ルチ・フォナ外伝 第42話「荒野の保安官Ⅲ」
ヒルチヒキ族の集落は近いようで意外と遠い。明るい内に馬を走らせて夜は野営を繰り返して、遅くとも10日もあれば辿り着けるものの、道中は野盗や他の部族との衝突も充分にあり得る。開拓民の安全の確保も仕事の内、保安官としてその手の輩を放置しておくわけにもいかない。
ピョルカハイム保護区の部族や敵対的な亜人種族であれば排除、保護区の外に籍を持つ人間であれば逮捕しなければならないのだ。
「隊長、野盗がいます!」
「隊長、違法な人身売買の輩です!」
「隊長、ゴブリンの痕跡を見つけました!」
「隊長、マッドマン共です!」
「すべて片付けるぞ! 俺が正面から仕掛ける、お前らは左右から周り込め!」
……いや、多過ぎない? 雨期の後で活動的になってるのかもしれないけど、こうも敵だらけだとヒルチヒキ族を捜す暇がない。
「ああ、もう、めんどくさい! 邪魔!」
私も魔道書を開き、バントライン隊の銃撃に怯む野盗の横っ面を叩くように、電撃を内包させた光球を撃ち込んだ。
それにしてもバントライン隊、拳銃という補助的な武器を敢えて主力として使っているにしては、中々どうして攻撃力が高いパーティーに仕上がってる。
隊長のワイアットは目にも止まらぬ早撃ちや神業のような素早い装填で、単発式のはずのピースメーカーでまるで2丁持っているかのような銃撃を繰り出せる。隊員たちも全員が左右同時に拳銃を扱い、右手のピースメーカーで正確に狙いながら、左に握ったヴァルクアン携帯銃で弾をばら撒くように撃ちまくる、という曲芸めいた技能を持っている。
上から下までしっかりと鍛えられた悪くないパーティーだ。
一方、私は銃の腕では数段劣るけれど、私の本業は魔道士で暗殺者だ。魔道書から拳銃、毒ナイフから小さな毒針まで、とにかく手数と種類で勝ち切るのが私の流儀だ。
光球に面食らった野盗に向けて、拳の内に握り込んだマルクレール掌銃を放つ。武器を落とした相手の背後に回り込みながら、必殺の一撃へと移行する。
そんな時に用いる道具は硬質ガラスを研ぎ澄ませた剣だ。脆く壊れやすいという欠点はあるものの、透明な刃はただでさえ捉えるのが難しく、死角から斬りつけられたらまず見えない。まれに異常な機器察知能力の持ち主が飛び退いて避けることはあるけど、そんなのは本当にまれで、しかもそのほとんどは同じガラスの剣を使う暗殺者。前のめりになっている野盗では絶対にかわせない。
「仕留めた!」
手首から先を失った血塗れの野盗に、念のために光球を食らわせて次の標的へと移る。
さほど多くない出力を姑息な立ち回りと卑怯な道具で補い、確実な隙が生まれた時に必殺の一手を繰り出す! これがレフティーマの猟犬と呼ばれるアンリエッタ・ミースの戦い方だ!
……いや、自慢にはならないよ。それくらい自分でもわかってるから。
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保安官の活動範囲はかなり広い。敵対者が逃走を図った場合は追跡しないといけないため、最悪の場合は7日ほど追跡し続けることになる。この7日間というのは逃走幇助や裏取引の疑いを避けるための期間で、日数になにか根拠があるわけじゃないけど、さすがに7日も追いかけ回したら仕留め損ねても勘弁してやろうという意味合いがある。
当然、人権や労働法のような概念は存在しない。教会や騎士団が優遇してくれるのは、上納金を多く払ってくれる金鉱脈だけだ。
もちろん保安官やこれといった後ろ盾のない魔道士が優遇してもらえるはずがないので、我々は自力救済を試みる必要がある。そうして作られたのが補給小屋だ。
補給小屋は元々は冒険者が互助会的に利用していた建物だ。小屋を利用する者は中に用意された薬品や包帯なんかを自由に使える、その代わりとして次の利用者の助けとなる薬や備品や武具を置いていく。なにも持たざる者はせめて金を残していく。それすらも無い者は情報を残していくのだが、正直言って不平等の感は否めない。あくまでも富める者が貧しき者を助ける善意の施しで成り立っている仕組みだ。
「食い物や水は期待してないが、寝泊りには充分だろう。俺たちは隊を半分に分けて、片方は拘束した野盗たちを駅逓街まで連行する。もう半分はここを中継拠点にしてヒルチヒキ族の集落を探す。アンリエッタ、お前はどっちでもいい、好きに選べ」
