もぐれ!モグリール治療院 第30話「悩んだら酒を飲めという教え」

一夜明けても、まだ心の中にもやもやしたものが残っている。そういう時は酒場に行け、っていうのは冒険者の基本中の基本で、酒は物理的な困難以外の全てを解決してくれる。お酒が奇跡の液体とか神の水と呼ばれる所以だ、私もそう思う。お酒は全てをなんとかしてくれる。
でも酒場なんて大きな町くらいにしかなく、町と町の間の獣道を掻き分けて進むような場所で飲める酒なんて、せいぜいスキレットに仕込んでおいた蒸留酒をちょびっと口に含むくらい。
当然ゆっくりワインを楽しむなんて出来るわけもないし、キンキンに冷えたエールを浴びるように飲むなんてのは、ここオルム・ドラカでも不可能なのだ。

「ヤミー、前、ある、お酒」
「えー? こんな辺鄙な場所に……あったー!」

ドラゴンの一向から離れて、自力でウイベルベイまで戻るために海岸沿いの荒れ果てた道を進んでいた私とルチの目の前に、ぽつんと1軒の赤色ランタンとホウキをぶら提げた酒場が現れた。こんな草ぼうぼう、もう少し海に寄ったら切り立った崖、朝からけたたましく鳴く派手な鳥と掌くらいの大きさの虫くらいとしか出くわしていない辺鄙な場所に、まさか酒場があるなんて!

「たのもーう!」
「飲む、お酒! 食べる、肉!」

私たちは意気揚々と酒場の扉を開いてみせた。
ドラゴンがどうとかモグリールたちの安否とか、そういうのは一旦後。今日はもうお酒を浴びるように飲む、そういう日にすることに決めた! いつ? 今さっき!
「へい、いらっしゃーい!」
店内はそんなに広くないけど、壁にはずらりとエールの瓶やワイン樽が並び、細かい模様が彫られたテーブルと椅子が何組か置いてある。天井から吊り下げられた幾つもの金属製のランタンが店内を明るく照らし、窓の外は嘘みたいに晴れ晴れしい大海原。そんな中、ドワーフからサハギン、さらにはゴーストやスケルトンまで、ありとあらゆる種族が笑顔でお酒を飲み倒している。
カウンター中では明らかに泥酔した、両手に酒瓶を握ってぐでんぐでんになっている、背中に蝶のような翅を生やした女が、突っ伏した姿勢で顔だけを上げて笑っている。一番酔っぱらってそうだけど、この女が店主なのかな。

「ようこそ、海の家ぺったんこへ!」
「んん?」
なにその変な名前?
「海の家ぺったんこ! この店の名前だよ!」
正直に言って馬鹿みたいな名前だなって思ったけど、私はちゃんとした大人なので、思ったことをすぐ口に出したりしないのだ。
「馬鹿みたいな名前だね」
たまに正直に言ってしまうけど、正直なだけで悪気はないのだ。

「お嬢ちゃんたち、運がいいな! 今日はぺったんこ割りの日だぜ!」
「ぺったんこ体型は全品3割引き、まあハッピーアワーみたいなもんさ!」
ちょっと意味がわからないけど、おそらく体型のことを言ってるんだと思う。確かに私はしなやかな無駄な肉の無い体型だし、ルチも同じように無駄がなくて線が細い方だ。そういえばドラゴンも明らかにそっち側な体型だったし、もしかしたらオルム・ドラカでは細さが正義なのかもしれない。
よし、今すぐスルークハウゼンの連中に、オルム・ドラカのトロールの足の爪の垢を飲ませよう、直で。
「とりま、ビールだよね!」
店主がよっこらしょと呟きながら立ち上がって、全体的に薄っぺらい体型で、氷水の中に突っ込まれてキンキンに冷やされたエールを手樽に注ぐ。
なるほど、店主も薄っぺらい族の者か。そんな一族はいない。

「じゃあ、狼少女ちゃん、獣骨被り少女ちゃん。ぺったんこ同士仲良くしてね、乾杯!」
改めて言われると嫌味に聞えてしまうなあ、乾杯!

ところで、お酒の正しい飲み方は幾つかある。
そのひとつが、足を肩幅に開いて立ち、腰に左手を添えて背筋を伸ばし、手樽の取っ手を持った右手を掲げて、肘を直角に曲げ、斜め上からぐいぐいと口の中へ流し込んでいく作法。通称フロアガリ。名前の由来はよくわからないけど、1杯目にふさわしい飲み方とされている。
一気に半分ほど飲み干してもいいし、そこそこの量をちびちびでもいいんだけど、この飲み方をするならばなるだけ豪快な方が良しとされる。私は作法に倣って一気に喉の奥へと流し込んで、歩きっぱなしで疲労の溜まっていた体を癒す。
胃の中に溜まっていくのはエールだけどエールではない、活力であり気力であり命であるのだ。まさかと思うかもしれないけど、腹の中に入ったエールは命に変換されるのだ。だから飲んだ量が多いほど命は強くなり、多く飲んでおくほど明日の自分が輝くのだ。
私はいつだってピカピカでかわいいけども。

