もぐれ!モグリール治療院 第29話「天辺から覗き込む箱庭」
引き続きドラゴンとその一団と一緒にいる。ドラゴンは単に暇なのか、それともオルム・ドラカの各地に滞在するのも仕事の一環なのか、ウイベルベイの周辺にも顔を出す予定があるようで、ついでに私とルチも同行させてもらうことにした。
「んー? 好きにしたら」
ドラゴンがあっさりと同行を認めたのは、おそらく私たちではドラゴンの脅威になり得ないからだろうけど、ドラゴンとの力の差は歴然。狼と子犬ほどの、いや、もっと絶望的な差がある。
故郷のおかーさんも以前言っていた、もし自分より強い相手に出会ったら、そいつから強さを学びなさい、って。狼、熊、兄姉、おかーさん、じいちゃん……故郷でも色んな強さを目にしながらここまで生きてきた。だったらドラゴンのことも見定めてやるって考えたのだ。
転んでもただでは起きない、私、ヤミーちゃんはそういう女なのだ。いいか、ドラゴン! お前の強さを調べて、私はもっと強くなってやるのだ!
ちなみにガルムたちそのままは留守番。ドラゴンに興味が薄いのか、それとも余計なことを知りたくないのか、もしくは強さへの拒絶感か、とにかく行かないみたい。
「ちなみにドラゴン種族には、我らその他の種族でいうところの性別がない。ドラゴン種族の繁殖方法はそれこそ種族によって異なるが、我らが王が属する魔竜族は死する時に自らの力と記憶を切り離して、新たに1体ないし複数体の魔竜を生み出す。ゆえに生殖も行われないし、幼竜、いわゆる子育てに当たる期間も存在しない。生まれた時点でドラゴン種族として完成し、その後は環境や時代に応じて自らの力や知識を高めていくことに当てる」
ドラゴンの側近だかお供だか雑用だかのサルバンが、口ひげを誇らしげにピンと伸ばしながら語る。この男は教師で、ドラゴンについての知識を広めるのが主な仕事。次の集落への道中にもこうして私たちに授業を行う、のはいいんだけど、直立不動のまま微動だにせず進む独特の癖の強い歩き方は、見てて気持ち悪いのでどうにかして欲しい。
「でもドラゴン様は、どう見ても女の子の姿ですよね? サルバン先生、それはどうしてなんですか?」
その横を歩くマリネッリが問い掛ける。マリネッリはドラゴン信仰者で奉仕者、主にドラゴンの食事を用意するのが役目。結構な料理上手で、調理場以外でも料理が作れるように野外炊具っていう、荷車に調理器具と火起こし機械を取り付けたものを曳いている。
「確かに。ドラゴン様、僭越ながらお尋ねしてもよろしいですか?」
「いいけど、めんどくさいから簡単に説明するぞ」
そして当のドラゴン、外見は私とそれほど大差ない年齢の少女で、線が細く胴は平たい。ほとんど人間と変わらない姿をしているけど、瞳は瞳孔が爬虫類のように縦に伸びて、髪の毛の間からは二本の穂先みたいな角が伸びている。
「さっきの説明、間違ってる点があって性別自体はある。生殖用の性別っていう観点では無いんだけど、種族によっては何種類かの性別があって、私たち魔竜にも4つ5つほどの性別がある。私はさっき言ってた仕組みで繁栄する、他の種族でいうところの女とか雌とかだね。この場合は女寄りの中性に近い形になる。ちなみに趣味や酔狂で、こんな姿をしてるわけじゃない」
ドラゴンは食糧問題解決のために力と本体を術具に封じて、人間や獣に近い姿を取っているそうだけど、その器を思い通りに作れるわけではないらしい。
「ドラゴン、いる、姿。言いにくい、顔、不細工」
「不細工かどうかは知らんけど、人間に近い姿のドラゴンで例えば火竜族のヴァルカンとマールってのがいるけど、ふたりともどっちかっていうと個性的かなあ」
ルチの質問に答えながら、ドラゴンはサルバンから手渡された紙と羽根ペンでさらさらっと絵を描いて、短髪で目がギョロリとした悪そうな顔と、丸まって転がる荒野の枯草を乗せたような四角い顔を見せてきた。どっちかがヴァルカンでどっちかがマールだと思うけど、確かにふたりとも滑稽な顔をしている。
