ルチ・フォナ外伝 第49話「黄金の三角と欲望の深緑」

産業も様々ですが、やはりわかりやすいのはその土地でしか得られない特産品です。農作物でも鉱物でも動植物でも、その土地と気候と文化に合致して他では手に入りにくいものであれば、それがどんなものでも特産品に成り得ます。
このピョルカハイム保護区で最も価値のあるものは、いうまでもなくこの地に眠りしドラゴン種族の血肉ではありますが、あれは人間の手に負えるものではありません。以前対峙したイェムホキエムの古大蛇や水魔アルルヘムテを例に挙げれば解るように、ドラゴンの血肉には生き物の存在を根底から作り変えてしまう魔力が秘められています。そんなものをおいそれと外に持ち出すわけにはいきません、悩むまでもなく却下です。
であるならば、その次に価値のあるものといえば……?

「やっぱり麻薬じゃない?」
麻薬? 確かにヒルチヒキ族のみなさんが生贄に捧げた人間の肉は、食べるとおぞましい幻聴や幻覚に襲われてしまいますが、それこそドラゴン以上に外で売れないと思いますよ。
「ウミガメやザクロとでも偽りますか」
「違うよ。南の方に金の成る木、もとい金になる三角形の樹海があるだろ」
黄金の三角地帯はラステディン教会やシェーレンベルク騎士団が秘密裏に扱っている麻薬の一大産地で、保護区の南端に位置する大密林の通称です。保護区と外部を隔てるように流れるスミルスラド大河と、そこに合流する2本の支流で隔てられた広大な三角州で、保護区内にしては珍しく季節を問わず豊富な水に恵まれている土地でもあります。
しかしその恩恵を得られるのはわずか一握りの、薬草畑の番人として森を支配する部族と、彼らに使役される労働者たちだけです。
「それも論外ですよ。麻薬組織はそれ相応の力を持っているはずです、私たちが奪うには武力も頭数も足りませんよ」
「奪うのは難しくても、1枚噛ませてもらうとか出来るんじゃない? ヒルチヒキ族の戦士をありったけ集めたら、それくらいのお願いは飲んでくれるだろ」
確かに部族間戦争を起こすよりは取引に応じてくれる可能性の方が高そうですが、そんな後ろ暗い商売のためにみなさんの力を借りるのも気が引けます。

「産業の話してる?」
拠点の倉庫に忍び込もうとした野盗を捕まえて、生贄を捧げ終わったルチさんが話に入ってきました。ルチさんはタルダイの戦士長と釣り仲間だったりと若くしてかなり顔が広いですが、さすがに麻薬組織と知り合いということは無いでしょう。
「麻薬の売り上げ、分けて貰えないかなーって話」
「駄目ですよ、いくらルチさんでもそんな危険な連中とは近づけられません」
こういうのなんていうんでしたっけ? そうそう、あんな人たちとは遊んではいけません、ってやつです。
「三角、知り合いいる。シカリオ族、上の方」

ルチさん! あんな人たちとは遊んではいけません!

シカリオ族は黄金の三角地帯を牛耳る部族です。
ピョルカハイム保護区にありながら、唯一外部の人間勢力との交易を行っていて、彼らは強い幻覚作用や錯乱効果のある植物を育てる広大な畑と、それを濃縮して麻薬の原料に変えてしまう工場も持っています。最終的な仕上げは濃度や用途の関係で、教会の所有する施設で行っていると思われますが、現地で完成させることも当然出来るのでしょう。
麻薬は貴族や富豪といった上層だけでなく、時に物乞いや孤児までも蝕みますから、世の邪悪の原因はあの地域にあると言っても過言ではないでしょう。

