ルチ・フォナ外伝 第5話「紙と筆で理想を語り、鉄と火薬で現実を綴る話」
荒野で人狩り……ルチさんたちは外からやってきて、部族の人たちを捕まえる商人たちを『人狩り』と呼んでいるそうです。その人狩りに連れられていたのは、ペペミカ族というかなり離れた地域の部族の方々でした。部族としての勢力はどちらかというと小さく、水源近くに集落を築いてひっそりと暮らしていたようです。そこに友好的な顔をして近づいてきた連中が、突如として人狩りに変貌して襲いかかりました。連中の数はそう多くないものの、一方的に銃で狙われてはひとたまりもありません。ろくに反撃する間もなく集落は壊滅、男や老人たちはみんな撃たれて、若い女と子供は連れて行かれてしまったというわけです。
「揉めごと避ける、なるべく。そう考える部族、多くないけど、少なくない」
ルチさんが言うには、かつての争いの名残もあって、外部の人間を恐れて穏便に済ませたいと考える部族もいるのだそうです。一方、ヒルチヒキ族のみなさんのように奇襲を仕掛けるような部族も当然いるので、その辺りの方針は部族や集落の長によるのでしょう。勢力の小さいペペミカ族のみなさんは、なるべく下手に出て刺激せずにやり過ごす、という方針を取っていたようです。
「戦わない、間違い……とは言わないけど、正解でもない。仲間逃がす、揉めたら危ない思わせる、戦い方、色々ある。準備しておく、大事」
そうですね。穏便に仲良く接することで避けられる争いもあるのでしょうけど、それが上手くいかなかった時の準備はしておくべきでしょう。人狩りに遭った方々には気の毒ですが、人間それほど善性では行動していないですからね。
かといって初めから敵として対応して、例えば攻撃を選んでいたとしたら、もっと被害は大きかったかもしれません。結局のところ、答えは結果でしかわからないのです。
「ねえ、ルチさん、どうにか保護できませんかね?」
ペペミカ族のみなさんの衰弱はかなり激しく、移動中に最低限の水と食糧しか与えられていなかったのか、特に子供は意識も朦朧としています。ゆっくりと水を飲ませて、馬車にあったパンをくたくたに煮て食べさせているのですが、所詮はその場凌ぎ、どこか落ち着ける場所でしばらく休ませるべきでしょう。
「保護、難しい。一時的、出来なくもない。ずっとは無理」
「無理なんですか? どうして?」
ルチさんは難しい顔をして言葉を選ぶようにしばらく唸って、ペペミカ族のみなさんに気を使ったのか、馬車に話し声が届かない程度に距離を取りました。
「ヒルチヒキ族、集落で保護する。それ、生きること、ヒルチヒキ族として。生き方、変えさせる、よくない」
なるほど。確かに今まで全く違う風習の中で生きてきたのに、いきなり人を食べたりとか髑髏の化粧をしたりとか厳しいですよね。わからなくもないです、というより非常によくわかります。やたらと幻聴や悪夢に襲われるんですよね、あの肉って。
「ヒルチヒキ族、血が混じるの嫌う。特に男、受け入れない。子供、男もいる、いずれ追い出す。離ればなれなる、よくない」
さらにヒルチヒキ族は、ヒルチヒキ族の血筋に無い父親を認めないようです。詳しく聞くと母親側も出来ればヒルチヒキ族だけにしたいそうですが、本人が望めば受け入れないこともなく、一応前例もかなり稀ではありますが無くはないそうです。
そうなると私たちが向かっているタルダイ族に保護してもらう、というのも女がほとんど生まれない部族に預けるのは、なんだか人狩りと同じような形になるので気が乗りません。彼女たちだけの集落作りを手伝うにしても、男手も無しに子供たちを抱えて生きていくのは先が見えないでしょう。
かといって、元の集落まで連れて行って終わりというのも酷ですし、せめて安全な場所だけでも見つけてあげたいと思います。ルチさんはもとより、戦士のおふたりもそのくらいなら手を貸してくれるでしょう。
(このまま見捨てたりしませんからね)
馬車まで戻り、私の片言の言葉ではうまく通じないでしょうから、身振り手振りを駆使して伝えておきました。
「ルチさん、せめて安全な場所まで運んであげましょう」
「うん。引き返す、少し。川の近く、目指す」
ルチさんたちの了承も得たので、もう少し休んだら移動しましょう。せめて地図でもあればいいのですが、そんな都合のいいものはありませんよね。
馬車に積まれた荷物を漁ってみると、都合のいいものはありました。それもピョルカハイム保護区の一部地域ではありますが、かなり詳細に描かれた地図です。そこには彼女たちペペミカ族の集落はもちろん、他の少数部族の集落とおおまかな人数、武装の種類や火器の有無、危険な場所としてヒルチヒキ族やタルダイ族の勢力範囲なんかも書き込まれています。
ご丁寧に調査者の署名入りで、スコット・ハーディー調査員、オズワルド・ロウ調査員、レオーニ・ベルフ教授の名前が記されていました。私の上司としてピョルカハイム保護区の調査に向かい、ヒルチヒキ族のみなさんに生贄にされた面々の名前です。
