もぐれ!モグリール治療院 おまけ「クラスチェンジをしてみよう」

「ねえ、君たち、いい感じに進化とか出来ないの?」

我らの頭目、ヤミーちゃんが突然そんなことを言ってきました。どうせいつもの気紛れや思い付きなのでしょうが、改めて話を聞いてみたところ、どうやら彼女は雪の女王と呼ばれる真っ白い老狼を討ち取り、その毛皮を纏ったことでヴァイキングからウルフヘズナルになったそうで、我々にもそういった戦力強化、いわゆるクラスチェンジが起こらないか期待しているとのこと。
我々もれっきとしたパーティーの一員、頭目の期待に応えるべく、日々猪を狩ったり鹿を狩ったり、暇な時はひたすら案山子を殴ったり、書物を読み込んだりして鍛錬を続けていますが、どうにも周囲からおまけ程度にしか見られていない現状を鑑みるに、おそらくそういうことなのでしょう。
私は下級職、ゴブゴブズに至っては基本職のまま。不本意ではありますが、見た目からして雑兵と思われても仕方ありません。ならば頭目の顔に泥を塗らぬよう成し遂げてみようではありませんか、クラスチェンジとやらを。

申し遅れました、私はピギー・ワイルドボー。ヤミーちゃん配下の少々地図を読むのが苦手なオーク兵です。


◆❖◇❖◆


「いや、俺はしないぞ。サイクロプスにはサイクロプスたる誇りがある」
「転職、無理。ヒルチヒキ族、忘れない、精霊、祈る」
早速パーティーの主軸でもある参謀格のアイオリデス殿と、ヤミーちゃんの相棒的な立場にあるルチさんに相談したところ、文化的、宗教的な理由で却下されてしまいました。ついでにルチさん配下の部族連合にも断られましたが、まあそこは予想通り。せめてどちらかだけでも乗って欲しかったのですが、皮を剥がされたくないので無理強いは出来ません。
古の伝承にでは亜人種族やモンスターから、それこそ人間種族であっても魔王が誕生するといいます。また世界のどこかには邪道騎士と呼ばれる、人でも魔でもない、狭間の世界に生きる騎士の存在も耳にしたことがあります。彼らがそういったものになるかはわかりませんが、一縷の望みは抱いておきましょう。

「あなたたち、クラスチェンジをしてみませんか?」
「ブシュウウウ」
「メブェェェェェェ!」
次に声を掛けたのは、今のところパーティーの戦力としてプラスにもマイナスにもなっていないタコと羊。
ええ、もちろん断られました。言葉が通じないので断られたのかどうかも不明ですが、戦力の底上げは失敗したようです。
しかし彼らも大雑把にはモンスター、魔王誕生の可能性も捨てきれません。さすがにタコの魔王や羊の魔王はいかがなものかと思いますが。
ついでにゴーレムのクラスチェンジも考えてみたのですが、アイオリデス殿によるとゴーレムは改造という形で強化出来るそうで、店売りしている程度の鉱石であれば無くもないのですが、もっと強力な素材が手に入ってから考えることにしましょう。出来ればロンダリア鋼、ランバール銀、ベルマー鉱石の3鉱石辺りを使いたいので。

「というわけで君たちもどうですか、クラスチェンジ」
「ヤル! オレタチ、強クナル!」
「デナイト、オヤブンニ頭割ラレル!」
「マダ死ニタクナイ! ガンバル!」
パーティーの最古参で、文字通り頭数程度の働きをしてくれるゴブゴブズは積極的に賛同してくれました。どうやら彼らはヤミーちゃんとの約束で、成人……この数字には地域差がありますが、ノルドヘイムの慣例に合わせて15歳になったら、ナイフ1本だけで熊を狩らないといけないとのこと。当然、熊を狩れなければ返り討ちに遭って死にますし、仮に逃げおおせたとしても一人前とは認められず、再び放り出されて、勝つか死ぬまで挑まされるとのこと。なんですか、その野蛮な風習は。田舎のオークでもそんなことしませんよ。
しかし熊を狩れるほど強くなれば、問題は解決するともいえます。彼らの未来のためにも、ぜひクラスチェンジしてもらいましょう。

「私、パン屋になりたい! パン! パン好き! パンおいしい!」
ついでにウェンディゴのウストムィさんも乗ってきました。彼女は本来人食いの亜人種族ですが、パンの美味しさに目覚めてしまったようです。特にウェンディゴとしての誇りなどは無いらしく、むしろ思考回路の9割以上は食欲。朝食を食べている途中に夕食、なんだったら翌日の朝食のことを考えているような暴食主義者。
パン屋になったところで戦力が増えるかは不明ですが、技能が増えるに越したことはありません。微々たる増強でも成し遂げてもらいましょう。

