彼女は狼の腹を撫でる 第16話 少女と蜂蜜とホットミード

迷惑な人間というのは少なからず存在する。
人間はそもそも他人に迷惑を掛けて生きる生き物だ、と言ってしまえば元も子もないが、迷惑というのは迷惑の量が必要以上に大きくなって初めて迷惑となるので、迷惑量が少ない者は厳密には迷惑ではないのだ。
では、迷惑量の多い迷惑な人間による迷惑とは何か?

やはり暴力が真っ先に挙がるだろう。

暴力的な振る舞いもそうだが、明確に暴力を用いる人間は周囲に受け入れてもらえなくなるものだ。
そんな者が自分の暮らす町に存在したら、例えば村八分的な扱いを受けるし、例えば引っ越せというような立て看板の1本も設置されるだろう。

そしてここ、開拓都市ワシュマイラの南街区にも、そういった人物が住んでいるようだ。

私は大量の立ち退き要求の看板が設置され、石畳の路地と件の家を仕切るように張り巡らされたロープ、その一角だけやたらと目立つ焼け焦げた跡や割れた窓の破片を眺めて、どこにでも迷惑な輩はいるものだと素直に思った。
もっというと、迷惑は自分にも降りかかってくるから迷惑なので、この辺りを通る時は油断できないとも。



私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。失踪した母と実家から持ち出された狩狼道具を探している。
ちょうど今、飛んでくる火炎瓶を全速力で回避しているところだ。





時間はほんの少しだけ遡る。
私は昨日から開拓都市ワシュマイラに来ている。ワシュマイラは大陸5大都市のひとつで、南部開拓の最前線基地。
労働者の町で治安は概ね良好。というのも鉱山懲役という、労働時間は1日12時間以上、囚人は腰に回収用の鎖を巻かれて6時間に1回食事のために坑道の中から引っ張り出され、最低限の食事と水分補給の後に再び、頼りないランプの光と共に真っ暗な坑道の中へと送り込まれるを繰り返す、平均寿命半年の地獄のような刑罰が存在するため、単純にどんな犯罪行為も割に合わないからだ。

しかし世の中には特例というものがあって、鉱山懲役を免除される者がいる。
そのひとつが労働力にならない子どもと老人だ。
アントン・ヨーホホとその孫男子は、その特権を最大限に活かして傍若無人に振る舞う町の迷惑者らしい。どのくらい迷惑かと問われれば、旅行者の私が滞在2日目にして彼らには気をつけなさい、とあちこちで忠告される程度には、と答えれば理解してもらえると思う。

そんな連中は刑務所にでも放り込んでおけばいいのだけど、ワシュマイラには通常の、いわゆる牢屋に入れて強制労働と臭い飯で出迎える懲役が存在しない。
鉱山懲役の他には罰金刑しかないのだ。懲役刑が鉱山懲役に置き換わることで、労働力にならない年齢に該当する者への矛盾が生じてしまったのだ。
仕組みの盲点というやつだ。

で、その仕組みの盲点を突いたのがアントンじいさん。
養蜂農家で、蜂蜜から蜂蜜酒まで一手に賄っている。利益は膨大で罰金刑を一切苦にしないとなったら、もはや好き勝手し放題だ。

数年前から妙な機械を使っていると耳にしたので、もしやと思い住居付近まで足を踏み入れてみた。



まず最初に飛んできたのは銃弾だった。
既製品ではない手造りの銃のため命中精度が低く、発砲音と数メートル先を通り過ぎる弾丸で驚かされる程度で終わったが、反射的に身を低くして石畳の一部を掴んで剥がして弾丸の方向へと投げつけた。

ちなみに別大陸ではどうか知らないけど、この大陸全土で民間人の銃の所持は禁止されている。
銃の所持を許されるのは王都にいる王とその身辺を守る近衛兵たち、王都から派遣される治安維持組織である騎士団、あとは正式に魔道学院を卒業した上で王都から任命された仕事に就く一部の魔道士、それと王都公認の狩狼官、このくらいだ。

余談だけど、銃以外にも発動機付きの車、公的に設置されたもの以外の遠距離通信、地上3メートル以上の高さの飛行、一定量以上の火薬の所持と使用、外洋への渡航、魔術の行使など、色々と民間人の禁止事項は多いけど、それはあえて語ることでもない。

問題なのはアントンじいさんが手造りとはいえ銃を使用したこと、私の投げた石が彼の孫の頭を直撃して、ビギャアアと大きな泣き声が響き渡っていること、このふたつだ。

怒り狂ったアントンじいさんは、一般的な石と煉瓦の一軒家と庭に築かれたちょっとした防壁のような石壁の向こうから跳び出して、棒状や十字型、鉤型、様々な形状の手裏剣と呼ばれる刃物をがむしゃらに投げ、一段落ついたと思ったら、今度は硝子瓶に油を詰めて布や紙で口を塞いだ火炎瓶を投げつけてきた。

