ルチ・フォナ外伝 第25話「砂蛇の巣に潜り込んだ来客の話」
荒野の王がいるらしき場所はタルダイ族の縄張りである砂漠を越えた先、教会の作った管理用の地図やヒルチヒキ族の持っている地図では確認できない奥地にあります。名前からしておそらく荒野かそれに近い地形だと思うのですが、ピョルカハイム保護区はあんな蛇が出てくるような世界です。どんな生き物や自然が待ち構えているかわかったものではありません。
「そういうわけでしばらく留守にしますので、発破缶と火炎瓶を買えるだけ下さい。あとボーラとポーションもお願いします」
「はい、まいどありー」
どんな場所であろうと最善の準備をしておくことに変わりはありません。ドワーフの商人への支払いは厳しいですが、金と命なら選ぶのは間違いなく命です。特に戦闘と治療に必要なものは、なるべく用意しておくべきでしょう。
ルチさんは外せないとして、あとは誰を連れて行くべきでしょうか。戦力的にはヌン・ドゥガさんとネム・ピヒャさんですが、ルートによってはカラさんとヤクシさんも選択肢に入ります。ゾ・ルルガさんの攻城兵器も必要になるかもしれませんし、ランダ君やウェデワンの三戦士も出番があるかもしれません。足の遅いドス・コゥイーさんは今回も留守番で確定ですが。
悩みますね、いっそのことみなさん揃って移動出来ればいいのですが……。
「長老、便利な道具もらった。ぽーたる、とかいう名前」
相談しようとルチさんのところへ行ったら、荷車の側面に取り付けた折り畳み式の扉のような道具を教えてくれました。このポータルという道具は長老さんがかつてドラゴン種族から頂いたものだそうで、原理は完全に私の理解の範囲外なのですが、どうやらポータル同士を一瞬で行き来出来るようです。
扉の片方を拠点に、もう片方を私たちの荷車に取り付けることで、旅先からすぐに拠点に戻ることも、拠点から荷車の置いてある場所に瞬時に行くことも可能となるわけです。必要とあらば荒野の王を連れてこい、ということでしょう。
王を連行するかどうかはさておき、私たちの旅が随分と楽になってくれるのは間違いありません。なんせ食糧の心配がなくなりますし、戦闘に関しても拠点から最適な人材を選べるわけですから。動かすのも大変なゾ・ルルガさんの攻城兵器なんかも存分に使うことが出来ます。それこそ彼より銃の腕がいいルチさんに攻城兵器を任せてみるのもアリかもしれません。
旅の安全度だけでなく戦術の幅も大いに拡がりますよ、この道具は。
……ドワーフの商人からあんなに買う必要、いえ、どのみち必要な投資だったのだと考えておきましょう。
「まずタルダイ族の縄張り向かう。砂漠抜ける、許可もらう」
「それでしたらカラさんは外せませんね。他のみなさんは拠点での持ち場や役目もありますし、適宜交代しながら同行してもらいましょう」
◆❖◇◇❖◆
タルダイ族とヒルチヒキ族は元々良好な関係を築いている上に、現在は同盟を結んでいるので協力も望める間柄ではあるのですが、それでも砂漠を抜ける許可が貰えるかどうかは不確定なようです。
「砂漠の向こう、タルダイ族の城ガあるガ、余所者が入るのハ難しい」
カラさんがいうには前回私たちが訪ねたのはタルダイ族の縄張りの最も外側、以前ルチさんが入ったオアシスの集落も中継地点のような場所だそうで、タルダイの有力者と選ばれた戦士、彼らの妻子が暮らせる城はそのさらに奥に位置しているそうです。
そこは砂蛇の巣と呼ばれる砂漠の下を蟻の巣のように掘り進めた地下壕で、複数の出入り口は防壁と戦士たちによって強固に守られ、同じタルダイ族であっても地位の低い戦士は入れてもらえないほど用心深いのだとか。
「カラ、早く出世する」
「無茶言うナ。しばらく戦いがナイ、手柄立てる機会もナイ」
鉱山を奪還した影響もあってか最近は人狩りの姿も滅多に見なくなりましたし、その鉱山での戦いにはカラさんは参加していませんからね。戦いがないのは良いことですが、そのおかげで手柄も立てられないのはカラさんからしたら歯痒いところでもあるのでしょう。不満そうに唇を尖らせています。
「まあまあ、行くだけ行ってみましょう。通してもらえなければ、その時また考えましょう」
ここに辿り着くまでに7日も費やしていますからね、出来れば引き返したくはありませんが、タルダイ族と揉めたくもありません。駄目だった時は覚悟を決めて砂漠を迂回しましょう……かなり遠回りになるので気は進みませんが。
心の中で静かに覚悟を決めてタルダイ族の縄張りの外壁部分、分厚い岩と砂の防壁に目を向けると、
「……カラさん、防壁の向こうから煙が上がっていませんか?」
「夜でも無いノニ妙だナ」
ここからでは規模を把握しきれませんが、黒い煙が轟々と立ち昇っている様子が見てとれます。それに風上から漂ってくる焦げ臭さの中には、木材や土が焼けたのとは違う不快な臭いも混じっています。
「ルチさん、カラさん、嫌な予感がします。戦闘準備を!」
「わかった。ウェデワンの三馬鹿、呼んでくる」
ルチさんはそう言ってポータルを拡げると、そのまま扉の中へと飛び込んで拠点に戻り、数分後には垂直の壁でも登れる手足の長い戦士たちを連れて戻ってきました。ポータルという道具は何度見ても不思議ですが、その不思議さを差し引いても便利なものです。
「感心してる場合じゃありません! 三人はこのまま防壁を上がって、向こう側の様子を知らせてください。私とルチさんとカラさんは一旦壁沿いに進んで、状況がわかるまでは踏み込まないようにしましょう」
