もぐれ!モグリール治療院 おまけ「ベレゾフカ主任の研究室」

オルム・ドラカ全土と周辺の国々を監視する目ピュニーティオンは、ドラゴン種族がまだ世界を我が物顔で闊歩していた頃の遺産……厳密にはその頃に氷竜の研究者たちが作ったものに手を加えて、ドラゴン以外でも扱えるように改悪したものだ。
改悪というのはまさにその名の通り、わざわざ機械部品に詰め込んで精度を少し落とし、情報の処理速度をかなり落として、ひとつの目につき監視できる範囲を大幅に狭めて、情報を集約出来る頭脳ともいえるべき部品の質そのものを落とした。
その代わりに数を増やし、落とした性能の1割から3割程度までは質を担保した物が、このオルム・ドラカの空を埋め尽くす不可視の機械眼だ。
ピュニーティオンは生物ではないが独自で思考する性質を持ち、異常事態を判断すると頭脳へと情報を伝達する。そこからこの研究室兼工房兼指令室に連絡が来て、視野と情報の支配権を一時的に掌握することで、自分の目のように使うことが出来る。そこから人海戦術的に直視する形で状況を判断して、必要とあらば魔竜の王へと連絡を入れる。

「おい、ラティフォリア。国境近くの集落でゴブリンが攻撃を受けた。敵はフィアレアド王国からの侵入者、解析した結果、全員が騎士団のリストに該当した。ゴブリンの子供ふたりが負傷、敵は全滅している。以上だ」

音を四次元的な空間に飛ばして瞬時に届け合う通信機器も、かつて氷竜が製造した技術をそのまま応用、量産化したものだ。氷竜は性質そのものは他のドラゴン種族に劣らないが、体格や筋力といった個の力で劣る。同じく大型種以上が滅多に生まれない地竜は数でその不利を補ったが、氷竜は技術と発明でその差を補った。
その恩恵に預かっているのもあって、氷竜の生き残りである俺の扱いはそう悪くない。
悪くはないが、ポンコツと例えても差し支えの無い道具はどうにかしたいところだが……。

「なあ、せめて処理速度を倍に引き上げないか?」
「いやいや、ベレゾフカ様だけですよ、そんなの扱えるの。僕ら普通のリザードマンとかなんですから」
研究室内の椅子に腰かけて、最近開発した魔法武器オービットの調整をしているトカゲのような生き物が、白衣から飛び出したエリマキを窄めながら答える。
「様付けは辞めろ、主任と呼べ。室長殿」
ちなみにこのトカゲは室長で、立場でいうとこの部屋の責任者に当たる。同じ白衣でも、俺のと違って襟に青い二本線を縫い付けてある。主任である俺は一本線、立場は目に見える形で示すべきなのでそうしている。
ドラゴン種族よりも能力で劣るトカゲを責任者に添えたのは、極力ドラゴン種族以外と関わり合いになりたくない俺の一存だ。ドラゴン種族以外の面倒事は相応の窓口を通し、それにふさわしい担当者が担うべきで、俺は自分の持っている技術と知識を民が制御できる形に改悪して卸していくだけだ。
「では、主任。言わせてもらいますけど、主任もれっきとしたドラゴン種族なんですから、様付けされて当然だと思いますよ」
「あのなあ、ドラゴン種族だから偉い、敬わないといけない、という考えは大間違いだ。それこそラティフォリアなんかは、なかなかにアレな頭をしている。別にそれで奴の価値が下がるわけでもないが」

ラティフォリア・ドラグニール。魔竜の王、オルム・ドラカの民がドラゴン様と崇めるドラゴン種族。奴は別段馬鹿でも間抜けでもないが、思考回路が極端から極端に走りがちだ。極端な奴が極端なことをすると、当たり前だが極端な結果に落ち着く。奴の思い切りの良さが長所として働いたからドラゴン種族は滅びを免れたわけだが、1万年もその前の古い話をいつまでも成功例に掲げるのは、なんていうか非科学的な話だ。