火? 火は当然ついている。





以上が事の顛末だ。
つまり迷惑だと思われているじいさんは、声が大きいとか図々しいとか厭らしいとか汚いとか、そういう類の一般的な迷惑ではなくて、銃の違法改造に使用、刃物や火炎瓶の投擲を一切躊躇しない、過激な危険分子に当てはまる類の迷惑者だったのだ。
しかも路地を歩いているだけで銃撃してくる理不尽さと無駄に活動的な側面も持ち合わせている。
そしておそらく、それでも自分が鉱山懲役に処されることがない、ということも自覚した上での振る舞いだ。

そのため近隣住民からは蛇蝎の如く、いや小型災害の如く嫌われて、しかしこれだけの武装を掻い潜って苦情を申し入れることなど不可能なため、周囲に立て看板を立てたり、ロープを張ったり、村八分にするしか手の施しようがない。そういうことだ。

「このくされ×××の××××が! よくもわしの孫に石を投げたな、この×××! 絶対に許さんぞ、貴様の×××を引きちぎって×××の餌にしてやるぞ、××××!」

おおよそ世間一般で口にしてはいけない単語を連呼しながら、アントンじいさん――隠遁者のように伸びきった白い髪に髭、頭は皿のように禿げ上がって、白い毛がまばらに生えている。服装はなめし革のマントに布か衣服の境目にあるようなボロボロの格好、この寒い気候では考えられないが両足共に裸足で、右手に釘が大量に刺さった棒きれ、左手には血で黒く錆びついた鉈を握っている――要注意危険人物の風貌のじいさんが、手に持った釘付き棒を地面に叩きつけ続けている。
町でも有数の金持ちらしいが、身なりに一切気を遣わないのか、反対にこだわりでそうしているのか、とにかく異様な姿だ。

「この×××め! ぶち××してやる!」

そう叫んだ瞬間、石壁の向こうから人間大の大きさの巨大な蜂を模した機械が飛んできて、尻尾の針を私のすぐ横の壁に撃ち込み、長い釘のような太い針を残して再び飛び上がる。
針は鼻を突くような異臭が発している。おそらく体内に入り込んだら命を落としかねない毒物だ。



【メガララ】
ブランシェット家の先々代当主、つまり実家のばあさんが開発した自動攻撃を行う大型の蜂型ユニット。針には即効性の猛毒が仕込まれ、大型の猛獣でも数秒の内に生命活動を停止させる。



よりにもよってだ。
ブランシェット家の狩狼道具の中でも相当厄介な部類に入る代物だ。なんせ一撃必殺の蜂が、巨大な上に高速で飛び回る。
それだけでも厄介なのに、機械だから並大抵の攻撃ではびくともしない。それこそ一定量以上の火薬で吹き飛ばすか、重量のある巨大武器で叩き落すかでもしない限りは。
それも当たってくれればの話だけど。

私は全速力で路地を走り抜け、一気に機械蜂の行動範囲まで逃げる。
蜂の行動範囲は持ち主を中心に半径100メートルほど。おまけに銃に手裏剣に火炎瓶、さらに本人は石壁で守られている。
道理で報復に出る者がいないわけだ。

十分に距離を取り、走る足を止めて肺に大量の空気を吸い込み、苛立ちと一緒に一気に吐き出す。

「あら、あなたもアントンじいさんに意地悪されたの?」
私に声を掛けてきたのは、上品そうな貴婦人といった風体の中年女性だ。かわいらしさと力強さを併せ持った大型の犬を連れている。

「ええ、そうなんです」
無意識に犬を撫で廻しながら答える。大型の犬には大型の犬にしかない魅力がある。犬は小さくてもかわいいけど、大型だからこその魅力もあるように思う。かわいくない犬なんてこの世に存在しないけど。
しかし、特に理不尽な不幸に遭遇した時なんかは、大型の犬でしか癒せないものがあると思う。

この大型の犬からしか摂取できない栄養を突き止めて、学会で発表したら大陸中に名を広めることになるだろう。それくらいの癒し効果がある。

「あらあら、犬が好きなのねえ。でも急いでるの、ごめんなさいね」
上品な貴婦人さんは犬を引っ張り、そのまま路地の向こうへと歩き去っていく。

ありがとう、上品な貴婦人さんとでっかい犬ちゃん。あなたたちが来なかったら、今頃理不尽さに涙するところでした。

その後ろ姿にぺこりと頭を下げて、感謝を抱きながら、さてどうしたものかと考えながら一旦宿へと戻ることにした。
どのみち攻略には道具が必要だ。それに蜂から身を守るための策とかも。