どうやら私に振られた民族調査は、単に部族のみなさんの人数や所在、言語や風習を調べるだけでなく、人狩りが商品を仕入れるための地図の精度を上げるのに一役買っていたようです。おそらく騎士団や教会が労働者を確保する時にも使われているのでしょう……というより、それが本命でしょう。学術的な調査など偽善者を黙らせるための理由付けに過ぎません。
別に誇りを持って働いていたわけではないですし、調査そのものは初回にして失敗しているので悪の片棒を担いだわけでもありませんが、非常に胸が悪くなりますね。視界が暗くなって眩暈を起こしてしまいそうですが、こんなことで倒れるわけにはいきません。
人間が誰しも善人ではないことなんて、既にわかっていることです。同時に彼らが神に捨てられたと蔑む部族たちも、誰しもが悪ではないということも。善とも言い難いわけですが。
「ルチさん、なんだか無性に外の人間が嫌いになってきましたよ」
「いまさら? ノルン、意外と単純」
呆れたように鼻で笑われました。単純ですみませんね。だけどなんとなくですけど、ルチさんたちにちょっと近づいた気がしますよ。
◆❖◇◇❖◆
しばらく地図と睨めっこしていましたが、安全な場所など見当もつきません。
水辺に近いというのは外せない要素ですが、他の部族の方々からしても水は絶対に必要なので競争率が高いといえます。特に木の実や果物の豊富な森は、敵対部族に襲撃される可能性はかなり高いようです。かなり奥地まで踏み込んで、運よく見つからずに定住できるかもしれませんが、森で戦闘にでもなったらひとたまりもないでしょう。全滅は免れません。
ヒルチヒキ族のみなさんのように岸壁にも集落を築く、というのも手ではあります。平地で暮らすよりは安全性は高まりますが、その代わりに狩りの腕は必須です。少なくとも個人個人で鳥やツノジカを射抜けないようでは話になりません。
大胆な策として、既に狩り尽くされたと判断して元の集落に戻る、というのも考えましたが、集落の跡地は人狩りが中継基地として利用する可能性があります。おかわりを捧げるようなものですよ、実に馬鹿な考えなので投げ捨てておきましょう。
親子、姉弟、孤児に分かれてそれぞれ他の部族に少しずつ保護してもらう、という手も考えられますが、預けた先で上手くやっていける保証もありません。外部からやってくる人狩りがいるように、どこの部族にも悪人や酷い人間はいますからね。最悪の場合、奴隷化してしまう可能性も捨てきれません。みんながみんなルチさんみたいな性格だったら困らないのですが……ちょっとルチさん、子供たちに頭の皮の剥ぎ方とか教えないでください。
「駄目です、考えても考えても良い案が浮かびません……」
もしかしたら町で娼婦や侍女、雑用として売られる方が生き残る可能性が上がるのでは、なんて身も蓋も無いことを考えてしまいそうです。そんなことあってはならない話ですが、現実は基本的に残酷なものです。どんなに豪華でも絵に描いたディナーでは腹は膨れませんが、多少カビが生えていようと硬くなっていようと現実に目の前に存在しているパンなら命を繋いでくれます。
私が甘っちょろいんでしょうか、それとも単に知恵が足りないのでしょうか。酷く自己嫌悪に陥りそうです。
「うあーっ」
情けない唸り声を吐き出しながら馬車の荷台に身を投げるように寝転がり、そのまま頭を傾けてペペミカ族のみなさんの様子を窺いました。一時的とはいえ渇きと飢えから解放されたからでしょうか、襲撃の恐怖や道中での扱いを思い出したのか、今にも死んでしまいかねない顔をしています。考えたくもないほど悲惨な目に遭ったのでしょう、想像するだけで涙が出てしまいそうです。私だったら自害してしまうかもしれません。
そんな彼女たちにルチさんは弓の射方や銃の撃ち方を教えています。さっきの頭の皮の剥ぎ方もそうですが、もしかしてヒルチヒキ族の風習ではなく、荒野での生き残り方を教えているのでしょうか。しばらく見守っていると、ナイフでの人の刺し方や攻撃したら致命傷になる例として首や手足の付け根なんかを説明しています。
「……ん?」
ルチさんたちの乗った馬車の向こう、荒野の彼方から数頭の馬が近づいてきます。慌てて望遠鏡を覗き込むと、馬にはこの辺では見ない服装の、つまりは外部から来た人狩りとわかる姿をしています。馬は3頭、数は3人、さっきルチさんたちが襲撃した連中の仲間でしょうか。馬車を見て合流しようとしているのでしょう。
「ルチさん、さっきの連中の仲間です!」
「ちょうどいい。撃ち方、教えた。あいつら、狙う」
ルチさんはペペミカ族の女性たちに、荷台にあったルェドリア銃に弾を込めて渡しました。反動でぶれないように荷台を使って銃身を固定させて、腕に力を込めてよく狙うように助言しています。どうやら彼女たちに復讐させようとしているようです。
