もぐれ!モグリール治療院 第8話「墓地にいってみよう」

スルークハウゼンの城壁外、歩いて数時間ほどの小高い丘の上にあるデリオ・ビング霊園は、町が管理する墓地のひとつだ。主に外からやってきた冒険者や身元不明の死者、死刑となった囚人の埋葬地で、そういう家族や縁者のいない人の墓は放置されて荒れる傾向にあるから、いっそのこと一箇所にまとめて管理してしまおうと20年ほど前に作られた。
冠となるデリオ・ビングは、数百年前この地の盟主だったとか有力者だったとか、この地の最初の開拓者だったとか、初めてチーズを開発した人だったとか、いまいち何をしたのか定かでない人の墓がそもそも存在していて、じゃあせっかくなんでと墓の周りに墓地を増設したから。
そんなわけでデリオ・ビングの墓を中心に、切り株の年輪みたいに誰の者とも知れない墓が円の形で立ち並び、今ではその数は1000を超えるとか。

なんで急に墓地の話なんかしてるかというと、数日後に建国祭とかいうお祭りがあるらしくて、それに合わせて各墓地で鎮魂祭も行われるそうで、年に1度その辺りで一斉に掃除してるんだとか。で、城壁内の墓地は近所のおじいさんおばあさんと子どもたちで掃除するけど、さすがに危険な城壁外まで向かわせるわけにもいかないし、冒険者ギルドに墓地清掃の依頼が出るってわけ。
「墓地清掃はいいぞ。なんせ誰もやりたがらないし、誰もやりたがらないってことは競合相手がいないってことだからな」
ヤーブロッコが妙に乗り気だったので、私も一緒にお掃除に行くことにした。奴が言うには、墓地には死者が生前好んだ食べ物がお供えされるものだけど、たまに形見の指輪とか武器とか置いていく人もいて、それがしばらく放置されている間に風に吹かれて転がり、その辺りの草むらの中に眠っているらしい。
「墓の上にある物はお供え物だが、草むらに転がっている物は遺失物だ」
「石つぶて?」
「要するに落とし物だな。本来は遺失物管理課に届けないといけないんだけど、持ち主不明の場合は半年ほどで拾った者へと返ってくる。でもそれなりに値のつくものは適当に持ち主をでっち上げて、結局騎士団や教会の懐に入るから、わざわざ盗まれるとわかって馬鹿正直に届ける奴なんていない」
つまり落し物は見つけたもの勝ちなのだ。さすがに町のお掃除ではそこまで大っぴらに出来ないらしいけど。

ちなみに他のみんなも誘ったんだけど、
・クアック・サルバー(偽造師)の場合
「いいかい、ヤミーちゃん。デリオ・ビング霊園に行って帰るだけで半日潰れるんだ。そんなことしてる暇があったら、賭博場に行って一儲けして、ついでに酒場を梯子する暇まである。どっちが有意義かなんて聞くまでもないだろう?」
・キキ・リッキー(ノッカーアップ)の場合
「あー、無いっすね。そんな遠いとこ行ってたら夜起きれなくなるっす」
・ルチ・フォナ(ヒルチヒキ族)の場合
「派遣任務、その日。部族連合、一緒、バッファロー狩り、得意」
……ねえ、部族連合ってなに? 私、そいつら知らないんだけど。
・ウストムィ(ウェンディゴ)の場合
「墓地! 人間食べ放題! 行きたい行きたい!」
死体を食べて病気になられても困るから、お留守番させておこう。
・カストリとシケモク(ヴァリャーギ)の場合
「ああ? わしら掃除なんかせんぞ! そんな暇あったらカツアゲでもするわい!」
「今から昨日喧嘩売ってきた馬鹿をしめに行くんやけど、お嬢も一緒に行くか?」
行かないし、むやみやたらに喧嘩をするんじゃない。
・アイオリデス(サイクロプス)とゴブゴブズの場合
「面白そうな遺跡を見つけたんで、そっちが優先だな。ブゴブズも一緒に連れていくぞ」
「オヤブン、オミヤゲ見ツケテクル!」
「山賊イタラ食べ物モ奪ウ!」
「オ金モブンドル!」
ゴブゴブズも立派になったものだ。もはや山賊を好きに殴っていい玩具くらいにしか思ってない。いいぞ、その調子だ。
・ピギー・ワイルドボー(オーク兵)の場合
「デリオ・ビング霊園ですか。いいですよ、用事があるので現地で合流しましょう」
そしてピギーが実際に辿り着いたのは、迷いに迷って3日ほど後のことになるのだった。
・ノーラ(ゴーレム)の場合
「拠点、留守ニスルト荒ラサレル。留守番マカセテ。タコト羊ノ世話モマカセテ」

