もぐれ!モグリール治療院 最終話「冒険者に捧げるバラッド」

子どもの頃、誰もが一度は夢を見る。
巨大な獣が跋扈する危険な場所を探検したい、古代文明の遺産を見つけたい、人類の踏み込んでいない大地を歩きたい、黄金よりも価値のある財宝を手に入れたい、魔法のような武器や防具を発見したい、モンスターの軍勢を追い払って人類の救世主となりたい、自分の理想の国を興したい、やがて世界の果てまで届くほどに名声を高めたい。
きっとどこの国でも人間として生まれたら、男でも女でも誰もが一度は冒険者を夢見て、少なくない人数が冒険者としての歩みを踏み出す。
初めて冒険に挑むひよっ子たちは、誰もが初めての冒険にしてはよくやったと褒めてもらえるような成果を持ち帰って、冒険者ギルドや街のみんなから祝福されると信じて疑わない。
自分が命を落とすと思って冒険に出るような人はいないのだ。

人間の領土にして最大勢力、ハルトノー諸侯連合領の北部、ディエーリアナ林道を越えた先に続くクリュスタロス雪道。視界が真っ白になるほどの美しくも残酷な雪が降り積もる、死と隣り合わせの道。統治者であるラステディン教会でさえもすべてを把握できていないその場所は、かつてドラゴン種族が築いた魔道遺跡が存在すると噂されている。
今まさにその遺跡を探さんと雪道に足跡を残すのが俺たちハンシースロース。この小さな一歩が、のちに人類の明暗をわける偉大な一歩になると信じて、みっちりとした弾力のある雪を踏みしめた。

俺の名前はマーク・スティレット、18歳。
故郷の村では、大人でも敵う者がいない剣の使い手だ。選んだ職業は当然剣士。剣士は冒険者の中でも花形だ、歴史に名を遺した冒険者も剣士や騎士が多い。
仲間は才能あふれる魔道士に僧侶、屈強な戦士、腕利きの弓使い。オーソドックスといえばそうだが、なんでこのパーティーの組み合わせが多いかといえば、遠近共に隙がないからだ。俺と戦士で迫りくる魔物を受け止めて、魔法と弓で仕留める。負った傷は僧侶が治す。
この5人組の戦術はシェーレンベルク騎士団の配布している教本にも基礎の基礎として書かれている。最もバランスが良く、最も無駄のない基本にして最適な戦術なのだ。

「いざ! 未知の冒険へ!」

俺たちは右手を掲げて気合いを入れて、また一歩雪道を踏みしめてみせた。


◆❖◇❖◆


雪の上を歩くのにはコツがある。
ひとつは足跡を消しながら進むこと、もうひとつは残すにしても数を悟られないように足跡を重ねること。こんな真っ白な雪の上で馬鹿正直に足跡を残して進むなんて、飢えた獣たちにどこにどんな餌があるか教えるようなもの。
こんな当たり前のことは私の故郷ノルドヘイムだったら3歳になる頃には覚えるし、翌年にはうっかり偽装してしまうくらいには癖として身に着けるものなのだ。
そして今、目の前に残された馬鹿正直に続くド素人5人組の足跡、さらに餌の匂いを嗅ぎ取った獣の痕跡を追って、私は仕方なく歩いている。もちろん足跡は数歩進んでは消し、数歩進んでは消しを繰り返しながらだから、なかなか追いつけないんだけど。とはいえ足跡の真新しさからそいつらが歩いたのはせいぜい1時間前、この調子ならものの数分で追いつけるでしょ。

しばらく進んで雪林がまばらになり、やがて視界が開けると、そこには血塗れになって転がる冒険者5人と返り血で真っ赤になった熊に似た生物。ほんとは自然の摂理に従って、この熊さんに全部食べてもらうべきなんだろうけど、私も一応人間の国に属する冒険者だ。
「ごはんの邪魔してごめんね」
三日月状の刃を持つ円月輪を振り被って熊に近づき、なるべく苦しまないように一撃で熊の頭を叩き割って、そのまま胴の半分ほどを縦に切り裂いた。
この熊は無駄死にさせない。あとでしっかり私のごはんになってもらおう。

「……うぅ……たす……て……」
冒険者たちの何人かはまだ息がある。誰がリーダーなのかわからないけど、無事に息を吹き返したら説教でもしてあげたいところだ。自分たちの力量を正しく見極めなさい、最低限の知識を覚えてから冒険に挑みなさい、雪の上に足跡を残すなクソボケ、とかそんな感じの。
まあ誰しも若気の至りっていうのはあるし、かくいう私の最初の冒険もあまり褒められたようなものでもないけど。懐かしいなあ、エスカルチャ村でのゴブリン退治。あの冒険は……特に反省することはないな。私の強さあってこその成果だったけど。
数年前の自分を振り返って笑みを浮かべていると、死にかけの新米冒険者たちがいっそう生気を失ってきた。あまり多用はしたくないけど仕方ない、特別製の復活薬を振りかけて、瞬く間に彼らの傷を癒してあげる。
この薬は一般には出回っていない。厳密には人間の国ではまだ出回っていない代物で、特別なルートを使わないと補充出来ない。あとで代金はしっかり搾り取ってやる。高いんだからな、これ!


