もぐれ!モグリール治療院 第9話「斡旋所を使ってみよう」
冒険者ギルドの裏手には一際大きな建物があって、普段はなんだこれってくらい空いてないんだけど、今日はなんだか人がいっぱい出入りしている。もしかしたら爆安市でもやっているのかもしれない、強い武器でも売ってないかなーと期待して覗いてみたら、
「おい、そっちの15番、うちのパーティーにくれ!」
「こっちは7番だ、ちょうど弓兵が足りてなかったんだ!」
建物の中は真ん中あたりで二つに分けられて、入り口側にはギルドでも何度か見た顔の連中が奥に向かって喚き、奥にはまだ若い、といっても私よりは年上が多そうだけど、全体的に若い男女がずらーっと並んでいる。どうやら番号が振られているみたいで、呼ばれたら柵というかカウンターというか、とにかく真ん中の仕切り板を越えて入り口側までやってきて、一言二言交わして一緒に帰っていく。
……こいつはアレか? 人身売買というやつなのか? スルークハウゼンは奴隷制じゃないって聞いてたけど、もしかしたら裏でこそこそ奴隷を扱っているのかもしれない。ヤーブロッコの両親は貴族の使用人だし、奴隷がいても別に不思議ではないんだけど。
でも奴隷はよくない、奴隷には自由が無いからだ。それに奴隷と持ち主を分ける明確な基準がないのも気に入らない、力で屈服させるとか、あばらを何本か折るとか、そういう人を従える力の証明も無しに人を扱き使おうって腹積もりが気に食わない。そんな奴こそ奴隷にしてしまうべきだと思う、とりあえず顎でも砕いてから!
心の中で拳をぶんぶん振り回していると、私のすぐ隣で鳥の巣みたいなもじゃもじゃの癖っ毛をした中年男が、じめっとした死んだ魚のような目を向けながら奥の奴隷たちを値踏みしている。
「今回はいまいちだな……まあ、いいか。おい、3番と5番、それと21番、24番、32番。お前らは俺のところだ」
ひとりで5人も奴隷を抱えるとか贅沢だな! お前は屋敷にでも住んでるのか、このもじゃもじゃめ!
「なあ、ヤミーちゃん、だっけか? さっきから睨んでくるけど、なんか勘違いしてないか?」
「だって奴隷……」
「そんなわけなないだろ。この町は奴隷制は禁止されてる、違反者は問答無用で死刑だ」
もじゃもじゃが呆れたように息を吐いて、近づいてくる若者5人に向けて雑に手招きした。
もじゃもじゃが言うには、ここは斡旋所という場所らしくて、戦士や冒険者の紹介をしてくれるところ。主にパーティー内で死人や怪我人が出て頭数が足りなくなったり、とにかく人手があればあるほど助かる規模の大きい探索に向かう時に使う。基本的にパーティーは自力で仲間を探し、信頼を築いてから組むものだけど、中には喋るのが苦手だったり人付き合いが悪かったりでずっとあぶれている人もいて、そういうはぐれ者の救済も兼ねているのだとか。
「それともうひとつ、でかい冒険は基本的に鉄以上、場所によっては銀以上のリーダーのいるとこじゃないと、そこに近づけさせてすらくれない。等級が銅のひよっこが名を上げるには、こうやって名のあるパーティーに拾ってもらうのが近道なんだよ」
なるほど、一理ある。確かに新米同士だとちまちま頑張るしかないけど、もしベテランに拾ってもらえたら、一気にドカンと名を上げることも出来る。まあ、そこは本人の実力と運しだいだけど。
「ということは、近々大きな依頼でもあるの?」
「鋭いな、ヤミーちゃん。そういうことだ。今こぞって人を集めてる連中、普段だったら顔も名前も知ったばかりの新米なんて歯牙にもかけない。右も左もわからない素人なんて邪魔だからな」
もじゃもじゃが指を向ける先には、ダイダロスの剣団、クィンリィ大盾の会、モラーダ魔法同盟といった有名な大所帯ベテランパーティーが揃っている。前に掃除で一緒になったベルトランのヤドリギもいたり、他にもアーチボルト弓兵団、マイルズファミリー、レインドロップ祭祀団、ローゼ騎士修道会、ウォードッグス、ペストリア舞踏団、ランシア狩猟隊みたいな、小規模だけど名の売れているパーティーも一通り。
