ルチ・フォナ外伝 第8話「暴れ牛と挑む泥んこ奇祭の話」
ピョルカハイム保護区の外、普段ドワーフの商品との取引が行われる外界との境界線は川向こうの崖の先、深く広がる森を越えた辺りにあります。森を避けるように崖道を北に迂回するか、反対に南に迂回して沼地を進むか、それとも森の中を突っ切るように獣道を進むか。ルートは三通りに分かれますが、どう進んでも目的地は同じ、大陸北部から中西部を繋ぐ大陸縦貫鉄道を有する大規模交易道、通称プランドーラ交易道です。
さらに南で大陸横断鉄道とも交差する交易道は、ハルトノー諸侯連合内の物流、鉱物資源の輸送、騎士団の行軍などあらゆる人と物の移動を支えています。
人が動けば物が動き、物が動けば金も動きますので、当然ピョルカハイム保護区との地下交易も行われるわけです。
「崖から先はヒルチヒキ族の縄張りではないんですよね?」
「そう。ヒルチヒキ族、荒野、川、崖まで。向こうの森、緩衝地帯」
緩衝地帯? 部族同士のでしょうか、それとも外の人間と部族側とのでしょうか。なにやら罠や危険が多そうな響きに聞こえますね。
「毒虫、毒鳥、毒蛇、いっぱいいる。普段暮らす、ちょっと不便、でも侵入者防ぐから便利」
なるほど、そこで生活してしまうと有害な、見方によっては有益な毒持ちの生物たちを排除する必要があります。部族側は外界からの侵略を妨げるためにそのままにしているようです、彼らはそうするべきと判断すれば森のひとつやふたつ簡単に焼くのでしょうけど。
「管理する人、いる。ヴァッカレラ族、はぐれ者」
「はぐれ者ですか」
いわゆる村八分的な風習があるのでしょうか。私としては同じ部族同士は仲良くしてもらいたいのですが。
「ヴァッカレラ族、牛の角、兜に着ける」
前もって教えられた知識が正しければ、ヴァッカレラ族は家畜化した水牛と一緒に移動しながら川べりで暮らす遊牧民的な部族です。革と銅板で固めた兜の左右には巨大な角を携えていて、それが彼らの誇りであり象徴なのだそうです。
見た目は蛮族めいていますが、彼らはどちらかというと穏やかな生活を望む気質の持ち主です。無闇に内輪揉めのようなことをするとも思えませんが。
「はぐれ者、牛の頭被る。かっこいい、でも度を越した」
「はぁ……」
基準はよくわかりませんが、ヴァッカレラ族の装飾として牛の角は有りで、牛の頭そのものを被ってしまうのは無しのようです。生活を共にする水牛、もっというと牛という動物種そのものへの敬意があるのでしょう。
「ちなみに彼ら、牛は……」
「食べる。牛の肉、おいしい」
そうですよね、家畜ですからね。もしかしたら牛の頭を被るのは家畜に身を落とす、と連想してしまうのかもしれません。私が推測しても答えは出ませんけど。
「それで、そのはぐれ者さんがなぜ森の管理を……?」
ルチさんは少しだけ難しそうな顔をして、
「理由、色々ある。あとで話す」
説明を後回しにしてしまいました。話しにくい事情があるのでしょうか、それとも見せた方が早いという判断でしょうか。なんにせよ危険な人物でなければいいのですが……。
◆❖◇◇❖◆
どうにか険しい崖を乗り越えた私たちを待っていたのは、段々と緑色に染まる地平に拡がる鬱蒼とした邪悪な森です。ブランドーラ交易道も森を切り拓いて作った道なので、その手前に森があること自体はなんの不思議もないのですが、見た目の雰囲気が妙に不気味なんですよね。ひどく黒く暗く深い、邪悪な悪魔にでも支配されていそうな緑の地獄、そんな気配が漂っているのです。
ハルトノー諸侯連合、さらにはその外側も含めてこの大陸は、ルチさんたちみたいな原住諸部族以外にもエルフやドワーフのような近似種族、ゴブリンやトロールのような亜人種族、オークやコボルトのような獣人種族やモンスターもいるわけで、妙な地形や生態系が節々に点在しているのですが、この森もそのひとつなのでしょうか。教会は、人類の祖である神人バスコミアナに従わなかった者たちの呪いだと説いていますが、一方で考古学者や研究機関は、人間より以前に大陸を支配していたドラゴン種族の影響という邪説を提唱していたりもします。はたまたデーモンが信仰する月の邪神の加護、獣人たちの王たる獣頭の闘神バルデミッドの創造した大地の残滓、途中でめんどくさくなった地母神の気紛れなどの説も無くはないですが、私たちからしたらどれでもいいことです。
重要なのは危険があるかどうか、無事に抜けられるかどうかです。
「ヤクシ・ニィル・ドゥレ! テラーメ・クィ・ロウン、ルチ・フォナ!」
ルチさんが手を振りながら森に向かって呼びかけました。標準語に訳すと『ヤクシお兄さん出てきて。ルチ・フォナが訪ねてきたよ』といった感じでしょうか。比較的親しい間柄の相手に使う言い回しですが、ヤクシさんという方はルチさんのお兄さんなのでしょうか?
