ルチ・フォナ外伝 第26話「砂漠の盗賊とメルエパの薔薇の話」
タルダイ族の城である地下壕、砂蛇の巣は同時に巨大な宝殿でもあります。暑さと渇き、砂嵐から守られた地下には部族の生命線である水や食料だけでなく、オアシスのキャラバンや外の傭兵稼業で手に入れた武器や財宝や調度品、そういった宝も保管されています。部族のために殉じた戦士や栄光をもたらした賢者の墓もあり、そこにも生前手にした名誉の一部が埋められているのでしょう。
そのため時には盗賊が荒らしに来ることもありますし、タルダイ族の中から稀に現れる離反者が宝を持ち出そうとするそうです。今回の盗賊の襲来はその合わせ技のような形で、あまりうだつの上がらない戦士が砂漠に拠点を持つ盗賊団40人ほどを招き入れたようです。
早々に戦士長さんが気付いたということは盗賊のほとんどは片付けてくれるでしょうが、盗賊も馬鹿ではありません。勝算のない略奪は行わないでしょうから相応の腕利き、もしくは知恵の回るものがいるはずです。
盗賊の対処はルチさんとネム・ピヒャさんに任せて、私は足手まといにならないようにメルエパの薔薇を探すことにします。
「ノルン、一緒に頑張る」
「後で一緒に探せ、その方が簡単だ」
ああ、やっぱり駄目ですか。私は戦いは苦手なんですが、そうも言ってられませんね。鞄の中からルェドリア銃とボーラを取り出して、おふたりの後ろから上層に戻ることになりました。
状況は酷いものです……といってもそれは私たちの側ではなく、盗賊の側にとってですが。
砂蛇の巣は道案内なしや地図なしではまともに進めないほど複雑に入り組んだ構造をしていて、おまけにその端々に歴戦の戦士や巣の守り手が控えています。さらに襲撃が起きて分かったことですが、この地下壕を構築する素材は普通の煉瓦や石材ではないようです。銃弾やツルハシでは傷ひとつ付かず、発破缶でも破壊できないほどに強固な素材で作られているため、例えば逃げ場のない一本道に招き入れて爆弾でまとめて吹き飛ばす、そういった地獄の如き戦法が取れてしまうのです。
撒き散らかされる煙と熱は困りものですが、扉を閉めて区画ごと封じてしまえばあとは勝手に声を届けるために張り巡らされた筒から排出されてくれます。すべてが片付いた後で死体を捨ててしまえば済むわけで、盗賊にとっては実に気の毒な話でもあります。
さらにそんな罠みたいな地下壕には、
「はぁーっはっはっはっはっ! 脆い! 遅い! 弱い!」
屈強な盗賊を紙でも千切るように容易く片付ける双頭の蛇までいるのですから。
戦士長ナァガ・ラジアの腰に提げた二本の蛇腹剣。砂漠の大蛇と呼ばれるそれは、通常の蛇腹剣よりもひと回り大振りで、バイソンの頭でも簡単に砕いてしまいそうな重たい鋼の塊です。斬るよりも叩き伏せることを重視した武器ですが、そんな重たい鈍器のような剣を左右の手に握って軽々と舞うように振り回すのです。
男女の筋力の違いを差し引いても同じ人間とは思えません。武器を振るうことを覚えた熊かなにか、それがたまたま人間の姿をしているだけ、そういった類の生き物に見えてきます。
「ナァガ・ラジア、強い。タルダイ族で一番」
そうでしょうね。もしかしたら騎士団の精鋭、戦闘専門の冒険者の上澄み、その域にあるのかもしれません。この場はこのまま任せて、私たちは撃ちもらしを探すことにしましょう。
「戦士長さん、この場はお任せします」
「おう、好きに動け。そうだ、盗賊頭とまだ出くわしていない、油断はしないように」
厄介な相手が残っているそうです。そういう敵こそ戦士長さんに任せたかったのですが、こればかりは仕方のないことです。相手が迷うほど巨大ということは、狙った相手と出くわす確率も同時に下がってしまいますので。
