もぐれ!モグリール治療院 第13話「禁域調査に向かおう」

鞄にテント、寝袋、ナイフにピッケル、バケツ、ポーション、治療薬、包帯、強めの酒、油にランタン、火薬、塩と干し肉、保存食糧に手鍋に食器、地図、紙、ペン、磁石、ロープ、カラビナ、ペグ、望遠鏡、着替えと毛布、武器、さらには荷物を乗せて運ぶ荷車、雨風を凌ぐ幌、それを引っ張る牛馬。長期の冒険はとにかく荷物が増える。
鉱山が見つかった時に一番儲けたのは鉱山師にマトックとバケツを売った商人だ、っていう話があるけど、冒険者が調査に向かった時に一番儲けるのも、やっぱり商人だったりする。特に禁域調査みたいな大規模行軍ともなると、人の数だけ道具が売れるんだから、お店の人たちは笑いが止まらないと思う。

「よし、こっちはだいたい揃った!」
「準備、万端!」
モグリールの禁域調査に同行するのは私とルチ、クアック・サルバー、ヤーブロッコの4人とゴーレムが1体。ほんとはゴブゴブズたちも連れて行きたいけど、ほとんど人間しかいない他のパーティーと歩調を合わせる必要があるっていう助言と、同時に私が留守の間に拠点を守る戦力も必要という理屈で、うちの参謀で二番手にいるでっぷりにゴブゴブズやピギーたちを率いてもらい、ついでにタコと羊の世話も任せることにしたのだ。ちなみに同行しても問題ないはずのシケモクとカストリは、そんな辺鄙なとこに行けるかってことで居残り。でっぷりと一緒に拠点を守らせている。
「君たち、留守は頼んだぞ!」
「戦利品、期待、任せる」
私とルチとゴーレムはみんなに見送られながら、モグリールたちと合流するため、大荷物を担いで冒険者ギルドへと向かった。

「おっ、ヤミーちゃんが来たようだね」
「結局お前も禁域に挑むんだな」
冒険者ギルドに入ると、鴉の嘴みたいな面を被ったクアック・サルバーと、山のような荷物を背負ったヤーブロッコが隅っこの席を陣取っていて、周りには二人と顔見知りらしき腕の立ちそうな冒険者が何人か、椅子に腰掛けたり、壁にもたれ掛かったりしている。全員結構な大きさの弓を背負っていて、特にベテランの風格を漂わせる中年男の弓は、近接戦主体の私でも並ではないことが一目でわかる。
「彼らはランシア狩猟隊、今回の調査で一緒に行動することになってる」
「リーダーのヘイルワードだ。モグリールとはちょっとした腐れ縁ってやつでな、どうせ背中を預けるなら勝手知ったる相手がいいってことで、今回同行させてもらう。よろしくな、ヤミーちゃん」
「よろしく」
差し出してきた手をぐっと掴む。指に染み付いたタコが膨れて固まり、まるで老樹の節くれのようにゴツゴツしてる。これは相当な鍛錬を積んだ証だ、これだけでも腕は信用が置ける。
「ちなみにヘイルワードは食事と睡眠以外の時間を弓の練習に費やす変人だから、きっとヤミーちゃんと気が合うよ」
……合わないよ? 別に私は修行中毒者とかじゃないから、暇があったら時間潰しに案山子を殴ったり、薪を割ったり、猪を捕まえたりしてるだけで。

「おっ、そっちの部族のお嬢さん、お前も弓を使うのか」
「弓、使う。でも銃、主力」
「なに、狙うことに関しては弓も銃も通ずるところがある。ちょっと教えてやろう」
どうやらヘイルワードは弓の練習だけでなく教えるのも好きみたいで、ルチを捕まえてあれこれと教え始めた。弓の構え方から始まって、微妙な腕の高さや動かし方まで事細かに説明している。
「あー、いつものことなんで、あんまり気にしないで」
「一通り教え終わったらおとなしくなるんで」
私としては得しかないからいいけど、ちょっとお人好しが過ぎるような気がしないでもない。なんかこういう人ほど、味方を庇ったりして死んでしまいそうな……。
「ちなみに親切なのは教えてる時だけだから」
「弓以外、ほんとに興味がない人なんで。極端な話、俺たちが大怪我しても気にもしない」
なるほど、確かに弓の話は楽しそうにしてるけど、ピョルカハイム保護区の部族がなんでこの町にいるのかとか、どういう経緯で冒険者になったのかとか、そういうルチ本人の部分には一切興味がないように見える。それこそ味方が弓で射抜かれたら、味方の傷よりも相手の技の方に興味を示しそう。