連中が馬車の様子がおかしいと気付いた時には、奴らはすでに銃の間合いに踏み込んでいました。荷台から発砲音が鳴り響いて、急所は外れはしたものの馬には命中しました。傷ついた馬から落ちてしまう者、驚いた拍子にバランスを崩した者、どうにか踏ん張った者、反応と結果はそれぞれですが、その後で襲いかかるものは等しく平等です。
ルチさんと戦士のお姉さんは馬車の荷台を盾にしながら、斜め上へと弓を放ちました。弓は腕前次第では銃と同等、もしくはそれ以上に危険な武器です。銃の弾丸は仕組み上、真っ直ぐもしくは少しずつ下りながらしか飛びませんが、弓は射手の技術で直線にも曲線にも放たれます。馬車の荷台から放たれた弾丸に注意せざるをえない相手に、頭上から音もなく猛禽のように襲いかかり、ひとつは相手の肩の辺りに、もうひとつは痛みに怯んでがら空きになった背中に突き立てられました。
「畜生! 馬車を奪われてるじゃねえか!」
相手も黙ってやられるわけがありません。急いで銃に弾を込めて、馬車の荷台に向けて撃ってきました。ペペミカ族のみなさんは身を屈めたり、荷物の影に隠れたりして難を逃れましたが、そう何度も助かるはずがありません。ルチさんもそれをわかっているのか地を這う程に身を低く屈めて馬車の下に潜り込み、慎重に狙いをつけて銃弾を発射しました。
弾丸が真っ直ぐに敵の腹の辺りを抉って蹲らせた隙に、そのまま車輪の影へと移動して僅かな隙間から次の弾を放ち、残るひとりの足を貫いてみせました。
実に惚れ惚れするような腕前です。そこにお姉さんが荷台越しに放った曲射とペペミカ族のみなさんが放つ弾丸や矢、投石が続き、幸いにもこちらの被害なく難を逃れることが出来ました。
「地の利、こっちにあった。みんな無事」
「ええ、ルチさんのおかげです。戦士のおふたりもですけど」
目の前で血まみれで転がっている男たちに向かって、ペペミカ族のみなさんがゆっくりと近づいていきます。その手には矢や石器のナイフ、掌くらいの大きさの石が握られていて、倒れた獣に群がるネズミのように徐々にしかし確実に男たちの皮膚を裂き、肉を削り、骨を砕いていきました。
「酷いですね」
「復讐、必要。悔い残す、前に進めない」
どうしたって悔いは残りますよ、とは敢えて言いません。あいつらに復讐したところで状況は変わりませんし、失ったものも奪われたものも返ってきません。でもそれは奪われていないから言えるきれいごとでしかありません。
男たちが元の顔がわからないくらい打ちのめされた後、ペペミカ族のみなさんは返り血まみれの姿で涙を流し、身を寄せ合って大声で泣き始めたのでした。
◆❖◇◇❖◆
「ルチさん、ちょっと思いついたんですけど、帰る場所の無いみなさんが暮らせる集落を作りませんか?」
そう提案するとルチさんは、半分呆れたような半分笑ったような顔をして、
「今から? ノルン、意外と単純」
仕方ないなあといった様子で、馬車を牛も馬も一緒にして丸ごと全部、ペペミカ族のみなさんに渡してしまいました。
さらに水場と川の方向を指差しながら告げて、ついでにヒルチヒキ族とヴァッカレラ族の縄張りの間辺りなら、敵襲も少なくて過ごしやすいと教えてあげたのです。おまけにヒルチヒキ族から襲われないように、近くの集落に一緒に挨拶もしてあげるみたいです。
なんですか、もう。ルチさんだって人のこと笑えないくらい甘いじゃないですか。
……あ、ルェドリア銃と弾はしっかり貰うんですね。弾も無限にあるわけじゃないですからね、当然なんですけど、急に現実に引き戻されたような感じがしますね、全然いいんですけど。
「手間賃。私の権利、当然」
「誰も駄目とも言ってないですよ」
ルチさんはもう1丁の銃を背中に担いで、少々照れくさそうにペペミカ族のみなさんの前を歩き始めたのでした。
▶▶▶「広いようで狭い荒野と砂漠のお話」
≪入手アイテム≫
ルェドリア銃×1
≪NPC紹介≫
アロラ・ピピリル
種 族:ペペミカ族(女、25歳、属性:水)
体 格:162cm、49kg
クラス:ペペミカ族(レベル1)
移 動:3↑2↓3(歩兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 15 3 0 1 0 1 4 0 2 5
職補正
装補正
成長率 20 10 10 10 10 20 20 10 20 20
【スキル】
【個人】悲惨な過去(HP減少時、与ダメージ+1)
【種族】穏やかな民(未行動で待機時、回避+10)
【習得】採集(平野で待機時、植物を入手)
【??】
【??】
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:E 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
ルェドリア銃 威力8(5+3)
石 威力4(1+3)
【所持品(3)】
なし