もぐれ!モグリール治療院 第11話「闇医者に診てもらおう」
闇医者モグリールのことを知らぬ冒険者はいない。ヤミーちゃんのようなスルークハウゼンに来たばかりの新人ならまだしも、この町で冒険者をやっていて知らない者がいたとすれば、それこそモグリというものだろう。
モグリールは今でこそ、冒険者ギルドにほど近いロッシェルバン通りの一角で、無許可の診療所を開いて小銭を稼いでいるが、彼はれっきとした銀の等級まで上った冒険者であり、モグリール治療院というパーティーも結成している。いや、していたと言った方が正しいかもしれない。
彼は過去に三度、禁域の調査に挑んでいる。
一度目は15年前、後の七王のひとり、勇猛の剣王を擁するスルークハウゼンの老舗パーティー、ダイダロスの剣団の随伴支援部隊として彼の地に踏み込んだ。当時の彼はまだ駆け出しをようやく卒業したといったところで、パーティーは医療術を持つ若きモグリールと優秀な探索者であった彼の恋人、さらに年若い弟のようにかわいがられた将来有望な剣士、彼らを脇で支えるドワーフの戦士、その生涯の友で慎重さを持つ魔道士の5人。知恵は回るし無難に探索もこなせるがベテラン勢には武力に劣るといった程度で、彼ら自身も腕試しとあわよくば貴重な植物や鉱石のひとつでも見つかればよい、くらいの心づもりで臨んだ。
ダイダロスの剣団がオルム・ドラカの斥候兵の襲撃を受けた際に孤立し、十数日ほど禁域を彷徨い、ハルトノー諸侯連合領に戻ってきたのはモグリールだけだった。彼は何も語らず、何を手に入れたでもなく、ただ奥地まで踏み込んで生還した者として戻ってきたのだ。
それから5年、彼は周りが引いてしまうような冒険狂となっていた。その時その時で雇ったレイドの冒険者たちと共に多くの依頼をこなし、両手では足りないほどのモンスターを討伐し、ギルドを唸らせるような遺跡の発見にも携わった。怒涛の勢いで等級を銀まで上げた彼は、再びダイダロスの剣団に随伴して禁域に挑んだ。しかし彼を含めて多くの冒険者が、危険極まりない未踏の樹海と凶悪な原生物に阻まれてしまい、調査範囲を前回のわずか5メートル先に進めるだけに留まった。
そして三度目の挑戦となる5年前、ボルカノというひとりの狂人によって大きな犠牲を出したものの、教会の象徴となる聖火と騎士団の象徴となる盾を得ることに成功した。ボルカノとは別ルートで奥地へと踏み込んだモグリールは、成果として掌ほどの量の奇跡の水を持ち帰り、現在ではあらゆる病を治す万能薬の原料として、非常に貴重ながらも活用されている。
成果としては金に値するものではあるが、ボルカノ同様、それを持ち帰る手段に倫理的な問題があったため昇格することはなく、5年間の城壁外移動禁止の処分を受けた。ちなみにロッシェルバン通りに診療所を開いたのもこの頃である。
彼は大人しくギルドの処分に従っているが、禁域への挑戦を諦めたわけではない。否、諦められるはずもない。闇医者をしながら時に法外な治療報酬を手にし、ハルトノー諸侯連合の領外から訪れたダークエルフの協力を受けながら、着実に準備を進めている……。
◆❖◇❖◆
ロッシェルバン通りがどれか知らないけど、その辺のおじさんに聞いたらそこだって言ってたから、たぶんこの薄汚れた治安の悪そうな通りがロッシェルバン通りなんだと思う。
こういう通りにはスルークハウゼンで猫くらい頻繁に見かける物乞いがいない、なぜなら他人に恵んでくれるような人は歩いてないから。こういう通りで目の前が妙にきれいな建物は注意が必要だ、そういうのはヤバい連中の縄張りである証拠だ。こういう通りに住んでる奴は信用ならない、悪や陰を好む傾向にあるからだ。って、その辺のおじさんがついでに教えてくれた。