「大体こんな顔。ちなみに地竜のメタテリアってのは、顔はそこそこ整ってるけど品性が顔に出てるから、全体的にいけ好かない感じに仕上がってる。でも氷竜のベレゾフカとディーマは派手ではないけど賢そうな顔をしてるから、体格も含めて個性ってやつかね」
少なくともオルム・ドラカには、目の前の魔竜以外にも火竜がふたり、地竜がひとり、氷竜がふたりいるみたい。大変だ、私の強さの序列がどんどん下がっていく。
「ちなみにだけど、ドラゴン種族って、みんなこんななの?」
「こんなというのが何を指し示すかはわからんが、素晴らしく愛くるしいであるとか、心より敬い忠誠を誓えるという意味では、それはドラゴン様ただおひとりだけだ」
サルバンが口ひげをピンと釣り上げて答える。どうやらドラゴン種族の中でも捉え方は色々、そしてオルム・ドラカの民だからといってドラゴン種族すべてに狂信というか妄信というか、そういう熱烈な信仰者であるとも限らないみたい。
「ヴァルカン様やマール様、ベレゾフカ様は我ら民草に対して好意的だが、例えば好色変態クソ野郎様などは明確な悪意を以ってドラゴン種族とそれ以外を分けて考えている」
「ちなみにメタテリアのことね。奴のことは私が好色変態クソ野郎と呼ぶようにオルム・ドラカの全員に命じてある、なぜなら嫌いだから! それが効いたからか、奴は3000年ほど前に出ていってねえ、ぷふふっ」
ドラゴンが悪戯っぽく笑っている。ドラゴン種族と思えない地味な嫌がらせだけど、おそらく力関係でいえばその好色変態クソ野郎よりもオルム・ドラカの王の方が上なのだ。まさに強き者の特権ってやつだ。
「それでもたまにふらっとやってくるから、あれはあれで呼ばれたがりなのかもしれない」
絶対そんなことはないと思うけど、もしそうだったら気持ち悪さが増しちゃうなあ。
なんて風に呑気に歩いていると、ドラゴンが腰から提げている革袋から甲高い音が鳴った。
音の発生源はドラゴンの取り出した金属の球体で、球の中から声がしている。
「はいよー、どしたー? ……おー、ベレゾフカ。ちょうど今さっきお前の話してて」
どうやら球体は他の誰かと声を飛ばし合うことが出来るみたい。原理はさっぱりわからない。サルバンの顔を見上げたら、当然のように知りませんがって顔をしている。どうやらドラゴンの魔法や技術を応用した産物らしく、見たことも使ったこともあるけど作り方や原理はわからない、そんなところみたい。
「……なるほど、わかった」
さっきまで陽気な声で喋っていたドラゴンが、背中越しにでもわかる程の強烈な戦意を発している。眼を捕食者のように鋭く細め、纏う空気そのものが刺々しい気配を漂わせている。
「サルバン、マリネッリ、予定変更。フィアレアドとの国境に向かうぞ」
「わかりました。ヤミー君たちはいかがなさいます?」
「ドラゴン様、ポータルの準備出来ました!」
サルバンとマリネッリがすぐさま地面に魔法陣のような模様の描かれた道具を拡げると、ドラゴンがそのまま魔法陣の真ん中に歩みを進めて、一瞬にして姿を消した。
サルバンとマリネッリ、なんとなくの流れで私とルチも魔法陣に飛び込んで、一瞬にして国境近くの集落まで運ばれた。
◆❖◇❖◆
その集落はざわざわと騒々しくて、地面には結構派手に血が飛び散っている。
血溜まりの中には武装した人間たちの死体が積み重なっていて、その周りには剣や槍を構えた鎧姿のリザードマンたちが立っている。手にした得物には血が滴り、つい先ほどまで戦闘が行われていたのが一目でわかる状態だ。
「ドラゴン様、申し訳ありません。商人に偽装していたのを見抜けず……」
「反省は後だ。犠牲者は?」
「ゴブリンの子供がふたりです」
ドラゴンの視線を向けた先では、まだ幼いゴブリンの子供に矢が刺さっていて、近づいて確かめるまでもなく息は絶えている。
「サルバン、フィアレアドの第3第4に駐留している使者に連絡しろ。今すぐに戻ってこいって」
「はっ、直ちに!」
ドラゴンはふーっと長めに息を吐いて、辺りを見渡しながら右手を伸ばし、まるで空中に漂っている誰かを捕まえるように掌を閉じた。そのまま握った手をゴブリンの子供へと近づけて、もう片方の手でマリネッリから受け取った金属製の古めかしい杖を握り締めた。
(あの杖がドラゴンの術具……?)