補給小屋を見つけたワイアット隊長は、そんな提案を投げかけてきた。往復10日ほどの距離を移動するか、この地に留まって偵察を務めるか。どちらも絶対的な安全とは程遠いし、どっちが楽という話でもない。ついでに女だからこその厄介事も付いて回るから、どっちがいいとも言い切れない。
だったら自分で考えた第3の提案をするべきだ。
「隊長、私が先行偵察に出るってのはどうですかね? 目立たないように単独行動で移動して、外れっぽい場所を探してきます。翌朝には成果報告に戻るようにするんで、もし帰ってこなかったらその方角にヒルチヒキ族がいると判断してもらっていいです」
私の提案は闇雲に探すよりは、おそらくいないであろう場所を潰していくというものだ。全員で固まって闇雲に探し回るよりは、索敵範囲を狭めていく方がずっと消耗が少なくて済む。
「なるほど。先回りして調べて可能性を潰していくのも悪くない。が、戻ってこないのは許さん、這ってでも帰ってこい」
ワイアット隊長はそんなお優しい言葉を返して、ついでに私に数日分の水と食糧を持たせてくれた。
「では、行ってきます」
私は鞄に地図と装備を詰め込んで、比較的危険度の少ない外れルートへと馬を走らせた。
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ヒルチヒキ族は険しい岩壁を選んで集落を築くと聞いている。
理由は幾つか推察出来るが、おそらく部族間同士の抗争を避けるためだろう。比較的暮らしやすい平野部には頭のおかしいマッドマン共がいるし、労働力や娼婦を集める業者との遭遇率も高くなる。暮らしやすいということは、同時に競争率も高いということで、おまけに逃げづらいということだ。
その点、岩壁は暮らしづらく食糧も少ない半面、馬車で商品を運べないため業者も手を出さない。マッドマンや他の部族はよくわからないけど、移動の制限される岩壁は待ち伏せにも適している。上を陣取って迎え撃てば、余程の戦力差がない限り負けることはない。
人を食らう頭のおかしい部族の割によく考えられている。
平野部で出くわす可能性は少ないと思うけど、奴らも食べ物がないと生きていけない。狩りのために降りてきて、今みたいに単独行動をしている獲物を狙って仕掛けてくる可能性もある。
遭遇率の低そうなルートを走っているけど、油断は出来ない。そもそも敵はヒルチヒキ族だけではない、他の部族も基本的に友好的ではない。保護区なんて名前で呼ばれているけど、ガイドも警備もいない猛獣園みたいなものだ。
しかもその猛獣共は人間並みの知能を使って、おまけに最近では金属製の武器まで振るってくるのだ。決して油断は出来ない。
「とはいえ、外れルートだけあってそれらしい気配はない」
地形の隆起を利用して馬を岩陰に繋ぎ、垂直方向に筒を伸ばした望遠鏡を覗いてみる。本来は塹壕戦や密林で使うハルダウン用の望遠鏡で、筒の内部には反射鏡を仕込んである。身を低く屈めたまま身長ほどの高さで視野を確保できるのが利点で、鞄の中で嵩張るものの身を隠したまま索敵を行う時には便利だ。
ぐるりと先端だけを回転させて周囲を見渡してみたところ、野生の獣はちらほらと見かけるものの人間らしき姿はない。
ここまでの道中が補給小屋から馬で数時間ほど、この区間の安全は確保されたとみてもいい。
日が陰るまで2時間ほど、もう少し先に進んでみるか、このルートに見切りをつけて野営の準備に取り掛かるか。
……移動先で敵と遭遇しても面倒か。馬の体力も考えて、この辺りで休むことにした。
カバンから取り出した暗い土色の布を広げて馬に被せ、私も風と砂を避けるために同系色の布を纏う。これで遠目には岩の陰にしか見えないし、あと数時間も経てば完全に闇夜と同化できるだろう。
必要最低限の乾パンと水を口に放り込み、静かに目を閉じる。戦術魔道騎士としての訓練を受ける時に念入りに仕込まれたのが野営、正確には外で眠るための技術だ。その性質上、単独行動をする機会も多く保護区の内側に潜伏することも多い私たちは、いつどんな状態でも1分以内に眠りに落ち、どれだけ深く眠っていても僅かな物音や気配も逃さずに感知する技術を習得させられた。
やろうと思えば真昼の太陽の真下でも上を向いて眠り、どれだけ疲れていても布の上に落とした縫い針ほどの変化で起きることが出来る。
真水に珈琲でも溶かすように、意識を暗く深い水底へと沈めた。
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「いいかい、アンリエッタ。このレフティーマの地には神の慈悲も慈愛も降り注がない。どれだけ自らの手を汚そうとも、たとえ腐肉を食らい泥水を啜ることになろうとも、己の足で立ち上がり己が意思で生き延びるのだ。それがレフティーマの猟犬の生き方と心しておけ」
