三界廻って碗~第3話 道祖神VS夕暮れイエロービースト~

「いたぁい!」

人間の発明したものの中で最も偉大なものは車輪だといわれているけど、ところでこの世で最も車に轢かれているのは、猫でも狸でも人間でもなく、道祖神だ。彼らは明け方ないし夕方、或いは真夜中に道路の真ん中に鎮座する祠からひょっこりと出てきては、右見て左見て手を上げて道を横断しようとして、ちゃんと絵に描いたような轢かれ方をしている。
彼らも神なので車に轢かれたところでどうってことはないし、神はこの世のものともあの世のものともいえない存在でもあるので、人間から見えなければぶつかった車もへこんだりとかしないのだけど、こうも見事にムギュッと圧し掛かられたりポンポン飛ばされたりする姿を見ていると、いじめられる犬みたいでちょっと可哀想になってくる。
私の近所にいる道祖神は、まあまあ通行量の多い大きめの道の真ん中に建てられた、剥き出しのちっちゃい祠に祭られている。ちっちゃくてかわいらしい祠に相応しい柴犬くらいの大きさで、球体に短い4本足と2本の手が生えた小鬼のような姿をしている。古くは江戸時代からそこに祭られているそうだけど、飛脚に撥ねられ、馬車に蹴散らされ、車に轢かれて、時にはマラソンランナーの集団に揉みくちゃにされているのだ。
その都度、痛い痛いと嘆きながらぴえーんと大きな声で泣くものだから、別に小鬼が好きでもないけど愛着が湧いてきて、会えばパンの耳を食べさせたり、缶ジュースを奢ってあげたりしている。

「ひどい! 人間、スピード出し過ぎ! ゆるせない!」
「引っ越したら? ほら、道路脇の空き地に祭られてる子もいるわけでしょ?」
「駄目なの! あれは元々祠があった場所の近くに道路が出来たパターンなの!」
道祖神が短い手をパタパタと振り回しながら力説する。手が上下する度に缶の中身の果汁20%オレンジジュースがビッシャビッシャと撒き上がってるので、すっと手を添えて上下の動きを押さえる。
「祠を動かすと土地に封じた地霊が出てきちゃうの! やばい! たいへん! 無理! ってなるの!」
「やばいって具体的には?」
「土地が滅ぶ!」
わあ、そいつは大変だ。じゃあ、せめてこの道祖神が車に轢かれないように手を打たないと。
もちろん神の身である私が、人間のためにそこまでしてあげる義理はない。しかしこの道祖神のいる通り沿いには、24時間営業の牛丼屋とかコンビニとか、老舗の洋菓子店とか、こだわり親父のラーメン屋なんかもあるので、土地が荒れると困る。私の生活の質が大きく下がってしまうし、暇な神の身とはいえ新しい土地を開拓するのはめんどくさいのだ。
よし、祠を動かせないならば道路を作り直すか、祠の防御力を高めるしかない。勝手にやるわけにもいかないから、最寄りの役場に働きかけることになるわけだけど、
「道路関係だから道路課? 神社関係だから文化財課?」
「わかんなーい!」
人間の組織というのは細分化しすぎてわかりづらい。神々の組織も、また別の意味でめんどくさいので、あまり大声で言えないけど。


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「というわけで祠の安全確保のためにも、ガードレールかポールの建設を要求する!」
「わかりました、上に伝えておきますね」

さっそく最寄りも市役所に出向いたのだけど、まさしくザ・お役所仕事といった具合にたらい回しにされて、最終的には一市民からの陳情という形で道路課の部署の係長だか課長だか、とにかく役場の偉い人へと伝えられた……はずだ。一応、念のため文化財課にも進言しておいたけど対応はこちらも似たようなもので、観光資源にもならない路傍の石のような祠に労力を注ぎたくないという気持ちだけはありありと伝わってきた。
いっそ町長に直談判した方がよかったのでは、と思わなくもないけど、こちらも土着の神なので、いきなり町長に会わせろといって門前払いにされたら、神として立つ瀬が無くなる。一市民扱いは立つ瀬があるのかといわれると無い寄りの無いかなあ、なんだけど。
「これで安心! ガードレール強い! 頑丈!」
抱きかかえた道祖神が、きゃあきゃあと嬉しそうにはしゃいでいる。しかし私は元々人間だったこともあり、今も人間社会に主に食事と食事と食事で多少関わっていることもあり、やつらの怠惰さというか腰の重さは知っている。昔の神のお告げや神通力が重要視された時代ならいざ知らず、この機械文明の発達した現代では、神ひとりの発言にどれだけ効果があることやら。
「反射板も付けたい! 光らせる! ピカピカにする!」
道祖神がパンを貰った犬くらい喜んでいる。これで結局ガードレールもポールも付かず、どころかより一層交通量が増えたり道幅が拡がったりしたら、通り雨に濡れた犬くらい落ち込むに違いない。