「ぶはぁっ! はぁっ、はぁっ……! なんでかわからないけど生きてる!」
最後に目を覚ました剣士の少年、といっても私と似たような年頃だけど未熟なので少年で十分だ。とにかく少年が息を吹き返して、驚いたように目を丸くしている。その反応も不思議ではない、さっきまで胴が千切れて内臓が飛び出してたんだから、本来なら確実に死んでいる。私に感謝して欲しい、そして感謝を誠意で返しながら天寿をまっとうして欲しい。
「おっ、気がついたようだね、少年」
「あんたは……灰色の狼の毛皮、背中に背負った三日月型の刃、まさかあんた、あのドラゴンキラーのヤミーなのか!?」
竜を倒した者(ドラゴンキラー)、冒険者八王のひとり極北の狼王、ノルドヘイムの至宝、オルム・ドラカへの到達者、魔を従えし暴君、色んな呼ばれ方をするけど、どれも私ヤミーちゃんが手に入れたふたつ名だ。若干事実と疑わしいものも無くはないけど、噂というのは尾ひれはひれがついてしまうもの。私が好きでつけてるんじゃないから、そこは怒らないで欲しい、特にドラゴン辺りは。

「いかにも、私がモグリール治療院のヤミーちゃんであーる。ギルドから未熟な冒険者がクリュスタロス雪道に向かったって聞いて、どうせ死にそうだなーって迎えに来たらこれだよ。君たちねえ、もう少し基礎を大事にしなさい、基礎を。そもそもあの程度の熊、ナイフ1本で倒せないうちは冒険者の資格なしだよ」
私はナイフをくるくると回しながら熊の肉に切り込んで、手早く解体を進めていく。こいつらがノルドヘイム出身だったら余裕で生き延びただろうに、まったくもう。冒険者はノルドヘイム出身であること、っていう法律でも作った方がいいんじゃないかなあ。
「じゃ、帰るよー。君たち、そこの荷車に乗っちゃって」
「……え?」
「え、じゃないの。とっとと乗れ!」
狭い荷車に新米たちを無理矢理詰め込んで、上から幌を被せて目隠しを施してからポータルを起動させる。この道具はまだ人間の国にあってはならない技術だ。別に見られたからって再現できるものでも、私が怒られるものでもないけど、変に勘繰られても面倒なだけ。魔法であーる、とか適当に言い逃れするのが一番楽なのだ。
「魔法であーる」
私は大嘘を吐きながら一瞬にして冒険者の町スルークハウゼンまで転移した。


◆❖◇❖◆


「ただーいま」
「お帰り、ヤミーちゃん。新米君たちはどうだった? 五体満足じゃないなら義足部隊にしたいんだが」
スルークハウゼンに戻って早々、モグリール治療院の名義を貸してくれている闇医者モグリールが不穏なことを言うので、じろりとに睨み返す。この男は負傷して手足を失った冒険者に、とてもじゃないけど払えないような治療費を吹っかけて借金漬けにした後に、荷車の中で銃弩を放つ義足部隊として扱き使う、っていう悪魔みたいなことをしている。
その秘匿性と奇襲力から、よほど屈強な生き物でもない限りは有効な戦術なんだけど、人道的に外れ過ぎて別の獣道を突き進んでいるからギルドから何度も釘を刺されているし、最近では比較的良好な関係の冒険者仲間からも苦言が飛んでくるのだ。
「残念でした、ちゃんと治したから」
少しがっかりした顔を見せるモグリールに、べえっと舌を出してそっぽを向き、ついでに奥から笑顔で手を振ってくる奥方に軽く会釈しておく。
素敵な奥方がいるんだから、いつまでも冒険者なんてやってないで正式な医者にでもなればいいのに。まったくもう。

「ん? ヤミーちゃん、もう帰るのか?」
「うん。そろそろポルトデールに戻る日だし、あっちはあっちでほったらかしにも出来ないからね」
私はポータルを起動させて、一瞬にしてスルークハウゼンからポルトデールまで飛んだ。

そう、私は結構忙しいことになっているのだ。
初めはみんなでスルークハウゼンに戻ろうと思ってたんだけど、でっぷりやゴブゴブズは人間の国なんか嫌だって言い出すし、ヤーブロッコもこっちの方が金になるって言い出すし、クアック・サルバーはそもそもオルム・ドラカの住人だしで。でもモグリールはドラゴンへの無礼な態度が原因でオルム・ドラカから追放されたので、主に人間種族が集まったスルークハウゼンに戻る組と一緒に帰った。
そして私は結構自由な身分でいられるみたいなので、あっちに行ったりこっちに行ったりで忙しいのだ。
ちなみに来月はルチたちが勝手に作った部族の集落にも行く予定。罪人を集めて一斉に皮を剥いで、盛大に精霊への祈りを捧げる『皮剥ぎ精霊大感謝祭』なんて祭りをするんだとか。
他にもドラゴンに会いに行ったり、アディラの子供たちと遊んであげたり、実家に帰ったり、とにかく忙しいのだ。

「私があと3人くらい欲しい!」

とはいえ私ほどの美少女にもなると、私の代わりなんていないのだ。なので私は今日も、あっちこっちで戦ったり仕事したり冒険したり、大変な毎日を過ごしているのであーる。


~~~ Fin ~~~

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