ルチ・フォナ外伝 第53話「箱入り娘はハコフグを釣りたい」

パルポ・メデ・ドゥベッペ! フォダヌム・ピルポポイ・クァンム、バーレウェルペン・フリラバ! ……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。せっかくバーレウェルペンまで来たのだから、磯釣りをせずに帰るわけにはいかない。普通の川釣りや池釣りならピョルカハイム保護区でも出来るけど、海が無いあの大地では海釣りだけはいくら願っても叶わない。一応、塩水の湖も無くはないけれど、湖と海では棲んでいる魚の種類がまったく違う。例えるならカバとバイソンくらい違う。

磯釣りに挑むのは初めてだけど、ちょっとしたコツはさっき教えてもらってきた。足元に落ちていた程よく大きな石を拾って放り投げる。ポチャンと音を立てて水面が弾け、その後しばらくして海底に落ちた音が微かだけど届いた。海底は岩がゴツゴツしていて平らではないけど、仮にさっきの音の場所を底だとしたら深さは掴めた。
あとは川や湖では起こらない複雑な潮の流れを読んで、きっと魚がいると信じて竿を投げる。そこに魚がいると信じることは大事だ。別に信じたから魚が現れるわけでもないけど、魚がいないと諦めていたら釣り針に迷いが生じる。魚はああ見えて賢い生き物なので、迷いのある不自然な餌には警戒心を抱くのだ。
「あの辺にいる、絶対に、きっと、間違いなく!」
拳ほどの鶏肉の塊をぶっ刺した釣り針を、鉛製の重りと一緒に投げ込む。あとは潮の流れに逆らわないように脱力して自由に泳がせ、魚が食いついてくれるのを辛抱強く待つ。この待っている時間こそ釣りの醍醐味だ、釣りが嫌いな者は待つのが嫌だという、私はいくらでも待つ、おなかが空かない間なら!

狙うのはもちろんバラクーダだ。見たことは無いけど聞いたところによると、大きな口と鋭い歯を持った肉食魚で、身の丈は成人よりも大きなこともあり、なのに水深の浅いところに棲んでいる。動物の肉だけでなく魚やカニなんかも食べるし、機嫌が悪い時は人間にも襲い掛かる、そんな獰猛な魚だ。
海の底から釣り糸に急激な力が加わった。どうやらなにか魚が食いついたようで、油断したら体ごと引きずり込まれてしまいそうになる。そんな時は無理に逆らわずに糸を伸ばし、岩礁で足でもかけて耐えながら相手が疲れるのを待つ。しばらく泳がせて弱ってきたら、徐々に糸を手繰り寄せて近づけさせ、陸地へと向かう潮の流れを利用して引っ張り、陸から離れる流れには抗う。
そしてじっくりと我慢比べをして、ようやく手に入るのが勝利の栄冠、大物の魚だ。

「バラクーダ! ……バラクーダ、違う?」

釣れたのは私より頭ひとつ丈の小さい縞模様の赤黒い魚で、グルーパーという肉食魚だ。バラクーダではないけど、これはこれで美味しいと釣り好きの猟師のおじさんが言ってた。蒸し料理にしても旨いそうなので、いったんそこら辺の水辺にでも放り込んでおいて、あとで拠点で待つヤクシ兄さんやみんなと食べよう。
なんせ私にはポータルがある。理屈はわからないけど扉同士を繋げて、大陸南西部のこの町から保護区の拠点まで一瞬で、廊下からお風呂に行くような手軽さで移動出来る。この町まで来るのに鉄道と馬車を乗り継いでひと月以上かかったけど、扉を設置してしまえば帰りは1秒、ポータルとっても便利。
美味しそうに魚を頬張るみんなの顔を思い浮かべながら、再び魚のいる水面めがけて竿を投げた。