◆❖◇❖◆



「……犬臭い」

宿に戻った私を、金髪の誰がどう見ても100人が100人美少女と答えるであろう美少女が、鼻を摘まんで出迎える。
彼女はファウスト・グレムナード。13歳。私と同じく自由都市ノルシュトロムで暮らし、色々あって下宿も同じ部屋。
魔道士育成機関であるメフィストフェレス魔道学院高等部に飛び級で通い、素行不良のため次席ではあるが、教師に逆に指導する程の知識と素質を持つ天才。
魔道留学制度という、他の都市の魔道士育成機関に出向する形で、移動費から滞在費まで全て学院持ちになる夢のような制度を利用して、私に送れること数日、高速艇でその差を埋めて1日遅れでワシュマイラにやってきた。

おかげで今日以降の宿代も食費も無料なわけで、ファウストの滞在期限内はゆっくりと探し物が出来るという寸法だ。

「それで、狩狼道具は見つかったの?」
顔を洗って、服に着いた土埃を落とす私に問いかけてくる。
「見つけたけど、かなり厄介な奴が持ってた」
汗と水を拭き取りながら、ファウストに先程の顛末を伝える。
数秒後に天才美少女魔道士の顔が、呆れてうんざりすることを予想しながら。



「なにその、迷惑なじいさん」

予想通り天才美少女がうんざりした顔をしている。
それはそうだ。ファウストも校舎の損壊に始まり数々の迷惑を学院内で及ぼしたが、あくまでも魔道士が育成機関の敷地内でやらかしたという話だ。
誰彼構わず見境なく攻撃してくるのは、もはや迷惑の範疇を超えている。

「厄介なのは機械の蜂だけど、まあこの天才美少女魔道士、ファウスト様の手にかかればどうにでもなるでしょ!」

ファウストの考えた作戦はこうだ。
まず増殖して壁代わりになるテヅルモヅルの悪魔を呼び出し、機械の蜂の進攻を妨げる。機械の蜂は一撃必殺の毒針を持つものの、蜂本体の力はそれほど強くないため、障壁を突き破ろうとする習性はない。おそらく隙間を探そうとするだろう。
そこを長距離から狩狼道具マンハンター、複数の矢を同時発射するボウガンで狙撃する。
一度で撃ち落とせなければ、誘導と妨害からの狙撃を繰り返す。

妥当な作戦だ。不意打ちで石壁ごと吹き飛ばす、なんて言い出したらどうしようかと思ったけど、ファウストはアントンじいさんと違って、その辺りの分別がついているようだ。

「今、なんか失礼なこと考えなかった?」
「全然」

一瞬、心を読める悪魔とでも契約したのかと思った。



◆❖◇❖◆



ファウストを連れて改めてアントンじいさんの住居付近に足を運ぶと、その凶行の被害を受けた者たち、通称『激ヤバジジイ被害者の会』が結成され、近所の住民たちに大きな犬を連れた上品な貴婦人、厚手の毛皮のコートをまとった目つきの悪い少女がふたり、それから手裏剣を手に持ってわあわあと騒いでいる子どもたちが黒山の人だかりを作っている。

アントンじいさんはというと、激ヤバジジイ被害者の会に土下座しそうな勢いで謝っている息子夫婦らしき男女を足蹴にして、手造り銃を人だかりに向けて発砲しながら、ほぼほぼ文字に書き起こせないような類の単語を連呼している。

人だかりは蟻の子を散らすように逃げ出して、残ったのは私とファウスト、少し離れてコートの少女ふたり。
彼女たちが何者なのかも少し気にはなるけれど、私たちは目的を果たすだけだ。

ファウストに合図して私は路地を一気に走り抜け、適当な建物と建物の間に潜り込む。そのまま壁をよじ登って屋根の上へと躍り出て、アントンじいさんを上から見下ろせる位置に陣取る。
ファウストはその間に巨大な珊瑚のような悪魔テヅルモヅルを呼び出して、節々を増殖させながら瞬く間に路地を覆うような巨大な柵を作り出す。

「おい、ジジイ! お前の悪行もこれまでだ!」
「なんだと、この×××のメス××が! 子どものくせに、この××××め!」

ファウストの頭から蒸気のような白い煙のような気体が噴き出た、ように見えた。
おそらく目の錯覚だと思うけど、怒り心頭になると怒髪天を衝くという言葉通り、頭頂部からなにか出てくるのかもしれない。