「ヒルチヒキ族とシカリオ族、実は仲良し」
ルチさんが言うにはシカリオ族は取引相手でもあり、彼らは人間の骨粉なんかを使って治療薬も作れるそうです。人間の骨を安定的に提供してくれて、さらに会話が成立しそうな相手と考えると、ヒルチヒキ族を取引相手に選ぶのは自然な流れではあります。
シカリオ族の中で三角地帯から自由に出られるのは限られた幹部と交易担当者だけということもあって、実際に取引を行うのはヒルチヒキ族の中でも限られた一部の方々、彼らと直接会ったことのある者はかなり少ないそうです。
部族同士で盛んな交流があるわけでもないので、取引こそすれど信用するべきではない、というのがヒルチヒキ族の総意のようです。
「それで、なんでそんな方々とルチさんが知り合いなんです?」
「野盗の襲撃、死にかけてた、助けた」
三角地帯は川に囲まれた地形上、外部から攻められにくくなっています。踏み込むには教会との交易に使っているスミルスラド大橋か、支流の浅瀬から渡って密林を抜けるかになりますが、密林には侵入防止用の罠を仕掛けているでしょうから、まず攻め込まれることはありません。
どんな状況だったか詳細は不明ですが、もしかしたら戦闘はそれほど得意ではないのかもしれません。その辺りは付け入る隙にはなりそうですね。

なんにせよ麻薬市場に手を出すのは反対ですが、治療薬となれば話は別です。人間の骨粉や臓腑を素材として使うなら、比較的人間に近い猿やゴリラ、もしかしたら家畜化しやすい水牛やツノジカでも代用が効くかもしれません。
それなら合法かつ堂々と外に売り出せますし、効果と値段のバランス次第では駅逓街の治療院や個人開業の医師から重宝されるでしょう。
「ルチさん、治療薬なら産業としても大いに賛成ですし、保護区の外に住む人たちからの印象も良くなると思います」
「頼んでみる?」
「出来れば薬を作る技術だけ得たいところですが、面倒な厄介事を増やしたくもありません。当面は注文する形を取るべきでしょう」
私は麻薬は嫌いですが、別に世直しをしたい正義の使者でもありません。危険を冒してまで彼らの商売を邪魔するつもりはありませんし、仮にシカリオ族の工場を潰しても何処か別の場所で別の誰かが悪事に手を染めるだけです。
ならば懐に余裕のある生産者として、利用させてもらうのが無難な落としどころでしょう。

「では、行ってみましょう。黄金の三角地帯に」
穏便に交渉が出来ればいいのですが……無理ならさっさと引き下がって、別の商品を考えましょう。


◆❖◇◇❖◆


黄金の三角地帯は私たちの拠点からは遠く、ヴァッカレラ族の縄張りに入って川沿いに進むこと急いで数日、普通に移動したら10日以上、そこからさらにスミルスラド大河に向かって支流を下って数日、ようやく到着する場所にあります。
もし実際に取引することになったら、一度に受け取る商品の量をなるべく多くしておかないと効率が悪いですし、移動に費やす食糧も相当な量が必要になります。なので商品はなるべく安く売ってもらい、素材はなるべく高く買って頂かなければなりません。そんな都合のいい取引が出来るとは思えませんので、せめて外に向けては値を吊り上げたいですね……その辺りの匙加減も難しいわけですが。

「……遠かったですね、もうへとへとですよ」
「絶対取引担当にはならないからな! ルチかノルンがやれよ!」
ようやく対岸の様子が見える位置まで来て一息付けたからか、汗と砂埃でどろどろになったアンリエッタさんが不満そうに喚いています。気持ちは解らなくもないですよ、出来れば私も他の方に丸投げ……もといお任せしたいですから。ルチさんがやるというなら、もちろん同行しますけどね。
「それは追い追い決めるとして、ルチさん、ここからどう近づくんです? 不用意に近づいたら泥棒に間違われてしまいそうですけど」
「問題ない。知り合い、持ち場、すぐ向こう側。合図、送る」
そう言ってルチさんは、いつかタルダイ族の砂漠でやってみせたように、左腕に彫られた群青がかった黒い髑髏のようなタトゥーを掲げてみせました。女性でこんな強そうなタトゥーを入れているのは、この辺りでもルチさんくらいでしょうし、遠目にも見分けられる通行証を兼ねているのかもしれません。

