ルチ・フォナ外伝 第1話「人食い部族に囲まれて生贄に捧げられそうになった話」
非常に困ったことになりました。
周囲では髑髏を模した仮面を被った男たちや顔に骸骨のようなペイントを施した女たちが、丸太に縛られたスコットさん……そのような名前だったと思います、もしかしたら違うかもしれませんが、諸事情で確認が取れないため仮にスコットさんとします。とにかくスコットさんを囲んで、野蛮な部族の皆様がなにやら叫んでいます。スコットさんはつい先ほどまではまだ元気に、元気にというか死に物狂いで命乞いの言葉や恨みを凝り固めたような罵声、故郷の家族への遺言なんかを喚いていましたが、今は静かに黙って頭の皮を剥がされています。静かにというか事切れているだけかもしれませんし、まだ息はあるものの気を失ってしまっているのかもしれませんが、どのみち私からはわかりません。
それにしても恐ろしくも悍ましい光景です……うぅ、どうしてこんなことになったんでしょう?
なんて思ったところで状況が改善するわけでもないので、いったん落ち着いて物事を整理するところから始めましょうか。正しく状況を理解するのは必要不可欠です。私たちに勉学を教えた神父様も仰っていました、窮地を切り抜けるのは神への信仰と状況を正しく把握するための冷静さだ、と。前者は神職に就く者の建前で、後者こそが真に伝えたかったことだと思いますが、どうやらその仮説は正しく、今のところ神が降臨して状況を改善してくれる気配は見られません。神の存在を疑ってしまいそうです。ええ、神はいません。いたとしても今は休暇の最中なのでしょう。きっと下品な酒場で娼婦でも抱きながら、葡萄酒を頭から浴びているのです。神に対して不敬だと怒られそうですが、そういう俗物だとでもしないと神への信仰心が絶望と反逆の意思に塗り替えられてしまうので。
一方で彼ら、皮を剥ぎ終えて精霊への感謝を捧げている方々は、神はともかく精霊の存在は疑いもしていないようですが。
まず私の状況を整理しましょう。
私、ノルン・マイグラートはラステディン教会の研究機関に所属する新人です。新人も新人、俗っぽい言い方をすればド新人という立場です。学校を卒業したばかりの右も左もわからない新米で、配属されて2月3月ほどは雑用をこなしていました。これといった取り柄もなければ、座学はそこそこの成績だっただけで実地の無い新人に出来ることなど、掃除とお茶汲みと書類整理と配達くらいです。
そんな私に舞い込んできた最初の、厳密には雑用も立派な労働ですが、あえて最初という言葉を使います。最初のそれらしい仕事が今回の民族調査でした。
民族調査というのは私たちの暮らす国、ハルトノー諸侯連合領内の一部、ピョルカハイム保護区に暮らす諸部族の生態と勢力の調査のこと。ピョルカハイム保護区というのは、連合領の二大勢力シェーレンベルク騎士団にもラステディン教会にも従わず、経済基盤と物流を掌握するオルトア商業連合ともほとんど交流の無い独立した地帯。
独立領としては古代遺跡を保護するために独自の法体系と管理体制を築いたナクトラタ独立領、異端とされる異教徒たちが山地に開拓したオシストロ地下評議会、他は罪人を押し込めるだけに存在するヴェルトマー監獄島なんかがありますが、ピョルカハイム保護区はそれらとはまた違う土地です。
獣の亡骸のような岩肌と果てしない荒野が拡がる、神から見捨てられし土地とも揶揄される場所です。ああ、神はいないんでしたね。神(仮)に見捨てられし土地と訂正してお詫びします、誰に詫びる必要もありませんが。
この土地は、文化の異なる民族を受け入れられずとも尊重したいシェーレンベルク騎士団及びラステディン教会と、外部から文明を持ち込まれたくないという原住諸部族側の交渉の結果、彼らが手に入れた土地です。手に入れたというと聞こえはいいですが、実際はピョルカハイム保護区と周辺の鉱山や森林も含めた一帯の大地は元々彼らの領地で、開拓と保護、神の布教の名目でハルトノー諸侯連合が奪い取ったのですが、境界も騎士団も土地はそもそもが神の所有物であり、神から頂いたと考えているので、神がお認めになればそれは神の、しいてはハルトノー諸侯連合の土地なのです。ええ、神はいません。今頃ベッドの上で娼婦としっぽりと、もしくはずっぽりと耽っています。
