ルチ・フォナ外伝 第3話「ウミガメのようなスープを食べる話」
おはようございます。朝の陽射しは何処にいても優しいといいますが、荒野で人食い部族に囲まれたい状態で照らされると、さすがにそうは思えませんね。陽射しは目がくらむように眩しく、どちらかというと残酷に見えてしまいますし、テントの外では人食い部族……ヒルチヒキ族のみなさんが朝も早くから起き出して、原始的な石器槍を研いだり、簡素な桶を持ち出しだりしています。あまり見たくはないですが、昨日まで同じ調査団にいたスコットさんその他数名だった物体の名残が残っていたりして、なるほど残ったお肉は煙でいぶして燻製にするんですね。夜は毛布が欲しくなる荒野ですが、朝は日傘が欲しくなるような暑さになりますからね、そのまま放置するわけにもいかないでしょう。野生生物を狩りにも出るのでしょうが、毎日新鮮なお肉が手に入るとも限りません、保存を試みるのも当然でしょう。
失礼、ちょっと吐いてきますね。
……げええっ。
ふう、昨日は捕まってから何も食べてなかったので胃液くらいしか出ませんでしたが、吐けばすっきりするというか、覚悟のひとつも決まるものです。スコットさんたちだったものは口にしたくないので、そこはなるべく避けるとして、少しでも彼らとの友好度を高めて信用を得て、どうにかしてピョルカハイム保護区から逃げ出さないと……!
そうと決まれば仕事のひとつでも手を貸すべきですよね。なにかお手伝い出来ることはないですかね?
男性陣は槍や弓矢を担いでいるので今から狩りに行くようです。子どもたちと若い女性は水汲みですかね、木製の簡素な水桶を手にしています。高齢、といっても私たちの社会ではせいぜい中年といった方々は、干し肉作りや祭壇の掃除をしていますね。これは選ばれた方々の仕事でしょうから、手を貸すのはやめておきましょう。
「おはよう。えらい、ひとりで起きた」
背後から声を掛けてきたのはルチさんという少女で、この集落の中では唯一の標準語話者です。お姉さん方のような恐ろしい骸骨の化粧ではなく、左右の頬に1本ずつ白い横線を引いているだけなので、あまり部族感はありませんが、頭に獣の頭蓋骨を被っているのでやはり立派に部族の姿をしています。
どうやら一晩で価値観が彼ら寄りになってしまっているのかもしれません。目の前の少女が獣の頭蓋骨を被っていることに、もはや何の違和感も覚えませんし、むしろ頭蓋骨くらいなら安心してしまうくらいです。我ながら恐ろしい適応力だと誇ってもいいのでしょうか。
「おはようございます、ルチさん。ところで何かお手伝いをしたいのですが……」
敵意の無い証明として笑顔で挨拶を返して、ついでに手伝いを申し出ると、ルチさんは感心したように目を丸くしました。昨日も思いましたけど、美人なんですよね、この子。町に連れて行って綺麗な服でも着せれば、ちょっとした村一番と噂の娘くらいにはなれる、そのくらいには顔だちが整っています。私なんてあだ名がジト目キノコですからね。教会の皆さんは健康的でよろしい、ってフォローしてくれましたけど。
「手伝い、感心。狩り、出来る」
狩りはやったことないですね。いざやってみたら意外と出来るかもしれませんが、出来なかった時の反応が怖いのでやめておきましょう。こんな場所ですから失敗は避けるべきです、減点は正しく恐れましょう。
私が申し訳なさそうに首を横に振ると、
「水汲み、洗濯。簡単、出来る」
今度は随分と簡単な提案をしてくれたたので、首をしっかりと縦に振りました。そのくらいなら私でも出来ますよ。教会でも研究機関でも雑用は一通りこなしていますから、ドンと来いってやつです。
「……そっち、手は足りてる。私、釣り行く。ついてくる」
どうやら手が足りているようなので、ルチさんに釣りについてこいと誘われました。内陸部の町育ちなので釣りの経験はありませんが、要するに釣竿を手に持って釣り糸を垂らすのでしょう。狩りよりはずっと安全そうですし、水汲みや洗濯よりも楽そうです。そんな役割を与えられていいのですか、と反対に問いたくなりますが、ここはルチさんの優しさに甘えておきましょう。
さて、近くに川や池など見当たりませんが、一体どこで何を釣るのでしょう? 旅人の首を縄で縛って吊るすことを、隠語的に釣りと呼んでいる、なんてことはありませんよね?