鳥の巣みたいなもじゃもじゃ頭の闇医者モグリール、別に信用しているわけでもないし、信用できるほど奴のことを知らないし、そもそも組むとも禁域に行くとも決めてないけど、もし禁域調査の話に乗るんだったらヤーブロッコもいる奴のパーティーと組む。クアック・サルバーは別にいてもいなくてもいいけど。
少なくとも大所帯だからって安全とは限らないし、ある程度私たちが自由に動ける状況じゃないと、うちの強みというか武器を活かせない。
「たのもーう」
表まで漂ってくる薬の独特のにおいを嗅ぎながら、古びた三階建ての扉を開けると、そこにはついさっき爆弾を投げ込まれて負傷したウォードッグスの連中が、包帯まみれの姿で診察台の上に転がされていた。
「あれ? 生きてたんだ」
「悪かったな、生きてて」
別に悪いことではないし、嫌味を言ったつもりもない。あー生きてたんだーって思ったから言っただけで。
ウォードッグスは傭兵上がりの冒険者パーティーで、腕利きらしいけど素行がちょっとアレらしくて、ポーション代をケチったら逆に高い治療費を払う羽目になってしまったのだ。こういうの、なんて言うか知ってるよ。身から出た錆っていうんだ。もしかしたら体の一部が金属になってるかもしれない、殴って確かめてみようかな。
「くそっ、モグリールに貸し作っちまうなんて、俺たちもいよいよ焼きが回っちまった」
「なんせケツの毛まで毟り取る糞野郎って噂だ。なにさせられるかわかったもんじゃねえ」
いわゆる払う金が無ければ体で払えってやつだ。こういうのは鉱山送りかタコ部屋送りが相場だけど、こいつらの顔色からしてもっと危険で過酷な仕事が待っているのかもしれない。もしくは、もっと屈辱的で不本意とか。
「そうだなあ、蘇生薬に消毒薬、麻酔薬に手術代、ハイポーションと包帯……まっ、こんなところだな」
奥から出てきたモグリールが紙にさらさらっと数字を書き記して、首でも吊った方が早く済みそうな金額をウォードッグスに見せつける。私は文字は読めないけど、さすがに数字くらいは覚えた。私の学習能力はこう見えても結構高いのだ。育ちが育ちなので体の強さに特化してるけど、もし都会の貴族令嬢とかに生まれていたら今頃はとてつもない才女に違いない。
いや、今も才女だけどね。だって賢いし。ちなみに賢い私の見解だけど、お金というものは暮らしを便利にするための道具でしかないので、不便を強いられるような金額を払うくらいなら踏み倒しちゃえばいいのだ。踏み倒す方法も簡単だ、相手をぶちのめしてしまえばいい。
「私だったら払わないけどね」
「おいおい、ヤミーちゃん。噂通りの暴君ぶりだな」
そんなことはない。あくまで不便になるような場合は、腕力でどうにかするってだけ。もしそれを咎める人がいたら、そいつもぶちのめしちゃえばいいし、それを何回か繰り返してこいつはどうにも出来ないって理解させると、踏み倒したこともなんとなく不問になるのだ。
極端な話、人間が作った法律や決まりなんて、罰する人たちよりも強い相手には通用しない。その力は単純に腕力とか技量とか、逃げ足の速さとか、あと人数とか権力とか、色々な力があるけど、とにかく強ければ無理やわがままを押し通せる。はっきり言ってやりたい放題、やっぱり強さは一番大事なのだ。
つまり最強である私が一番ってこと!
「でも私はこいつらとは赤の他人だから、拳を振り回さないけどね。全員そろって私の子分になるなら考えなくもないけど」
「駄目だ、こいつらは俺が子分にするんでね」
モグリールは棚から蜂蜜を取り出して、陶器のカップに垂らして沸かしたお湯を注いだ。私が蜂蜜程度で買収されると思ったら大間違いだ、ちょうど喉乾いてたのと甘いものが欲しかったので、ありがたく頂くけど!
