もぐれ!モグリール治療院 第39話「ラストダンスは森の向こうで」

その森は人を喰う森だと呼ばれている。事実、過去に踏み込んだ者は尽く森に物理的に飲み込まれ、森は人間や獣を糧に途方もなく育ち、朽ちた樹木を土台にまた新たな木を生やす。
森はオルム・ドラカと人間の世界との緩衝地帯にもなっていて、なにがなんでも自分たちが万物の長でありたいと考えがちな人間種族と、ドラゴンこそが万物の頂点に君臨する王とするオルム・ドラカ、この絶対に混じり合えないふたつを隔てる砦のような役割も果たしている。不幸にもその砦はちょくちょく人間からの侵攻に苛まれているし、踏み込んだ人間のほとんどは調査範囲をたった数メートル、時にはたった数センチ進めるためにその命を使い潰す。
その森は人間たちから【禁域】と呼ばれ、未だ還ることのない冒険者たちのが封じられている。


「よし、準備万端! いざ、禁域へ!」
「待つ! 大変、どころじゃない、冒険!」
まだ夜も明けない内から鞄に荷物を詰め込んだ私とモグリールたちが、ドラゴンの用意したポータルっていう移動道具を使おうとしたその時、相棒のルチが慌ただしく走ってきて、私たちを呼び止めた。
「産まれる、子供、もうすぐ、アディラ」
「うええっ!? ほんとに!?」
コルッカ族のアディラは私たちにくっついて子種を集める旅をしていたんだけど、どうやら子種も集められるだけ集め終わり、いよいよ産気づいてきたというのだ。
「医者! 医者を呼ばなきゃ! でも、こんな時間に動ける医者なんて……あ、いた」
私とルチがポータルを潜ろうとするモグリールに目線を向ける。
モグリールも当然、私たちの視線に気づいて振り向く。
「いや、俺は今すぐ禁域に……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! うちのパーティー、医者はモグリールしかいないんだから!」
「ラルラド、ハタカプァ族、未経験、お産!」
一応普段は治療院にハタカプァ族のラルラドという、薬草に詳しい部族の男が常駐してるけど、彼は薬草に詳しいだけでお産に詳しいわけではない。むしろ彼の部族の掟では、子どもが産まれる時には男は近づいてはならず、外で薬草を炊いて祈りを捧げるのだとか。

「だからな、俺は禁域に……」
「うるさいなあ! 禁域なら私が行ってきてあげるから、モグリールはお産を手伝ってよ!」
モグリールの代わりに禁域に踏み込んで、代わりに森に呑み込まれた恋人を探して来ればいいんでしょ。そういう戦闘ありきの場所こそ私の正念場、モグリールは闇医者とはいえ仮にも医者なんだからこういう時こそ本領発揮するものなのだ。
「じゃあ、私は禁域に行ってくるから、アディラのことは任せた!」
「安心、ヤミー、私ついてる」
そんな感じで慌ただしく、私とルチはポータルを潜って禁域へと踏み込んだのだった。


◆❖◇❖◆


あらかじめクアック・サルバーから聞いた話だと、禁域には嘆きの聖女と呼ばれる大樹がある。人を喰らって生きる森の象徴そのもので、他の人喰い樹と違うのは、喰らった獲物を選別して大部分は栄養に、残った一部は自らの枝や蔓と一体化させて次の得物を誘い出すための餌にする。人間やエルフ、ドワーフたちと同じ言葉を使い、鳥や獣と同じ鳴き声を発し、生き物がどうしても捨てられない同胞を助けてしまう本能を利用する邪悪極まりない生物。なんだとか。

「モグリールの恋人がもし生きてるとしたら、この人喰い樹に囚われてるか、森に暮らす民に保護してもらっているか……ドラゴンによると森に定住する民はいないんだって」
「前者、確実、ない、間違い」
生きてるといいけど、もしも本当に人喰い樹に囚われてたとして、それって枝や蔓をぶった切って助けられるものなのかなあ?
試しに見知らぬおじさんを餌にする樹木の、おじさんと本体を繋げる蔓を切り落としてみる。振り回した円月輪で蔓が両断された瞬間、おじさんは断末魔のような叫び声を発して一気に干からびて、地面にぼたりと倒れた途端に風に吹かれて消えた。
「なるほど……救出するには根っこから引っ張り出すしかないみたい」
「根っこ、抜く、死ぬ?」
その可能性もある。でも草だって抜いた後で埋め直したらちゃんと育ったりするから、即死しちゃうってことはないと思う。

