ルチ・フォナ外伝 第48話「ヒルチヒキ族と作る産業の夜明け」
「この地に産業を作りましょう」
いつか手を付けねばと解っていながらも先送りにしていましたが、周辺の部族との交流も盛んになり拠点を守ってくれる戦力も得た今、機は熟したと考えてもいいでしょう。拠点を更に大きくすることはもちろんですが、いつものドワーフ以外の商人たちからも、この拠点には投資する価値があると思わせる産業を作ることで、ピョルカハイム保護区の外にも味方を増やす。まずは駅逓街からも交易商が訪れてくれる、その辺りを第一目標としましょうか。
ゆくゆくはスルークハウゼンのような周辺の要所とも正式な貿易まで繋げ、安全に行き来出来る街道の整備もしてもらいたいですが、まずは出来ることからやっていきましょう。
「産業? 食べ物?」
ちょうど釣りから帰ってきたルチさんが、ヘンテコな形の魚をぶら提げながら返してきました。残念ながらこの荒野は普段ろくに雨も降らない、痩せて荒れた土地が果てしなく拡がる不毛の大地、食糧に関しては他人を呼び込むほどの余裕はありません。不思議と魚は結構な量が獲れるのですが、この地の魚は独自の進化を遂げているせいで釣り客を呼ぶには危険が多すぎます。当然、私たちにも危険が伴いますので、安定した供給は難しいでしょう。それに資源には限りがありますからね、頭の悪い地方領主の失敗例みたいに、将来的に枯渇するものを柱にするつもりはありません。
「食べ物に関しては、人が集まるからここに出店しようと思わせたいですね。料理の提供はそれこそ小遣い稼ぎ程度に留めておきましょう、どのみち余裕もありません」
「残念。魚の腹詰め焼き、振る舞えない」
魅力的な料理名ですが、なにを詰めるかはあえて聞かないでおきましょう。人間と返ってきたら素敵な名前が台無しですからね。
「タルダイ族は傭兵を派遣してたよな? そういうのじゃダメなの?」
アンリエッタさんの言う通り、保護区には輸出できる産業としてタルダイ族の傭兵稼業があります。しかしあれはタルダイ族の戦士の部族としての習わしと、彼らの縄張りが荒野よりも不毛な砂漠という地理的条件、戦い以外では意外にも、特に女性の扱いに関しては人間の町の平均よりも倫理的な価値観が合致した結果です。人間を食糧にしてしまうヒルチヒキ族では難しいでしょう。
「アンリエッタさん、ヒルチヒキ族のみなさんでも興せそうな商売って、何か思いつきませんか?」
「いや、私は暗殺者で魔道士だから、商売は素人みたいなもんだけど……」
3人集まればなんとかってやつです。私だって商売に関しては素人ですからね。自慢にもなりませんが、手に入れた武器や金品を売る以外の経済活動はしたことがありません。
「資源も使わず素人でも簡単に始められる仕事……娼館辺りじゃない?」
「召喚? 残念ですが、精霊はそう簡単に姿を現してはくれませんよ」
ルチさんのテントには何体か精霊虫が居座っていますが、いつどんな状況で拠点に流れ着くのか未だに不明ですし、人によっては見えなかったりもします。ヒルチヒキ族の信仰もあって、見世物のように扱うのは難しいでしょう。
「その召喚じゃねえよ。娼館、娼婦。女が股とか尻の穴とか開いて、男の竿を突っ込ませるやつ」
「却下に決まってるじゃないですか。アンリエッタさん、仮に娼婦のお姉さん方が足りなくなった時に、その穴埋めをしてくれますか?」
アンリエッタさんが干からびたナメクジでも見るような蔑んだ目を向けてきます。
「するわけないでしょ、バカじゃねえの?」
だったらなおさら無しです。自分で出来ないことを他人に、それもヒルチヒキ族のみなさんに強要するつもりはありません。
「だったらアレだな」
「アレ?」
「なんでもないものに希少価値を付けるって寸法さ。コグ・エールの看板の話は知ってる?」