別に蜂蜜に釣られたわけではない、蜂蜜と素行の悪い他人、天秤に乗せたらみんな蜂蜜を選ぶと思う。むしろこいつらを選ぶのは、余程のお人好しの甘ちゃんだ。蜂蜜のほうが甘いのに。
「そうだ、ヤミーちゃん、暇ならちょっと見ていくか? お前らも来い、先輩方に仕事を教えてもらえ」
モグリールは作業台の火を消して、割と念入りに戸締りをして、少し離れた場所にある鍛錬場へと私たちを案内した。
◆❖◇❖◆
「お前ら、ちゃんとやってるか?」
鍛錬場で待っていたのは見たところ普通の、特になにかに秀でているわけでも、全身から威圧感を漂わせたりするわけでもない、その辺の連中を雑多に集めたって様子の連中だった。ひとつ普通と違う点があるとすれば、一部の足音がカコンカコンと棒で石畳を叩いたような甲高い音を響かせているところ。
「んー?」
「おっ、さすがヤミーちゃん、お目が高いな」
目を凝らすと打ち鳴らすような足音を響かせている足下は、靴でも裸足でもなく木の棒が地面へと向かって伸びていて、それが杖のように地面を鳴らしているのだ。そこから少し上に目を向けると、ある者は膝から下が、また別の者はふとももから下が棒状になっていて、体の一部が失われているのがわかる。
「なにあれ?」
「見るのは初めてか? いわゆる義足ってやつだ」
ぎそく?
モグリールがいうには数十年前の禁域調査で持ち帰られた生命石が研究され、神の奇跡……という名目の治癒魔法無しでもポーションによる回復が可能になったけど、治るのはあくまでも切り傷や打撲なんかの外傷で、さらに外傷の中でも骨折や靱帯断裂なんかは正しく処置をしないと元に戻ってくれない。当然、切り落とされた手足の傷は塞がっても、トカゲの尻尾みたいに生えてくるわけではないので、戦争や冒険で失われた手足は義手や義足で補うことになる。
中には魔法で指や関節を動かすことが出来るとか、先端が武器になってるような物もあるけど、一般的に普及しているのは木や鉄で出来た単純な構造のもので、今の技術だと杖の代わりが精一杯なんだとか。
「それでだ、冒険者にとって最も大切なものは何だと思う?」
「命!」
言うまでもない、最も大切なものは命だ。死んでしまったらそれで終わりだし、いや、でもスケルトンやゴーストになったらまた冒険できたりするのかな? わかんないな、冒険者も幽霊も命が安いから。
「まあ大前提として命は大事だが、じゃあ二番目はどれだと思う?」
「知恵!」
これも言うまでもない、馬鹿は死ぬ。相手の力を見誤ったり、自分の力を過信したり、そもそも油断したり、結局どんなに技量を積み重ねても死ぬようなことをした馬鹿は死ぬのだ。よって命の次は知恵なのだ。
「間違いじゃないが、俺は手足、特に足だと考える。馬鹿はまだギリギリ冒険の資格があるが、長時間歩けない奴はそんな資格すらないからな」
モグリールは義足の連中を眺めながら、そう答えてみせた。わざわざ彼らにも聞こえるか聞こえないかのような大きさの声で。
「そしてこいつらは命は拾えたが足は失ったわけだ。本来であればそこで冒険は終了、その先は物乞いになるか優しい雇い主を見つけるしか道はないんだが、幸いにも俺は優しいんでな。こうやって働けるように鍛えてやってる。ちなみに飯代も寝床も用意してやってる、義足の調整もな」
モグリールは恩着せがましく語り、今度は鍛錬場の端に置いてある車輪と取っ手のついた、人が何人も入れそうな箱を指差した。
「ウォードッグスにはあれを引いてもらう。荷物はあいつらだ」
「んん?」
「どういうことだ?」
私とウォードッグスは声を合わせて、モグリールの前で疑問を浮かべてみせた。
モグリールは最初の禁域調査と二度目の調査で、冒険者パーティーの欠点と課題点を見出した。
