
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:C
探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D
【装備】
ベアナックル 威力28(10+18)
甲羅の守り 守備+1、回避+5
【スキル】
【個人】兄弟の絆・兄(ロベルトと隣接している時、腕力・守備+1)
【基本】回避+5
【下級】盗む(敵からアイテムを盗む)
【中級】追い剥ぎ(攻撃した際に幸運%で敵からアイテムを盗む)
【??】
【??】
ロベルト・グラウス
種 族:人間(男、21歳)
クラス:クレフテス(レベル21)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 33 15 4 9 3 22 31 13 21 6 4↑2↓3(歩兵)
成長率 35 30 15 20 10 20 15 15 20 15
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:C
探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D
【装備】
ベアナックル 威力25(10+15)
牙のお守り 腕力+1、必殺+5
【スキル】
【個人】兄弟の絆・弟(ジョンウッドと隣接している時、命中・回避+10)
【基本】回避+5
【下級】盗む(敵からアイテムを盗む)
【中級】追い剥ぎ(攻撃した際に幸運%で敵からアイテムを盗む)
【??】
【??】
◆❖◇❖◆
タンタモルラの貧民街には奇妙な病が存在している。
この町はそもそも麻薬と悪徳で栄えた町で混沌としていたが、ある時期を境に奇妙なルールが作られた。町を貧民街と楽園とに分断して、両者の血が決して交わらないようにしたのだ。一見すると過激な差別意識や選民思想、或いは優生学的な選別にしか見えないが、フィアレアド全体でもこのような形態の都市構造は稀で、であるならば尚更こんな辺境の地で行うことに意味がない。
「よし、見せてみろ。大丈夫、俺はこう見えてもれっきとした医者だ」
モグリールが診た患者は奇妙な病の感染者で、数ヶ月前まで楽園で労働に従事していた女だった。ある日、雇い主から奇妙な液体を飲まされて、訳の分からないまま貧民街に追放された。2月ほど前から奇妙の兆候が見えて、1月ほど前に収まったものの一向に治る気配も見込みもない。
そもそもこれは本当に病気なのかすら定かではない。症状としては一部の皮膚の硬質化、瞳孔の変化、舌先の変形など。他にも筋力の増大、再生力の促進、感覚の鋭敏化といった症状も現れるが、これは共通するものではない。個人によっては断続的な重度の頭痛、全身の炎症、食物への拒否反応が起きる場合もある。
「少し触ってもいいかい」
モグリールが触れた硬質化した皮膚は、鱗のように硬く、金属のようにざらりとした触感で、ナイフや針では到底傷もつきそうにない。覗き込んだ患者の瞳は、左目だけトカゲのように縦に割れて、開いた口の中に納まった舌先は先端がふたつに分かれていた。
「なるほど……」
モグリールにはこの奇病に心当たりがあった。15年前、禁域で目にした現象と類似した奇病。これを突きとめないわけにはいかない……モグリールは楽園と貧民街を隔てる壁と鉄格子を見上げて、太陽を覗くかのように瞳を細めてみせた。
▶▶▶「汚れた手で足を洗うな」