……あれ? でも森にいるのはヴァッカレラ族ですよね? ルチさんはヒルチヒキ族、その方がヴァッカレラ族の女性に嫁いだとか、そういう形でしょうか? それとも兄妹分的な間柄の兄ということですかね?
「そもそもルチさん、兄弟いるんですか?」
思い出してみれば、あの集落にルチさんの兄弟らしき人はいませんでした。ルチさんも人の子ですので親がいるはずですがそれらしき方々もいなかったので、現在は天涯孤独なのかもしれません。聞きづらいので今後も問うつもりはありません。ルチさんが天涯孤独でもそうでなくても、ルチさんはルチさんですし、最悪の場合は皮を剥がされてしまうことに変わりはありません。
「ヤクシ兄さん、杯交わした」
「そんな一部地域のマフィアみたいな習慣があるんですね」
「同じ人間、皮剥ぐ、肉食べる。代わり、兄妹分の杯」
世界一嫌な杯です。私は姉妹分ではなく、お友達でお願いしますね。
「おーい、ヤクシ兄さん」
ルチさんが再び森に向かって手を振ると、向こうから大きなたくましい水牛に跨った、すっぽりと牛の頭を被った筋肉質の男が近づいてきました。全身に、特に上半身に大きな痛々しい傷跡が幾つも残っていて、特に左胸に刻まれた傷痕は致命傷のような恐ろしさを漂わせています。よくあんな傷を負って生き延びたものです、私だったら間違いなく死んでしまうような大怪我ですよ。
「ヤクシ兄さん、傷だらけ、いつも通り」
ヤクシさんはゆっくりと左手を上げてルチさんの頭、厳密には頭に被っている獣の頭蓋骨をひと撫ですることで、挨拶代わりに答えました。間近で見ると首の周りにも大きな傷を負っていて、もしかしたら牛の頭の中も酷い怪我を負っているのかもしれません。
じっと観察するように眺めていると、ルチさんが私の視線と興味に気づいたのか、
「ヤクシ兄さん、騎士団、戦った。野戦砲、直撃受けた。顔、大怪我した」
そう簡潔に説明してくれました。野戦砲は敵陣に人の頭ほどもある鉛玉や火薬玉を撃ち込むような武器で、当然ですが生身のいち個人を狙うようなものではありません。体に当たればよくても原型が残るかどうか、最悪の場合は飛び散った肉片になってしまうわけですが……よく生き延びましたね!?
「ノルン、疑い……確かめる?」
そう言ってヤクシさんの牛頭をめくろうとしたので、慌てて止めておきます。
「いいえ、大丈夫です! 疑ってないですから!」
もし牛頭の中身の怪我が見るも無残な状態だと、今この場で失礼なことをしてしまうかもしれません。嘔吐とか失禁とか失神とか、或いはそれらすべてとか。そうなると私の命がいよいよ危なくなります。
ちなみにルチさんの説明では、他の戦士たちと一緒に野戦砲を受けて顔を吹き飛ばされたヤクシさんは、瀕死の状態で逃げているところでルチさんと出会ったそうです。顔から首から大量の血を流して息も絶えかけていたのですが、ルチさんがたまたま運んでいた生贄を一か八かで食べさせると、精霊の加護が宿って命を繋ぐことが出来ました。精霊の加護というより悪魔の呪いかなにかじゃないかと思いますが、とにかく一命を取り留めて、その後もルチさんが生贄の肉を食べさせ続けた結果、現在の状態まで回復したというわけです。
ただし傷はしっかりと残り、体の不自由も残ってしまったので、ルチさんの案で牛の頭をすっぽりと被り、同じく負傷して命を取り留めた戦士たちと森の中で暮らすようになり、せめて同胞たちの役に立とうと外敵の侵入を阻む役目を自ら買って出ているそうです。
確かに酷い見た目で怪我の後遺症もあっては、一緒に生活するのも難しいでしょうね。外の町でも時々、元騎士団だった傷病兵や戦場帰りの傭兵を見かけましたが、その境遇は共通してかわいそうなものでした。生まれが良ければ恩賞や手当てにありつけますが、平民の出身者や傭兵などは物乞いに身を落としたり、酒浸りになって心を病んでしまったり、精神的な疾患に悩まされて命を絶ってしまったりします。むしろ後者の方が圧倒的に多数で、五体満足で帰るために野営地でわざと腐った物を食べて、意図的に後方送りになってしまう人もいるらしいです。
