ルチ・フォナ外伝 第24話「荒野の王と守護者の伝承」
大地が引き裂かれてから数日、幸いなことに私たちの拠点にもヒルチヒキ族の集落にも大きな被害はありませんでした。拠点のテントが倒れたり崖に築かれた集落の一部が崩れたりこそしましたが、人的被害は無いに等しく怪我人が多少出たくらいです。
ルチさんは精霊への感謝のおかげと言っていましたが、どうやら大地が裂けたのはピョルカハイム保護区の外周に当たる地域、ヒルチヒキ族やヴァッカレラ族の集落とはそれなりに離れています。あの裂け目から出てきた巨大な蛇、あの生き物がどういったもので何を考えているのか定かではありませんが、あれは土蛇やモグラのように地中を掘り進めて移動する類のものでしょう。
あれがヒルチヒキ族の集落に向かって動けば、私たちの拠点も他のみなさんの集落も一溜まりもありません。反対に保護区の外に向かってくれれば、悩みの種の外部の開拓事業もうやむやになってくれるのですが。いや、その時は復興支援という形でどさくさ紛れに開拓が進むんですかね?
「ルチさん、これからどうしましょう?」
「長老、相談する。蛇、知ってるかも」
なるほど、長老さんでしたらなにか知っているかもしれません。保護区内の歴史は文字ではなく口伝で受け継がれていることも多く、外の資料ではわからないことがほとんどです。そもそも外の資料、それこそ教会のお上層部が記した歴史書や研究者が発表した論文なんて、大なり小なり自分たちの都合のいいように改竄されていますからね。案外、あまり騎士団や教会の手が入っていない村落に残された個人の日記なんかが、資料としては貴重で信憑性があったりするものですが、そもそも紙が一般庶民にまで普及したのがこの百年ほどのことですからね。石碑や木簡として残っていればいい方で、実際には失われた歴史がほとんどでしょう。
「ノルン、一緒に来る」
「え? 私もですか?」
ヒルチヒキ族の長老は部外者を嫌うところがあると聞いていましたが、どういう風の吹き回し……そんな言い方は失礼ですね、大きな災害が起きたので対応にも変化がもたらされたのでしょうか。
「長老、外の知識、欲しがってる」
「と言われましても、私もあんな生き物は初めて見ましたよ」
外の歴史書や伝承には巨大な怪物の言い伝えは残っていますが、それらはすべて神人バスコミアナと人類の叡智によって打ち負かされ、この大陸から消え去ったとされています。そんな怪物たちも輝かしい戦果も眉唾物だと思っていましたが、もしかしたら怪物の方だけは本当だったのかもしれません。
この世界には亜人種族や獣人種、モンスター、砂の上を泳ぐサメだって存在していますからね。巨大な怪物が存在しても不思議ではないのですが……。
「グルルルルル」
ルチさんの肩の辺りに纏わりついている精霊虫も、球体のような体を小刻みに震えさせながら牙を生々しく剥き出しにしています。遠くにかすかに見える巨大な蛇に向けて威嚇をしているように見えます。あの蛇は精霊とはまた違う類の存在なんですかね、現状わからないことだらけです。
「悪い夢でも見ているようですよ」
「悪夢? 良くない、干し肉食べる、治る」
ルチさん、その素材を口にし難い干し肉はヒルチヒキ族のみなさんには薬かもしれませんが、私たちには幻聴と悪夢を引き起こす劇薬なんですよ。丁重にお断りさせていただきます。
◆❖◇◇❖◆
ヒルチヒキ族の長老ディレ・ワラバは、私たちの拠点からそう遠くない集落で暮らしている。ディレ・ワラバは一族の誰よりも長生きで、数年前に先代の族長からその地位と知識を受け継いだ。
族長と族長になり得る候補者はヒルチヒキ族の代々の歴史と知恵を、口伝という形で伝えられてるので、私はもちろん他のヒルチヒキ族が知らないような昔のことも知っている。
そのディレ・ワラバが大地が揺れたことと巨大な蛇のことについて心当たりがあり、私とノルンにも話をしてくれるというのだ。
……わざわざ説明するまでもないが、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うから、いわゆる標準語に翻訳している。
「ルチ・フォナ、それに外から来た客人の娘よ。今からお前たちにこの大地、いつしかピョルカハイム保護区と呼ばれることになった地の歴史を伝えよう」
「うん、わかった。聞く」
「そこは敬語を使って欲しいところだが、まあよい。サエィラ・アウフクパの戦い……外の世界は大地の解放事変などと呼ぶ、多くの犠牲者を出した我らと侵略者の戦い。その際に中心となって戦った荒野の王がいる」