つまりスルークハウゼンの主要パーティーがおおむね集合しているのだ。ということは、このもじゃもじゃもそこに並ぶような、結構所帯の大きなパーティーを組んでるのかな。人望はあまり無さそうだけど。
「が、今回はちょっと事情が違う。なんせ禁域の調査だからな」
「きんいき?」
【禁域】
或いは禁足域ともいう。スルークハウゼンから真っ直ぐ東に一月二月進んだ場所に拡がる巨大な樹海。その名の通り日頃は何人たりとも立ち入りを許されない場所で、奥まで踏み込んで帰ってこれた者はわずか数名。しかしその誰もが、技術だとか魔法だとか文明だとかを一変させるような大きな成果を持ち帰っている。
禁域に立ち入るにはハルトノー諸侯連合側、つまり西から進むルートと、南に大きく迂回してフィアレアド王国領でまた別の許可を得て突入するルート、さらに大きく迂回して大陸の東側から進むルートがある。フィアレアド王国とは国境線を押し合いへし合いする戦闘中、大陸の東に行くには危険な海域を越えていくしかないため、現実的には難しい、というより不可能に近い。
ちなみに調査状況は全体の1割にも満たず、その奥にある亜人種族の国オルム・ドラカへの道筋すら見えていない。
「そして、この禁域の調査に参加できる条件は銀等級以上の冒険者がリーダーを務めること。並の連中だと機会すら与えられない」
普通に考えたら身の丈に合ってない危険な冒険だけど、冒険者になりたい人なんて脳のひとつやふたつを焼かれたような冒険狂だったり、危険中毒を患ってたりするので、こうやって命なんていらねえから冒険に連れて行けって拾われるのを待っている。
「だったら最初から勝手に入っちゃえばいいのにね」
「二度とスルークハウゼンに戻らない覚悟があれば可能だけどな。まあ、結局どいつもこいつもギルドや他のパーティーとは上手くやっていきたいってことさ」
もじゃもじゃは並んで立っている若者5人を眺めながら、ようやく私に視線を合わせる。どろんとした暗い印象の瞳で、他人に一切期待してないのが言葉にせずとも伝わってくる。きっとこの5人は肉壁代わり、うまく活躍できたとしても囮とか足止めとか、まさに命がけで使い潰すだけの役割になりそうな予感がする。
でも、どんな使い道をするもされるもそのパーティーの自由だから、多少もやもやするものの私が口出しすることでもない。予想以上に活躍して生き残ればいいだけなのだ。
「で、どうよ? ヤミーちゃんも禁域行ってみたいか?」
「……うーん、別にかなあ」
「意外だな、すぐ食いつきそうだと思ったんだが」
まったく興味がないわけじゃないけど、別に私は危険な場所を探索してみたいとか、すごい強い敵と戦いたいとか、そういうとち狂った趣味は持っていない。身の丈に合った幸せを求める、ちょっと人並み以上に強くてかわいいだけの美少女なのだ。それこそ幼い頃に出会った、死んだ魚のような目をした冒険者が語った夢みたいなのを望んでるだけで。
「私は日々をのんびりと過ごして、暇潰しに冒険とかしてたら目の前におっきな獲物が現れてくれて、そいつをしばき倒して英雄として祀り上げられて、その後は一生なんにもせずに日がな一日ボック酒でも飲みながら、たまに散歩して熊の頭が砕けるまで殴ったりして、あとは勝手に金が湧いて出てくる夢のような生活を送りたいだけだから」
「百点満点の冒険者だな。だったらなおのこと行くべきだと思うが、まっ、気が向いたら声かけてくれ」
もじゃもじゃが苦笑しながら私に称賛の言葉を浴びせて、気が向いたら声をかけてくれと一言残して去っていった。どうやらもじゃもじゃは普段、裏通りで小さな診療所を勝手にやっているらしい。いわゆる闇医者というやつで、でもそういう、教会に認められてないけど技術と知識はあるからやってますって医者は、割と存在しているみたい。
◆❖◇❖◆
「で、ヤミーちゃんも誰か雇っていくかい?」
ぼーっとしながら経緯を眺めて、あらかたのギルドが選び終わった辺りで、それでもまだぽつぽつと人影が残っているからか私にも声が掛かった。正直、今のところ頭数は足りてるし、そもそもメンバーの大半がゴブリンとかサイクロプスみたいな、うちみたいなパーティーに引き抜かれたい人なんているのかな?