そして、そういう嫌な予感というものは当たるものなのだ。なんせほら、これでも神の身だから。


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「工事反対! ゆるせない!」

数日後、元々そういう計画があったのか道路の拡張工事が始まった。それなりに通行量の多い道なので現在のギリギリ2車線を4車線化するのに不満はないけれど、問題は祠を動かしてしまうかどうか。もし祠を現在の道の真ん中から道路脇や近くの空き地、それこそ歩道の植え込みの中にでも動かそうものなら、この土地に封じられたやばいのが出てきてしまう。実際のやばさについては、この道祖神の言うことだから誇張も入っていそうだけど、却って事故が増えるくらいの影響はありそうだ。
なんて考えていた私と抱きかかえられてる道祖神の目の前で、黄色いショベルカーが雑に祠を掘り起こし、そのまま土ごと引き抜いてしまった。
「罰当たり! ゆるせない! 土地が滅ぶ!」
道祖神はぴぎゃーと喚き声を上げながら手足をバタバタと動かし、そのまま私の腕をすり抜けて地面を転げ回りながら、これから起きるであろう大惨事に備えて頭を隠す仕草をし始めた。といっても丸い球体みたいな体をしてるから、短いお手々を上に伸ばしている滑稽な姿にしか見えず、事情を知らなければ小さい生き物が遊んでいるようにしか見えない。

「ぷすー……ぷすー……」

祠の建っていた場所からはぷすーぷすーと大型犬の寝息のような音が漏れ聞こえてきて、そこから今日の工事終了まで特に何も起こらなかったわけだけど、翌日改めて道祖神に会いに行くと、辺り一帯が恐ろしいことになっていた。


祠は小さいといえど祠、それは土地に憑りついた恐ろしい災厄を封じる楔のようなもの。土地に埋められていた祠を動かせば、巨大な腫瘍に刺した針を抜いたように封じられていたものが、腐れた膿のように垂れ流されていくのは道理というもの。
この世には非業な死や唐突な死によってあの世に行き損ねた悪霊や地縛霊、土地に残された記憶や思念、そういったものが小さな祠の下で無数に蠢き、封じられている間に混ざり合い溶け合い、巨大な一塊の地霊となって育っていたのだ。
地霊・三千頭骨地骸大百獣、という名前らしい。名前の通り、この地で古くは平安辺りから亡くなった三千人ほどの人間霊と無数の大小さまざまな轢死した動物霊が混ざった、巨大な尋常ならざるもの、であるらしい。見た目は巨大芋虫の背中に左右に分かれて、直立不動で外側を向いて並ぶ大量のタヌキとアナグマとハクビシン、背の中央に無数の老若男女が集まった、近いものでいうと動物園で開催された運動会の棒倒し。その棒倒しのような人柱に頂点には、どうしてそれを選んだのか、四方を向いた駝鳥と野犬と熊とヒゲのマッチョ。恐ろしいか滑稽かでいえば、だいぶ滑稽寄りな姿だけど、とはいえ紛れもなく怨霊悪霊の類、であるらしい。

さっきからであるらしいばっかりなのは、道祖神の信憑性と語彙力の少ない説明を、よりにもよって悪霊の専門家でもなんでもない私が聞いたという形だから。
しかし悪霊であるのは間違いないようで、道路の真ん中に立っているだけで車がことごとくブレーキとアクセルを踏み間違えたり、よそ見をしたり、さらにそこに追い打ちをかけるように玉突き事故を起こしたり、中にはまるで空から垂直落下したように地面に突き刺さる恰好だったり、かれこれ数十台の車の残骸が道の上に溢れている。
片田舎に相応しくない小さな町で起きた謎の大量事故に、信心深そうなおばあさんが祠を動かすからじゃと喚いたり、ヤング青年漫画誌でしか見ないような金髪あごひげアウトローなお兄さんがクラクションを連打したり、それにキレた警察官があらん限りの罵声を並び立てたり、なんかもう辺りはしっちゃかめっちゃか。結局、この道に通じる道路を封鎖するしかない状況になり、夕方になってようやく野次馬も警察も立ち去っていった。