説明するまでもなくヒルチヒキ族は族長や酋長はいても王という存在はいない。他の部族の中には、もしかしたら王を名乗る者がいるかもしれないけど、それはその部族の中だけでの話であって、他の部族も併せて上に立ち統べる者はいない。ヒルチヒキ族もタルダイ族もヴァッカレラ族も、それ以外の同盟部族もそういう仕組みを良しとはしていないし、特定の誰かを代弁者とすることはしない。理由は知らないけど、たぶん余計なことをした奴がいるんだろうなあってことは私でも思い浮かぶ。
「ルチ、お前の知っての通り、この荒野には王はいない。それに関してはチャルフォツパ・ミャピィヤが勝手に結んだ土地分割条例などを説明せねばならんのだが、長くなるから今は省いておこう。押さえておくべき点は、誰か特定の部族が上に立つことはしないということだ」
もちろん力の差や数の差はあるが、とディレ・ワラバは付け加えた。ヒルチヒキ族は意外と人数が多いし戦士の割合も高い方だ。争いになれば後れは取らない自信がある、と言いたいのだと思う。
「荒野の王は大小合わせて70ほどの部族を率いたが、奴は戦いの時だけの王であって、それ以外では王ではなかった。奴は祖先から授かった名を捨て、元々いた部族での地位も捨て、戦いで自身の上げた戦果さえも手放した。名も無きひとりの王として力を振るい、サエィラ・アウフクパも含めた数々の戦いに勝利したのだ」
「なるほど。それで、そいつが何?」
ディレ・ワラバは保護区の大雑把な地図を広げてみせて、ちょうど真ん中の辺りに大雑把に石のナイフを突き立てた。
「信じがたい話だが、奴は荒野の守護者とも呼ぶべき大いなる存在から力を授かったと聞いた。荒野の守護者は外の人間が攻め込んでくる、奴らの言い分に合わせるならこの地を見つけるより遥か太古から、この地を荒らすモンスターや獣人共から守ってきた。ある者は巨大な牙を持つ山のようなマンモスだったとも、ある者は大地を割るほどの巨大な剣を掲げた巨人だったとも、天から舞い落ちる無数の羽だったとも、真っ黒な雲に包まれた巨大な金属の柱だったとも伝わっている。それら大いなる存在はドラゴン種族とも呼ばれている」
ドラゴン種族、どこかで耳にしたようなしてないような……でもまったく覚えがないに等しいので、たぶん気のせいだろう。
「あの蛇もそういった守護者のひとつかもしれぬ、或いは守護者とは別のドラゴン種族も存在するのか。どのみちこの場では確かめようのない話だ。私には砂漠を越える力は残っておらん、お前たちに代わりに行ってきてもらいたい」
「ここ、その王がいる?」
「確かこの辺りだったはずだが、奴と最後に会ったのは何十年も前のことだ。死んでいるかもしれぬし、どこか別の場所に移っているやもしれぬ」
つまり探してこいということらしい。さすがは長老、長生きして耄碌しているだけある、言ってることがめちゃくちゃだ。
「それと客人、うちのルチが世話になっているようだね。それに武器弾薬の支援、あれのおかげで我らは随分と潤った。ヒルチヒキ族を代表して感謝を伝えておこう」
「いいえ、ルチさんのおかげですから」
そう、支援も同盟も私のおかげなので、お礼は私にしてもらいたい。もちろん私は分け与えることを知っているので、ノルンにも分けてあげるけど。
「ルチ、調子の乗った顔をするでない。それでだ、客人、あの蛇に対して外の騎兵や狂信者共はどのように動くと思う? 推測でも予測でも構わん、外の人間の意見として参考にしたい」
ノルンが真面目な顔で考え込み始めた。そんなこと騎士団や教会にしかわからないし、こっちは最悪の場合を想定しておけばいいんだから、適当に答えても構わないのにノルンは真面目だ。そこがノルンの良いところだけど。ついでに私の良いところはもちろん銃の腕だ。あと大抵のものは食べてもお腹を壊さないところもだ。
「ルチさんがまた変なことを考えてそうですが、それは一旦どこかに置いておきましょう」
変なことは考えてない。なんだったらノルンのことを褒めてたのに。
「あくまで私の予想ですが、蛇の目的や性質がわからない内は騎士団や教会は派遣されないと思います。その代わりに冒険者、中でも生物調査が得意な者が派遣されるのではないかと」
ノルンがいうには、騎士団も教会も想定している相手はあくまでも人間、もう少し範囲を拡げてもゴブリンやオーク辺りまでで、獣人種族でも海の中に棲むサハギンや空に生きるハルピュイアなんかは管轄外なんだとか。対人戦それも集団戦に特化することで戦争の能力だけを伸ばしたのが騎士団で、反対に魔法を使った市街地戦や暗殺に特化したのが教会の魔道士らしい。
「冒険者から報告を受けた騎士団と教会が、蛇に価値を見出して保護対象とするか蛇を危険要素と見做して討伐とするか、この辺りはヒルチヒキ族や諸部族のみなさんが蛇をどう捉えるかでも変わってきますが、場合によっては蛇を巡って対立することも考えられます。その際も派遣されるのは冒険者でしょう」
