ルチ・フォナ外伝 第23話「大地に線を引く愚かな種族の話」
「ノルンさん、あんたに郵便だよ」
「私にですか? どなたからでしょう?」
ドワーフの商人から受け取った手紙には教会の正規書類であることを証明する聖印とリヒャルド・ウーノ、シャリル・ドヴァのふたりの連名での署名が記されていました。ふたりは私たちの支援者、といっても支援は1度きりのままですが支援者であることに変わりはありません、支援者のヨアヒム・ヘイルワード司祭の側近で、私やルチさんとは知らぬ間柄ではない、といった人物です。
「次の支援に関してでしょうか?」
「さあね。でも金が貰えるんだったら、また武器を大量発注してよ。値段は勉強させてもらうから、ねっ!」
そう言ってドワーフの商人は仕事に戻っていきました。どうやら彼は手紙の中身までは知らないようです。商人としては正しい、勝手に人の手紙を読むような人物が扱う商品なんて、特にわずかといえども暴発の危険が付きまとう銃火器の類などは信用出来ませんからね。
手紙の日付は1月ほど前のもので、ピョルカハイム保護区の内部、さらにはヒルチヒキ族の集落まで運んでくれたことを考えれば決して遅くはありません。むしろ途中で紛失しなかったことに感謝しておくべきでしょう。
「手紙、なんて?」
「ちょっと待ってくださいね」
手紙を覗き込んでくるルチさんの顔を押し返して、記されている文に視線を落としました。そこに並んでいたのは簡単な挨拶と前回ほどではないものの支援の約束、私たちが保護区に戻ってから公布されたピョルカハイム法の改正、それに伴う新たな変化に関してでした。
ピョルカハイム法とはその名の通り、ピョルカハイム保護区に暮らす部族と領土に関しての法律です。ピョルカハイム保護区はそこに暮らす諸部族の保護と土地を巡る争いを防ぐという名目で、シェーレンベルク騎士団とラステディン教会が共同で管理し、これまでは民間人による開拓を禁じていました。
それが此度の改正により、ピョルカハイム保護区は騎士団と教会が現在所有権を有している土地ということに変わり、所有権の購入もしくは借地代を支払うことで民間の商人や農家でも開拓出来るようになったのです。
ふざけた話です。勝手に保護区の土地を自分たちのものとした上に、さらには勝手に売買しようというのですから。そもそもこの大地は神から与えられしもので、それを神に代わって統治しているというのが教会や騎士団の共通理念というか建前だったはずです。なにを神に許可もなく売ってるんですか? まあ、神なんて存在しないので前提から間違っているのですが。
それに保護区の部族のみなさんは、外とは土地の概念がそもそも違うのです。大地は精霊や大いなる自然のもので、自分たちはたまたまそこに生まれ住んでいるだけ、というのがみなさんの基本的な考え方です。縄張りに集落を築いたり、暮らすために開墾したり、場合によっては防御柵を作ったりもしますが、土地を所有しているとか金に換えようといった発想そのものが持ち合わせていないのです。
そこに外の法律を勝手に当て嵌めてしまおうなんて、実に教会らしい傲慢な考え方だと呆れてしまいますが、その傲慢さや身勝手さこそが厄介の種なのです。
「つまり?」
「開拓が始まるかもしれない、ということですかね」
ルチさんが不思議そうな顔をしています。まあこれまでと然したる違いはありませんからね、そもそも教会の調査隊や騎士団とも繋がりのある人狩り商、野盗やならずもの……これまでも保護区に踏み込んでくる勢力はいくらでもいましたので。
とはいえ楽観視も出来ません。騎士団や教会と違って民間の開拓だと止めどころを見失って、成功するか破滅するかのどちらかまで終わらない可能性もあります。そこに神への狂信や部族に対する妄執が加わってしまうと、当初の目的を見失ったまま利益度外視の聖戦めいた形になってしまいかねません。
「装備や人材の質は騎士団の方が上ですが、しつこさは奴ら以上かもしれません」