「……ケテ……タスケテ……」
「……カエリタイ……タスケテ……」

森をさらに奥まで進むと、私たちの前に現われたのは大量の人喰い樹たち。おまけにそれぞれに蔓や枝の先に、見知らぬおじさんやおばさん、若い男女、他にもライカンスロープやリザードマンといった人間以外の種族も吊り下げていて、ぶらりぶらりと餌をこれみよがしに見せつけてくる。その数は10や20じゃ済まない、何年前から囚われてるのかわからないけど数百人は下らない。
これを1本1本切り払って、いるかどうかもわからないモグリールの恋人を捜すのは大変だ。大変というか、隙を突かれて捕まっちゃったら話にならない。せめて居場所だけでもわからないことには……。
「呼びかけ、試す、反応」
「……それはそれで大変そうだけどやるしかないか」
乗り気はしないし頭の悪い作戦だとは思うけど、爆弾で吹き飛ばしたり燃やしたりするわけにもいかない。地道に1本1本呼びかけながら潰すしかないのだ。
「違う、確実、任せる」
ルチは鞄から銃身の突き出た狙撃銃と、同じく砲身が明らかにはみ出した野戦砲を取り出して、絶対に違うとわかる男や老人を餌にする人喰い樹に容赦なく砲弾を撃ち込んでいく。
そう、人喰い樹を倒すだけなら簡単なのだ。相手の間合いはせいぜい槍と同じくらい、単純に倒すだけなら間合いの外から攻撃すればいい。

「……クルシイ……タスケテ……」
「……ウグアァ……ユルシテ……」

人喰い樹は枝や皮を吹き飛ばされる度に胸が悪くなるような悲鳴を上げて、粉々に砕けながら土に還っていく。私たちの罪悪感をくすぐりたいのかもしれないけど、私は誇り高いノルドヘイムの戦士、囚われた者はとどめを刺してあげるべきだと考える派だ。ルチに至っては人間っていう種族そのものを仲間だと思ってない節もあるので、人間らしい反応をする相手はむしろ逆効果、精霊に捧げる生贄が増えるくらいにしか思わないのだ。
「私はモグリール治療院のヤミーちゃんだ! よし、反応なし!」
私も1本1本迫りくる人喰い樹に声を掛けながら、モグリールの名前に反応しない餌を潰していく。抱き着くように迫りくる敵の頭を斧で叩き割り、幹から伸びる枝や蔓を円月輪で片っ端から切り払ってみせる。
「……タスケテ……オネガイ……」
「安心しろ! ちゃんと私の強さの糧にしてあげるから!」
せいぜい円月輪の扱いが上手になるとかその程度の糧だけど、まあ無駄死によりはマシでしょ。私はふっと息を吸い込んで、目の前の人喰い樹の幹を横薙ぎに切り倒した。


◇❖◇◆◇❖◇


一方、その頃。
「クアック・サルバー、お湯を沸かしてくれ。ゴブリンたちはとにかく清潔な布とアルコール、あと氷も持ってきてくれ」
ギルドハウスの女子宿舎の寮母室、つまりアディラの個室ではモグリールとクアック・サルバー、ゴブゴブズやでっぷりたちが集まって、アディラの出産に備えていた。モグリールは闇医者時代に出産にも立ち会ったことはあるけど専門ではない、それでも当時の記憶を頭の片隅から引っ張り出しながら出来る限りの指示を出して準備を進め、今か今かと生まれてくる赤ちゃんに備えていたのだ。

ちなみにヤーブロッコは臭いがちょっと難ありなので、ガルムやピギーたちと一緒に外で畑仕事なんかをしていた。だったら森に連れて行けばよかったって思わなくもないけど、バタバタしてたから仕方ない。慌ただしさは時に正しい判断を奪うのだ。私は悪くないもん。