という流れで、私とゴブゴブズ、ウストムィさんの5人がクラスチェンジに挑むこととなったのです。


◆❖◇❖◆


ヤーブロッコさんに教えてもらったところ、人間と人間に近しい亜人種族は、教会や騎士団の詰め所で上級職への昇格を果たすそうですが、私はともかく残る4人は人間社会と相容れ難い種族。しかしこの町にはヤミーちゃん以外にも、そういった者たちを従えるテイマーが勢力を確立しており、それに合わせてスルークハウゼンの城壁の外周部に専用の施設が作られたとのこと。
なるほど、多様性の時代とはこういうことを指すのでしょう。なんだかヤミーちゃんが言いそうなことを思い浮かべてしまいましたが、それだけ私もパーティーに馴染んできた証拠。暇潰しに山賊の膝を砕くといった所業に手を染めるのも、時間の問題かもしれません。

「いらっしゃい、クラスチェンジかね?」
外周部に用意され施設は、骨組みと薄い板切れと簡素なテントを繋ぎ合わせたような掘っ立て小屋以下の代物。なんといいますか、休日に父親が張り切って大工仕事に精を出したものの途中で放り出した結果の成れの果て、といった具合でしょうか。
見てくれでは廃屋にしか見えませんが、中にはしっかりと一対の神像が祀られていて、片方は人間たち、特にラステディン教会統治地で広く信仰されている大地母神の像。聞くところによれば、彼女が処女受胎して生まれたのが人間の祖である神人バスコミアナだそうですが、そんな木の根から生まれたような与太話を信じている人間が本当にいるのでしょうか。
もう一方は主にデーモンたちから信仰されている月の邪神の像。私たちオークは獣頭の闘神バルデミッドが信仰対象ですので、当然そんなものを信仰した覚えはないのですが、人間の崇める神よりはまだ受け容れやすいともいえます。所詮形だけの儀式なので、これで良しとしましょう。

「じゃ、そこに掛けて……え? 君はパン職人になりたいの? じゃあ、この入門書読んどいて」
【図解!幼児でもわかるパンの作り方】なる書物を渡されたウストムィさんを除いた我々4人は、板切れを添え木の上に敷いただけの簡素な椅子に座らされた。
ちなみに現在のクラスであるトゥルウィスになった時は、故郷の村で試験官から基礎的な槍術と斧術、それと盾の扱い方を習得させられましたが、一体ここではどのような試験を受けることになるのでしょうか。私は今後の将来性も考えて、日頃から槍術と魔道の修練を、ゴブゴブズはどんな可能性があるかわからないので、自身の磨きたい技能を高めていましたが、それが吉と出るか凶と出るか。
それにしてもさっきから、試験官らしき目の前のご老人、我々を凝視するばかりで特に何か技能を試すでもなく、黙々と手元の書類に書き込んでいるのみ。一体この時間は何なのでしょう。

「ふむ、まずはそこのオーク。レベル17、槍術、重装ともに中級相当の技能あり。斧鎚、魔道、学術にも最低限の技能所持。際どいところだけど、カリュドーンへの昇格を認めよう。はい、合格。今後も精進しなさい」
はて? 一体どこでどうやって私の技能を見抜いたのやら。しかし明かしてもなく、外見からは判断できない魔道や学術の向上も見抜いているあたり、どうやら彼の観察眼は本物のようです。

「次にゴブリンの小さいの。レベル15、剣術、槍術、探索に下級相当の技能。重装に頭ひとつ抜けたものあり。剣か槍がもう少し欲しいところだけど、ホブゴブリンを経てスピアヘッドへの昇格を認めよう。はい、合格」
流れ作業のようにポロッカの審査が終わる。確かに彼が集中的に鍛えていたのは剣と槍、さらに小さい体でも当たり負けしないような足腰の鍛錬は特に力を入れていた。一体どんな魔法を使って見抜いているのでしょうか。

「で、ゴブリンの中くらいの。レベル15、短剣、剣術、弓術、どれも下級相当。探索と馬術は比較的高め。ホブを経た後に、野犬か狼でも手手懐けてゴブリンライダーになりなさい。はい、合格。」
ペリーニの審査もさらりと終わった。彼女が馬術訓練をしていたのは知っていましたが、才覚の高さは気づきませんでした。やはりこのご老人、私たちには見えていないものまで見えているようです。