「川、遠い。結構歩く」
ルチさんが釣り竿の他に銃や弓を背負い、さらにはスコットさんたちだった物体から適当に削いだ肉片を桶に詰め込んで、随分と遠くの方を指差しました。
どうやら川はかなり離れているようです。とはいえ歩いて釣りをしても夜までには帰ってこれる距離でしょう。望むところです。
ところでその肉片、魚を釣るための餌ですよね? おやつ、とかではないですよね?
◆❖◇◇❖◆
川は集落から離れた場所にあり、どうして川べりに集落を作らないのか尋ねたところ、争いになってしまうから、と至極なるほど道理な答えが返ってきました。数日ほど歩いた下流ではヴァッカレラ族が集落を築いているそうですが、この辺り一帯は現状ヒルチヒキ族の勢力下。いくら水が貴重とはいえ、同族同士で争ってまで手に入れるものではありません。必要な量を必要なタイミングで運び、どこかの集落が独占してしまわないようにと取り決めているそうです。隙あらば勢力を伸ばそうとする騎士団や教会に、爪の垢でも煎じて飲ませてあげたくなるような精神性ですね。
「1年前、集落、ひとつ潰れた。生贄、たくさん捧げた」
前言撤回、つい最近決まった約束事のようです。
「ワラ・ニメメ・バヌ!」
川はやはり需要が高いのか、ルチさんが通りすがりのヒルチヒキ族に挨拶しています。ヒルチヒキ族は見てくれと風習こそ恐ろしいですが、同じ部族に対しては温和で友好的、さらに意外なことに食べ物を分け合う価値観もあるようです。ルチさんが抱えている元スコットさんは他の集落の方々へのお土産代わりのようで、ルチさんもルチさんで薬草のようなものやトカゲなんかを貰っています。
「外敵、いない。安心」
どうやら情報収集も兼ねていたようです。それはそうですよね、こっちは若い女の子ふたりですから。野生生物よりも他の部族や保護区外の人間にこそ注意を払うべきでしょう。
「ちなみにもし他の人間がいたら……?」
「銃、使う。先手必勝」
そこは奇襲を仕掛けるんですね。ルチさんは当然のように銃と弓を担いでいるので、いざという時は戦う気なのでしょう。まあ、人間以外にも危険はありますから、武装はしておくに越したことはありません。
「ノルン、武器、ナイフだけ。頼りない」
そう言われて思わず、背中側の腰に納めている鉄製の短剣に触りました。私は体格も小柄な方なので、リーチを考えると心許ないのは確かです。剣の1本でも、出来れば槍なんかが欲しいところですが、そういえばスコットさんたちの装備はどうなったんでしょう。鉄製の槍や斧もあったはずですが、あれは集落のみなさんのものになったんですかね。
「川、もうすぐ。釣り、大物狙う」
どことなく楽しそうに見えます。どうやら釣りは集落のための仕事であると同時に、ルチさんにとって趣味のようなものなのかもしれません。釣りガールってところでしょうか、いいじゃないですか、人間を狩るよりもずっと健全で健康的ですよ。同じ剥ぐにしても頭の皮だとカルト宗教味が強いですけど、魚の鱗だと料理って感じですし。
「おっ、見えてきましたよ! 思ったより大きい川ですね」
砂と土と岩だらけの荒れた大地が徐々に緑色混じりに変わり、人の背丈よりも大きな植物が視界を段々と遮ったその先に、予想していたよりもずっと幅の広い川が姿を現しました。正直、頑張れば飛び移れるくらいの川なのかと思っていたのですが、実際に現われたのは泳いで渡るのも厳しそうな川です。見たところ橋も無いようなので、もし渡るなら船か筏か、それか余程の泳ぎ上手かですかね。かなり深そうですし、ひょっとしたら肉食の魚やワニなんかもいるかもしれません。
「精霊、感謝捧げる。川、精霊いる。魚、繁栄する、全部精霊のおかげ」
ルチさんが焚き火を始めて、元スコットさんの残りを焼きながら祈りの言葉を呟き始めました。私たちは川に魚やワニがいるのは当然、生態系と考えているわけですが、ヒルチヒキ族のみなさんは精霊の加護があるからと信じているようです。私もそこで生態系がね、などと無粋な横槍を入れるつもりはありませんよ。神でも精霊でも王様でも魔王でも、なにかしら信じる対象があるのは、傲慢よりもずっと美徳ですからね。
「ノルン、釣り、初めて。餌、釣り針につける」
いやいや、さすがにそのくらいは知ってますよ。ところで餌なんて持ってきてましたっけ? 元スコットさんは残ってないようですし。
目の前でルチさんが石を研いだ原始的なナイフで、道中で貰った肘から先くらいあるトカゲを片っ端から潰して、3つ4つに切り分けていきます。どうやらこのトカゲ、魚の餌として使うようです。てっきり焼いておやつ代わりにするのかと思ってましたが、さすがに生きたまま潰してしまうのは心が痛みます。それをいうと食べるのはいいのかって話になりますけど、そこは永遠に答えの出ない問いなので考えるのはやめておきましょう。
トカゲくん、怨むならルチさんにしてくださいね。私はそう心の中で念押ししながら、ナイフをトカゲの首に突き立てました。
「ところでルチさん、ここって何が釣れるんですか?」
「魚、色々釣れる。でも狙うなら大物。タコ、狙う」
……タコ? タコとおっしゃいました?