コグ・エール……確かアンリエッタさんの故郷、レフティーマの辺りで創業した醸造所と、そこが作る安価で甘ったるいビールがそんな名前です。スルークハウゼンは元より、近隣の駅逓街やプランドーラ交易道の終着点まで、さらには私たちの拠点にも流れ込んでくる世界的に有名な黒いビールです。
「交易道が切り開かれる最中の、まだ鉄道どころか乗り継ぎ馬車も走っていない頃、奴らはなんにもない町と町の中間地点に1枚のでかい看板を立てたんだ。そこにはでっかくコグ・エールの文字、自慢の黒いビールとステーキの絵が描いてあった」
「そんなところに看板出して、誰が見たんですかね?」
「そう思うだろ? そこがポイントなんだよ、なんにもない町と町の間、移動するしかない暇な場所で、ちょうど腹も減って喉も乾いた頃に飛び込んでくるコグ・エールの看板。見た奴らは当然こう考える、ああ、町に着いたらコグ・エールを飲んでやろう、もちろん隣には芋と肉だ、って具合にな」
なるほど、確かにそういう欲望が湧いてきますね。しかも他に看板が無ければ、次の町に辿り着くまで決して忘れないでしょう。
仮に商店に他の酒が並んでいたとしても、無意識にコグ・エールを選んでしまうかもしれません。
「……それで?」
「察しが悪いな。荒野にでっかい看板があって、ここまで来てね楽しいよって書いてあったら、後はどうにでもなるってこと」
そうですかね? 特にこれといった娯楽も土産物も無いような場所ですよ?
娯楽の方はそれこそ、ヒルチヒキ族の戦士と行く荒野の名所ツアーとか、ちょっと危険で大変な崖登りとか、マッドマンの集落に潜入してみようとか、そういう元手がかからないものでもどうにかなるかもしれませんが……いや、どうにもならないでしょう。どれも高確率で死んでしまいます。
捕まえたバイソンを戦わせる、飢えたグローツラングと戯れる、マンモスを探して追いかけてみる、コヨーテと遊ぼう……動物系も厳しいですね、どれも安全性に難があります。
かといって賭博に手を出すのは危険過ぎます。それこそ素人が出を出す分野ではありません、食い物にされてしまうのが落ちです。
「土産物、思いついた!」
焚き火台に鉄網と魚を乗せ終えたルチさんが、なにやら閃いたらしく私たちに目線を向けてきました。
アンリエッタさんのあまり参考にならない案のせいで嫌な予感しかしませんが、ルチさんは少々個性的ではあるものの審美眼があるといいますか、美的センスがしっかりしています。
それにルチさんはヒルチヒキ族であり、まさにこの地で暮らす当事者です。保護区の知識は私たちよりもずっと豊富で、なにが出来てなにが難しいかをよく理解しています。たとえ思い付きであってもふざけた案など出してはこないはずです。
この場はルチさんに任せてみましょう。
◆❖◇◇❖◆
そういえば以前、拠点作りの最中にも何か産業をと考えてみたことがありますが、あの時は確かこんな風に思ったはずです……仮に干し首をお土産として販売したところで欲しがる客はいない、と。
ヒルチヒキ族が人間を生贄として捧げ、その後で食糧とするので土産物として頭を過ぎりはしたものの、そんな悪趣味なものを買うためにわざわざこんなところまで来て、さらに大金を払ってくれる人なんて居るはずがありません。もし居たとしても、きっと頭のおかしい危険人物に違いありません。
よってルチさんには提案はせずに却下したのですが、まさかルチさんがそんな金になら無さそうなものを産業にしたい、などとは言わないでしょう。ルチさんはああ見えて知恵が回りますし、それなりに常識をわきまえていますからね。
「ノルン、これ見る!」
ルチさんが右手でなにやら塊のようなものを掲げて、そこら辺の村の男だったら一撃で転がしてしまいそうな素敵な笑顔を浮かべています。楽しそうでなによりですが、一体なにを掲げているんですかね。見たところ、なにやら黒ずんでいますが……?