一方ルチは、お通しで一緒に出されたナッツやチーズを片手に、一口齧ってはぐびり、もう一口齧ってはぐびりと何回かに分けて交互に流し込んでいく。通称ゲッシルイ。名前の由来はよくわからないけど、空きっ腹に気を使った健康的な飲み方で、これも1杯目にふさわしい飲み方とされている。
フロアガリとどっちを選ぶかは、突き詰めるとそれぞれの好み。しいていうならば接近戦が得意な私と、射撃が得意なルチの特徴が出ているともいえる。いえなくもないって? そんなことはない!

「おっ、いい飲みっぷりだねえ!」
「もう1杯飲みなよ! キダルちゃん、狼のお嬢ちゃんにエールを頼む!」
「じゃあ俺は連れのお嬢ちゃんに柑橘酒を奢るぜ!」
「はいよー! お嬢ちゃんたち、そっちのおっさん共から1杯入ったよー!」

キダルちゃんと呼ばれた店主が、キンキンに冷えたエールを空になった手樽に注ぐ。
色んな人が口を揃えてこう言う。
お酒は働いた後が一番うまい。
お酒は夜に飲むと一番うまい。
お酒は1杯目こそ一番うまい。
まあ、色々と外野の意見はうるさい。
でも私はあえてこう言いたい。お酒はなにもしなくてもいつ飲んでも何杯目でもうまい!

「くぁーっ! うまぁー!」
「美味! 天国!」

キンキンに冷えたエールは、例えるならば神だ。神は神だから神ってだけですごいのだけど、そこに冷えを加えることで神の格というか強さというか、そういうのがひとつ繰り上がる。例えるならば神がどんなものでも砕ける斧を手にしたようなものだ。
そういう点では私も、神と呼んでも差し支えのないかわいさな上に、圧倒的にかわいい狼の毛皮を纏って、おまけに毛皮には尻尾までついてるんだから、神フル装備と呼んでもいい。私はヤミーちゃん、神フル装備。

え? まだ酔ってないよ?

……酔ってるよ! お酒には強い方だけど、強いとは酔わないことではない。酔ってからどこまで楽しく飲めるか、この時間の長さが強さなのだ。疲れ始めてから後、どこまで走り続けられるかに近いものがある。体力の限界まで速さを落とさずに動けるのが強い戦士だ、酔っぱらってから潰れるまで長く楽しくお酒を飲めるのが強い酔っ払いだ。
酔っぱらってもなお強い、それがこのヤミーちゃんなのだ!

「キダルちゃん、おかわり!」
「あいよー! 狼少女ちゃん、名前なんて言うの?」
そういえば自己紹介がまだだった。酒場にも礼儀あり、一見さんが名前も名乗らずにお酒を飲もうだなんて、そんな虫のいい話はない。しっかりと我ここにありと口上を述べて、堂々とお酒を飲むのが礼儀だ。
3杯目のエールが注がれた手樽を掲げて、椅子の上に立ち、店の中にいる亜人たちや獣人たちを見渡す。
「いいか、お前ら、耳かっぽじってとくと聞け! 私はノルドヘイムからやってきた最強美少女、狼毛皮の誇り高き戦士、ウルフヘズナルのヤミー! こっちは相棒で弓を使えば一流、銃を撃たせれば右に並ぶものなし、誇り高きヒルチヒキ族の戦士、ルチ! いいかね、君たち! この世のお酒はすべて私のためにあり! お酒には天使の分け前、悪魔の取り分とかあるらしいけど、だったら残りは全部私のものなのだ! なぜなら私はかわいいから! ヤミーちゃんとの出会いに感謝しろ! その喜びに打ち震えながら、今日はとことん飲もう! 乾杯!」

「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」

椅子から降りて次々と手樽同士を軽くぶつけ合って、ぐびぐびとビールを飲み干す。
ちなみにまだ日も暮れてないけど、エールに時間は関係ない。飲むと決めたら翌朝まで飲んであげる、それがお酒との正しい付き合い方なのだ。


◆❖◇❖◆


「わぁーい、死屍累々だー。今日は大儲けだねー」

店の外がすっかり暗くなった頃、店内ではすっかり酔い潰れた客たちが揃いも揃って床に転がって、ぴくぴくと震えたりこぽこぽと音を立ててなにか垂れ流したりしている。
「昏倒、飲む、酒……粋!」
「そうだねー、粋ってやつだねー」
私とルチはえらいので、もう何杯目かわからないエールを美味しく飲んでいる。当たり前だけど、お酒は多く飲めたらえらいというわけではない、最後まで美味しく飲める者がえらいのだ。その点、私なんかはエールを1杯目と同じ飲み心地で堪能できる。もはや私がえらいのか、エールがえらいのかわかんないけど、無限においしいな、エール。エールを最初に作った人を神に祭り上げたらいいと思う。よし、今日からエール大好き教の教祖になろう。