……というわけで誰も同行してくれないのだ。
「お前、人望が足りないんじゃないか?」
「そんなことないよ。私を誰だと思ってるんだ、ヤミーちゃんだぞ」
人望はあるのだ、じゃないとみんなとっくに逃げ出してる。ただ、なんか揃いも揃って、こういう地味な仕事に乗り気じゃないってだけで。

「おお、冒険者のみなさま、お待ちして……あれ? ふたり?」
霊園の管理者のおじいさんは私たちを笑顔で出迎えて、数秒後に露骨にがっかりしたように顔を曇らせた。いやいや、目の前にいるのは普通の冒険者じゃないのだよ。おそらくスルークハウゼンで一番かわいいヤミーちゃんと、どぶさらいの達人ヤーブロッコなのだ。落とし物なんて全部拾っちゃうし、盗賊が現れたら両手足の骨とあばらを全部折っちゃうんだから!
「いや、もう一人いるのである! そう、ここに!」
私たちの背後から、ひときわ大きな声が響いた。振り返るとに声以上に大きな体格をした、人というよりは大きな猿、もっというと私はまだ遭遇したことないけどゴリラに近い大男が立っていた。そのゴリラはギョロリとした鋭い目の強面で、髪型はニワトリのトサカみたいに真ん中だけ尖らせるように生やしていて、見るからに斧とか槍とか持たせた方が似合いそうなのに、なぜか魔道士が羽織るような暗い深緑色のローブを身に着けている。え? もしかして魔道士なの? 山賊のほうが天職だよ、きっと。
「我が名はグレゴリオ、教会から派遣された神父である!」
まさかの神父だった。この男が懺悔室とかで迷える子羊の悩みとか聞くのかな、回答が全部殴って解決しろって言いそうだけど、それ大丈夫なの? ちなみに私の回答は殴って解決しろ一択だ。悩む前に殴る、怒られる前に蹴る、何事も先手必勝が一番。

「冒険者共、お主たちは清掃に励んでくれ。悪しき亡霊共が出たとしても我が魔法で一網打尽にしてくれよう!」
「殴った方が強そ……亡霊?」
「おや、ギルドから聞いておらぬのか? 近頃、この霊園内に亡霊が現れるのだ。元々亡霊は夜中に現われるものだが、最近は昼間にも現れるそうで、おちおち墓参りも出来んと我が討伐に参ったというわけだ! 安心せよ、我が炎の魔法で亡霊など一撃である! おそらく!」
スルークハウゼンの町は騎士団の管轄地で、当然騎士団が管理しているのだけど、墓地や診療所、救護院なんかに関しては宗教的な側面と、なんか聖職者が携わってた方が聞こえがいいので教会の管轄。当然、霊園での問題解決も教会の仕事になる。ってヤーブロッコが耳打ちして教えてくれた。
「なあ、神父様。派遣されたのがひとりって少なくないか?」
「おお、いい着眼点だ、ちょっとどぶくさい青年! 教会も建国祭の準備で忙しい。そんな中、我のような戦闘専門の魔道士は比較的暇なのだ。決して我が普段ろくな仕事を与えられない窓際職員というわけではないぞ! おそらくきっと!」
「……要するに閑職ってことか」
間食? おやつを食べれるの?


……おやつは出なかった。なんでだ!?


◆❖◇❖◆


結局、私、ヤーブロッコ、おやつをくれないケチな神父の3人で墓地の掃除に励んでいる。といっても普段そんなに人が訪れない墓地、人が来ないということはゴミが落ちず、ゴミが落ちないということは余計に汚れたりしないということなのだ。せいぜい草が伸び放題になってるくらいで、他にはヤーブロッコが言ったように風に吹かれたお供え物の空き瓶が落ちてるくらい。
管理人のおじいさんから渡された草刈り鎌で雑草を蹴散らして回ってるけど、これといった金目の物はさっぱり。ちなみにおじいさんは後は頼んだよって言い残して帰った。
ついでにケチな神父は亡霊が出てからが仕事であーる、とか言い張って働く気配を見せない。今は中央のデリオ・ビングの墓の前に陣取って、目を閉じて亡霊が現れるのを待ってる。もしかしたら寝てるかもしれない。このまま永久に眠らせてもいいんだけど。