端から油断する余裕など持ち合わせていませんが、気を引き締めて下層への通路を進むことにします。
◆❖◇◇❖◆
道中で小部屋に忍び込んでいた盗賊を襲いながら進んでいると、いつの間にか元いた最下層の辺りまで戻ってきていました。今のところ盗賊頭に遭遇していないということは考えられるのはふたつ、あまり可能性は無さそうですが分が悪いと判断して地上に逃げている、高確率で考えられるのは私たちとは別の道を通って下に向かっている、このどちらかです。
どうせ後者でしょうが、出来れば不要な戦いは避けたいものです。
「ひいぃぃ! 助け……ぎゃあぁっ!」
少し後ろにあるの小部屋で銃声が響き、その直後に断末魔の叫びが聞こえてきました。あの小部屋にはなにもありませんでしたが、おそらく隠し部屋でも期待していたのでしょう。背後からルチさんのアンゴディア式散弾銃を受けて、ネムさんの矢で頭を射抜かれてしまいました。
「ノルン、変な人形持ってた。多分、金になる」
ここまでくる間に手に入れたのでしょう、盗賊の荷物袋の中には片手で持てる大きさの粘土製の兵士像が入っていました。どの程度の価値があるか不明ですが、古いものなら収集家や学者に高く売れるでしょう。あとでドワーフの商人を通して換金させてもらいましょう。
「あとは大したもの、ない。武器も鉄製、残念」
可哀想に、命だけでなく腰に提げていた鉄製の短剣まで奪われてしまいました。こうなるとどっちが盗賊なのか判ったものではありませんが、せめてもの供養として旅の資金にさせてもらいましょう。
呆れながら鉄の短剣を鞄に突っ込んでいると、私たちが降りてきた道の反対側から3人の男が現れました。みなさんタルダイ族の仮面を被っていますが、なにか違和感があります。ただその違和感は明確に言語化出来るものではなく、なんとなく怪しいとしか言えません。
「ああ、客人たちか。大丈夫かね?」
「ええ、幸いにも怪我はありません。そちらもご無事なようで」
タルダイ族らしき男は仮面の下で小さく笑い声を上げながら、自身たちは盗賊と遭遇しなかったことや上の盗賊は全滅したことを告げてきました。要は空振りだったということですが、なんだか怪しいんですよね。根拠のない怪しさなので考えすぎかもしれませんが。
そんな疑念を浮かべながらルチさんに視線を向けると、明らかに訝しんでいるような瞳を目の前の男たちに向けています。そしてそのままアンゴディア式散弾銃の弾を込めたかと思うと、なんの躊躇もなく前方目がけて引き金を引いたのです。
「ルチさん!」
「偽物! タルダイの戦士、違う!」
その言葉を聞いたネムさんが素早く弓を手に取り、先端に鋼の鏃のついた矢を番えて、銃弾に怯んだ男たちのひとりに向けて放ちました。混乱の中を真っ直ぐに進んだ矢は利き腕であろう側の手首と肘の間を貫き、偽物の戦力を確実に削りました。
「くそっ! なんでバレた!?」
どうやら本当に偽物だったようです。そういう目で見ると確かに体に彫られた刺青が真新しいように見えますし、腰に提げているのは蛇腹剣ではなく普通の金属製の剣ですし、仮面も被り慣れていないようにも顔の輪郭と合っていないにも見えます。さすがルチさん、タルダイ族と付き合いが長いだけあります。私では見落としていた間違いをきちんと見抜いていました。
「敵と遭遇しない、戦士の恥。なのに笑う、誇りない、戦士じゃない」
あ、全然違う理由で撃ったんですね。駄目ですよ、そんなあやふやな根拠で撃っては。間違いだった時に大変ですからね。