「おう、任せといてくれ」
私が指示を出すや否や、ウェデワンの戦士たちは蜘蛛のように器用に壁に取りつき、そのまま防壁のわずかな窪みや傷を足場にして登っていきました。私には到底、ルチさんでさえも真似出来ない登攀力です。私たちが防壁伝いに進んでいる間にも、ある程度は状況把握も出来るでしょう。
「ルチ隊長、ノルン副長、大変だ!」
言ってる間にウェデワンの戦士がひとり、防壁を飛び降りるのと変わらないような勢いで降りてきました。どうやら向こう側の様子を確認出来たようです。
「どうでした? 戦闘でも起きてましたか?」
「いや、戦い自体は起きていない。いや、終わってるようだ、っていうのが正しいな。オアシスは壊滅状態、防壁の内側もあちこちが燃えていて酷い状態だ」
どうやら不用意な火事ではなさそうです。襲撃があったのか内紛が起きたのか、それとも別の要因でそうなっているかは断定できませんが、今は急いだ方がいいでしょう。タルダイ族の窮地を放っておくわけにもいきません。
「ルチさん、カラさん、煙を吸わないように気をつけて進みましょう。ウェデワンの三人は引き続き高台から様子を探ってください」
それにしても襲撃であれば、一体どこの誰の仕業でしょうか。タルダイ族はピョルカハイム保護区でも名高い戦士の部族、そう簡単にやられるような人たちではないはずですが……。
防壁の中はオアシスを中心にあちこちが焼け落ちて、砦という砦から煙が上がっていました。タルダイ族の戦士たちが建物に砂をかけて消火に取り掛かっていたり、怪我人を砂漠の奥へと誘導しているので、どうやら戦闘そのものは終わっているようです。
私たちも怪我人や避難者の救助を手伝いましょう。防壁の外まで連れ出せばポータルで拠点に送ることも出来ます、ルチさんとカラさんにもそう告げて、私たちは煙から逃げる怪我人の手を取りました。
「もう大丈夫ですからね、落ち着いて壁の外に向かいましょう」
「すまん、恩に着る」
「気にしないでください。困った時はお互いさまというやつです」
申し訳なさそうに頭を下げるタルダイ族の戦士を誘導しながら、慰みにならないように返事をしておきました。ついでに何が起きたのか聞き出したいところですが、今はひとりでも多く救助するのが先です。
「ノルン副長、砦の中で気を失ってる連中を降ろすぞ」
「待ってください、テントを拡げますから落とすならそこに。怪我の軽い人はこちらに来てください、」
治療の必要のないタルダイ族の助力を得ながら防壁の下にテントを張り、合図と共に落下する戦士たちを受け止めました。
◆❖◇◇❖◆
タルダイ族の戦士がいうには、数時間ほど前に突如として空から敵襲を受けたそうです。翼を生やした獣人の群れが空中から火のついた薪や布を落として回り、あっという間にオアシスの集落は壊滅、砦も窓から燃えさしを放り込まれて煙に包まれてしまいました。
タルダイ族の戦士たちも反撃を試みましたが、自慢の蛇腹剣も空を飛ぶ敵には届きませんし、砦からでは射角が限られる上に直線にしか飛ばないクロスボウでは充分な戦果は望めません。敵の深追いは防いだものの被害は甚大、このような状況に陥ってしまいました。
「空を飛ぶ獣人、ピョルカハイム保護区にもハルピュイア、雄はホークマンと呼ぶんでしたっけ? そういった獣人が棲息しているとは聞いていましたが、彼らはあまり人の村落には近づかない種族だったような……」
「部族、弓の使い手多い。ハルピュイアの天敵、あまり近づいてこない」
弓矢が空を飛ぶものに特別効果的というわけでもないのですが、ハルピュイアやホークマンは空を飛べるという絶対的な利点から、武器に対する危機感が本能的に薄いのだそうです。届かない剣や斧に気をつける必要はありませんからね、そのように育ってしまうのも仕方ないでしょう。
とはいえ空を飛べるのは、私たち飛べない側からしたらそれだけで脅威です。タルダイ族の防壁は基本的に地上から攻めてくる外敵を想定しています。高さと防御力を活かした下方向への迎撃は圧倒的に強いですが、空からの襲撃では逃げ場を塞ぐ防壁、視界の悪い砦、中心にオアシスがある構造、すべてが悪い方に作用してしまいました。
守りを固め過ぎるのも良くないかもしれません。空からの襲撃も念頭に拠点づくりを進めることにしましょう。
「ルチ、ノルン、タルダイの多くハ城に逃げ延びたそうダ。俺たちモ向かおう」
カラさんが意外と冷静なのが助かりました。もしかすると激怒して大暴れしだすのでは、と危惧していたのですが、さすが傭兵の部族といったところでしょうか。私が同じ立場だったら今頃、きっと無様に泣き喚いていたでしょう。まったくもって立派な戦士ですよ。
「急げ、こっちダ」
いえ、怒り心頭ではあるようです。言葉の節々には苛立ちが、その背中には腰に提げた蛇腹剣よりも刺々しい暴意が浮かんでいます。当然です、同胞を傷つけられ故郷を焼かれたのですから。タルダイ族と仲が良いルチさんも同じように怒っているのでしょうか。
「砂蛇の巣、入れる。不幸中の幸い」
なんて軽口を発していますが、襲撃理由によっては怒ってもおかしくない空気が纏っている、そんな風にも見えます。どうにか平和的に終わって欲しいものですが、どんな理由や事情があるにせよ難しいでしょうね。
▶▶▶「砂漠に落ちたヨダカの話」