「まだ序の口! 三千頭骨地骸大百獣が暴れたら大変!」
「……どうなるの?」
「土地が滅ぶ!」
わあ、そいつは大変だ。何日か前にも同じことを思った覚えがあるけど、その時とは危機感にだいぶ差がある。なんせ1日足らずでこの有り様、これ以上交通の便が悪くなったら牛丼屋とコンビニが立ち去ってしまう。それはもう土地が滅ぶのと同じこと。昔の土地の価値は石高だったかもしれないけど、現代の土地の価値はコンビニと外食なのだ。
「といっても、私は神だけど神ってだけだからなー」
世間では神はなんかとんでもない神通力とか魔力とか持っていて、天を割ったり海を割ったり地面を割ったり、きらびやかな光で邪悪なものを消し去ったりすると思われてるけど、神は存在そのものが神なのであって、神以外のなにかというわけではない。要するに悪霊を滅ぼしたり成仏させたり、そういうのはまた別のやつらの仕事だ。
(まあ、そういう神もいるのかもしれんけど……私はそういうのじゃない!)
この場で私に出来ることはせいぜい、掘り起こされた祠にロープを括りつけて引っ張って、唸り声を上げながら地面を引きずって元の場所まで戻す、それくらいだ。

「祠! 元の場所! 位置大事!」
「そーだね、ズレたりしたら一大事だ」
隣でぴゃーぴゃーと動き回っている道祖神に駄洒落で返しながら祠を引っ張り、よっこらせと神らしくない掛け声と共に神通力という名の、なけなしの腕力を振り絞って起こすと、プギュルルルルと妙な力の抜ける音を立てながら悪霊は地面へと帰っていった。帰っていったというか、再び封印されたというか、とにかく平和は取り戻されたと考えてもいいと思う。
あの巨大なヘンテコな悪霊が発していた独特の気配は消え失せて、帰り損ねた地獄の末席みたいなタヌキだかアナグマだか小鬼だかわからない生き物がウロウロしながら、近くの茂みや草むらへと逃げ込んでいった。

「土地救われた! やったー! ばんざい!」
「でも人間、馬鹿だからなー。なにか対策しなきゃ」
「たしかに! 人間きらい! ゆるせない!」


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「というわけで祠の安全確保のためにも、ガードレールかポールの建設を要求する!」
「わかりました、上に伝えておきますね」

再び最寄りも市役所に出向いたのだけど、例によってザ・お役所仕事といった具合にたらい回しにされて、最終的には一市民からの陳情という形で道路課の部署の係長だか課長だか、とにかく役場の偉い人へと伝えられた……はずだ。一応、心霊現象的とはいえ結構な事故も起きてるし、さすがに重い腰も上げてくれるはず。もし祠を再び動かして、なんてことになったらもう知らない。私は神の身であるので、人間の馬鹿な行いにいつまでも付き合っていられないのだ。
「これで安心! 有刺鉄線も付ける! 電気も流す!」
抱きかかえた道祖神がいきり立った様子で喚いている。さすがに電気は通してもらえないと思うけど、いっそそうなることを期待したい。

ちなみに半ば予想通り、しばらくして工事は再開されたのだけど、近所の信心深いおばあさんがヘルメットを株ってショベルカーに体当たりするという無茶な抗議活動を繰り返したおかげで祠は残ることとなり、おまけに三角形で囲むような立派なガードレールが設置されて、ついでに特に縁もゆかりもない無関係な木も植えられた。さらにはおばあさん用に休憩用の椅子まで置かれたのだから、人間も本気を出せばきちんと出来るものだと感心する。
神よりも、めんどくさいおばあさんの方が発言権が強いのは、ちょっと神として立つ瀬がないけど、こうして座ってのんびりと木でも見上げながらごはんが食べれるのだから文句はない。
「ちょっとあんた、そこは私の特等席だよ!」
おばあさんは文句はあるみたい。まったく、人間はめんどくさい。
私は齧っていたパンを急いで飲み込んで、祠の表向きの功労者たるおばあさんに席を譲ってやったのだ。これも敬老精神というやつだ……よく考えたら私の方が遥かに長く生きてるけど。


(つづく!)

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