「ところでルチさん、そのお知り合いというのはどんな人なんですか?」
「シカリオ族の幹部、ガルフ・カルナデス・サンドヴァル」
部族らしからぬ長い名前ですね。ルチさんなんてルチ・フォナで5文字、名前と家名の間の点を入れても6文字ですからね。どちらかというと私やアンリエッタさんの名前の方が近い響きがありますし、名前や家名の他に第2名を持つのは割と珍しいです。
「数年前、命助けた。義理堅い、恩は必ず返す」
「なるほど、立派な心掛けですね」
「ヒルチヒキの敵対者、容赦しない」
ルチさんによると、そのガルフさんとお仲間たちはヒルチヒキ族と敵対した者を石臼に乗せて生きたまま轢き潰したり、両腕を砕いて縛り上げて崖吊るしたり、全身の穴に発破缶を捻じ込んで一晩放置してから爆破したり、引きずり出した腸を首に巻き付けてハイエナの生息地に置き去りにしたリ、子犬ほどの大きさの箱に密閉して仲間の元へ送ったりするそうです。
聞いている限りだと人間の悪い部分と獣の精神性を併せ持ち、地獄への切符を束で抱え込んでいるような方々ですが、麻薬組織なんてものはそのくらい人間性を失わなければ成り立たないのかもしれません。

「おぉー! ルチィィィィ!」
正面の対岸からではなく、私たちの来た道の方角から現れた男は、陽気な配色のつばの広い帽子を被り、鼻と口の間に生えた髭を丁寧に整えて、手配書に描かれた顔の悪い部分を寄せ集めたような顔をして、とても嬉しそうにルチさんに向かって両手を広げました。
どうやらこの方がシカリオ族の幹部で処刑人、ガルフ・カルナデス・サンドヴァルさんのようです。
陽気な態度をしていますが、腰には物騒な大きさの散弾銃を提げていますし、手や顔には落としきれていない返り血が残っています。背後から現れたことといい、おそらく誰か処刑してきた後なのでしょう。よくそんな明るい出迎え方が出来ますね。
「変わりないか、ルチィィィ! いや、ちょっと見ない間に一段と美人さんになったな! 恋人は出来たか、もし暴力を振るうような男だったら、いつでも秘密裏に処分してやるからな! そうだ、喉は乾いてないか、腹は減ってないか、そっちのふたりはお友達か!? よし、お小遣いをやろう!」
「いえ、お気遣いなく」
「同じく。金貰いにきたわけじゃないから」
なんでしょうか、この親戚のおじさん仕草と駄目な頑固親父仕草と酒場で若者に恩を売るマフィア仕草を同時に繰り出してくる姿は……こういう人には借りを作ってはいけないと本能が告げてきます。アンリエッタさんは私よりも社会の暗部に詳しく警戒心も強いので、当然のように断っています。
「そうか、しっかりしたお友達だな。だが遠慮することはない、見ず知らずのガキなら骨の髄が溶けてなくなるまで食い物にするが、ルチのお友達なら話は別だ。恩人の友人は親戚のガキみたいなもんだからな」
つまり骨の髄が見えそうなところまでは食い物にしかねませんね、油断しないでおきましょう。

「それでルチ、わざわざこんなところまでどうした?」
「ヒルチヒキ族、産業作ることにした。その相談」
「相談……駄目だ駄目だ! 麻薬だけは絶対に駄目だ! いくらルチといえど、あれだけは手を出しちゃならねえ! あんなもの人間に売るもんじゃねえし、人間がやるような仕事じゃねえ! 絶対にやめておけ!」
麻薬組織の幹部が言うと説得力があるような無いような不思議な響きがありますが、安心してください、私たちは麻薬に手を出す予定はありません。ルチさんに代わって治療薬の話を説明し直すと、
「なるほど、治療薬か。元々ここの労働者を頑張らせるための栄養剤だからな、誰にいくらで売ろうと別に構わん。そんなに利益にならんと思うがな」
ゼロから買ったのでは本当に差額分の儲けしか出ませんが、こちらも材料を売っているので薬の購入費はそれほどでもありません。他所で売る時に倍の値にして元の購入費も上乗せしてしまえば、丸々元の薬代程の利益は得られます。
珍しい場所で作られた薬なら、効能次第ではそれくらい高値を付けても構わないでしょう。