で、当然ですが土地を巡る争いが勃発し、騎士団からは百数十人、彼ら部族側からは数千人単位の被害者を出し、お互いに深い禍根を残しながらも交渉と譲歩という形で、ピョルカハイム保護区に追いやることに成功しました。これがいわゆる大地の解放事変と一般に呼ばれている紛争です。
もちろんそれで全てが丸く収まるわけもなく、旅人が襲撃されてそのまま帰らぬ人になった事態が多発し、現在では騎士団と教会の認可を得た調査団以外の立ち入りは禁止されています。
話を戻しまして、教会の研究機関で働く新米雑用係の私は先日、調査団の一員としてこの地に足を踏み入れたわけですが、厄介なことに最も遭遇したくないタイプの部族と出会ってしまったのです。
ピョルカハイム保護区には大小合わせて数十とも数百ともいわれる数の部族が点在しているのですが、その中でも特に危険なのが戦闘部族あるいは人を食らう部族です。戦闘部族としてはタルダイ族やドゥローミー族、アルバディー族などがおり、いうまでもなくどれも非常に危険です。
人を食らう部族には大きく2種類あり、食物として人間を捕食する部族と信仰の儀式として人間を生贄に捧げる部族があり、より危険度が高いのは実は後者なのです。「え?」と思われる方もいるかもしれませんが、彼らも大まかに分類すると人間です。人間は自分のためにはそれほど頑張れませんが、別の上位存在のためなら幾らでも頑張れるという厄介な癖を持っています。
彼らも上位存在に生贄を捧げるためなら、自らの命を捨てる程に頑張るわけです。その典型的な例がヒルチヒキ族という少数部族です。少数ですが危険度レベルは最高値、疫病や災害、飢饉と同じ区分にあります。
そして最悪なことに私たちが遭遇したのは、そのヒルチヒキ族の集団だったのです。
ヒルチヒキ族、ピョルカハイム保護区の諸部族のひとつで、主に荒野と険しい岸壁に集落を築いて、そこそこ広い範囲に点在しています。風習として生贄に捧げるタイプの人食いがあり、旅人を襲って頭の皮を剥ぎ、丸太に括りつけて燃やす。学者たちの間では頭の皮を剥ぐのは魂を、皮を剥がされた身体を燃やすのは血肉を捧げるためと解釈されているものの、その風習ゆえに交流は少なく不明な点も多いため定説とまではいえません。あくまで諸説のひとつです。
基本的に男性は髑髏を模した仮面を被り、女性は顔に骸骨を模した白い化粧を施しますが、集落内の地位によるものでしょうか、一部には獣の頭蓋骨を被る者もいます。また男女共通して骨のような模様を手足や胴体に描き、見てくれは完全に野蛮な部族そのものです。
見た目も風習も野蛮な部族ですので、当然のように私たちは襲撃されて、多少の抵抗はしたものの見ての通り捕まってしまったわけです。ええ、もちろん神はいません。神の加護にと出発前に洗礼を受けましたが、効果はありませんでした。だって神はいませんからね。
「メフ・セテ!」
「ヤボ・ジ・テリガホビ!」
ヒルチヒキ族たちが燃え盛るスコットさんだった物体を囲みながら喚いています。確か『我らに加護を』『精霊に感謝を捧げる』だったと思いますが、ピョルカハイム保護区の言語は非常に難解というか癖が強いというか、私たちが一般的に用いる標準語と大きく違います。標準語は言うまでもなく神が作り人類に授けた言語ですが、彼らの言葉はそれ以前にあった古言語とも暗号が独自に進化したものともいわれています。
多少は理解出来るものの、完全に使いこなすのは一生かけても無理でしょう。
しかしこのままでは頭の皮を剥がされるのも時間の問題です。たどたどしい言葉でも彼らに歩み寄れば、一縷の望みもあるかもしれません。1年ほど学んだだけの付け焼刃ですが、交渉を試みることにします。
「テ・ネムナ! ルテ・ダ・ポイ!」
