ルチ・フォナ外伝 第22話「秘密の渓谷でかわはぎを釣る話」
ラルゲ・ネバマヌチ・デピャ! レメ、バルム・モルゲ、アシャテ・テテノ、サルワニム! ……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。同盟部族を増やして集落に戻った私は、拠点近くの水辺から下流に位置する渓谷へと足を延ばすことにした。
目的はひとつしかない、そう、趣味の釣りに勤しむのだ。今回は道中で遺跡巡りは出来たけど、釣りをする機会が無かったので釣り自体が久しぶりだ。釣り竿は銃と同じ、しばらく触っていないとなまってしまう。
集落の釣り名人もこう言っていた、釣り師3日竿を持たねば初心者に戻る、とかなんとか。
さすがに初心者までは戻らないと思うけど、下手になってしまうのはよくない。釣りの腕を取り戻すためにも今日は満足するまで釣って釣って釣りまくってやるのだ。
「ルチ、釣りもいいけど程々にしろよ」
「日が暮れる前には帰るからな」
ヒルチヒキ族の戦士ヌン・ドゥガとネム・ピヒャが、新しい釣竿を片手に忠告してくる。ふたりは保護者と護衛を兼ねた同行者だ。外敵の危険が少ない場所とはいえ、時には肉食の獣もいれば他の部族の襲撃もあるかもしれない。釣りにしても狩りにしても水汲みにしても、ヒルチヒキ族は基本的に単独行動はしない。必ず数人で固まって行動することになっている。
私としても危険は避けるに越したことはないし、釣り仲間が増えることは好都合だ。ふたりが釣りに目覚めてくれたら釣り仲間をもっと増やして、堂々とあちこちの水辺まで出かけることが出来る。
「釣りの楽しさ覚える、やめられない、止まらない」
ふたりは呆れたような、やれやれとでも言いたげな顔をしている。そんな顔が出来るのは今のうちだ、釣りが終わる頃には、もっと釣っていたい、野営をしようと言い出すに違いない。
「ところでここって何が釣れるんだ?」
「カニか? カニはいるのか?」
よくぞ聞いてくれた。残念ながらサメはいないけど、この辺りはカワハギという魚がよく釣れる。カワハギは説明するまでもない、大きさは私が両手を広げたくらいで、ワニも顔負けの強靭な牙を持ち、銀色の分厚い皮と石のように硬い半透明の鱗に覆われている、そんな一般的な魚だ。
頭にナイフを突き立てるとそのまま尾ヒレまで簡単に皮を剥がせるから、もしくは一度噛みつくと皮を剥ぎ取ってしまうような獰猛な気質からカワハギと呼ばれている。
味は脂が多い割に意外と淡白で、おすすめの調理法はもちろん焼く一択。その時は脂身の少ない他の魚や兎の肉なんかを一緒に焼くといい。脂の大部分は皮の裏側に脂肪のようにくっついているので、剥いだ皮は生贄を燃やす時に使える。骨は皮とは対照的に太く頑丈で、細かい骨は釣り針や縫い針に、太い骨は家具の脚や農具の材料にもなる。まさにカワハギ捨てるところ無し!
「カワハギ、釣れる。山ほど釣って帰る」
川面に向けて竿を振った瞬間、さらに下流から別段愉快でもない喚き声を響かせながら妙な一団が近づいてきた。
外の町に滞在した時にノルンから教えてもらったけど、外の町には法律というものがあって、国法と州法と都市法とあるらしい。中身は似たようなものだけど罰則、つまり罪の償い方に違いがあって、死刑だったり鉱山労働だったり流刑だったりするのだいう。死刑はいうまでもなく死んで償う罰則で、鉱山労働は平均寿命数ヶ月の過酷な鉱山での強制労働、流刑は海の向こうの孤島だったり領地の外だったりに追放する。その場所には私たちが生きるピョルカハイム保護区と呼ばれている土地も選ばれることがある。
勝手に罰の舞台にされるのも不愉快な話だけど、それはさておき向こうから近づいてくる死にかけの一団はどうやら流刑された連中のようだ。その証拠に全員お揃いのボロの上下を着ていて靴もなく裸足、頑丈そうな金属製の手枷と鉄球を繋いだ鎖付きの足輪を嵌めている。
「おーい、そこの人たち、なにか食い物をわけてくれないか?」
「……って、うわあ! なんだ、こいつら、怖っ! 骨みたいな落書きしてるぞ」
「ナントカ族ってやつだろ。おい、あんたら、標準語はわかるか? 食い物をわけてくれ」
一団は年齢も体格もバラバラの10人ほど、囚人と一目でわかる目印として腕や額に悪趣味なタトゥーを入れている。この趣味も見てくれも悪いタトゥーは、荒野で獣に襲われた死体や砂漠で飢えた死体、ドゥローミー族やアルバディー族の縄張りに踏み込んで叩き殺された死体で見ることが多く、実際に動いているのを見るのは珍しい。それにしても不格好なタトゥーだ、あんな趣味の悪い不細工なものを彫られた日には、私だったら恥ずかしさでテントに引きこもってしまう。
