もぐれ!モグリール治療院 第7話「酒場に繰り出してみよう」
冒険者ギルドから歩いてほんのすぐ、煌めくヒポポタマス亭は冒険者御用達の酒場のひとつだ。私は滅多に酒場に行くことはないけど、酒場の空気そのものは嫌いではない。ちなみにハルトノー諸侯連合領内は15歳以上は酒を飲んでも許されるので、私が酒を飲んでも何も法に触れることはない。特に誰になにを断る必要もないし、法なんて守るも破るも私の勝手なんだけど、私が酒を飲むのは合法なので問題ないのだ。
「たのもーう!」
私が酒場に来たのには理由がある。近頃、私の知らないところでこそこそと暗躍しているクアック・サルバー、こいつがよく姿を現す場所のひとつがこの酒場らしいのだ。
私が集めた限りの情報だと、クアック・サルバーは冒険者でギルドにも登録してるけど、受付のお姉さんも年配のおじさんおばさんたちも、誰ひとりとして素顔を見たことがない。等級は銀まで上がっているものの頼んだ覚えのない依頼を何故かこなしていたり、そもそも依頼自体が誰も受け付けた覚えが無かったりするのだけど、どの書類にもしっかりとギルド長のサインが書いてあるし、依頼も騎士団や教会の了承は得ているので書類上は疑う点がない。
何人かは一緒に冒険に出たことがあるけど、常に、それこそ食事の時も眠る時も鴉の嘴のような仮面を被っていて、分厚い外套を羽織っているので性別も体格もよくわからない。教会が取り扱ってる魔道書を持っていて、それなりの種類の魔法も扱えるけど、教会に所属しているわけでもなく、魔道士育成機関に通っていた記録もない。
真っ当な住人から悪徳な輩まで顔が広いようで、色々と証言は集まるけど結局なにもわからない。
要するに会って確かめるしかない、ということなのだ。
酒場の扉を開けて、ぐるりと店の中を見渡してみると、まあよくもこんな醜態を晒せるなってくらい泥酔した若者から、誰が見てるわけでもないのに店の片隅で気取った様子で杯を傾ける男まで、誰も彼も楽しそうに酒を飲んでいる。見たところ嘴の仮面を被ってるのはいない、もしクアック・サルバーが酒場では仮面を取る主義だったら、もうこの時点で詰んでるわけだけど、普通に考えたら酒場では仮面は取るでしょ。
もし私が店主だったら、仮面被ってカウンターに座った時点で「取れ!」って無理矢理剥がすもん。私の酒を仮面越しに飲むんじゃねえ、って酒樽を叩きつけるかもしれない。お酒の席とはそういうものなのだ。昔、お兄ちゃんがうちでお酒飲んでた時に、じいちゃんに寝転んで飲むんじゃねえって蹴られてた。そのじいちゃんはその後で寝転んで飲んでたけど。
……よし、詰んだ! 仕方ないからお酒を飲もう!
「ボック酒! 大盛りで!」
スルークハウゼンで一般的に飲まれてるのはエールか果実酒だけど、私が選ぶのは脳天にまでガツンとくらわせるボック酒だ。このお酒は海賊や漁師が好んで飲む強めのお酒で、私の故郷ノルドヘイムでもよく飲まれている。お姉ちゃんが片道数日かけて、ふもとの村まで50本ほど買いに行って、30本ほど持ち帰ってきてた。20本はどういうわけか不思議なことに、いつもお姉ちゃんのおなかの中に消えてたけど。
あとは家で作ってたどぶろくも飲んでたけど、そっちはスルークハウゼンには置いてなさそうなので諦める。いや、わざわざこっちでまでどぶろく飲もうとも思わないけど。
ちなみにノルドヘイムでは10歳からお酒を飲んでいいことになってるので、特に誰になにを断る必要もないんだけど、私がどぶろくを飲んでたのは合法で問題ないのだ!