「野盗の干し首! お土産、高く売れる!」
いいですか、ルチさん。目を輝かせて口にする単語ではなんですよ、干し首は……。
ルチさんの持ってきた干し首は数ヶ月前に捕らえた野盗のもので、本来は拠点か集落に運んで生贄に捧げるのですが、その道中でお亡くなりになってしまったので集落の職人さんに素材として首から上を渡したのだそうです。生贄には基本的に息のある人間を用いるので、死んだ時のために頭部を加工する職人がいるんですね。ちなみに首から下は干し肉となったそうです。
「ミゲ・ペゼ、干し首名人。誰よりも上手」
そうなんですか、名前を憶えておきましょう。出来れば仲良くはしたくないですが。
「しかし、その、なんていうか、すごいですね……」
見れば見る程おぞましい姿をしています。安らかな顔をしているといえばしているのかもしれませんが、血の気を失った顔と水気の一切ない乾燥した皮膚は、荒野の強い陽射しで変色して黒ずんでいて、工芸品や芸術品ではなく呪物にしか見えません。今夜辺り悪夢を見てしまいそうです、呪術師や嫌がらせには使えるかもしれませんが、金を出して買いたいとは一欠片も思えません。
「お、干し首だ、懐かしい」
アンリエッタさんが育ちの悪さを発揮して、特に嫌悪感もない様子で干し首を眺めています。彼女の故郷はレフティーマという酷いスラム街ですので、生首や干し首も珍しくないのかもしれません。一説には道端に落ちている手袋と、地下組織関係者の店の前に置かれる生首の数が、おおよそ同数だという話ですし。
「レフティーマのマフィアは、敵対組織の幹部なんかを干し首にして、硝子ケースに入れてそこのボスの屋敷に送りつけるんだよ。確か加工は荒野でやってもらったとか言ってたな」
本日一番要らない情報ですね。なに言ってるんですか、この人は。
「干し首なら客を選ぶけど売れるんじゃない? 悪趣味な金持ちの中には人体収集家も結構いるし、それに高く売れる。他にも乾燥させた肝を薬にするとか、タトゥーを彫った皮膚の標本とか、あんまり仲良くしたくはないけど金にはなる」
「問題はそこですよ。産業にするとなると幅広い層に売れないと、結局個人の匙加減になってしまいます。商売の主導権を握る意味でも買い手を選んでしまうものは避けたいですね」
「干し首、売らない?」
ですが収益を増やしたいのもまた事実、本当に干し首が売れるなら臨時収入とでも考えておきましょう。あくまで副業的なものですが。
「あとさあ、ここの連中が身に着けてるアクセサリーとか他の部族が彫ってるタトゥーとか、そういうのも意外と受けるんじゃない?」
え? そんなもの欲しがる人いるんですか? アンリエッタさんの提案に驚いた顔をしていると、呆れた顔で溜息を吐きながら、こう返してきました。
「対立してる教会はさておき、意外と世間はそうじゃないんだぞ。生意気盛りの若者や冒険者なんかだと、部族よく知らんけどかっこいい、みたいに思ってる奴も少なくない」
意外でした。教会は保護区の部族と対立しているので、装飾品に至るまですべてを忌避の対象にしていましたが、信仰心の薄い人たちの間では興味の対象になっているということなんでしょうか。確かに私も信仰は捨て去っているので、ルチさんを見て不快や不安になる要素はありません。今なら目の前に突然、頭に被った獣の頭蓋骨が飛び出してきても、驚くどころか安心するくらいです。
「特にルチなんか中身はさておき見た目は悪くないでしょ。こいつに獣の牙とか怪魚の鱗なんかで作った装飾品でも付けて、駅逓街の酒場辺りでお披露目したら、良い宣伝になるんじゃない?」
アンリエッタさんが言うには、教会はさておき世間の方々は他人が着飾っている服や装飾を、自分も自分もと欲しがるところがあるそうです。気持ちはわからなくもないです、私たちくらいの修道女の中にも、年上の女神官や女僧兵の持っていた服飾品に、ほんのり憧れと物欲を抱いたりする人もいましたから。