しかし今回はルチさんの気の早さが幸いしました。もし油断して背中を向けていたらこちらが撃たれていたかもしれませんし、目撃者もいないわけですから盗賊のせいにでもして逃げられていた可能性もあります。
「あーあー、騙されててくれたらよかったのに。お前も口滑らせてんじゃねえよ、馬鹿が」
「すいません……ぐぁっ!」
偽物たちのひとりが呆れたように口を滑らせた男の尻を蹴り上げ、面倒そうな様子で仮面を外しました。断言は出来ませんが、カラさんの顔つきと比べてみるとタルダイ族とは人種そのものが違うようです。彫りが深く面長な顔をして黒い髪の毛と髭は湿った蔓ように縮れ、琥珀色の瞳が怪しい光を浮かべています。
「力づくは流儀じゃねえんだが、言ってる場合じゃねえわな」
盗賊の男は深く長い溜め息を吐いた後、飛んできた散弾が破裂する前に横から刃で叩いて、見当違いの方向へと逸らしてみせました。もちろん私に真似出来るような芸当ではありません。もしかしたらこの盗賊も戦士長さんのような強者の上澄みなのかもしれません。
「大盗賊バグラット・ハーシムっていえば聞いたこともある名だろう?」
まったく存じ上げません、有名な方なんですかね? 念のためルチさんとネムさんの顔も窺いましたが、ふたりとも誰だこいつといった顔をしています。
「すみませんが局地的な有名な方は存じ上げない主義ですので。それと……」
私は咄嗟に一番近い金属の筒に駆け寄って、大声でこう叫びました。
「タルダイ族全員に告ぐ! 盗賊頭は最下層にいるぞ!」
申し訳ありませんが無謀な戦いは避ける主義なのです。この盗賊の相手は、これから降りてくるタルダイ族の戦士たちにお任せします。
さあ、馬鹿でなければすぐに気づくはずです。ここで私たちを相手にして戦士長さんと鉢合わすくらいなら、運よく遭遇しない道に賭けて逃げる方が得策だと。仮に馬鹿であれば死なないように逃げ回りながら、戦士長さんたちを待てばよし。狙い通りに相手が背を向けて逃げ出せば、
「ちぃっ! 撤退だ!」
「ルチさん、今です!」
無抵抗の瞬間を狙って好きなように撃てるじゃないですか。有名じゃない方の盗賊の背に散弾が浴びせられ、盗賊頭も腰に提げた剣を放り投げて時間稼ぎに走りましたが、残念ながらうちのルチさんはむざむざ相手を見逃すような真似はしません。放られた三日月状の刃はルチさんの肩口を裂きましたが、その刃が持ち主に戻るまでの間に散弾が放たれ、盗賊頭の脇腹を毒蛇のように抉りました。
それでも遠ざかる余力があるのはさすがですが、あいにく選択肢を間違えているのですよ。あなたたちは出会い頭に奇襲を仕掛けて我々を殲滅すればよかったのです。騒動になるのを恐れて騙そうとしたのが間違いなのです。
私はルェドリア銃の引き金に指をかけ、力を込めました。これで格好よく倒せたら有能なんでしょうが、残念ながら弾丸は盗賊頭の耳を掠めるだけで終わり、しかし直後に放たれた散弾と鋼の矢が顔から胴へと降り注いでくれました。
さようなら、名のある盗賊さん。もし生きていたら名前を覚えておきますね。
◆❖◇◇❖◆
『招かれざる客は片付いたようだね』
『かわいそうに、そっちの子は怪我をしているようだね』
最下層の聖域といいますか玄室といいますか、肉体を持たないメルパ族たちが暮らす部屋に戻ってきた私たちに対し、彼らは随分と手厚く迎え入れてくれました。盗賊をここまで来させなかったことを評価してもらえたのか、それとも善良な人たちなのか、好意的に接してくれるのは助かります。
「ポーション、怪我治せる、問題ない」
『いやいや、大変だよ』
『女の子は無闇に怪我するものではないよ』
『体を持たない我々が言うことでもないがね』