「おっ! お嬢ちゃん、若いのにイケる口だねえ。ほらよ、ボック酒だ!」
「まあね。私ほどのものにもなると、ボック酒も水みたいなもんなのだよ」
私は目の前に置かれた顔くらいありそうな手樽を掴んで、なみなみと注がれたボック酒をぐびりと飲み込む。濃厚な味わいと豊潤な香り、それでいてスルリと胃袋に流れていく喉越しの良さ、そしてなにより肉との絶妙な相性! ボック酒を飲む、焙った肉を齧る、ボック酒を飲む、肉を齧る、この無限に続く組み合わせが、今まで何人の海賊たちを酔い潰してきたことか。しかし私はそんじょそこらの海賊たちとはわけが違うのだ。なんせノルドヘイムのヤミーちゃんである。酒が私を潰すのではない、私が酒を潰してやるのだ!
◆❖◇❖◆
「おい、嘘だろ……!?」
「まだ10代かそこらだろ……!?」
「マジかよ、ひとりで俺たちの倍は飲んでるぞ……!」
まわりがなんだか褒めてくれている。ふふーん、どうだ君たち、このヤミーちゃんのすごさがわかっただろう? わかったら私にお肉を捧げるがよい! あとチーズとパンも捧げるのだ!
あっはっはっはと高笑いしながら気分よく飲んでいると、店のはしっこを黒い嘴が通り過ぎていく。なんだあ、あの嘴は? 私の前を通り過ぎるとはいい度胸だ! どこのどいつか知らないけど、ぶん殴ってやる!
私はお酒を両手にずかずかと、たまになぜかぶつかってくるおじさんたちを蹴り倒しながら店の奥へと進み、嘴の入っていった個室の扉を蹴破った。
「おいおい、ヤミーちゃん。扉はノックしてから開けるものだよ」
「んあ? なんで私の名前知ってんの?」
いつの間にか私の名前は、スルークハウゼン中に轟いてしまっているらしい。しょうがないか、なんせ私だからな。強い、かわいい、お酒も飲める、そんな最強美少女である私の名前、轟かせないほうが難しいというもの。そうかそうか、じゃあなんで素通りするの? おかしいだろ?
「なんでって、私を探してだろう。お前が聞き回ってると耳にしてね、こうして会いに来てあげたわけだ。今日は他の店で飲むつもりだったんだが、感謝して貰いたいな」
「さがしてた? 私が? そうだっけ?」
そういえば誰か探してたような……いや、お酒より大事な用事なんてこの世にあるはずないし。さては私を騙そうとしてるな! 許しがたい、ぶん殴らなきゃ!
「おいおい、どうしてそうなるんだ? このクアック・サルバーに話があるんだろう?」
「クアック・サルバー? そんな食べ物はない!」
私は右手に持ったお酒を飲み干して、手樽を投げつける勢いそのままに、腰に提げた鉄の斧で嘴に殴りかかった。するとこの嘴、いきなり紙切れを取り出して、挟んだ指先でくるりと躍らせながら見せつけてくる。
「退去命令。ここは特別な許可を持たない冒険者は立ち入り禁止だ。速やかに出ていきなさい」
「むずかしい言葉を使うな!」
紙切れ越しに嘴の体に斧を撃ち込む。なにか硬いというより分厚いって感触で阻まれたけど、そんなことは私に関係ない! 1回で倒せなければ2回3回と殴ればいいのだ! 私は賢いからそういうこと知ってるのだ!