それにルチさんの見た目は、顔も体格も健康的でモデルとしてかなりいい線を行っています。アンリエッタさんも中身は野良犬ですが、見てくれとして鮮やかな赤毛と大きめの瞳を持っていて、いわゆるかわいい系として世の男たちに好かれそうな容姿をしています。
私は所詮ジト目キノコですから、裏方として働きましょうかね。
「その手で行きましょう。ルチさんとアンリエッタさん、とびっきり着飾って宣伝してきてください」
「……なんで私もなんだよ」
アンリエッタさんが不満そうに口を尖らせています。元暗殺者で戦術魔道騎士、そういう俗っぽい仕事に不満を抱くのも当然かもしれませんが、ここはこの地の産業の為にも一肌脱いで、いえ1枚着飾ってもらいましょう。
だってかわいいですからね、頑張ってください。
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「いいですね、いいですよ! 部族風! 風では済まない、こっちは生まれつきの天然部族! かわいいの嵐! 枯れた荒野に咲いた一輪の花、それがこの人! 次、こっち向いてください! はい、目線いただきましたー! はい、神さま降臨! 今日だけは神に感謝、神とか本当はいないんですけどね! ほら、アンリエッタさんも早く隣に立って!」
「うるさいな! 黙って撮れよ!」
部族っぽく着飾ったアンリエッタさんが、手首に巻き付けた獣骨を削った装飾品を振り回しています。その横ではルチさんがおおよそいつもの格好に、同じく保護区の部族たちが作った首飾りや腕輪を嵌めて、ついでにツノジカの革で作ったマントを羽織っています。
要するにふたりに見るからに部族といった格好をしてもらって、それを私がドワーフ商人から借りた写真機で撮っているというわけです。ついでにさっきの取り乱し様は、凛々しく着飾ったルチさんを見て少々気分が高揚しただけです。
「……で、写真は撮れたの?」
「はい、50枚ほど!」
「撮り過ぎだろ……それでその撮ったやつ、どうするの?」
撮り過ぎではありません、むしろルチさんの魅力はもっと余すことなく色んな角度で収めるべきです。とはいえ現像代も私たち庶民には中々に高額です、今回はこのくらいで止めておきましょう。
あとはドワーフの商人の伝手をお借りして現像を済ませ、駅逓街の目立つところにでも地図と一緒に張り出すだけです。出来れば宣伝も兼ねて商品も幾らか売りたいところですが、私もルチさんも賞金首の身です。写真や人相描きが出回ってないとはいえ、目立つような真似と長期間の滞在は避けたいところです。
「代わりに街で撃ってくれる商人を探したいところですが、それは後々の課題ということで」
「だったら自由市に参加すれば?」
その手がありましたね。自由市というのは人の往来が多い各地の駅逓街独自の市場で、月に数度の特定の日に限りですが、許可証や免許が無くても参加費さえ払えば誰でも商品の売買が出来る仕組みです。
元々は旅費の足りなくなった行商人や家財道具なんかを処分したい帰還者向けの救済市でしたが、現在では誰でも参加できる自由交易の場として潤っています。
「では、ちょっと試しに参加してみましょうかね」
私はそれほど目立つ顔でもありませんし、適当な偽名でも使えば半日くらいは大丈夫でしょう。それこそドワーフの商人にお願いして、一緒に参加してもらいましょうか。私では相場も駆け引きも、さっぱりわかりませんからね。
ちなみに結果としては、装飾品の類はせいぜい移動費を賄う程度に、干し首は不思議と結構な数が売れたのですが、おそらく偶々そういう異様な呪物を好む収集家でもいたのでしょう。
どのみち産業としては種蒔きの段階です。焦らずにひとつずつ進めていきましょう。
▶▶▶「黄金の三角と欲望の深緑」