「でも、そうはいっても主任はドラゴン様に協力してくれますよね」
「別に協力したくてしてるわけじゃない」
研究室の端に備え付けられたキッチンに向かい、コックを捻って一瞬でお湯を沸かす。人間種族に似せた体は脆弱で不便だが、1杯の珈琲をゆっくりと堪能できるのは、この体ならではの特権だ。珈琲に蜂蜜を固めて粉状に作り替えた糖を一匙放り込み、マグカップを揺らして雑に溶かす。入念に混ぜないのは味覚の好みだ、味は均一でない方が飲み応えがある。個人的な味覚の誤差だが。
「大きな借りがあるだけだ」


かつてドラゴン種族は絶滅の危機に瀕していた。
というと、なんだか聞こえのいい壮大な出来事に聞こえるが、現実は飢えた種族間による喰らい合いだ。所詮は醜い生存競争でしかないが、それでも各種族には種としての矜持があった。
しかし捻じ曲がった社会性と余計な知恵を持った獣である氷竜は、種族として議会制の統治体制を選んだが故に、大して食べもしないくせに食糧庫を牛耳る長老たちが、飢える若い竜たちの事情など考えもせずに相手の飯床を焼き払うような消耗戦を仕掛けさせ、おまけに若い竜を死してなお相手を殺すための毒薬へと変化させた。
そんな在り方に嫌気が差した俺は、他のドラゴン種族と手を組み、奴らを長老たちの元へと手引きし、氷竜という種族を滅ぼすことに成功したのだ。
やがて魔竜の王であるひとりの小娘が、ほとんどのドラゴンを食い尽くして戦争は終わった。
純粋な氷竜で唯一の生き残りである俺は、これまで長老たちの命令で散々同族の身体をいじくり回すことで手に入れた知識と技術を使って、ドラゴン本来の姿と力を石や術具に閉じ込めて、意思と思考だけを残した本体を人間に似せた体に移す方法を確立させた。
永遠に終わることのないと思われていた食糧問題は、皮肉にも喰わせない為に生まれた技術が解決してくれた。
そして争う理由のなくなったドラゴンたちは、自らの力と姿を小さな荷物の中に隠して、他の種族と同じ大地で生きることを決めた。


「あー、御妃様がドラゴン様に助けられたって話ですね」
「室長殿、妻ではない。そもそもドラゴン種族は婚姻制度を用いないし、俺は人間種族の雄の姿を取っているが厳密には雄という性別でも……」
「それ、もう100回は聞きましたよ。どんだけ否定するんですか」
室長のトカゲが呆れながらも調整を続け、魔力の注ぎ加減を間違えたのか、オービットを見当外れの咆哮に飛ばした。備品に傷でもつけられたら面倒だと、室内全体に薄い魔力の網を張ってオービットを捕まえ、そのまま支配権を奪って動きを止める。
「余計なことを言うからだ。いいか、室長殿。あれは同居個体で、単なる被検体だ」
「でも御妃様、じゃなかった、ディーマ様を戦わせたくないから反乱を起こしたんですよね? そういうのを愛って言うんですよ、世間一般では」
「トカゲの世間一般など知ったことか」

ディーマは元々は氷竜の若い幼体だったが、幼体の頃の方が因子が定着しやすいという理由で、性質的に相反する火竜と、それを中和するために地竜と水竜の細胞を植えつけられた。植えつけられたという言葉は正しくない、自分が長老たちの指示でそう改造したのだ。
改造はそれなりに成功して、多くのドラゴンを葬ることが出来たが、その代償は相応に大きく、本来そこにいるべきではない竜の性質が拒絶反応となって全身を蝕み続けた。
継続して毒を煽り続けるような負傷は力を術具に封じることで止まったものの、精神にも影響を与えていたのか、人に似せた体にまで大きな傷跡を残した。
実験体であったディーマと同居を続けている理由は、罪悪感と後悔も少なからずあるが、研究者としての欲が大部分を占める。自分の作ったものがどんな最期を迎えるのか、それを直にこの目で確かめたいのだ。

「いやいや、かっこつけなくていいですよ。少しもかっこよくもないですし」
「室長殿、そろそろ次の仕事をしたらどうだ?」
このトカゲといい、研究室の他の連中といい、どうにも俺たちの関係を邪推する癖がある。そういう低俗な話題で盛り上がれるのが種族的な特性なのかもしれないが、こちらとしては不本意だ。いかん、器を人間種族に似せているからか、思考まで体に引き摺られてしまう。いっそ植物かなにかにするべきだったな、それはそれで何千年も動けないので検討するまでもなく却下だが。