先代の猟犬は老いぼれた暗殺者だった。偏屈なじいさんで用心深く臆病で、決して他人に心を開かず、口に入れるものから身に着けるものまですべて自前で用意する周到さの持ち主だった。村外れの廃屋のような小屋にひっそりと隠れ住み、夜のカラスの名を冠する刀身も柄も鞘もすべてが黒い剣を肌身離さず抱えていて、最期はベッドの上で孤独に暗殺者らしくない死を迎えた。
老いぼれ犬の用心深さは弟子である私に受け継がれ、夢の中に姿を現すようになった。この老犬が現れた翌日は必ず不吉なことが待ち構えていて、私が死線に踏み込むことを告げる安全装置の役割を果たしてくれている。
「そうだ、面白い話をしてやろう。前に教会の魔道士と話した時のことだ。奴は仕事のターゲットで余程あくどいことをしたのだろう、なるべく痛めつけてくれと頼まれていた。儂は奴の手足の腱を切った後で、両目を抉ってやった。どうしてだと思う?」
「神の実在証明のためでしょ。何回聞いたと思ってんだよ?」
「そう、本当に神がいるなら、絶体絶命の危機でも奇跡を起こして下さるはずだ。神よ、私の愛する神よ、私をこの過酷な運命からお救い下さい! この残忍な悪魔に天罰をお与え下さい! ああ、神よ! 我らが心より敬う偉大なる神よ! 私をこの窮地から救い給え! ああ、神よ! 神よ!」
なんてひどい駄犬だ。こんな奴は絶対ろくな死に方をしないに決まってる。現実は神もこんな輩にまで慈悲を施してくれたのか、存外悪くない死に方を迎えたわけだけど。
「ま、ついぞ神の奇跡は見ることは叶わなかったがな」
あんたがベッドの上で死ねたのが奇跡だと思うよ、とでも言ったら機嫌を損ねそうなので黙っておく。死んでもなお喧しくて面倒臭いのだ、この老いぼれ犬は。
「いいか、お前はどちらかというと優秀だが、いかんせん物忘れが多い。人間という生き物がどれだけ残酷で救いがたい姿をしているのか、何故かお前はコロッと忘れてしまう。儂が顔を合わせる度にこんな胸焼けしそうな話をするのは、マヌケに人間の本質を忘れさせないためだ」
いや、絶対に単なる自慢話だ。この気狂い犬は初対面の頃からそういう悪癖がある。
「何度でも釘を刺しておくぞ。人間は誰も信用するな、魔道士も騎士も冒険者も酒場女や商人も、家族や恋人や友であってもだ。他人を自分と同じ生き物だと思うな、同じ素材の皮と体毛に包まれているだけの悪魔だと思え。信じていると疑わせない顔のまま、腹の底では疑いを持ち続けろ。でなければすぐにでも墓穴に放り込まれるぞ!」
一体どんな生活送ったら、こんな人間不信の社会不適合者に仕上がるんだか。この不信犬の過去は聞いたことが無いが、想像するのはそれほど難しくない。その深みに潜るのは私の経験値ではまだ無理かもしれないけれど、安っぽい言葉を並べてみせるくらいは出来ると思う。ただ死人の過去なんて錆びた針ほどの役にも立たないから、いちいち思いを寄せたりもしない。
「じゃあ、そろそろ起きるから」
「そうか、また来てやるから今度はお前が面白い話を用意しておけ」
レフティーマの老犬はそう吐き捨てて、幽霊のように夜の闇へと溶けていった。
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「馬、急げ!」
目が覚めた瞬間に体を跳ね上がらせて、布を剥ぎ取りながら馬の背に跨った。
暗い荒野を走らせるのは馬には申し訳ないが、もし不吉なことが起こるとしたら危険の見当たらないこの辺りではなく、ワイアット隊長とバントライン隊が滞在している補給小屋の可能性が高い。
周辺部族からの襲撃か、野生の獣の襲来か。天災はさすがに無いとして、彼らの命に係わる不吉が訪れるのは間違いない。特段愛着が湧いたわけでも情を抱いたわけでもないけれど、さすがにこうも立て続けに味方の手駒を失っては、教会本部からどんな嫌味をぶつけられるか分かったものではない。
最悪、戦術魔道騎士団から除名されても別に構わないが、重大な失態を犯した背信者として追われる身になるのは避けたい。
私の潔白の為にもせめてひとりでもふたりでも、無事に生き残ってもらわなければ……!
馬の尻を叩いて荒野を急ぎ、ようやく到達した私を待っていたのは、
「くそっ……遅かった……!」
無残にも崩れかけて血に染まった小屋の残骸だった。
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