騎士も部族も区別なく、戦いは不幸を手招きしてしまうのです。
少し胸が痛むような気持ちを抱いていると、そんな感傷に浸らせる暇など与えるものかと南の方から奇妙な連中が近づいてきました。全身が砂を塗したように白く、頭には泥を押し固めて焼いた不気味な仮面を被っています。
騎士団からマッドマンと呼ばれている、死さえも恐れない危険な部族、ドゥローミー族です。
森の南側の迂回路、そっちにある沼地は彼らの勢力圏のようです。それにしてもこの辺りまで出てくるのは少々はみ出し過ぎではないかと問いたくなりますが。
「ノルン、森、走る! 戦う、準備!」
ルチさんがすかさず指示を出しました。どうやら交渉の余地など無いようです。
◆❖◇◇❖◆
いつでも森に逃げ込める場所でルェドリア銃を構えました。人狩りの連中から手に入れた一丁で、本来はルチさんの予備の銃ですが、普段は私が預かっていて時々狩りに使ったりしているものです。
未だに人間相手に武器を向けるのは忌避感が強いですが、弓はナイフよりは些かそれが弱まります。弩はそれよりもさらに忌避感が薄れ、銃ともなると忌避感は嫌悪感程度にまで下がります。
おそらく構造と簡易さの問題なのでしょう。ナイフを繰り出すには握って、構えて、危険な距離まで近づいて、さらに腕を振り回す必要があります。弓は距離が取り除かれて、握って、構えて、弦を引くの3動作に減り、弩は発射動作が弓よりも簡略化されます。銃はそこが極端なまでに単純化された武器で、引き金を引くだけで攻撃できます。それでも人間を狙う嫌悪感は残りますが、劇薬を大量の水で希釈するかのように拒絶反応を弱めてくれます。
ルチさんは元々そこに忌避感を感じないので、単純に威力と射程の優位性で銃を欲しがったようですが、武器として銃を手に入れるという発想は正解だったといえます。私のような戦闘に不向きな性格でも最低限の威嚇射撃なら熟せますし、威嚇であっても当たれば当然ダメージを与えることが出来ます。誰しも簡単に対人戦力になり得る武器、それが銃です。
十分な訓練を重ねる騎士団でさえ正式採用する理由が今なら解ります。
(当たるな……当たるな……!)
出来れば当たらないようにと願いながら引き金を引きます。一瞬、胃液がせり上がってくるような嫌な感覚が体を駆け巡りましたが、震えて使い物にならないというほどではありません。私が放った弾丸は迫りくる泥の集団の手前で地を跳ねて、彼らの接近の勢いをわずかに、しかし確実に緩めました。
「ノルン、下手。銃口、下がり過ぎ、距離、もっと考える」
ルチさんが私の隣で呆れながら呟いて、速度を落とした泥の集団に狙いを定めました。引き金を引いた直後、先頭を走っていた泥仮面の頭が前後に揺らぎ、そのまま跳ねるように地面に転がりました。死んだのでしょうか、この距離で仮面の上からだと気絶しただけかもしれませんが、先制の一撃としては充分な成果を果たしたようです。
死を恐れない泥の集団ですが、判断力がないわけでも思考しないわけでもありません。固まって動くのは得策ではないと判断して、10人ほどの集団だった塊から各自散り散りに分かれて進む形になりました。
固まった集団と散らばった敵、どちらが戦いやすいかは私にはわかりませんが、バラバラに動くということは必然的に速さの個人差が発生します。ヒルチヒキの戦士のおふたりが、先頭を弓で射抜いて動きを止めて、強烈な石斧で仮面を粉砕しました。タルダイ族の若き戦士カラさんも蛇腹剣を伸ばして敵の足を止めて、怯んだところにルチさんの放った次弾が背中から腹にかけて貫いていきます。
敵が固まったままだと倒れた仲間を盾にして進まれてしまいますが、散開した状態だとそれも出来ません。そういう意味では散らばらせた方が対処しやすいのかもしれませんね。
(……当たったらごめんなさい!)