「ねえ、ヤーブロッコ! なにか目ぼしいものあった!?」
「あったぞ。ほら、まずこの金の指輪だろ。それと」
ヤーブロッコは得意げな顔で金で出来た高価そうな指輪を見せて、そのまま少し離れた茂みにごそごそと、その辺で拾った適当な棒切れを突っ込んだ。
「だいたいこういうところに……ほらな、盗賊なんかが草の下とか土の中に埋めてんだよ」
そう言ってヤーブロッコが掘り起こした穴の中には、マンゴーシュという取っ手に防御用の装甲がついた短剣が1本、それに投擲用の細身のジャベリンが1本。私がさっぱり見つけられない内に、いとも簡単に錆びてもいない立派な武器をふたつも見つけたのだ。
「ぬぅぅぅ……」
「ま、こればっかりは勘と経験の差だな」
私も自分がヤーブロッコ並みにアイテム発見できるとは思ってないけど、こうも差をつけられるとちょっと悔しい。せめて威厳を保てるくらいの物は見つけないと……!
「見て、なんかあった!」
草むらの中へと伸ばした手が掴んだのは、えー、なにこれ、カッチカチになったパンじゃん。一応まだ食べれなくもないけど、おじいさんが落としたのかな。
「まあ、ゴミよりはマシだな」
ヤーブロッコが笑いをこらえながら慰めの言葉を投げてきて、そのまましれっと珍しい毒草を摘んでみせた。

このままでは私の立場が無い。なんとしてでもヤーブロッコを一泡吹かせるような宝物を見つけないと。いや、泡を吹かせるのは簡単なんだよ、みぞおちを殴るとか首を絞めるとか。でも、そんな吹かせ方をしても私の気分は晴れないのだ。
改めて墓地を見渡す。墓地はデリオ・ビングの墓を中心に波紋のように広がっている。ということは一番怪しい、なにかありそうな場所は、そう! デリオ・ビングの墓に違いない!
「おりゃあー!」
私は完全に眠っていた神父を転がして、古めかしい墓石を力強く押した。
「おい、それじゃ墓荒らしだろ」
「荒らしてはいない! お宝を盗んだ後でちゃんと戻すから!」
「それを墓荒らしっていうんだよ」
まったく話のわからない男だ。私は墓荒らしではないのだ、だったらなんだと聞かれても上手い言い訳は思いつかないけど。

墓の中にはさらに古びた石棺が転がっていて、その上には1本の長剣が祀られている。こんな場所に隠されていた剣だ、さぞかし高値で売れるに違いない。身を乗り出して鞘を掴んで剣を持ち上げ、石棺に向けて手を押し返すように上体を上へと反らして、視界を墓地へと戻すと、
「骸骨がいる……!」
墓地のあちこちから骨が湧き出てきて、あっという間に数体の骸骨に囲まれてしまった。さらに骸骨に混じってボロボロのローブを空中に浮かべる中身が靄のような、それこそ亡霊とでも呼ぶべき得体のしれないのまで。
「アンデッドか……厄介だな」
「アンデッド?」
「要するに死してなお戦う怪物だ。スケルトンとゴースト、どちらも厄介だぞ」
ヤーブロッコが舌打ちしながら背中に背負った鉄の大剣を抜く。骸骨なら粉砕できそうだけど、確かに幽霊には鉄の武器は効果が薄いかもしれない。
故郷のおかーさんも言ってた。幽霊は面倒よ、殴っても体がない分、効果が薄いの。だから2回殴らないといけない。
「つまり倍殴れば解決する!」
私は鉄の斧を振り抜いて幽霊を切りつけて、確かに手応えの薄さを感じながらもすかさず次の一撃を繰り出す。
ローブの中の黒い靄は空中に掻き消えるように散らばったかと思うと、ゆっくりと元の位置に集まって、再びローブを纏って空中に浮かんでみせた。

「こいつがアンデッドの厄介なところだ! 必ずってわけでもないけど、倒しても蘇ってくるぞ!」
ヤーブロッコが粉砕した骸骨も砕けたかのように見せて、バラバラに散らばった骨が集まって、再び武器を手に立ち上がる。
なるほど、確かに厄介だ。こいつは敵の戦力以上に手間取っちゃうかもしれない。
「そこで我が魔法の出番である! 炎弧(プロクス)!」
私たちの背後から魔導書を抱えた神父が手をかざして、弧を描くように動く炎を幽霊に浴びせた。幽霊は一瞬燃え上がってみせたけど、ローブを左右に激しく動かして炎を払い、反対に冷気を帯びた塊を飛ばしてきた。冷気をまともに浴びた神父は、低い呻き声を上げながらもどうにか耐え凌いで、再びどうにも頼りない威力の炎を投げつける。