標準語に訳すと『話を聞いて! 敵じゃない!』です。発音はちょっと怪しいですが、たとえ片言でも自分たちと同じ言葉を使われれば、彼らの態度も変わるでしょう。人間が人間と戦う時、最も嫌なのは言葉が通じてしまうことだ、という説があります。世に蔓延る野盗や変質者の類を見る限り、あまり関係なさそうな気もしますが、一般的には言葉が通じないモンスターの方が戦いやすいとされているのは確かです。
「ヒニャ・メルム・デンベ、ラミレ・ロゾ・ピョルカハイム!」
標準語に訳すと『ピョルカハイム保護区の民を支援している』です。もちろん嘘です。私たちの社会の中では彼らは歓迎できない客人という扱いです。なまじ近い人種であるがゆえに、見た目で明らかにそうだと判別できるゴブリンやオークよりも危険度が高く、冒険者としてギルドに登録でもしない限り、つまり市民証の代わりが無ければ町への立ち入りも禁止されています。
当然、そんな招かれざる客を支援しようなんて奇特な方はいませんし、そんな組織はあるわけありません。しかし嘘のでっち上げでもしなければ、私の命も奪われるのです。嘘のひとつくらいつきますよ、それを咎める神なら先ほど不在証明がなされたばかりです。
「ワム・ヘケシア・ルルモ・ノイ・タム!」
そして私は彼らに伝えたのです、諸部族解放同盟の存在を。ええ、もちろん嘘です。
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「言葉、訛りひどい。わかりにくい。私、お前たちの言葉、わかる、少し。そっちの言葉、使え」
そう言って通訳を名乗り出たのは、私とそう変わらない年齢の若い娘です。他のヒルチヒキ族と違って顔に髑髏の仮面も被っていなければ、骸骨の化粧も施してはいません。獣の頭蓋骨を頭に乗せて、左右の頬に白く横線を引いているだけなので、部族内での地位が低い、或いは未成年ということなのでしょう。ちなみに顔つきは目鼻立ちが整っていて、一般的には美人ないし可愛いとされる顔をしています。ヒルチヒキ族がみんなこんな風貌だったら、一部の方々から熱烈に支援されるのでしょうが、他のみなさんは恐ろしい部類の見た目をしているので現実は非情です。いえ、彼らの中ではむしろそちらの方が美感に優れているのかもしれません。
「では、ありがたく使わせてもらいます。まず私の名前はノルン・マイグラート、諸部族解放同盟という慈善団体に所属しています。支援活動のためにピョルカハイム保護区に来たものの、それを是としない彼らに捕まってしまったのです」
もちろん嘘です。いえ、名前は本当です。嘘というのは真実を混ぜた方が効果的だといわれています、名前くらいは本当のことを伝えてもいいでしょう。
「ルチ・フォナ。ヒルチヒキ族、下っ端、普段は狩り、暮らす」
彼女はルチさんというそうで、ヒルチヒキ族の中では下っ端だそうです。普段は狩りをして暮らし、さらに続けて出てきた情報によると、この集落で唯一、標準語を扱えるそうです。標準語を覚えた理由はドワーフの行商人から物を買うためで、ヒルチヒキ族に限らずピョルカハイム保護区にも近代化の波は押し寄せていて、衣服や食器、道具に薬、それと武器、ある程度は自前で賄うものの資源の乏しいこの大地では、そういった外の文明も受け入れざるを得ません。というより完全な隔絶など不可能なので、どこかしらなにかしら互いに交わっていくものです。
「銃、手に入れた。武器、手にする、戦う」
そしてピョルカハイム保護区と外界との境界線付近で活動するドワーフの商人から銃を購入し、来たるべき蜂起の日に備えている、といったところでしょうか。
銃はこの辺りでは珍しいですが、騎士団領や教会の統治地ではそれなりに普及していてる道具で、火薬を使って金属の弾を飛ばす狩猟道具であり戦争の道具です。大きく分けて、単発式で比較的安く手に入るルェドリア銃と、標的の手前で筒が裂けて小さな弾に分かれるアンゴディア式、騎士団が運用するより遠くまで届くベリニャ式の三つがあり、彼女が手に入れたのは安価なルェドリア銃です。
安価といってもヒルチヒキ族が入手できたのは一丁のみ、まさに虎の子とでも呼ぶべき代物でしょう。