私も祈りながら引き金に指をかけて、ルェドリア銃から甲高い音を響かせました。ちなみに外れはしたものの怯ませることには成功したので、戦士のおふたりが殴りかかってくれました。
ところでヤクシさんですが、水牛に乗って高さの利を得ながら藁を運ぶようなフォークを振り回し、泥仮面の頭に突き立てて思い切り放り投げたり、水牛をぶつけて跳ね飛ばした泥の上に圧し掛かって、仮面を叩き割る勢いで石斧を振り下ろしたりしています。
騎士団とも戦ったことがあると聞きましたが、どうやら怪我を負った後でも膂力は健在なようです。
「ヤクシ兄さん、利き腕壊れてる。本来、もっと力ある」
「そうなんですか……?」
そんな風には思えませんが、確かに右腕の動きが鈍いように見えなくもありません。それでも相手を制するには充分なようで、右腕を曲げて肘から先を首に押し当てながら、左手に握った石斧を一方的に振り下ろしています。
仮面を割られて負傷した泥戦士が上体を揺らして逃げようとした矢先に、ルチさんが側面から銃剣を突き立てて完全に黙らせました。
数が半分にまで減った泥の集団は分が悪いと判断したのか、突如として言葉の形を成していない奇声を発しながら、腰に提げていた袋から泥の塊を取り出して一斉に投げつけてきました。泥の塊は中に石片や鉄屑が埋まっていて、頭や肌の露出した部分で受けてしまうと危険です。
こちらはすぐに森の中に逃げ込んだので簡単に当たるものでもありませんが、狙いは私たちへの攻撃ではなかったようです。泥たちは私たちが後退する隙を突いて、急いで負傷した仲間を抱えて走り去っていきました。
あのまま戦っても数ではこちらが逆転していましたし、仮に戦い続けても精々が痛み分けで終わったでしょう。適当なところで撤退して立て直すのが賢い選択肢です。もう二度と来ないで欲しいですけどね!
「ルチさん、急いで森を抜けましょう! 泥軍団の相手はもう嫌です!」
「一理ある。ドゥローミー族、しぶとい。倒れた、ひとりだけ」
あれだけ殴ったり撃ったりしたのに、仕留めたのはひとりだけだったようです。なんという強靭な連中なんでしょうか、まあ私は結局1発も当ててないわけですけど。
「戦利品、これだけ。残念」
ルチさんは銃弾で貫かれて息絶えた戦士から泥の仮面を剥がして、両手に抱えながら持って帰ってきました。そんな物騒なもの今すぐ捨てなさい、って言いたいところですが、あの戦士を倒したのはルチさんですし戦利品を貰う権利は当然ルチさんにあります。
でも気味が悪いので布にでも包んでおいてくださいね。ヒルチヒキ族のみなさんの髑髏の面とは別の異質さがあるんですよ、その泥面には。
「ヤクシ兄さん、ドゥローミーの面、被る?」
「……」
当然、ヤクシさんは牛の頭ごと首を横に振って断ったのでした。
▶▶▶「大地を駆ける鉄の馬車と田舎のおのぼりさんの話」
≪入手アイテム≫
硬質な泥面×1
≪加入ユニット紹介≫
種 族:ヴァッカレラ族(男、24歳、属性:雷)
体 格:178cm、85kg
クラス:ヴァッカレラ族(レベル6)
移 動:4↑2↓3(水兵)/移動4↑1↓2(騎馬・水上)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 26 12 3 6 3 16 7 6 1 3
職補正
装補正 1 5
成長率 60 10 35 45 30 40 20 15 10 10
【スキル】
【個人】生還した獣(30%の確率で戦闘不能から自動回復)
【種族】簡易テント(川・湖・沼地限定、HP20%回復するテントを設置)
【習得】水牛(移動4↑1↓2/騎馬・水上)
【習得】水汲み(水上を移動時に自動的に水を入手する)
【??】
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:D 斧鎚:D 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:D 学術:D
【装備】
カウフォーク 威力17(5+12/素材入手・採集)
石斧 威力16(4+12)
魚鱗のお守り 魔力+1、命中+5
【所持品(3)】
水×2
≪エネミー紹介≫
ドゥアベペ
種 族:ドゥローミー族(男、30歳、属性:土)
体 格:169cm、66kg
クラス:ドゥローミー族(レベル6)
移 動:4↑2↓3(水兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 25 9 0 5 1 12 3 8 0 0
【スキル】
【個人】泥の尖兵(先頭で行動時、命中回避+10)
【種族】マッドマン(沼地・土系の地形にいる時、守備+3)
【装備】泥ボール(射程3、0~9ダメージの間接攻撃を行う)
【??】
【??】
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:D 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:D 銃砲:E
体術:E 探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
石器の剣 威力11(2+9)
硬質な泥面 スキル:泥ボール
【所持品(3)】
硬質な泥面×1