「ねえ、神父。もしかしてだけど、魔法、苦手なの?」
「苦手ではない。こやつらの魔法への抵抗力が高いのだ。」
そう言い張って骸骨にも炎を浴びせる。まったく効果が無い、というわけではないけど1体倒すのに3回も4回もかかりそうな始末で、はっきり言って戦力としては微妙なところ。
「おい、神父様。あんた魔法より武器のほうが合ってるんじゃないか?」
「馬鹿を言うな! 我にも魔道士としての誇りがある! それに魔道士は幼き頃からの憧れ、才が他人より少々劣っていようと努力で埋めてしまえばよいのだ!」
「そうだぞ、ヤーブロッコ。本人がやりたいなら、それはそいつの自由だから」
私は努力を無駄だとは思わないし、そういう拘りを無意味だとも思わない。才能はいずれ開花するかもしれないし、仮にしなかったとしても努力は決して裏切らない。それに拘りがあるからこそ高い集中力を発揮できるし、地道な鍛錬にだって耐えられる。拘りが最も大切だと思うのだ。

「……言ってる場合か。なあ、神父様! あんたも教会の魔道士ならランバール銀の武器を持ってるよな!」
「ランバール銀?」
「騎士団と教会が使用を許される金属だ。純度の高い魔法銀で、アンデッドに特に強い効果を発揮する」
そういえば前に鍛冶屋からそんなこと聞いたような気もする。なんだ、神父め。そういう切り札を持ってるなら、さっさと出しちゃえばいいのに。
「馬鹿め。我は魔道士だぞ、魔道士が魔法以外で戦うわけがなかろう!」
「え? じゃあランバール銀の武器は?」
「我が拘りゆえに持っておらん! この魔道こそが我が武器!」
拘りとか不用品だと思うんだよね。そんなものに執着してないで、便利で強い武器を使うべきなのだ。集中力? 鍛錬? そんなの本人のやる気次第! 拘りとか欠片も関係ないと思う!

「我が魔道の奥義! 火炎流(イフェスティオ)!」
しょぼくれたボヤ程度の炎が波のように骸骨を襲う。もちろん大した効果はないので骸骨は構わずに向かってくるし、私たちはそれにいちいち対処しないといけないしで、なんかもう何やってんだろうって気分になってくる。それでも魔法に関しては素人の私やヤーブロッコよりは効果があるんだろうけど、素人と比べてもねって話なわけで。
「ねえ、ヤーブロッコ」
「なんだ?」
「自分の得意不得意を自覚するって大事だね」
私は得意の腕力で骸骨の頭を粉々に砕いて、もう何度目かの戦闘不能へと追いやったのだった。


◆❖◇❖◆


「うむ、我が魔道もまだまだ修行が足りぬようだ。お主たちがいなかったら今頃どうなっていたか……どこの馬の骨とも知れない冒険者風情と侮っていたが、なかなかの働きであった。感謝する」

それこそ日が暮れて明け直すくらいの時間を戦い抜いて、すっかり疲れ果てた私たちに向けて、神父は余計な一言二言を付け加えながらも頭を下げてみせた。それにしてもこの神父、ダメージはポーションでちまちま回復してたけど、体力そのものはまだ尽きていない辺り、体は本当にゴリラ並みの強さなのかもしれない。
余計な拘りなんか捨てて、それこそ分厚い甲冑でも着込んで馬鹿でかい大剣でも振り回せば、一角どころかそれなりに名の通った戦士にでも成れそうなのに。
「お主の言いたいことはわかるぞ、狼の小娘」
伝わってくれたらなによりだ、次からランバール銀の剣でも携えて来てくれ。
「我の弟子になりたいのだろう。我が魔道に魅了されたか、それもまた仕方ない」
「……ヤミー」
疲れ果てて地面に寝ころんだヤーブロッコが、そのままの格好で鉄の大剣を渡してきた。なにも言ってないけど伝わってくれてなによりだ、ちょうどこれで殴りたかったんだよね。

「うおりゃあー!」
私は今日最後の力を振り絞って、神父を霊園の外まで吹き飛ばしてみせたのだった。


拾得:デリオ・ビングの祝祭×1、草刈り鎌×1、金の指輪×1、マンゴーシュ×1、ジャベリン×1、古いパン×1、毒草×1、人骨×1、骨粉×2


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≪NPC紹介≫
グレゴリオ神父
種 族:人間(男、35歳)
クラス:祓魔師(レベル21)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 30 11    9  5  9 30  5  4  5  3↑2↓3(歩兵)
成長率 40 35  5 35 10 20 10 15 10 20

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:E
探索:D 魔道:C 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:C

【装備】
アルマンダル魔術書 威力11(3+8/炎属性)
魔道士のマント   回避+25、魔力+1

【スキル】
【個人】魔道への憧れ(魔道技能の成長速度増加、魔法武器以外使用不能)
【基本】魔力+2
【戦闘】悪魔祓い(死霊系ユニットに攻撃する時、腕力・魔力+2)
【戦闘】悪霊退散(死霊系ユニットを低確率で即死させる、戦闘不能状態であれば確定)
【??】
【??】

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