◆❖◇◇❖◆


「コーネリス、この辺りにしましょう」
「お嬢様、足下に気を付けてください。岩礁は滑りやすく怪我をしやすいです故に」
「あら、私こう見えても運動神経は良いのよ」
何匹かグルーパーやウェルペンパーチを釣っていると、麦みたいな金色の髪をした仕立てのいい服の長身の女と、同じく麦のような色の頭をした細面の中年男が近づいてきた。釣りをする時はお互い邪魔にならないように、という暗黙の了解があるはずだけど、どこの釣り場でも約束を守らない奴はいる。
それをいちいち注意するほど暇ではないし、もし釣り針が引っ掛かったとしてもそれはそいつの責任だ。私の方に針が飛んできたら、その時は遠慮なく海にでも落ちてもらおう。

「お嬢様、ご覧ください。あちらに先客がいるようです」
「あら、本当ね。黒い髪をしているけど嘆きの民かしら?」
「お嬢様、黒髪がすべて嘆きの民とは限りませんよ。しかし黒い髪の毛の人種はこの地方では少数ですので、少なくとも移民である可能性は高いでしょう。どちらにせよ触らぬ黒髪にといいます故に、関わらないでおきましょう」
「あら、私は出自や髪色で差別なんてしませんことよ。もちろんそれが嘆きの民であったとしてもです」
「しかしですね、お嬢様。あそこにいる少年、いや、よく見ると少女ですね。彼女の腕をご覧ください、両腕にバチバチにタトゥーが入っております故に」
「あら、タトゥーだって立派な芸術よ。そういう偏見も良くないわ」
なにやら耳障りのいいようで、静かに釣りをした意味からすれば耳障りでしかないことを話し始めたけど、釣りをしないのなら帰って欲しいし、釣りをするなら黙って釣りをして欲しい。それと嘆きの民とかいう連中がどこの誰だか知らないけど、私はヒルチヒキ族であって嘆きの民ではない。

「そういうわけであなた、あら、私と同じくらいの年かしら? 学校はどちら? 私はファルベダール第1女学院の高度教育コースに通っているの」
頼んでもいないのに話しかけてきて、しかも知らない単語がいっぱい出てきた。そんなことより私はバラクーダを釣りたいので今すぐ帰って欲しい。
「お嬢様、相手に物を訪ねる前にまず自分の名前を名乗るのが礼儀ですよ」
「あら、それもそうね。私はベレンディーナ・ピッコリーナ、バーレウェルペンの6人のひとり、ディーデリック・ピッコリーナの第1息女よ。あなたは?」
いや、知らないし聞いてないんだけど。

「私はベレンディーナ・ピッコリーナ。年は15歳、恋人はまだいないわ。父はこのバーレウェルペンを統治するオルトア商業連合の6大商人のひとり、ピッコリーナ陸送隊の大頭目ディーデリック・ピッコリーナ。母はディンテーベリ水運の女社長、ベアトリクス・ディンテーベリ。そして横に居るのは護衛のコーネリス・デジェンよ、頼りなさそうに見えるけどエベリッサ式剣術を修めているの。あなたは?」
この町には詳しく名乗られたら答えないといけない、なんて決まりでもあるのかな? 少なくともヒルチヒキ族の集落にはそんな掟は無いし、タルダイ族やヴァッカレラ族にもそんな決まりはないはずだけど、名乗らないと余計に詳しく自己紹介されそうだから返すことにする。
「……ルチ・フォナ」
「変わった名前ね、でも素敵な響きだわ。それであなたはここで何をしているの?」
驚いた、どう見ても釣りをしているのにわからないのかな。もしかしたらこの女には釣り竿が杖とか木剣とか、そういうものに見えてるのかもしれない。今すぐ町に戻って眼医者に行った方がいいと思う。
「私は今度の研究発表のためにハコフグを捕まえに来たの。ハコフグは知ってるわよね、全体的にこう、四角形をしたお魚よ」
ベレ、ベ、なんだっけ、名前を聞き流した。ベレベレとかいう名前の女は、指先で四角形をなぞるように示してハコフグの説明をし始めた。大きさはどれだけ大きくても肘から先よりも短く、血液や臓腑に致死性の猛毒を持ち、調理するには正しい知識と経験、それを証明するフグ解体師の免許が必要になる。一番おいしい食べ方は刺し身で、潮風と太陽に晒して干物にしても旨い。