なんだか親戚のお節介なおばさんみたいな態度で来ますね、もちろん親戚ではありませんが。この様子だと目的のメルエパの薔薇も簡単に渡してくれそうです。
「ところでメルパ族のみなさん、私たちはメルエパの薔薇を探しに来たのですが……そもそも薔薇ってどんなものなのでしょうか?」
この場所に散らばる植物のような石を見るに、なんとなく予想は付きますが確認はしておきたいです。もしも違っていたら恥ずかしいですからね。
『薔薇は砂漠の鉱石から生まれた石の花のことだ』
『風化した赤鉄鉱が砂岩と混じって結晶化し美しい姿となった』
『薔薇はメルパ族の魂の拠り所』
『我らはドラゴン種族によってこの地に封じられた罪人』
『かつてこの地にあった文明を砂の下に埋めてしまった』
『我らの肉体は永遠に深い砂の中に眠り、魂はこの地に縛られ続けている』
『薔薇をひとつ地上に持ち出すことで我らもひとり解放される』
『薔薇は地上に繁栄と幸福をもたらす』
『最後の薔薇が持ち出された時、この地は滅びを迎える』
なんだか聞いてはいけない話まで聞いてしまったような気もしますが、この地にいるメルパ族の霧のような影は10や20では済まない数です。仮に20年に1度ほど薔薇が運ばれるとしても全員が解放されるまで数百年は掛かる計算になります。
であるならば私たちの寿命の遥か先です、その時のことはその時代に生きるタルダイ族の子孫たちに委ねるべきでしょう。
「では、薔薇を頂いていきますね」
石の中から一番形が良さそうなものを持ち上げると灰色の人影が1体、霧散するように姿を消してしまいました。そのまま薔薇に宿ったのか、煉瓦のようだった赤砂色の表面が血が巡るように赤く染まりました。
これがどの程度の代物かわかりませんが、見たところご利益もありそうですし戦士長さんも文句は言わないでしょう。むしろ盗賊頭を倒した褒美を貰いたいくらいです。
『今度はゆっくり話そう』
「20年くらい後、また来る、覚えておく」
ルチさんが笑顔でそう答えると、メルパ族のみなさんも嬉しかったのか照れくさかったのか、静かに玄室の奥へと姿を消してしまいました。
あとで思えば、あの人たちに荒野の王や大地を引き裂いた蛇のことを聞いておくべきでした。
▶▶▶「砂漠に浮かぶ砂魚の池の話」
≪入手アイテム≫
王墓の粘土兵×1、鉄の短剣×1、砂金袋×1、最古の羊皮紙×1、
≪エネミー紹介≫
バグラット・ハーシム
種 族:砂漠の部族(男、40歳、属性:火)
体 格:179cm、80kg
クラス:盗賊(レベル20)
移 動:4↑2↓3(砂漠)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 38 16 9 10 9 23 32 5 11 6
【スキル】
【個人】砂漠の大盗賊(砂漠での移動力+1)
【種族】砂上戦(砂地形での戦闘時、命中・回避+10)
【兵種】盗む(敵ユニットから装備やアイテムを盗む)
【装備】蛇縛(攻撃命中時に低確率で移動封じを付与)
【習得】パリング(剣装備時、3分の1の確率で物理攻撃無効)
【習得】すり抜け(敵ユニットをすり抜けて移動する)
【技能】
短剣:C 剣術:B 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:C 探索:B 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D
【装備】
三日月刀 威力23(7+16/射程1は剣術準拠)
毒の剣 威力19(3+16/確率で毒付与)
砂漠の蛇面 スキル装備:蛇縛(攻撃命中時に低確率で移動封じを付与)
【所持品(3)】
砂金袋×1、最古の羊皮紙×1