かつて銃を用いてピョルカハイム保護区に追いやられた部族の子孫が、今こうして銃を手にしているのも皮肉めいた話ではあります。
「私たち、人間、嫌い。教会、騎士団、もっと嫌い。理由ある。私たち、仲間、鉱山、連れていく」
なるほど。ピョルカハイム保護区周辺に点在する鉱山で、諸部族を労働者として扱っているという噂は聞いたことがありましたが、どうやら事実のようですね。慈善団体の職員としては看過できない事実です、まあ慈善団体なんて存在しないのですが。
「仲間、帰らない。他の部族、鉱山行く、帰らない。戦う、何度かした。敵、強い、銃使う。だから力、蓄える。商人、毛皮売る、武器買う」
そして毛皮売買を繰り返して、ようやく手に入れたのが例のルェドリア銃というわけです。もちろん1丁手に入れただけで戦況が引っ繰り返るわけではありませんが、銃があるとないとでは向こうの身構え方も変わってきます。
しかしこれは厄介な方向に話が進んでいるような気がします。提示する選択肢次第では鉱山を襲いかねませんし、仮に鉱山を襲撃してもヒルチヒキ族に勝ち目はないでしょう。その時、私が保護してもらえるかというと……答えは否です。鉱山労働に従事する人たちは基本的に荒っぽいですし、私のような若い娘が保護されたところで好待遇は、それどころか真っ当な人間扱いは期待できません。良くて性処理要員、悪ければ散々凌辱された上で殺されるのが落ちです。
間違っても鉱山襲撃の方向は避けつつ、出来れば境界線の行商人との交渉にでも連れて行ってもらい、そのまま適当な理由をつけて保護してもらうのが最善です。
「ルチさん、次回の商人との交易には私も同行させてくれませんか? もしかしたら諸部族解放同盟に連絡をして、支援物資を取り付けることが出来るかもしれません」
ちょっと都合の良すぎる話でしょうか? まだルチさん、それとヒルチヒキ族の皆さまが私の話を信じたとも限りませんが、どのみち信じてもらえないとスコットさんたちと同じように生贄にされるだけです。嘘がばれても生贄にされるでしょう。多少のリスクを負ってでも急ぐに越したことはありません。
……なにやらルチさんとヒルチヒキ族が話しています。
最悪、この直後に頭の皮を剥がされることも覚悟しておきましょう、いや、無理です! そんな辛い目に遭うくらいならいっそ一思いに、それも怖いです! お願いします、どうにか助けてください!
内心かなり慌てながら事態を見守っていると、どうやら話を信じてくれたのか、それとも確認するまでは生贄はやめておこうとしたのか、ルチさんが先ほどより少し明るい表情を向けてきました。
「いったん話、信じる。本当、助かる、ありがたい。嘘つき、皮剥がす、全身」
「……もちろん本当に決まってるじゃないですか。全力で支援させていただきます」
全身の皮を剥がされるのはもっと嫌ですねえ、と怯えながら、私はルチさんに精一杯の笑顔を返しました。どうやら私、取り柄が無いと思いながら生きてきましたが、嘘つきの才能はそこそこあるようです。
▶▶▶「族長が夢に出てきた話」
≪加入ユニット紹介≫
ノルン・マイグラート
種 族:人間・平民(女、18歳、属性:風)
体 格:147cm、41kg
クラス:旅人(レベル1)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 20 6 2 4 2 8 20 2 13 12
職補正 1 1 5 5
装補正 10
成長率 45 20 20 40 30 35 25 10 60 25
【スキル】
【個人】フィールドワーカーズ(周囲5マス内の罠や埋もれたアイテムを特定)
【種族】投石(射程3、0~3ダメージの間接攻撃を行う)
【兵種】旅の節約術(30%の確率で回復アイテムを消費しない)
【習得】冒険者の鞄・小(アイテム所持数+3)
【??】
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:C
【装備】
鉄の短剣 威力9(3+6)
革のマント 回避+10
【所持品(3+3)】