さらには民間人に依頼された命知らずの冒険者、そんな連中も厄介です。命知らず程度ならまだしも、危険な地域での冒険や脅威度の高いモンスターの討伐経験の持ち主なんかが混ざった日には……冒険者の質はそれこそピンからキリまでですが、七王の称号を冠した冒険者の最上位連中、彼らはまさに一騎当千の戦力の持ち主と噂されています。私たちの戦力では、どう甘く見積もっても対抗するのは無理でしょう。
「場合によっては質も装備も騎士団以上かもしれません。要するに……」
「要するに?」
ルチさんが隣に座ったまま上半身を傾けて、私の言葉を待ちます。いやいや、私なんてただの元調査員ですからね。そんなすぐに名案を思いついたりしませんよ。
しばらく考え込んでいると、ルチさんがなにか閃いたのか傾いていた上体を起こして、そのまま立ち上がりました。
「なにかいい策でも?」
「開拓、大変、諦める。そう思わせる」
確かに土地を買われたところで、開拓なんて出来る状況ではないと思わせたら引き下がってくれるでしょう。仮にさらに労力と人員を注ぎ込んでくる相手がいた時は……そこまで開拓話にそれほど乗る人がいるとも思えませんが。一から開拓するにしても大部分が荒野ですからね。
◆❖◇◇❖◆
もし私が開拓者だとしてピョルカハイム保護区の中で買える土地を選べるとしたら、農耕に不向きな荒野や砂漠は選択肢に入りません。水辺に面した森や草原、あるいは鉱脈があると判明している鉱山でしょう。この近辺の鉱山はヒルチヒキ族が仲間を取り戻すために襲撃した後も、騎士団や教会から奪われないように、ついでに武具や資材を買うための金銀を掘り出すために定期的に見回りをしています。
そちらは引き続きヒルチヒキ族のみなさんに任せておくとして、私たちが偵察に向かうとするならば水辺、それこそヴァッカレラ族の縄張りの辺りでしょう。広い保護区すべてを見回ることなど不可能ですが、せめてルチさんたちの暮らしに面倒事が舞い込まないようにしたいものです。
「ノルン、あっち、誰かいる」
「現地調査に来た開拓者でしょうか?」
ヴァッカレラ族が縄張りとする川べりにほど近い原野に、兄弟か親戚の間柄なのでしょうか、似たような顔をした商人らしき男たちが3人います。ひとりはルェドリア銃を背負っているので一応それなりに武装はしているみたいですが、人数も少なく襲撃を行うには装備も頼りない程度です。おそらく護身用に銃を持ってきたといったところでしょう。
「ひとり見逃す、ふたり捕まえる。怖い、思わせる」
「ルチさん、待ってください。彼らに手を出すと騎士団が攻め込む口実を与えかねません」
野蛮な原住民に襲われた、と市民に泣きつかれた、という大義名分で仕掛けてくる可能性もありますからね。そのための法改正、わざと火種を作ってしまうことで休戦していた保護区との争いを進める、そういった目的があるやもしれません。以前ヘイルワード氏が言っていたように、国境線を維持する力がないのであれば矛先が内部に向かうことは充分に考えられます。国境が数百メートル、仮に数キロ単位で後退しても、未着手だった土地の開拓が進めば資源的には増えたことになります。その場凌ぎの詭弁ですが。
「ここは平和的に、例えば開拓がいかに大変か教えてあげることで、諦めさせる方がいいと思います」
「もし襲ってくる。その時、撃つ」
「それは仕方ないでしょう。立派な正当防衛です」
それも騎士団の罠かもしれませんが、疑うとキリがありません。その時は彼らに全滅してもらって、死体は生贄にでもしてもらって、表向きは行方不明になったことにでもしましょう。
「では、行ってきます」
「なにか起きる、合図する」
安全のために同行してくれたヌン・ドゥガさんとネム・ピヒャさん、土地柄上もしもの時のために来てもらったヤクシさんには一旦この場で待機してもらって、風貌的に警戒心を与えないルチさんと私とで接触を試みます。
ルチさん、申し訳ないですが獣の頭蓋骨は脱いでおきましょう。それがあるだけで警戒心は100の内30くらいまで上がってしまいますからね。
「あのー、もしかして開拓者の方々ですか?」