「最後にゴブリンの細長いの。レベル15、剣術と槍術に集中した鍛錬の名残りあり、技能は中級相当。ホブを経てアンシリーコートになるとよかろう。はい、合格」
プロンタの審査も終えて、ご老人は私の方に向き直ると、
「そこのオーク、不思議そうな顔をしているがわしほどになるとだな、見たらわかるのじゃよ」
頻繁に尋ねられるのか、疑問を投げる前に先回りして答えを投げてきました。

ご老人、ポルポ・サダーカは冒険者ギルドが出来た当初から昇格や転職希望者への審査を買って出ているそうで、当初は一通りの審査をしていたものの、次第に顔つきと肉付きを見るだけで。技能の不足や才覚を見抜くことが出来るようになったそうです。
しばらくは従来通りの試験を課していたものの、結局下級職であろうと上級職であろうと、それこそ物乞いや酒場娘であろうと、強い者はどんなクラスに就いていても強く、それほどでもない者はどれだけ立派なクラスまで昇ろうと絶対的な強さは得られないということを悟り、もう資格があれば片っ端から合格させてもよし、と決めたそうです。
確かに道理に適っています。もし私が上級職まで到達したとして、例えばヤミーちゃんに勝てるかと問われれば、首を縦に振る自信は持てません。
「別に誰が損をするわけでもなし、ケチケチすることもないのじゃよ。騎士団や教会の中には冒険者にあまり力を持たせたくないという意見もあるが、クラスチェンジさせたら困るような人材、そもそも常人の手に負えぬ怪物なのでのう」
確かに、そもそも冒険者ギルドの数少ない金等級、七王のひとりは羊飼いですからね。それにここで力を得なくても、別の手段で力を得るでしょうし、少しでも恩を売っておいて方が得策と言えます。

「あー、そこのウェンディゴはパンの作り方を覚えたら、後日申請書類を出すように」
ちなみに職業的な意味合いの強いクラスは、申請書を出せばなれてしまうようです。人間であれば親方の下で修業、なんてこともあるのかもしれませんが、人食いのウェンディゴを人間の町で働かせるわけにもいきませんからね。いわゆる妥協案的な落としどころなのかもしれません。
「パン美味しそう! 私、パンマスターになる!」
ああ、もう、図解に描かれたパンの絵に夢中で、人の話なんて聞いちゃいませんね。仕方ありません、後で申請書を代筆して出しておきましょう。

「では、上級職に上がる時にはまたよろしくお願いします」
「お主、オークにしては礼儀正しいの。せいぜい長生きできるよう気をつけるがよい」
「はい、精一杯努力してみます」
長生き出来るかどうかはさておき、私とて無駄に早死にしたいわけではありません。どの程度の危険に遭遇するかはヤミーちゃん次第ではありますが、どのみち強さは必要不可欠でしょうから。


我々は特に信仰してもいない邪神に祈りを捧げ、どす黒い怪しい光に包まれると、なにやら全身から力が湧いて出るような漲ったような感覚に陥りました。おそらくクラスが昇格したことで、なんらかの加護を得たのでしょう。
にしても、いつの間にかポロッカの顔がすっぽりと鉄兜に覆われ、ペリーニがどこからともなく現れた狼に跨っているのには少々驚きましたが。プロンタに至っては体格がひと回りもふた回りも大きくなっていました。変わり過ぎでしょう、どんな手品ですか。

「パン! パン! パン!」
あなたは少しは落ち着いてください。さっきからパンとしか発していませんよ。


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≪NPC紹介≫
ポルポ・サダーカ
種 族:人間(男、77歳)
クラス:判定官(レベル46)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 22  5  9  8 13  9  4  4 12  7  3↑2↓3(歩兵)
成長率 10 10 10 10 10 10 10 10 10 10

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:D 弓術:E 体術:E
探索:E 魔道:C 回復:C 重装:E 馬術:E 学術:B

【装備】
メイス 威力10(5+5)

【スキル】
【個人】商売繁盛(売却・派遣で得られる金額×1.5)
【基本】魔防+2
【下級】信仰心(幸運%で被ダメージを半減する)
【判定】真実の目(対象のレベル・技能・スキルを判定する)
【判定】神の天秤(対象のクラスチェンジの合否を決定する)
【??】


【判定官】
NPC専用。レベルや技能を判定してクラスチェンジへと導く者、なぜか老人が多い。
能力値 HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
補正値          +2 +1                 3↑2↓3(歩兵)
スキル 真実の目(対象のレベル・技能・スキルを判定する)
    神の天秤(対象のクラスチェンジの合否を決定する)

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