「うちのメンバー、ゴブリンとかだけどいいの?」
「だったらこういうのもあるぜ」
斡旋所のおじさんはポンと手を叩いて、建物の奥から熊くらいなら余裕で入りそうな檻が次々と運ばれてきた。
「テイマー向けのモンスターの斡旋もやってんだよ。まずはこいつなんかどうだい?」
最初の檻に入っていたのは大柄の猿みたいな生き物。手足が大きくて、檻の中が不満なのか歯を剥き出しにして唸っている。そりゃ不満だよね、檻の中だもん。
「こいつはサスカッチ、かなりレアな猿のモンスターだ。見ての通り頭はアレだが、パワーは人間より遥かに上だ。もちろん猿だから物を投げつけたり拾ったり出来るし、鍛えたら丸太や岩石なんかも投げてくれる。欠点は人間相手でも発情しちまうところだな、ちんちんはでかい! どうだい!?」
「いらない」
絶対いらない。お金払って斡旋してもらっておいて、発情して襲ってきたから処分するとか、お金の無駄遣い極まりない。頭を割る練習台にはなるかもしれないけど、だったら猪とか牛とか鹿とか狙った方がいい。なぜなら美味しいから。
「そっかー、だったらこれなんてどうだい?」
次の檻に入っていたのは猛禽の体に獅子の胴体を持ったグリフォンだ。さすがに私でも知ってる、比較的人間の生活域に近い怪鳥で、一部地域ではグリフォンに乗って行軍する騎士団もいるとかいないとか。
「グリフォンはいいぞー、なんせ飛べる。飛べるってのはそれだけで便利だ、うまく懐いてくれたら乗せてくれるかもしれねえし、もし乗っけてくれなくてもそれなりに戦力になってくれる。こいつは気性が荒いから、ヤミーちゃんにはもってこいかもしれねえな! どうだい!?」
「ちなみにいくら?」
斡旋所も慈善事業ではないので、当然紹介料が発生する。おじさんが示した数字は結構な額で、武器を新調してもおつりが出るくらいには高い。人間にしてもモンスターにしても、個体の強さや特性によって大きく金額は変わるみたいで、空を飛べるグリフォンはモンスターの中でもかなり高額な部類みたい。ちなみにサスカッチはレアだからか、グリフォンよりも更に高い。
「却下!」
払えないものは払えない。グリフォン、君はもっとお金持ちに飼ってもらうといい。サスカッチは山へお帰り。
「安いとなるとこれだな!」
その次の檻に閉じ込められていたのは、引っこ抜いた樹木に顔がついたようなモンスターだ。根っこを足代わりにしてドタドタと近づいてきて、ギシャシャシャとさっぱりわからない言葉みたいな不気味な音を発している。
「トレントだ! こいつはまあ、頭数になるなって感じだな。あとは特に説明することはねえ! しいていえば困った時に薪になってくれっから、キャンプの時にいてくれたらありがてえってところだな! どうだい!?」
「いらなーい」
薪だとしたら高すぎるもん。どんな高級な炭を作る気だよ、王様にでも献上すんのかって値段だ。それだけあったらこいつの5倍は薪が買える。それに薪ならその辺の木でも切ってしまえばいいのだ。
「……最後はこいつだな」
3連続で断ったからか、おじさんが明らかに萎えた様子で最後の檻を投げやりに指差した。檻の中にはかろうじて丸い形を保っている真っ赤な粘液の塊が、うぞうぞと蠢いている。これが生きてるのか死んでるのか、そもそも命っていうものがあるのかわからないけど、おじさんが言うには新鮮なウーズなのだとか。
「ウーズだ、まあスライムの親戚みたいなもんだな。見ての通り意思の疎通は出来ねえし、誰彼構わず襲い掛かる割には大して強くもねえし、出来ることといえばトリモチみたいな粘液を吐いたり、鎧をちょっと溶かしたりとか、そんなところだな。だが安い! パンを買うくらいの値段で買えるのが最高だ! もってけ泥棒!」
なんだか口上を聞いててかわいそうになってくるけど、私がウーズを買ったとして上手く扱えるかっていうと、もちろんそんな自信はない。