「ところでキダルちゃん、なんでこんなところに海の家があるの?」
「ふふーん、それはだねえ」
キダルちゃんは鼻を鳴らしながら窓の外を指差した。真っ黒い海が青白い光を帯びて、ゆらりゆらりと揺れる海面をまるで生き物みたいに浮き上がらせた。思わず酔いも醒めるちゃうような幻想的な光を眺めていると、光の彼方から1頭のほのかに輝く巨大な海蛇が海面から跳ね上がり、また海へと飛び込んでいく。
「原理はわからんけど、この辺の海は夜になるとだいたい3日に1回くらい光るんだよね。そんな日には海に棲まうドラゴン様が姿を見せる。おーい、海ドラゴン様が来たよー!」
「なんだって、寝てる場合じゃねえ!」
「おおー! 海ドラゴン様だ! 海ドラゴン様だ!」
酔っ払いたちが飛び起きて、窓の外に拡がる光と竜の踊りに魅入られていく。
この前サルバンから教わったドラゴン知識によると、あの海蛇のような生き物は水竜と呼ばれるドラゴン種族で、外界に出ようとする船を沈める大陸の門番。漁師たちからしたら悩みの種で、現実的にクジラよりも巨大な海蛇を倒す手段もないし、王と同じドラゴン種族だから手を出すのも恐れ多いので、なんとなく放置されて今に至る。
そんな厄介なドラゴン種族も、青白い光のベールを纏って踊るように泳いでみせれば、みんなを魅了する見世物になるのだから、なんていうか……

「キダルちゃん、エールおかわり!」
「おかわり、私も、エール!」
「そうだ! 海ドラゴン様を肴に宴会だ!」
「今夜はとことん飲むぞー!」
「おおーっ!」

あまりの美しさの前に語彙力を失った酔っ払いたちは限界を超えて飲み続け、みんなして割れるように痛い頭を抱えながら朝を迎えたのだった。


「……ううっ、頭いたーい!」
「……飲み過ぎ、不覚」
私とルチが荷物を抱えて出発しようとすると、なぜかキダルちゃんも酒樽で出来たハンマーと盾代わりの蓋、さらには大きな鞄を背負って隣に立っていた。
「あれ? キダルちゃんもどこか行くの?」
「エールが全部売れちゃったから仕入れにいかないと!」
「じゃあ途中まで一緒に行く? とりあえずウイベルベイに寄って、そこから大きな町を目指す感じだけど」
キダルちゃんが元気そうに親指を立ててみせた。そういえばこの店主、みんなと一緒に浴びるようにお酒を飲んでたけど、二日酔いになっている素振りさえ見えない。なんで?


「キンキンに冷やしたスライムを額に乗せて寝ると、なぜか二日酔いにならない。酒場の基本だよ」
そう言って冷え冷えになった小さなスライムを、私とルチの頭に乗せてた。ちなみにぬるくなったら捨て時で、その辺の川とかで逃がしてあげたらいいらしい。そうやって野に放たれたスライムが、次の酔っ払いを救うのだとか。
……ほんとかなあ?


▶▶▶「待ち合わせにぴったりの場所」


≪加入ユニット紹介≫
キダル
種 族:麦酒の妖精(女、21歳)
クラス:エールワイフ(レベル29)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 24 15  7  6 10 23 25  8 15 27  3↑2↓3(歩行) 
成長率 15 30 15 10 15 40 40 10 20 35

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:C 弓術:E 体術:C
探索:C 魔道:E 回復:D 重装:E 馬術:E 学術:C

【装備】
酒樽ハンマー 威力31(16+15)
酒樽の蓋   魔防+10

【スキル】
【個人】麦とホップ(酒樽系装備の性能を2倍にする)
【基本】酔っ払いのマント(エールを1本消費して指定ユニットを次ターンまで行動不能にする)
【補助】ランタン(松明の持続時間を+3ターンする)
【補助】灰の水曜日(隣接マスに篝火を設置する、地形によっては燃え広がる)
【回復】ビール純粋令(エールによる回復効果を2倍にする)
【回復】麦の歌(毎ターン、エール1本消費する代わりに仲間全員のHPを5%回福)


【麦酒の妖精】(キダル専用職)
オルム・ドラカの海の家に夜な夜な現れる妖精。主にエールを飲んで肉を食べる。
能力値 HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
基本値 20  6  2  3  1  7 10  5 10  -  3↑2↓3(歩兵)
スキル 酔っ払いのマント(エールを1本消費して指定ユニットを次ターンまで行動不能にする)
※人間職にクラスチェンジ可能

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