「ふざけるな、このクソジジイ!」

ファウストの目の前に、全身に無数のトゲトゲがついた巨大なミミズのような化け物ヤガラモガラが現れ、ぐるぐると回転しながら石畳や壁を削っていく。
さらにササラモサラなるパイプオルガンを滅茶苦茶な形にしたような怪物が現れ、無数の鉄筒から大量の炎と鉛の塊を吐き出して、石壁も家も何もかもを粉砕していく。
回転に巻き込まれて空中へと放り出される息子夫婦、それと孫。
2体の悪魔に向かって、銃や手裏剣で攻撃し始めるアントンじいさん。
その周りを跳び回って毒針による攻撃を開始する機械の蜂。

目の前で繰り広げられる破壊は混沌の極みにあり、迷惑の度を超えたじいさんも、一瞬でそのさらに上を行く破壊をもたらす天才美少女魔道士も、どちらが迷惑かわからない程に暴れ回り、次々と周囲の建物が削れ、崩れ、吹き飛び、燃え上がり、瓦礫が雨のように降り注ぎ、機械の蜂を落せせないまでも速度を大幅に削る。

作戦通りではないけど、狙撃出来る状況には持ち込めた。
ゆらゆらと細かい破片を避ける機械の蜂に狙いを定め、翅の部分めがけて同時に複数の矢を発射する。

蜂は咄嗟に回避行動を取ったが、同時同速度で放たれた矢をすべて避けることは出来ず、翅の1本を射抜かれて、蛇行のような軌道を描きながら墜落した。

それと同じくして、ファウストの呼び出した悪魔たちが毒で倒れて動きを止め、アントンじいさんも全ての武器を使い果たして、ぜえぜえと背中を曲げて呼吸を荒げながら両手と両膝を地に着けている。

周りは複数の路地に跨るほどに被害を出し、辺り一面が崩落した廃墟のような姿へと変貌して、見るも無残な状況にある。
戦いはいつも空しい。戦いの後に残るのは悲しみと寂しさだけだ。



「ぎゃああああ!」

そんな中でアントンじいさんの息子夫妻が、大きな犬をけしかけられて、首根っこを噛みつかれてぶんぶんと振り回されている。
じいさんはじいさんで、被害者の会の面々に囲まれて、容赦なく踵で踏みつけられている。
どんな危険な思想と行動力の持ち主でも、機械の蜂と銃と武器が無くなれば、所詮はただのひとりの老いぼれた老人だ。さすがに気の毒な気もするけど、まあこれもじいさんの身から出た錆というやつだ。

「おいおい、それくらいで勘弁してあげなよ。こいつはうちらできっちり始末しとくから」
「ヘイ、イヌッコロ。邪魔」

毛皮コートの少女ふたりが、片方は気絶寸前のアントンじいさんを肩に担いで、もう片方がコートの中から飛び出した有線式の手錠のような捕獲機で大きな犬の前後ろの脚を掴んで、拘束したまま上に持ち上げて息子夫婦から遠ざける。
コートの中の機械、もしかしたらブランシェット家の狩狼道具だろうか。

少し調べてみる必要があるけど、今は機械の蜂の回収が先だ。
私は沈黙する機械の蜂の頭に触れて、掌に乗る程度の小さな箱に変えて収納する。相変わらず、なぜ機械が腕輪や籠手の形で収納できるのか、どうして小さな状態から元の大きさに展開できるのかはわからないけど、世の中には私の理解の範疇にないようなことが多過ぎる。

考えても仕方ないのだ。
例えばどうしてあのじいさんが狂人になってしまったのか、例えば勝ち誇っている天才美少女魔道士にどんな罰が待っているのか、あとは私にも責任があるのかどうかであるとか。



私たちは警察隊が駆けつける前にこっそりと宿へと戻り、ファウストは温かいお湯で溶いた蜂蜜茶を、私は蜂蜜酒をお湯で割って飲み込み、口の中に拡がる甘さを堪能したのだった。



ちなみにこの大陸では、飲酒は16歳から合法だ。苦みのある酒は得意ではないし、あえて珈琲より高いものを常飲しようとも思わないけど、蜂蜜酒だけは時々飲んでもいいとしているのだ。

アントンじいさん? さあ、どうなったんだか……。





今回の回収物
・メガララ
自動攻撃を行う大型の蜂型ユニット。黄色と黒。
メガララは世界最大の蜂、メガララ・ガルーダから。
分類:お供ユニット
威力:40
射程:150メートル
弾数:8
追加:毒

今回のお供
・ファウスト・グレムナード
13歳の天才魔道士。ヌメメポン奥義書と隠秘哲学ニョニョッペー第五十七書で学んだ。
威力:40(フンガムンガ/投擲)
威力:20(テヅルモヅル/障害物構築)
威力:70(ヤガラモガラ/捕獲+投げ)
威力:360(ササラモサラ/全周囲無差別攻撃)

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