「仕事といえば主任、ピュニーティオンが妙な連中を捕捉しましたよ」
「妙? ゴシップ好きの室長よりも妙な生き物なら見てみる価値があるが」
「サイクロプスにゴブリン3体、オーク、オクトパス、ゴーレム、ウェンディゴ、カイゼルホルン種の羊、樽漬けのウーズ、コカトリスが2体、異言語話者の人間が5名。場所はオルム・ドラカ国境付近、現地の竜戦士もどうしたものかと迷っているようですね」
随分とちぐはぐな組み合わせだが、ピュニーティオンを通して覗き込む限りでは敵意は感じられない。
ラティフォリアに伝えてもいいが、今の奴は気が立っている頃だ。事実、ピュニーティオンが即座に術具の使用と、魔竜本体の一時的な現出を把握した。おそらく魔竜独自の魔法を発動させるのだろう。かつて雨のように降らせた黒い水、氷竜の長老たちを極北の凍土ごと地上から消し去ったアレだ。

「やれやれ」
残った珈琲を飲み干し、白衣を脱いでその辺の椅子に放り投げる。
「退勤ですか?」
ピュニーティオンがこれまでに集めた情報を集約すると、ヤミーとかいうノルドヘイムの冒険者の部下だか子分だか仲間だか、そういった関係の一団である確率が極めて高い。天文学的な確率で間違いの可能性もあるが、天文学的な確率は現実には起こらないに等しいといっても差し支えないものだ。
「ノルドヘイムにはちょっと古い知人がいる。セイウチの毛皮を纏ったラグナ―ルという名前の青年、いや、今頃はすっかりじいさんになっている頃か。彼にはディーマが世話になったことがある、よく熊肉やセイウチの肉を分けて貰った」
「主任も珈琲と雑穀以外のものを口にするんですね」
「その肉を入れたスープをディーマが旨そうに食べたわけだ」
室長のトカゲがにたりと笑う。トカゲなので表情は読み取りにくいが、そんな風に見えた。
「なんですか、惚気ですか?」
「要するにノルドヘイムには、親切にしてやる程度の義理があるということだ」
研究室に備え付けたポータルを起動して、自らの体を国境付近まで飛ばした。このポータルという移動機具もドラゴン種族の遺産を双方向にだけ作用するように改悪したものだが、この決まった地点にしか飛ばない上に、登録先が一箇所のみという性能の低さもどうにかしたいところだ。二箇所以上にしたら、ドラゴン種族以外に転移事故が起きてしまうから却下せざるを得ないが。

(……適当な竜戦士でも護衛につけておけば、ヤミーとやらに勝手に合流するだろう)

口の中に残った珈琲の残り香を飲み込んで、国境付近の集落へと降り立った。


▶▶▶「悩んだら酒を飲めという教え」


≪NPC紹介≫
ベレゾフカ
種 族:氷竜(男、??歳)
クラス:ドラゴン(レベル44)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 56 19 35 25 28 37 33 28 20 28  4↑2↓3(歩兵)
成長率 60 20 55 35 40 50 45 35 25 30

【技能】
短剣:D 剣術:B 槍術:B 斧鎚:D 弓術:D 体術:C
探索:A 魔道:S 回復:A 重装:C 馬術:D 学術:S

【装備】
霧氷冷華  威力32(13+19/固定装備、魔竜の術具)
ヴェリタス 威力54(19+35/氷属性、魔法武器)

【スキル】
【個人】ピュニーティオン(戦闘開始時、隠れた敵ユニットやアイテムを発見する)
【固有】竜の血(毎ターンHP25%+状態異常回復)
【改造】ジーヴルライルの氷花(氷属性のダメージを吸収、HPを回復する)
【改造】グラースイェルの氷晶(周囲5×5マスの地形を雪原に変える)
【改造】アイルバートの氷殻鱗(戦闘終了まで守備+5、魔防+5、重装属性付与)
【改造】クリュスタロスの氷槍(攻撃力18、射程3、氷属性の魔法の槍を作り出す)

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