「私は生物研究会に入ってるんだけど、来月の学園祭で発表する予定なの。テーマはハコフグ毒による中毒症状の緩和及び仮死状態に対する蘇生措置よ。簡単にいうとアレよ」
「毒を以て毒を制す?」
「そう、それ。あなた地頭は良さそうね。嘆きの民は経済状況で学校に通えない子が多いと聞いたけど、あなたが望むなら学院に推薦するし、成績如何では奨学金も用意されるわ。推薦入学なら学費は半分免除、奨学金は最大で半分まで補助してもらえるから実質無料で通えるの。そして我が社ピッコリーナ陸送隊は、未来ある少年少女をなるべく支援しているのです。なぜならそれが高貴なる者の務めだから!」
ガッコウというのはきっと鳥の仲間だ、そんな名前の鳥がいた気がする。確か他の小鳥の巣に卵を捨てて行って、そのまま生まれた雛の子育てをさせる托卵とかいうのをするとかしないとか。私は鳥ではないので学校には行かない、むしろ鳥は撃ち落として食べる側だ。それに、
「嘆きの民、違う。ヒルチヒキ族」
私はヒルチヒキ族だ、嘆いていないし嘆くこともない。
「ヒルチヒキ? 聞いたこともない名前ね。コーネリス、あなたなら知ってるかしら?」
「残念ながら存じ上げません。そんなことよりお嬢様、早くしないとハコフグが逃げてしまいますよ」
そうだそうだ、釣りをするなら早くしろ。あと邪魔だから、どこか遠く、あっちの落ちたら助からなさそうな岩礁の方でやって欲しい。

「では、失礼するわ」
なのにベレベレは私のすぐ隣に、腕を伸ばせば殴れる距離に折り畳み椅子を置いて、堂々と腕を組んで海を睨んでいる。
「さあ、いつでも準備は出来てましてよ」
「……釣り竿、持たない。どうやって釣る?」
「私は釣らないわよ、餌にワームを付けないといけないでしょ、虫なんて触れないもの」
なにしに来たんだ、こいつ……。
「あー、ルチさんでしたかね。ちょっとこの釣り針にワームを刺していただけませんか、私も虫を触れません故に」
護衛のコー、コネ、誰だっけ? 護衛のコネコネも虫が触れないらしく、見るからに新品の釣り竿と砂と一緒に瓶詰めされたワームを渡してきた。なにしに来たんだ、こいつも……。
「ついでにいうと魚にも触れないわ、だってヌメヌメしてるんですもの!」
今すぐ帰れ。なんだこいつら、釣りをするしない以前の問題だ。餌も付けれないし魚も触れない、だけど魚は手に入れたい。そんな考えで磯まで来て、私が居なかったらどうするつもりだったんだろ? いや、餌を付けてあげたりなんてしないけど。

「そうだ、ルチさん。我々の代わりにハコフグを釣ってくれませんか、もちろん礼は弾みますよ、嘆きの民ではひと月働いても手に出来ないくらいの額を用意します故に」
「ちょっと、ルチさんはヒルチヒキ族という民族でしてよ。ヒルチヒキ族がどういう方々か知らないけど、きっと彼女のようにタトゥーがバチバチに入って、日がな一日釣りをしているようなギャップのある民族だと思うわ」
残念ながらヒルチヒキ族はそんなに釣りをしない。そんなことより、そろそろ私も自分の釣りに集中したい。ハコフグも興味は無くはないけど、今日の私の狙いはバラクーダなのだ。
「手伝わない。お金、いらない」
そう丁重にお断りするとベレベレトコネコネは驚愕したような表情を浮かべて、
「コーネリス、私は今、衝撃を受けましたわ」
「私もです、お嬢様。この世で最も価値のあるものは金と神だと我々は疑いもしないわけですが、どうやらヒルチヒキ族は金にそこまでの重きを置いていないようです。これには戦慄が走りました、信じがたい発言です故に」
両膝をがくがくと震わせながら私の方をじっと見てくる。そんなに驚かれて困るので、そのまま放置して再び竿を投げた。