本来パーティーの最低人数は4人。ひとりでは当然駄目で、ふたりでは相棒が怪我をしたら詰む。三人だと、ひとりが怪我人を背負ってもうひとりが護衛を務めることが出来るけど、挟み撃ちにでもされたらそこで終わる。だから最低でも怪我人を背負って前後を警戒しながら戻れる4人が基本になるけど、実際は心許ないから5人以上が望ましく、なんだったら多いに越したことはない。
ないんだけど、より多くの人数を抱えるパーティーは更に安全度が増すものの、頭数が増えると今度は分け前が減る。なので落としどころというか安全と報酬との妥協点として、5人から8人でパーティーを組む場合が多い。
「そこで俺が考えたのが輸送隊戦術だ。カーゴの中にありったけの機械弓を仕込み、タダ同然で働く訳あり連中を潜ませて撃つ。点ではなく面で制圧する火力があれば、例えば岩石よりも屈強とか、そんな相手でもなければ優位に立てるし、退けることも可能だ」
しかも傍目には荷物を運んでるだけにしか見えない。戦力を見誤った獣や野盗への効果は、前回の禁域調査や前後の移動中に証明済みとのこと。
「もちろん欠点もある。見ての通りこいつらは近距離での戦闘は苦手だ、はっきり言って槍の間合い以内に入り込まれたら話にもならない。だが、単騎で敵を引きつける戦士がいてくれたら、こいつらはあっという間に敵を殲滅してくれる。ついでにカーゴを運ぶ体力自慢も必要だ。引っ張るだけならと新米を斡旋してもらったが、道の歩き方もわからない素人だったからクビにした」
なるほど、そう考えたらウォードッグスは適任だ。素行はさておき腕は確かだそうだし、冒険者としての経験値もある。戦場上がりだから危険や死のにおいにも敏感だ、爆弾で壊滅してたけど。
「ヤミーちゃんは適任だと思うんだがな。ヤーブロッコやクアック・サルバーに聞いた情報だと、足が速くて腕が立つ、運動能力も高い。ノルドヘイム育ちってことは、そもそもの生存能力が極めて高い」
いやいや、そんなに褒めてもなんにも出ないよ。それにノルドヘイムの中だと私は最弱、おかーさん、じいちゃん、お兄ちゃんたちにお姉ちゃんたち、みんな私より遥かに強い。私の家族がいて、私がいて、その下に熊とか狼とかその他の獣がいるって順番だもん。
でも、そんなに褒めるんだったら力を貸してあげないこともない。このヤミーちゃん、禁域調査にも付き合ってあげようじゃないの。
「まあね!」
私は上機嫌で鼻を鳴らしながら、モグリールに向けて笑みを浮かべたのだった。
NEXT「必殺技を会得しよう」
≪加入ユニット紹介≫
モグリール
種 族:人間(男、40歳)
クラス:輸送隊(初期レベル25)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 34 16 12 16 11 21 13 15 17 13 6↑1↓1(騎馬)
成長率 30 25 15 20 15 30 10 15 30 20
【技能】
短剣:D 剣術:C 槍術:C 斧鎚:C 弓術:C 体術:C
探索:B 魔道:C 回復:C 重装:C 馬術:B 学術:B
【装備】
ガストラフェテス 威力26(10+16)
コネストーガ 守備+4(馬車)
【スキル】
【個人】モグリの医療術(隣接するユニットのステータス減少を自動回復)
【基本】アイテム整頓術(所持アイテム数+3)
【下級】アイテム運搬術(所持アイテム数+5)
【中級】輸送馬車(所持アイテム数+10)
【奥義】義肢隷属兵部隊(射程5 範囲2×5に腕力+10の一斉射撃)
【奥義】戦争狂猟犬部隊(射程5 範囲3×3に腕力+15の単体ランダム5回攻撃)