杖の尖端には3対の瞳を並べた蛇の頭を模した装飾が施されて、反対側には複数の輪っかが連なっている。柄全体に呪文のような言葉が刻まれていて、杖そのものに並々ならぬ力が宿っているのがわかる、なんとなくだけど。
「よーし、すぐ治してあげるからなー」
ドラゴンの肩の辺りから、体の数倍はありそうな3対の輝く瞳を並べた蛇の頭が飛び出して、地面に横たわるゴブリンたちに瞳を向ける。その瞬間、ゴブリンたちが柔らかい光に包まれて、ゴブリンを貫いていた矢が抜け落ちて、見る見るうちに傷口が塞がって、顔に血色が戻っていく。
ゴブリンの子供たちは目を覚まし、そのままわあっと大声で泣きだして、ドラゴンの体にしがみつく。
「ドラゴンさまぁ! ドラゴンさまぁ!」
「こわかった! にんげんこわい、やだぁ!」
「よしよし、人間は怖いんだよー。次からは見つけたらすぐに逃げないと駄目だからねー」
ドラゴンはしがみついてくるゴブリンたちを撫でながら立ち上がり、神に祈るように両手を組んだ他のゴブリンやリザードマンたちを見下ろした。人間以外も祈りの所作って一緒なんだなって驚きと、蘇生薬もなしに蘇らせるなんてっていう驚きが一緒にやってくる。そりゃあ神のように崇められるわけだ、明らかな上位種族で、おまけに優しくて奇跡のようなことを起こしてくれる存在だもん。
不思議と一緒に祈ってあげたくなる気持ちを抱いていると、ドラゴンは肩から生えてきた蛇の首を元に戻して、両腕をぐるぐると回してみせた。
「ドラゴン様、駐留していた使者たちの帰還、完了しました。ベレゾフカ様の“目”でも確認済みです」
「ベレゾフカ様はオルム・ドラカの技術部門の偉い方で、オルム・ドラカ全土と周辺の国々を、蟻サイズまで観測できる“目”を作ったの」
マリネッリさんが耳打ちしてくる。ということは私たちがオルム・ドラカに入国した時も見られてたってことか。
「ちなみにあなたたちが竜戦士と一緒にカニと戦ったのとか、闘技場を壊したのも全部観測されてるけど、ドラゴン様は内輪の出来事ってことで見逃してくれたから」
どうやらドラゴン的にはカニとの戦闘や闘技場の破壊は問題にならないみたい。たぶんカニはそもそも竜戦士とカニの個人的な争いで、闘技場はカルフ兄ちゃんのところの祭りの一環だから。
もし集落を理由なく攻撃したり、それこそ戦う力を持たない子供や年寄りを殴ったりしたら、大問題になってたに違いない。私が平和主義者でよかった。
「ヤミー君。我らがドラゴン様に忠誠を誓うのは、ドラゴン様が飢えているから、本来は食糧でしかない我々を生かしてくれているから、そう説明したがそれだけではない」
いつの間にか横に立っているサルバンが、瞳にうっすらと涙を浮かべながら語り始めた。
「ドラゴン様はお優しい御方、我ら無垢の民と同じように働き、同じ物を食べ、同じ喜びを日々分かち合ってくださっている。それだけではない、ドラゴン様はドラゴン種族の中でただひとり、怒りさえも我らの目線まで降り立ち、同じように覚えてくださるのだ」
サルバンの瞳から涙が筋を作りながら地面に落ちる。
その目の前ではドラゴンが杖を手にして立ち、その頭上では巨大な、集落どころかこの辺の領土一帯を覆ってしまいそうなほどのドラゴンが姿を現した。
天をも貫く柱にも見える、鉱物のような甲殻に覆われた6本の足、それらが支えるのは巨大なんて言葉では言い表せない紫色の鱗に覆われた大蛇だ。大蛇の首からは樹木のように首がふたつに枝分かれして、さっきの3対の瞳を並べた蒼い蛇の頭に、ガチガチの装甲のような甲羅に覆われた暗緑色の蛇の頭、さらにそこからまた別種の、針のような毛に覆われた真っ赤な大蛇の頭や首から無数の爪を生やした鋼色の大蛇、悪魔のような禍々しい顔をした頭、ワニのような巨大な顎を持つ首、さらに頭蓋が剥き出しになったかのようなが硬質な大量の蛇の頭が増殖するように首を伸ばし、最も巨大な首からは縄張りを誇示するかのように巨大な翼が拡がっている。
邪悪と畏怖を煮詰めたような姿のドラゴン、これがオルム・ドラカの民が崇拝するドラゴンの真の姿。
「戦争でも起こすつもりなの……!?」
「ヤミー君、今から起こるのは戦争ではない。王の逆鱗に触れた愚か者への、処刑だ」
黒い、異様なまでに黒い。今まで目にしてきた黒という色は、違う色だったのかもしれない。これまで怒りだと思っていたもの、怒りだと感じていたものは、違うものだったのかもしれない。邪悪と呼ばれているものはかわいいもので、本当はもっと禍々しいものに乗せた蓋の上にあるような、そんなものだったのかもしれない。
そう思わせるほどに黒い。太陽の光さえ遮られた夜のような空に真っ黒い、私たちが今まで黒だと思っていた色とは明らかに違う。夜空に等しい黒い空の中でさえ目に見えて黒い、光さえも飲み込んでしまいそうな球体がふたつ、遠いフィアレアド王国の中心あたりへと落ちていく。
「あれはドラゴン様の扱う、もはや魔法とは呼べぬ我らの埒外の代物。都市ひとつを飲み込む黒い液体で、一晩かけて中の物を全て、生物も金属も液体も空気も音も光も、地の中に眠る死霊でさえも溶かし、抉られた大地の傷痕へと染み込んで、百年は鳥すらも立ち寄らない腐毒の泥濘へと変える。オルム・ドラカの中には決して落とさないそれを、我らは魔竜の涙と呼んでいる」
どぷん、と遥か彼方から水の揺らぐような音が聞こえた気がした。
「標的となったのはフィアレアド王国の第3都市ポロシュタール、第4都市ダルムヌイェート。ゴブリンの子供ふたりに対するドラゴン様のお怒りの量がそれだ」
サルバンが涙をこぼし終えて、潤んだ瞳で霧のように消えていくドラゴンの姿を見上げている。
狂ってるのか、こいつら……!?