「店内で物騒な……武装解除命令。この店では武器の所持は認められない。ほら、ここにもしっかりと記してあるだろう」
「そもそも文字とか読めん!」
私が文字読めないからって馬鹿にしてるのか、この嘴は! 私は怒りに任せて突きつけられた紙を切り払い、もう1度斧を振り下ろす。しかし嘴は生意気にも、取り出した本を柄に押し当てて、私の一撃を受け止めてみせたのだ。
「まったく……まさか言葉が通じない獣とは。だったらこういうのはどうだい? 強制排除命令!」
嘴の持ってる本からページが一枚切り離されて、ぎゅるんと貝殻状に捻じれながら私の顔に飛んできた。妙な力でも使ってるのか、紙切れなのにびっくりするくらい速くて、反射的の裂けた私の後ろの壁にナイフのように突き刺さった。
「獣相手でもやりようはあるんだよ、田舎者のお嬢さん」
「だれが田舎者だ!」
私は左手の手樽を投げつけて、それを目隠しにするように斧を突き出す。またさっきのナイフみたいな紙が飛んできたけど、あの程度なら目や喉に当たらなかったら問題ない。左手で受け止めたまま突っ込んで、体当たりして部屋の奥まで押し込んだ。
「どこまでも聞き分けのない獣め……雷閃(ブロンテ)!」
嘴が本を開くと同時に掌から光る球みたいなのが現れて、目の前が昼間みたいに明るくなった。それと同時に全身にビリビリした痛みが走り抜けたけど、そんなのは耐えたらどうってことない。今は痛みを気にするよりも攻撃するのが先決なのだ。私は距離を詰めながら嘴の懐に潜り込んで嘴の胴にしがみついた。
「うおりゃあー!」
そのまま引っこ抜くように嘴の体を持ち上げて、思いっ切り近くのテーブルに叩き落とした。流れ的にはこのまま頭突きでもするところだけど、それをするには嘴が邪魔。嘴を掴んで引きはがすと、面の奥から黒髪に褐色のエルフの女が顔を見せた。なんていうか酒場で踊り子なんかをすれば、おひねりで銀貨が飛んできそうな顔だ。
昔、じいちゃんが言ってた。美人の女は勿体ないから殴るもんじゃないって。
けど、おかーさんがこうも言ってた。でもヤミーのほうがかわいいだろうから、殴っても問題なし!
「私の方がかわいい!」
褐色エルフの頭に向けて、私のすごく賢い頭を叩きつけると、ぐえっと鈍い声を漏らしながら目を回して気を失った。どうだ、私の方が強い! そしてかわいい! このヤミーちゃんに勝てるのなんて、それこそ故郷の家族くらいなのだ!
私は両手を高らかと掲げて、狼の遠吠えみたいな勝利の雄叫びを上げた。その直後、敵を倒して気が抜けたのか、ぐらりと天井や壁が揺れて、そのまま真っ暗になった。
◆❖◇❖◆
「いたたたたっ……!」
目を覚ますと全身が痛い。頭は痛くないので二日酔いではなく、多分きっと何らかの攻撃を受けたんだと思う、まったく覚えてないけど。
隣ではルチが呆れたような顔で私を見下ろしていて、反対側には見覚えのない褐色肌のエルフが、ドロドロの顔と頭に塗れた手拭いを乗せて眠っている。
「ねえ、これ、誰?」
「夜、連れてきた。言ってた、子分、新しい」
ルチが言うには、私が夜中に連れて帰ってきたらしい。しかも新しい子分だとみんなを叩き起こして紹介して、そのまま酔っぱらって眠ったのだとか。ちなみに褐色エルフは気を失っていて、足を掴まれて引きずられていたそうで、顔が土と泥に塗れているのはそれが原因みたい。
誰か知らないけど、なんか悪いことしたな。いや、でも私が理由もなくそんなことするわけないから、きっとこの人が悪いんだと思う。なぜなら私は良い子だから。
「……まったく酷い目に遭った。が、まあ構わないよ。私を子分にしたということは、子分になった覚えもなるつもりもないが、結果としては狙い通りだ」
褐色エルフは手拭で顔を拭きながら起き上がり、改めて名乗りながら勝手につらつらと語り始めた。
褐色エルフの名前はクアック・サルバー。ハルトノー諸侯連合領外、それも敵対地域から来たダークエルフで、表立って活動できないような、それこそカストリとシケモクみたいな町の厄介者に協力して生計を立てている。職業は偽造師で、本来認められない冒険者ギルドへの登録も、当然あり得ない銀等級への昇格も自らの技術とやらの賜物。現在はモグリールという闇医者と仮のパーティーを組んでいて、有望な冒険者を集めているらしい。
「つまり私は有望だと?」