大陸内陸部では珍しい生き物ですが、タコというのは海に棲息する8本足の軟体生物です。私たち庶民の食卓に並ぶことは基本的にありませんが、教会の不浄忌、獣肉を禁ずる1ヶ月ほどの期間中は、魚の干物に混じって乾物が流通することがあります。それでも高価なので滅多に口に出来るものではありませんが。
なので私は食べたことなどありませんが、教会の先輩方が言うには肉や魚とはまた違った旨味があるとのこと。いいですね、俄然やる気が湧いてきましたよ……って、あれ?
「……タコって海の生き物なのでは?」
「川にもいる」
世の中には見たことがないだけで、ドラゴンという種類の怪物までいるとのことですし、淡水に棲むタコがいても不思議ではありません。いや、十分に不思議ではありますが、ルチさんがいるというなら実際にいるのでしょう。得の無い嘘をつくようには見えませんから。
ルチさんが釣り竿を振って、刻んだトカゲだった物体が水の中に飛び込んだ瞬間、水面が泡立つように騒々しくなりました。引き上げられた釣り針の先には、何匹も小さな魚が噛みついて、どうやらこの川に棲息する魚は肉食みたいです。間違っても落ちないように気をつけないといけませんね。さすがにこの大きさで肉を噛み千切られるとは思いませんが、もっと大きな魚がいても不思議ではありません。聞くところによるとサメは海だけではなく、川や湖にもいるそうですし。
「こいつら、簡単。味、うまい。狙い目」
確かにこんな簡単に釣れるなら、初心者の私にも出来そうです。ルチさんに倣って釣竿を振ると、あっという間に水面が泡立って、何匹もマヌケ面をした魚が食いついてきました。
大きさは掌程度なので食べ応えはいまいちでしょうけど、荒野では貴重な食糧に違いありません。なるべく沢山釣って、集落のみなさんに貢献しておきたいところです。凶暴そうな口をパクパクと動かす魚たちを引き剥がして、再び餌をつけた釣竿を振り回しました。
一方ルチさんはというと、早くも大物を狙いに行くのか、弓矢を構えて上空から魚を狙っていた猛禽を悠々と射抜き、そのまま紐を括りつけて水面に放り込みました。すると水中から巨大な、ぬるりとした触手が伸びて息絶えた猛禽を捕獲し、強引に水の中に引き摺り込もうとするではありませんか。
どうやらタコは本当にいるようですし、おまけに思っていたよりも遥かに大きいようです。触手の1本1本が人間の足腰よりも分厚く、頭はそのまま寝転べそうなくらい広々として、さらには巨体に劣らない力強さで、近くの木に括りつけられた紐を根っこごと持っていこうとしています。
「タコ、釣れた! 気をつける!」
「……はいっ!」
威勢よく返事をしたものの、いったい何をどう気をつければいいのでしょう? とりあえず水中に引き摺り込まれないように、触手の射程外まで下がっておけばいいですかね?
そう判断して足を1歩2歩背後へと伸ばしたその瞬間、タコの頭から真っ黒い液体が噴き出して、あっという間に私の視界を真っ黒に染めてしまいました。
「……うわっ! なんですか、これ!?」
「左! 攻撃、くる!」
左? 私から見て左ですよね? 向かって左じゃないですよね?
ルチさんの言葉を信じて左側を庇うように両手を頭の辺りに掲げると、巨大な生き物にぶつかられたような衝撃が両腕を襲って、簡単に私の体を弾き飛ばしました。
同時に空気を裂くような甲高い音が響いて、なんとも形容しがたい奇妙な蠢くような音が続きます。前者は聞き覚えがあります、教会統治地でもよく耳にするルェドリア銃の発砲音です。ルチさんがタコに撃ったのでしょう、あの巨体にどれだけ効果があるかはわかりませんが、私の顔を覆う液体が落ちる頃には倒しておいて欲しいものです。
なんせ私は武術の達人とか戦闘のベテランとか、そういうのではありませんので、視界が奪われてはどうすることもできません。
「右、くる! 後ろに跳ぶ!」
まともに目が開かない中、ルチさんの言葉だけが頼りです。信用して後ろに跳んだ……というと、いかにも格好よく動いたように聞こえますが、実際はみっともなく転げ回るといった感じで触手を避けました。
ゴロゴロと地面を転がっていると、さっきと同様に銃声が響いて、その直後に地面を叩き回るような音が続きます。どうやらルチさんの銃が命中して、タコが嫌がっているか苦しんでいるのでしょう。
いいですよ、ルチさん! その調子でお願いしますね! なんせ私、目が見えてませんから!