「コーネリス、私、目から鱗が落ちましたわ!」
人間は魚でも半魚人でもない、目にも肌にも鱗はないし、当然落ちてきたりもしない。
「ハコフグの研究なんてしている場合ではありませんわ! 次の発表はヒルチヒキ族にしましょう、テーマは資本主義からの解放と原始から継承された精神、これでいきましょう!」
「はい、それでよろしいかと思います。なぜならハコフグを触らなくて済みます故に」
コネコネも魚が触れなかったのか。ほんと、ハコフグをどうやって捕まえるつもりだったんだか。
「ルチさん、私、あなたに興味津々でしてよ! 今度生物研究会のみんなを連れてきますから、また会いましょう。それでは、ごきげんよう」
そう言い残してベレベレとコネコネは岩礁をひょいひょいと乗り越えて、でも価値観の衝撃が残っていたのか1回盛大に転んで、再び立ち上がって堤防の上へと消えていった。

……疲れた。迷惑で騒々しい連中だったけど、とにかくこれで釣りに集中できる。
残されたワームを針に刺して、浅瀬に向かって竿を投げると、すぐに説明通りの四角い奇妙な形の魚が釣れた。どうやらこれがハコフグなる魚らしい。さっきベレベレが肝にも血にも毒もあると言ってたし、かといって海に戻しても一度釣られたマヌケが元の群れに帰れるとは限らない。
「仕方ない、捨てる、もったいない」
とてつもなく不服だけど、あの迷惑な連中にちょっと親切をしてあげることにしよう。
バケツにハコフグを放り込んで、釣り竿と餌を片付けて堤防の向こうへと歩みを進めた。

しばらくはこの町に滞在するってノルンも言ってたし、バラクーダはまた明日にでも挑むことにする。


▶▶▶「才女の園と襲撃する魔法生物の群れ」


≪NPC紹介≫
ベレンディーナ・ピッコリーナ
種 族:貴族(女、17歳、属性:風)
体 格:178cm、60kg
クラス:貴族(レベル31)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 30 14  8 10 10 17 15  6 24 35

【スキル】
【個人】高貴なる者の務め(貴族以外の隣接ユニットの被ダメージ-2)
【種族】貴族の嗜み(撃破した敵ユニットから少額の金を入手する)
【習得】魚釣り(河川で待機時に魚、アイテムを入手)
【??】
【??】
【??】

【技能】
短剣:D 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:D
体術:D 探索:E 魔道:D 回復:D 重装:E 馬術:C 学術:B

【装備】
ロンダリアダガー 威力23(9+14)
ハルモニア    魅力+12

【所持品(3)】
なし


コーネリス・デジェン
種 族:貴族(男、40歳、属性:雷)
体 格:180cm、73kg
クラス:衛兵(レベル31)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 34 17  7 18 12 19 18  9 12 15

【スキル】
【個人】疲れた執事(貴族以外に攻撃時、与ダメージ+2)
【種族】貴族の嗜み(撃破した敵ユニットから少額の金を入手する)
【兵種】暴徒鎮圧(敵増援出現時、HPを10%減少させる)
【習得】横薙ぎ(射程1の武器でも斜め方向に攻撃可能)
【習得】魚釣り(河川で待機時に魚、アイテムを入手)
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:C 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:C
体術:C 探索:E 魔道:E 回復:E 重装:C 馬術:C 学術:B

【装備】
ロンダリア鋼の剣  威力29(12+17)
ヴァルクアン携帯銃 威力21(4+17)
ロンダリア鋼の盾  守備+6    

【所持品(3)】
ハイポーション×2

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