「俺たちはピョルカハイム保護区に来たばかりで、その前に標準語はわかるか?」
私は以前からそうだし、ヌン・ドゥガもネム・ピヒャも外の言葉は覚えて話せるようになった。だからこいつらの言葉はわかるけど、今は釣りをしたい気分なのだ。食糧はあきらめて立ち去って欲しい。
「お前らの言葉、わかる。何の用だ?」
ヌン・ドゥガの返事に気をよくしたのか、悪趣味タトゥーのひとりがべらべらと喋り出した。
「標準語がわかるのか、話が早くて助かる。俺の名はディック・ベルトロ・バッキーソン、地方貴族の端くれみたいなものだが、いわれなき罪で投獄されてしまってな。ちょいと裏取引を持ち掛けて、死罪は免れたものの流刑は避けられなかった。いや、あんたたち原住民にはピンとこないかもしれないが、とにかく俺たちはここにいるってわけだ。要するにあんたたちの敵じゃないってことだ」
ヌン・ドゥガが怪訝そうな表情をこっちに向けてきた。めんどくさいから片付けるかって顔をしてるけど、私も全面的に同意見だ。めんどくさい、そして私は釣りに集中したい。
でもヌン・ドゥガはこう見えても私より冷静な大人なので、すぐに頭をかち割ったりせずに話を聞いている。ちなみにネム・ピヒャは異常に気性が激しいので、6秒くらいしか人の話を聞けない。むしろ6数え終わったら逆手に握ったナイフを振り下ろす、そんなところがある。
「でだ、俺たちはここに運ばれるまでまともに飯を食えてない。騎士団は社会のクズはくたばれ、くらいに考えてるんだろうが、俺たちが思い通りになると思うなってやつだ。食糧を分けてくれたら、こんな面白くもねえ荒野を出た後で金でも宝石でも届けてやる」
カワハギを釣っている間もヌン・ドゥガへの交渉が続いている。絶対お礼なんてするわけないと思うから、とっとと殴り倒したらいいのに。そう思っていたら導火線が虫けらの寿命よりも短いネム・ピヒャが、うさんくささと偉そうな物言いに腹が立ったのか、地響きのような声で6つ数えてその顔にナイフの柄を叩き込んだ。
ちなみに数を数えたのは前にノルンから教わった怒りの鎮め方で、腹が立った時は6数えながら怒りを全身の隅々にまで行き渡らせて、最大の力で振るったらいいらしい。鎮まっていない気もするけど、結果は同じなので気にすることではない。
眉間を強く打たれた男はそのまま白目を剥いて気を失い、仲間らしき連中は急に暴力的になったネム・ピヒャに対して戸惑いつつも、手枷足枷のある状態でどうにか切り抜けようと石を拾ったりし始めた。あんな状態でまともに投げられるとも思えないけど、万が一のこともある。
「しょうがない、成り行き、仕方ない。静かにしてもらう」
私は傍らに置いていたアンゴディア式散弾銃と銃剣を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
◆❖◇◇❖◆
「ただいま」
「おかえりなさい……って、なんですか、その人たちは」
拠点に帰ってきた私たちと5人の流刑囚を見て、ノルンが驚きの声を上げた。魚を釣りに行ったら人間も連れてるのだから驚くのも仕方ない。
「外の人間、10人、流刑されてきた」
「……え? 5人しかいないようですが?」
「他のヒルチヒキ族の集落、おすそわけした。みんな、嬉しい。お返し、獣の肉、木の実。いいことづくめ」
お礼に貰ったツノジカの干し肉や食べられる木の実を誇らしげに見せつけておいた。カワハギだけでなく肉と木の実まで手に入れるなんて、さすが私だと褒めてもらいたい。
「その人たちは、やっぱり生贄ですか」
さすがノルン、付き合いも長くなってきただけあって察しがいい。この連中、ディ、ディ、ディ……ディなんとかとその手下たちは、地方貴族の権力を笠に着て殺人強盗強姦詐欺麻薬放火誘拐密輸と一通りの悪事を揃えてきた連中で、さらに拉致した女の体にタトゥーを彫って皮を剥いで趣味の悪い貴族に売るという、精霊への侮辱みたいなことまでしてきたそうだ。なので生かしておいても私たちに得はないし、野晒しにするよりは精霊のために役に立てた方がいい。
ちなみに先の証言は、見せしめとして適当にひとり選んで放置された藁小屋に閉じ込めて燃やしたら、聞いてもいないのに勝手にべらべらと話してくれた。
それはさておき、私は今日の釣りでひとつ閃いたのだ。
「渓谷の近く、流刑囚が送られる」