「ちなみにガルフさん、栄養剤みたいなものとおっしゃいましたが、具体的に病気が治ったり等の効能はあるんですか?」
「おう、あるぞ! 栄養剤の効果は共通で、火傷や打撲も治るのもあれば、肺病や腹痛に効くのもあるし、疫病の予防も出来れば、媚薬や下が元気になる薬だってあるし、筋力や体力を高めたりなんてのまである」
気休め程度だろうと思っていましたが、どうやら中にはかなり高額で売ってしまえそうな薬もあるみたいです。精力剤や筋力増強剤なんかは相手にもよりますが、それこそ富豪の老人には馬鹿げた値札を貼っても買ってもらえるでしょう。人間は欲深いですからね、老人なんかは金を払ってでも元気で健康な体が欲しいと聞きますし。
「すごくお金になる匂いがしてきましたよ!」
「ほんと強欲な奴だな、お前」
アンリエッタさん、少し黙っていてください。麻薬市場を分けて貰おうとか考えてた人に強欲だなんて言われたくありません。

「さあ、みなさん! さっそく工場見学でもさせてもらいましょう!」
取引できるかと思って人骨や骨粉を大量に持ってきましたからね、頼めば製造の方も覗かせてもらえるかもしれません!
はっきりと色濃く見えてきた商売の兆しに、自然と足取りも軽くなっています。対岸の密林からは私たちを歓迎するように煙が立ち上り、ちょっと加減を誤ったのか瞬く間に炎が燃え広がって、やがて爆発を伴う破壊まで起きてしまいました。
「あれは一体……?」
「火事? 事故? 攻撃されてる?」
「ここからだとよくわかんないな。こういう事故って頻繁に起こるもんなの?」
一斉にガルフさんの顔を見上げてみると、驚愕の表情を貼りつけたまま固まっています。どうやらこの規模の火事は予想外のようで、なにが起きてるのかさっぱりわかっていないみたいです。

「ガルフさん、とにかく対岸に渡りましょう!」
「……おお、そうだな! 何が起きてるのかさっぱりわからんが、中の奴らも麻薬作って数十年のベテラン揃いだ! 普通にしてたらあんな爆発は起きねえ!」
ということは敵対勢力の襲撃でしょうか? 金になる分だけ恨みも買いやすい商品ですからね、いつ誰に仕掛けられても不思議ではありません。私たちの到着と同時に起きてしまったのは、余計な不信を抱かれそうで勘弁して欲しいところですが。

黒々とした煙が三角地帯を呪いのように覆っています。
どこの誰の仕業か知りませんが、そうはいきませんよ! この密林は私たちの産業を支える土台になるんですから!


▶▶▶「イルイーラの伝染病」


≪加入ユニット紹介≫
ガルフ・カルナデス・サンドヴァル
種 族:シカリオ族(男、42歳、属性:土)
体 格:175cm、76kg
クラス:森番(レベル32)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 43 23  4 11  9 21 20 37 10  4 
職補正  6  4 -3             10
装補正     1                10
成長率 50 35 20 30 25 40 40 25 20 10

【解放クラス】
バーバリアン、旅人、薬師

【スキル】
【個人】密林の処刑人(攻撃命中時、敵の最大HPを与ダメージ÷4減少)
【種族】拷問(HP10%以下にした敵ユニットを寝返らせる)
【兵種】強奪(敵ユニット撃破時に所持品をランダムでひとつ奪う)
【習得】足削ぎ(攻撃命中時、移動封じを付与)
【習得】墓荒らし(墓地に待機時、アイテムを盗み出す)
【習得】野晒し(戦死ユニットの位置に待機時、骨と遺品を入手する)

【技能】
短剣:D 剣術:D 槍術:D 斧鎚:D 鞭術:E 弓術:E 銃砲:B
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:D 馬術:E 学術:C

【装備】
ゴルシア重散弾銃 威力38(15+23)
力帯       腕力+1、必殺+10

【所持品(3)】
怪力の薬×1、守備の薬×1、予防の薬×1

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