でもパンを買うくらいのお金で買えるなら、記念に1匹もらっていこうかな、と思える程度には安い。なんせパンと同じ値段だ。ふらっと入ったお店でパンとウーズが並んでたら、迷わずパンを選ぶけど。
「じゃあ、おひとつくださいな」
「あいよ! まいどあり! 次はサスカッチでも買ってくれよな!」
やだよ、買わないよ。
というわけでウーズを手に入れた。逃げないように樽に詰められたウーズは、うぞうぞと蠢きながら餌のネズミを溶かして食べている。どうせネズミを捕ってくれるなら猫のほうがずっといいし、樽に入ってるならお酒の方がはるかに嬉しい。つまり、今すぐ捨てちゃおうかなーってくらいにはいらないのだ。
しかし金額でいうと相当にお得だ。なんせパンと同じ値段で樽が手に入ったわけで、むしろウーズ本体より樽が欲しくて買っていく人の方が多いんじゃないかな。ウーズなんか、いざとなったら下水道にでも捨てちゃえばいいし。
うぞぞぞぞぞ。
ウーズが樽の中で奇妙な音を発している。もしかしたら子犬みたいにプルプルふるえながら捨てないでって訴えてるのかもしれな……そんなことはない。ウーズは所詮ウーズだ、知能は無い。いや、ウーズ博士とかいたら否定されるかもしれないけど。
「いいか、君は適当などぶに帰って自由に生きるのだ」
うぞぞぞぞぞ。
ウーズがなにか訴えているような気がしてきた。なんていうかこのまま捨ててしまうのも気の毒なので、1回くらい冒険に同行させてみようかなって気になってきた。
「仕方ないな、1回だけだぞ」
うぞぞぞぞぞ。
ウーズが喜んだような気がしなくもない。
ちなみにウーズは勝手に出歩かないように樽に念入りに蓋をして、拠点の倉庫に放り込んでおいたのだけど、次の日にはすっかり忘れちゃってたのはここだけの話だよ。
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≪加入ユニット紹介≫
#↑▼○『&▶&(解読不可能)
種 族:ウーズ(不明)
クラス:ウーズ(レベル3)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 17 3 3 4 1 3 0 0 0 0 2↑2↓3(歩兵)
成長率 40 30 20 30 15 25 10 10 5 5
【技能】
短剣:- 剣術:- 槍術:- 斧鎚:- 弓術:- 体術:E
探索:E 魔道:- 回復:- 重装:- 馬術:- 学術:-
【装備】
装備不可能
【スキル】
【個人】大器晩成(レベル51以降の各成長率+20)
【固有】凝固液(粘液による格闘攻撃を可能にする)
【固有】粘性液(射程2 対象に移動封じを付与する)
【??】
【??】
【??】
≪NPC紹介≫
カイル・ゼゲンス
種 族:人間(男、48歳)
クラス:斡旋所(レベル21)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 30 8 4 5 5 8 19 2 17 8 3↑2↓3(歩兵)
成長率 30 20 15 10 20 15 20 10 35 20
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:D 斧鎚:E 弓術:E 体術:E
探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:C
【装備】
鉄の棒 威力19(7+12)
革のマント 回避+10
【スキル】
【個人】商売繁盛(売却・派遣で得られる金額×1.5)
【基本】幸運+5
【特殊】人身売買(勧誘等で仲間に加わったユニットを町で売却する)
【特殊】傭兵詰所(勧誘等で仲間に加わったユニットを町で派遣する)
【??】
【??】