「外から運びやすい場所なんですかね。護送用の馬車が走りやすい平坦道が続いているとか、ドゥローミー族みたいな危険な勢力がいないとか」
「流刑囚、来る、捕まえる。生贄、捧げる。流刑囚、また来る、生贄捧げる。生贄釣り堀!」
あの一帯に網を張っておけば、安定して生贄に捧げる人間を捕まえることが出来るのだ。まさに釣り堀のようなもので、拠点に生贄を閉じ込めておく小屋でも用意しておけば、安定感は更に増すに違いない。
「貯肉小屋。こういう感じ、考えてる」
そこら辺にあった枝で地面に、屋根付きの鉄の柱で覆われた小屋の図を描いてみせると、ノルンから「牢屋ですね」という言葉が返ってきた。牢屋を作るつもりはなかったけど、結果として貯肉が出来るなら形はなんでもいい。今度ドワーフの商人に注文しておこう。
「生贄! 生贄!」
「ルチー! 皮の剥ぎ方、教えて!」
流刑囚を生贄台まで運んでいると、ヒルチヒキ族の子供たちが集まってきた。普段この拠点には子供くらいの年齢のヒルチヒキ族はいないけど、生贄がいっぱい集まってると聞いて見に来たのだろう。本当は生贄の頭の皮を剥いでいいのは13歳からだけど、誰しもいざその時が来る前にこっそり練習しておくものだ。
私も10歳になる頃にはネム・ピヒャから剥がし方を教わっていたし、精霊への感謝と熱意をもって教わりに来る子供を邪険にするつもりはない。
「皮剥がすコツ、慌てない、焦らない。慎重すぎる、それも良くない」
泣き喚く流刑囚の額にナイフを押し当てて、皮膚と肉の間に滑り込ませるように刃を刺し込む。
「力で剥がす、駄目。ナイフで肉と切り離す、捲る、その繰り返し」
手本としてひとつ頭の皮を剥がしてみせた。私は結構きれいに仕上げる方だけど、別に上手さや技術を競うものではない。あくまでも精霊への感謝のためにやっている、そこを忘れてはいけない。
「一番大事、精霊への感謝。不格好、全然大丈夫、気持ちが大事」
そう子供たちに言い聞かせて、流刑囚をひとり預けてみせた。ちなみに暴れても大丈夫なように、あらかじめ肩の骨を外して肘の辺りで折ってある。子供への安全も大事だ、怪我なく練習出来ないと本末転倒だ。
「……美しい! なあ、あんた、俺も皮の剥がし方には自信があるんだ! 損はさせねえ、俺と手を組まないか!?」
流刑囚の中からディなんとか……こいつがそうだったと思うけど自信はない。とにかくこいつが命乞いなのか気でも狂ったのか、必死な形相で戯言を言い出した。もちろん手を組む理由なんて無いし、こいつを生かしておいて得なことはひとつもない。
変な虫みたいにドタンバタンと上下に動く生贄の口に、近くに落ちていた平べったい石を捻じ込んで黙らせる。
「皮剥がす時、噛みつかれる、危ない。口、枝や石で塞ぐ。顎の骨、外す。歯、全部折る。やり方色々、怪我しないように気をつける」
子供に言い聞かせながら幾つか実践してみせて、石を吐き出すことも飲み込むことも出来なくなった生贄を渡しておいた。失敗を恐れずに存分に練習するといい、なんせ近い内に生贄釣り堀が出来るのだから。
額に玉のような汗を浮かべながら練習に励む子供たちを見守りながら、私は私でカワハギの皮を剥いで焚き火の中に放り込み、丸裸になった魚を網の上に転がした。
味は説明するまでもない。とても美味しい、あとでノルンや他のみんなにも食べさせてあげよう。
▶▶▶「大地に線を引く愚かな種族の話」
≪入手アイテム≫
手錠と足枷×5
≪エネミー紹介≫
ディック・ベルトロ・バッキーソン
種 族:人間・貴族(男、41歳、属性:風)
体 格:170cm、65kg
クラス:牢名主(レベル16)
移 動:3↑1↓2(歩兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 34 9 2 9 7 10 6 1 0 1
【スキル】
【個人】露悪な趣味(人間に対して行動する時、腕力+1)
【種族】貴族の嗜み(撃破した敵ユニットから少額の金を入手する)
【兵種】臭い飯(牢屋に入っている間、毎ターンHP30%回復)
【??】
【??】
【??】
【技能】
短剣:C 剣術:D 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:E 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:C
【装備】
錆色の鉄枷 守備+2、移動↑↓-1/常時行動不能
【所持品(3)】
なし