「つまり冒険者が敵に回るかもしれぬ、ということだな」
「はい、あくまで推測ですが可能性は高いかと」
ディレ・ワラバはなにか嫌な過去でも思い出したのか、ふるふると握った拳を振るわせ、癇癪を起した子供のように地面を思い切り殴りつけた。
「あいつらは卑しく図々しく横柄でわがままで小賢しくて憎たらしい畜生にも劣る人種だ! 騎兵共と狂信者共も生きる価値のない糞のような存在だが、冒険者はそれに輪をかけて悪辣な連中だ! 我らの土地に踏み込んだなら、ひとりとして生きて返さぬ!」
ディレ・ワラバが年甲斐もなく声を荒げて、荒々しく両手を振り回している。なにがあったのか知らないけど、この様子からしてかなりの屈辱を味わったに違いない。私がスルークハウゼンの冒険者ギルドに登録していることは黙っておこう、こめかみとか眉間とか殴られかねない。
「私たちは出発準備をしてくるから」
「おお、そうだった。ルチよ、これらは私が集めた精霊虫だ」
そう言って後ろの荷物入れから取り出したのは、5体の精霊虫だ。私に懐いている精霊虫と同様に、頭だか胴体だかわからない球体の上下に数本の突起を生やし、長老の周りで泳ぐように浮かんでている。それぞれ巨大な一つ目、左右に腕のような長く節のある突起、犬のような尻尾、水面に浮かぶ波紋のような模様、幾つもの線が交差するような模様がある。
精霊虫は普段目に見えない精霊が姿を現したもの。あまりこういった考えはしない方がいいんだけど、こうして比べてみるとうちの子が一番かわいいとか思ってしまう。
うちの子が他の精霊虫に対して、どやっと笑ったように牙と口元を歪めてみせる。ほら、かわいい。他の精霊虫も小動物っぽさがあってかわいいけれど。
「お前には精霊虫に好かれる素質があるようだ。荒野の王と対峙する時に役に立つこともあるだろう、一緒に行きなさい」
「ディレ・ワラバ、太っ腹。感謝」
「そこは敬語を使って欲しいところだが、まあよい。気をつけて行ってきなさい」
私は精霊虫たちにじゃれつかれながら、ディレ・ワラバのテントを後にした。
◆❖◇◇❖◆
「ルチさん、荒野の王とはどんな人なんでしょうね?」
「あのあと、詳しい説明、ディレ・ワラバから聞いた。」
ルチさんが受けた説明によると、荒野の王は黒髪を長く伸ばした男で、その体は鋼のように屈強でバイソンのように大きく、騎士団から槍で突かれようとクロスボウで射抜かれようと、ルェドリア銃で撃たれようと決して倒れなかったそうです。
健在だとしてもかなりの高齢と思われますが、もしかしたらエルフのような長命種族の性質を持っているかもしれません。そうなれば実に頼りになると期待できるでしょう……でも、すんなり会えるものなんですかね?
「もしいつかの賢者みたいに隠れてたりしたら、見つかるものでしょうか?」
「賢者アロロパ、目立ちたがり。本気で隠れる者、砂漠の落とし物探す、同じくらい」
どうやら難易度はかなり高そうです。いざとなれば訪ねたけれどいませんでした、ということにでもしておきましょう。
その荒野の王だった人でなくても、蛇のことを探れたらそれでいいわけですから。
「ノルン、めんどくさい、そんな顔してる」
「そんなことないですよ」
訝しげな目を向けてくるルチさんに適当に誤魔化して、大変そうな旅路への準備に取り掛かることにしました。
▶▶▶「砂蛇の巣に潜り込んだ来客の話」
≪入手アイテム≫
精霊・マナコ×1、精霊・カイナ×1、精霊・ビテイ×1、精霊・ウタカタ×1、精霊・クルルド×1、
≪NPC紹介≫
ディレ・ワラバ
種 族:ヒルチヒキ族(男、74歳、属性:土)
体 格:167cm、59kg
クラス:チーフ(レベル30)
移 動:4↑3↓4(山岳)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 30 10 13 14 13 16 13 14 18 11
【スキル】
【個人】ヒルチ長老(ヒルチヒキ族と隣接時、魅力+10)
【種族】精霊の祈り(戦闘不能にした時にHPを20%回復する)
【兵種】トーテムポール(周囲3マス内の部族のHP20%回復)
【装備】人食い族の習い(敵を攻撃する度に幸運+3、最大+30)
【??】
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:B 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:B 銃砲:E
体術:E 探索:B 魔道:E 回復:C 重装:E 馬術:E 学術:B
【装備】
鋼の弓 威力17(7+10)
鋼の槍 威力19(9+10)
骸骨の面 スキル装備:人食い族の習い(敵を攻撃する度に幸運+3、最大+30)
【所持品(3)】
臓物ボトル×1