◇❖◇◆◇❖◇


「おい、狼毛皮と何処ぞの部族の人間。ここはオルム・ドラカにも人間の世界にも属さぬ我らが領土、この地を荒そうとはどういうつもりだ」

かれこれ数十本の人喰い樹を切り伏せた私たちの前に姿を現したのは、これまでより一際大きく禍々しい樹木で、職種のように伸びる何十本もの蔓の先に冒険者だったらしき恰好の人間が幾つも繋がっている。幹の表面は顔のような窪みが幾つもあって、その中のひとつが上下左右に動きながら言葉に似せた音を鳴らす。さらに太めの枝の先は人間の指のように枝分かれして、器用に握ったり解いたりと植物とは思えないような動きまで見せる。
人喰い樹の魔王、そう呼んでもいい異様さを持った怪物だ。
「私はモグリール治療院のヤミー! 15年前に森に呑まれた女の人を捜してる!」
「……ール……」
そう名乗った瞬間、蔓の1本が微かに反応したように見えた。気のせいかもしれないけど、もうこれがお目当ての女の人ってことにしたい。もう結構疲れてるし。
「ヤミー、あった、反応」
「だよね。あれで間違いなさそう」
私とルチは目に戦意と殺意を宿して、人喰い樹の魔王をじっくりと観察してみる。まずは余計な枝や蔓は全部切り落として、幹も死なない程度に剥がして、その先は一旦抵抗できないくらい弱らせてから考えたらいいや。

「おい、人間共。なんで笑ってるんだ? おい、おかしいだろ? 恐ろしくないのか? なあ、おい!?」
「人喰い樹くんさあ、うるさいよ」
私はニヤリと笑みを浮かべて、まずは手始めに邪魔な枝や蔓を片っ端から切り落とした。


◇❖◇◆◇❖◇


一方、その頃。
「……なるほど、赤ん坊が5つも6つもいるのか。こいつは大変だ」
「モグリール、お湯が沸いたよ」
「布、持ッテキタ!」
「アルコール、用意デキタ!」
「他ニナニガイル!?」
モグリールが自分の指や腕、アディラが寝かされているベッドを手早く消毒して、久しぶりのお産の処置を始めた。

「よし、頑張れよ。結局こんなもんは母体の頑張り次第だからな」
アディラが呻き声を上げて力むと、股の間から小さな頭がわずかに姿を見せた。


◇❖◇◆◇❖◇


「うおりゃああー!」

幹を掴む腕に力を込めて、地面から引っこ抜くように全身の力を使って背中を反らせる。
地面からずるりと抜け出した人喰い樹の魔王が、そのまま根が天を差して、頭を地面に突き刺す形で放り出されて、幹の中ほどまで体を砕きながら私の真後ろの岩場にめり込んだ。
その残骸はそれはもう無惨なもので、かろうじて残った蔓が1本、鱗を全て剥がされた魚のような体からは臭くて不味そうな赤黒い樹液を血のように流し、大地という支えを失った根っこはうねうねとミミズのようにもがいて力尽きた。
「不明、わからない、助け方」
私は今にも死にそうな人喰い樹を見下ろして、
「……この女が死なないように本体をちょっとだけ残して、持って帰って、あとはドラゴンに任せよう!」
「名案! ドラゴン、役立てる、叡智」
すべてをドラゴンとモグリールに丸投げしてしまおうと決めたのだった。


◆❖◇❖◆


「ビャアー! ビャアー!」
「ギャアー! ギャアー!」
「ダァー! バァブゥー!」

それにしても子供というのは元気だ。ピリラ姉ちゃんの家でも思ったけど、こんな小さな体によくもまあこれだけの元気さが詰まっているもんだって感心しちゃう。
まだまだ老いを感じるような年齢じゃないけど、朝から髪の毛を引っ張られたり頭を齧られたりしてたから、昼過ぎにはすっかり疲れ果ててしまって、とっとと昼寝でもしてくれないかなーって思いながらアディラの子供たちを眺める美少女と化している。
アディラの子供たちは子種となった親たちの特性を引き継いでいるのか、半獣だったり腕や背中に魚鱗があったり、頭にサイのような角を生やしていたり、カルフ兄ちゃんみたいにギョロッとした目をしていたり。

「それにしてもついこの間産まれたのに、もう二本足で歩いてるよ。あと5年もしたらナイフ持たせて熊退治だね」
「コルッカ族、早い、成長。産む、どんどん、捧げる、次々。出来上がり、永久機関」
私とルチがのんびりと子供たちを眺めていると、上から棒切れが飛んできて、ゴチンと頭を叩いた。
「ふざけるなよ、お前ら」
「冗談に決まってるじゃん、ねえ?」
「もちろん。アディラ、通じない、冗談。ヒステリー、産後」
アディラの顔に明らかに不機嫌さと怒りが浮かんでいるので、きちんと誤解は解いておこうと言葉を続ける。

「5歳で熊は無理だから、戦うのは野犬とだよ」
「誤解、生贄、捧げる係。剥ぐ、皮、教える」

私たちの頭に再び棒切れが振り下ろされて、ガツンと一層大きな音を立てたのだった。


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