なにもかも溶かしてしまう黒い液体って……ゴブゴブズやでっぷりたちは今どこに? 人間の町に入るはずはないから、大きな都市にはいないはずだ。だったらモグリールたちは? こっちに向かっているはずだから、あんな遠くの町にいるとは思えないけど。
そこに住む人たちはどうなる? 何人住んでる? 主要都市だと人口は10万? 20万? もっと? とにかく大勢が住んでるのは間違いない。ゴブリンの子供ふたり、それも息を吹き返した怪我人に対して、王国の主要都市ふたつ。報復にしても明らかに釣り合ってない。
「やり過ぎだ!」
「やり過ぎじゃない」
本体を術具に戻したドラゴンが、一仕事終えたと言わんばかりに腕を伸ばしたり体を左右に捻ったりしながら、淡々としたそっけない調子で答える。
「だってそこにいる人たちは、今回のこととは無関係で」
「奴らは約束を破った。オルム・ドラカに二度と手出しをしないことを条件に、土地も民も、国という形も残してあげたのに」
「そうかもしれないけど、あそこにもオルム・ドラカと、みんなと仲良く出来る人だっていたかもしれないのに」
「運が悪かったね」
ドラゴンの人間ではない瞳が真っ直ぐにこっちに向いた。その瞳に気圧されて、思わずドラゴンに掴みかかろうとした瞬間、集落にいた竜戦士たちに囲まれ、あっという間に全身に武器を突きつけられて拘束される。
「理解、忠誠、ドラゴン。くれる、報復、敵、危害。大規模、数百倍」
ルチが闇が晴れた空を見上げながら、ぽつりと呟いた。ルチの言うこともわかる、自分たちへの危害に対してあれだけの規模で報復してくれる、私がやられたゴブリンの家族で、自力で仕返し出来ないくらい弱かったら、きっと同じように忠誠を誓っていると思う。
私でもそう思うんだから、狭い土地に押し込められて仲間が鉱山労働で連れていかれたヒルチヒキ族のルチは、余計にオルム・ドラカの住民たちに寄り添ってしまうのかもしれない。
「そうなんだよ、ドラゴン様の素晴らしさをわかってくれるのね!」
「ドラゴン様はあたしたちのために力を使って下さるの!」
ルチの周りにゴブリンの母親や集落の他の種族が集まり、ドラゴンの素晴らしさを嬉々として語っている。
いや、私にもわかるよ。悪いのはいきなり攻めてきた人間で、しかも子供を攻撃したんだから。でも、それに対してやり過ぎだって思っちゃうだけで。
「さてと、働いたからおなか空いちゃった。マリネッリ、ごはん作ってー。せっかくだからみんなで食べよう」
ドラゴンは拘束を解くように合図して、おなかを擦りながらマリネッリのところへと歩いて行った。その姿はさっきまでの邪悪な竜の姿とはまるで別人、なんの悪意も恐怖も感じさせないひとりの少女の形をしている。
「ヤミー、ルチ、お前らも食べるよね? バタバタしたから、おなか空いてるだろ?」
しかもこうやって、心の壁を溶かしそうな邪気のない笑顔を向けてくるのだ。
わからない、そもそも邪気も悪意も持っていないのかもしれない。このドラゴンという生き物は、人間と考え方が似ているようで、根っこの部分で違い過ぎる。
だけどひとつだけはっきりと理解できたことがある。
目の前のドラゴンは、オルム・ドラカの外からしたら明確に敵になってしまう生き物なのだと。
▶▶▶「悩んだら酒を飲めという教え」