近づきながら明るい声で呼びかけると、あちらは一瞬警戒した態度を取りましたが、こちらが若い女ふたりとわかると警戒心をある程度緩めたようです。それでも警戒姿勢を残すのはルチさんが背負っているアンゴディア式散弾銃のせいでしょうが、仮に銃もなしに無防備な恰好で荒野をうろうろしている女がいたら却って怪しいですからね。
「ああ、そうだよ。この辺で綿花でも育てられないかなって考えてるんだけど、どうやら中々大変そうだね」
「そうですよね。私は教会の調査員ですが、この辺りの水辺には危険な毒蛇も棲んでいますし、ピョルカバイソンやベヘールが水場として利用することがあるんですよ」
ピョルカバイソンは保護区に棲息するバイソンで、移動経路上にいるものは武装した商隊でも平気で蹂躙する気性の荒さが特徴です。バイソンの道は迂回しろと教えられるくらいですので、威嚇としては悪くないでしょう、水場に使っているのは嘘ですが。
ベヘールは巨大な角を持つサイで、これも保護区独自の野生生物です。角に電気を溜め込む習性があり、襲われたハンターが焼け焦げた遺体になって帰ってくる、なんて噂があるほどです。こちらも水場は嘘ですが、警告としてはそれなりに効果的でしょう。
「うわあ、マジかよ。参ったな、ここら辺の土地を買おうと思ってたのに」
「なあ、お嬢さん。部族は? 部族はやっぱり怖いのかい?」
どうしましょう。正直に答えるとおそらく過度に恐れられるでしょうし、かといってみなさん善良で温厚で友好的な人ばかりですよ、と嘘を吐いてしまうと付け入る隙を与えてしまいます。なにかこう、玉虫色の回答が思いつけばいいのですが……。
「ドゥローミー族、危険。この辺り、時々現れる」
「どぅろぉみい? なんだ、それ?」
ルチさんの忠告めいた返事に対する反応を見るに、どうやら保護区の知識は持ち合わせていないようです。調査隊でも研究者でもないので知らなくても当然ですが……いや、売る側の騎士団も教会も教えてないってことですよね。なんだか詐欺めいた話になってきましたよ。
「あのー、教会や騎士団は教えてくれなかったんですか? その、基礎知識というか、注意点というか……」
開拓者のみなさんは目を丸くして、
「いや、俺たちが聞いたのはここの土地を買うか借りるかすれば、自由に使っていいってことだけだよ」
「面積の割にバカみてえに安いから、買う前に下見に来たんだよ」
「でも、ここまでの足代と開拓の手間を考えたら、普通に農地を買った方がよさそうだな」
なんて呑気なことを言っています。どうやら騎士団や教会の関係者という線は無さそうですし、単なる悪徳業者に引っ掛けられた農夫だったようですね。少々気の毒ですが落胆したまま帰ってくれるでしょう。
彼らにドゥローミー族の危険性を教えて見送った矢先、いきなり大地が揺らぎました。真っ直ぐ立っていられないほどの揺れ、普段は冷静で物怖じしないルチさんでさえも獣のように四つん這いの姿勢を取って、突然起きた奇妙な現象を耐え凌いでいます。
「ルチさん、なんですか、これは!?」
「わからない! 大地が揺れる、初めて!」
どうやらピョルカハイム保護区特有の自然現象でも無いようです。それにしても地面が揺れるなんて、いえ、どうやらそんな程度では収まらないようです。目の前では文字通り大地が線を引かれたように裂け、さっきまで会話をしていた農夫たちが沈む地面に飲み込まれていきました。お気の毒ですが運が悪かったと諦めてください、こちらも助けに行く余裕なんてありませんから。私たちが今のところ無事でいられるのは、たまたま立っている場所が崩れなかっただけのことなのです。
数十秒か数分か、時間がわからなくなるくらい大きな揺れが鎮まると、この一帯の大地、遥か地平の向こうまで巨大な獣が暴れたような爪痕が残されていました。
それと、
「……ルチさん、あれは一体なんですか!?」
「知らない、巨大な蛇」
大地の裂け目、その中でも一等壊滅的な爪痕からバイソンやベヘールよりも遥かに巨大な、天にも到達しそうな蛇のような怪物が姿を現したのです。
▶▶▶「荒野の王と守護者の伝承」