「簡潔に言うとそうだね。新人とは思えない戦力、特にカストリとシケモクに劣らない、いや精度を踏まえればそれ以上の攻撃力は我々としても喉から手が出るほど欲しい逸材だ。ヤミーちゃんの下に腕利きのワケアリ共を集めて、後で丸ごと乗っ取ってしまおうと思っていたのだが、思考も精神も法の外に立つ人間相手では私では分が悪い。ノルドヘイムの蛮族である情報を、うっかり聞き逃していたよ。そういうわけで親分、私とモグリールをパーティーに入れてくれないかね?」
クアック・サルバーの魔法は、もちろん通常の魔道士が使う類のものもあるけれど、その本領は言葉や書類を介して法律や規則で縛り付けるところにある。でもノルドヘイム出身の私は、この町やハルトノー諸侯連合の法律なんて関係ないし、別に知ったことじゃないし、そもそもノルドヘイムでは強さこそが絶対の掟。強い者がすべてを決めるし、すべてを手に入れる。弱いのが悪い。以上、それがノルドヘイムの社会なのだ。
そんなノルドヘイムの世界で生きてきた私には、クアック・サルバーの魔法は効果が限りなく薄いらしく、書類をまとめて子分もろとも奪う、という作戦は諦めたみたい。それはそうだ、私の子分は私のものだし、他の生き物の都合なんて私の掌の上だ。それが嫌なら私より強くなって逃げればいい。まあ、そんなことをさせない寛容さと優しさと面倒見の良さも持ち合わせてるから、私は強くてかわいいわけなんだけど。
「ヤミーちゃんがどう思うかは私にはわからないが、おそらくヤミーちゃんとモグリールは馬が合うと思うよ。彼は冒険狂だし、ヤミーちゃんは戦闘狂だ。狂人には狂人同士の……よし、まずはその斧を仕舞おうか」
「子分なら口の利き方に気をつけるように」
私は寛大な心で斧を片付けて、新たに加わったこのうさんくさいエルフを迎え入れることにした。というより、私が酔っ払っている内に子分にしてしまったから、宣言した手前致し方なしってところだ。
「ああ、そうだ。礼を忘れてた」
「お礼? お酒ならいくらでも貰うけど」
「昨日の酒代だけで勘弁してくれないかな。で、なんの礼かだけど、レイドを組んでいるヤーブロッコ君、彼をチンピラ共から自由にしてくれてありがとう。貴族相手だと書類も面倒でね」
ちなみにクアック・サルバーとそのモグリールとやら、ヤーブロッコにも声を掛けていて、すでにレイドを組んでいるとか。
そういえばあいつ、モグさんとかどうとか言ってたっけ。そのモグさんってのがモグリールのことか。
「ヤミー、どうする? 怪しい、迷惑、前に消す、一番」
「そうだね。隙をみて頭でも割って、その辺の穴にでも捨てておこうか」
「名案。遺恨、なし。万事解決」
ルチと悪だくみしている私に、クアック・サルバーは呆れたような、それでいて小馬鹿にするような目線を向けた。いやいや、もちろん冗談に決まってる。本当にそんなことするわけがないじゃない。そんな物騒なことしないよ? ほんとだよ?
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≪加入ユニット紹介≫
クアック・サルバー
種 族:ダークエルフ(女、186歳)
クラス:偽造師(レベル20)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 26 7 13 6 12 21 27 8 26 20 4↑2↓3(歩兵)
成長率 35 25 40 20 35 45 50 15 30 50
【初期技能】
短剣:D 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:D 体術:E
探索:C 魔道:C 回復:D 重装:E 馬術:C 学術:B
【初期装備】
パンタレラ教則本 威力20(7+13/雷属性)
隠密の外套 攻撃対象になる確率ダウン
【スキル】
【個人】口八丁手八丁(話術系スキル成功時、次ターンまで全ての攻撃対象から外れる)
【基本】ワタリガラスの呪文(戦闘開始時、敵ユニットをランダムでひとり状態異常を付与)
【特殊】偽りの大義名分(書類を偽造して、書類系・話術系スキルの効果を高める)
【特殊】人身売買許可証(指定ユニットを強制的に3ターン寝返らせる、複数人不可)
【??】
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