とはいえ、このまま目が見えないのも不便ですし、そもそも危険過ぎます。服の袖で顔を拭うと、僅かにですが視界を確保できました。どういう状態かというと、真っ暗な部屋の中で僅かな板の隙間から外を見るような、それくらいの視界があるといった具合です。
タコは目の前、数メートルほど離れた場所にいて、ルチさんは私の左後方から2発目の弾丸を撃ち込んだところです。どうやらタコは陸上に上がると移動力が極端に落ちるようで、触手の暴れっぷりに対して本体そのものは全然動いておらず、鴨撃ちよりも簡単な的と化しています。
このままルチさんに任せてもいいんですが、私もやられっぱなしで許すような、出来た性格ではないんですよ。
「うあぁぁぁっ!」
気合いの叫び声を上げながらナイフを構えて突撃し、タコの触手の動きを先読みして体を低く屈めて避けて、そのまま腕を振り上げて刃を突き立ててやりました。そのまま思い切り刃を振り切ると、タコの触手から大量の水が噴き出して、私の頭から足元まで濡らしていきます。正直あまり愉快な気分にはなりませんが、おかげで顔を覆っていた黒いのが少しは落ちてくれましたよ。
普段の半分ほどまで回復した視界で確認してみると、私が与えたダメージは触手を抉った程度。与えた傷は8本の内の1本に過ぎませんが、私からしたら仕返ししてやったといった一撃です。そのまま捕まってしまわないように素早く踵を返して、ドタバタとみっともなくタコから離れることに成功しました。
「勇敢、見直した」
感心したように呟きながらルチさんが3度目の銃弾を撃ち込んで、タコはいよいよ耐えられなくなったのか、自ら傷ついた触手を1本切り落として水の中へと飛び込んでしまいました。そのまま大きく水飛沫が上がったかと思うと、タコはその場から姿を消してしまい、私たちの前からまんまと逃げ遂せたようです。
食材のくせに許し難いですね。次に会った時のために、もっと長くて分厚い刃物を用意しておきましょう。
「ルチさん、残念でしたね。逃げられてしまいました」
「でも足、確保した。食べ応え、それなり。上出来」
ルチさん的には成功と判断したのか、自分の体くらいある触手を桶に押し込んで抱え上げて、満足そうな笑顔を覗かせていました。嬉しそうでなによりです、頑張った甲斐があるってものですね。
帰ったらそのタコ、私にも食べさせてくださいね。
◆❖◇◇❖◆
その日の夜、集落の皆さんは私たちの釣果に満足したのか、私にも器に入ったスープを渡してくれました。
浮いている塊からは今までに嗅いだことのない匂いがしますけど、これがタコの肉なんですかね? 私だって頑張りましたからね、ヒルチヒキ族ではなくてもタコの一切れくらい貰う権利はあるはずですよね?
「……いただきます」
もしかして元スコットさんの肉ではないですよね、と内心で少し疑いながら肉に齧りつくと、牛や豚に似た歯応えの直後、口の中になんともいえない臭みとそれに反して濃厚な旨味が拡がっていきました。ほほう、タコって肉に近い味がするんですね、初めて知りました。
タコですよね? タコのはずですよね?
おそるおそるルチさんに目線を向けると、私の食べているもののとは色も質感も違う塊を齧っていました。
「味、うまい」
「ええ、おいしいです。ちょっと癖は強いですけど」
私の返事にルチさんは屈託のない笑顔を見せて、
「これでヒルチヒキ族の仲間。一緒に精霊、感謝する」
そう意味深な言葉を続けたのでした。
眠りにつく頃、耳元でなぜかスコットさんたちの断末魔がしばらく反響してたんですけど、これって疲れてただけですよね……?
▶▶▶「勇敢なヒルチ戦士と臆病な人間の話」
≪エネミー紹介≫
川の主
種 族:オクトパス(男、年齢不明、属性:水)
クラス:オクトパス(レベル4)
移 動:5↑2↓3(水中)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 30 10 2 6 4 9 3 8 1 0
【スキル】
【個人】川の主(水中にいる時、毎ターンHP20%回復)
【種族】オクトミューカス(水中限定。射程5の確定盲目付与)
【習得】ノックバック(直接攻撃時にノックバック発生)
【??】
【??】
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:D 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
なし
【所持品(3)】
なし