なんて時間を潰していると、カウンターの方で鳥の巣みたいな頭をした男が、ドンッと大きな音を鳴らしながら手元に拳を降ろした。あのもじゃもじゃ頭はモグリール、普段はひょうひょうとしたなに考えてるかわからない雰囲気の男だけど、今日はわかりやすく焦りと苛立ちを顔に浮かべてる。
「どしたの?」
「ヤミーちゃんも来てたのか。どうしたもなにも禁域調査の申請に来たら、いきなり今回は駄目だと言われてな。ふざけた話だ」
受付のお姉さんが申し訳なさそうな表情で、モグリールをじっと見つめている。まあ、お姉さんが許可を出したり引っ込めたりするわけじゃないから、ここで怒ってもしょうがないんだけど、それにしてもいきなり駄目とはどういうことなんだろう?
「なんで?」
「詳しい話は私もわからないんですけど、つい先ほど禁域付近の町から速達が届きまして」
なにか危険な物でも見つかったのかな? 得体のしれない魔法の道具とか、呪われたデーモンの干し首とか、致死性の猛毒ガスとか、それこそドラゴンの卵とか。
気がつけば私たちの後ろに、他の冒険者たちもぞろぞろと集まってきて、なんだなんだと不思議さや不安さを顔に貼りつけて覗き込んでいる。

「現在わかっている情報だけお伝えします。禁域調査の拠点アングレーダ要塞が陥落しました、周辺の町や集落も含めて生存者はゼロ、或いは限りなくゼロに近い状況です。シェーレンベルク騎士団は禁域内部の勢力、もしくは亜人の国オルム・ドラカによる攻撃と判断し、騎士団とスルークハウゼン治安維持部隊の派遣を決定しました」
治安維持部隊? 私が目を丸くしていると、ヤーブロッコが要するに軍隊のことだと耳打ちしてくれた。スルークハウゼンは周辺開拓の拠点のひとつでもあって、近隣でなにか紛争とか抗争とかが発生した場合、騎士団とは別に武装した治安維持部隊を派遣することになる。この部隊は組織的には騎士団直轄だけど、兵力の半分はラステディン教会やオルトア商業連合の兵隊で構成されていて、指揮権自体はスルークハウゼン軍部にあるのだとか。
よくわからないけど、簡単にいえば騎士団であって騎士団とは違う動きをする部隊ってことらしい。
「冒険者ギルドは開拓部都市計画課に属するから、冒険者を戦地に派遣するのは越権行為に当たる。その辺りはお役所仕事の弊害ってやつだな」
クアック・サルバーが肩をすくめながら説明して、まだ何も書かれていない紙切れを1枚取り出してみせた。
「つまり軍部の許可があれば構わないわけだ。用意できないこともないが、モグリール、どうする?」
「どうするもなにも、こういう時のためのお前の技能だ」
「了解。実に明確な回答だ」
真っ白な紙にペンを走らせようとした瞬間、受付のお姉さんが紙を引っ手繰り、くしゃくしゃに丸めて床に投げ捨てた。

「いいですか。騎士団の出動があったということは、許可があろうとなかろうと、禁域への立ち入りは重罪と見做されます。我々冒険者ギルドの立場では、助けるどろこか庇うことも出来ません。なので絶対、無謀なことはやめてください」
目に薄っすらと涙を浮かべながら、全員にそう言ってのけたのだった。


◆❖◇❖◆


受付のお姉さんの必死の説得もあってか、大所帯のパーティーや名のある連中は禁域調査からは手を引いて、というか引くしか選択の余地はないわけだけど、あっさりと手を引いた。マイルズファミリーやペストリア舞踏団のように、それでも行くぞといって出発したパーティーも中にはいるけど、お姉さんの口ぶりから考えると無謀としか言いようがない。
そういうわけで私たちも計画から見直し、同行予定だったランシア狩猟隊も一旦様子見することにした。
「俺は行っても構わんのだが」
「いやいや、リーダー、やめてくださいね。今回ばかりは洒落にならないっすから」
「モグさん、リーダーを誘惑しないでくださいね。この人、思い立ったら騎士団相手でも矢をぶち込む人なんで」
ヘイルワードは最後まで、騎士団を黙らせればいいのなら今からでもひとりふたり脳天を射抜いてくるが、とかなんとか心強い言葉を掛けてくれたけど、仲間達に説得されて拠点にしている宿まで運ばれていった。
あの人、面白かったな。そのうち仲間に出来ないかな?

「どうするんすか、モグさん。さすがにギルドに楯突いてまで行くのは反対ですよ」
「私はどちらでも構わないよ。行くのであれば協力するし、今回は諦めるのであればそれもまた仕方なしだ」
こっちはこっちで意見はまとまってない。モグリールは是が非でも行くと言ってるけど現実的には道が閉ざされている、ヤーブロッコは元々スルークハウゼン生まれなこともあってギルドや騎士団から睨まれたくない、クアック・サルバーはなに考えてるかわからないけど、今のところどっちでもいいと判断を委ねている。
仕方ないなあ、ここはひとつ私が意見をまとめてやろうじゃないの。
「こほん、君たち、まあ一旦落ち着きなって」
「ヤミー、落ち着いてる、みんな、既に」
ルチが後ろから突いてくるけど、まあ君も一旦落ち着け。私に全部まるっと解決するような名案があるから。

禁域に踏み込むにはハルトノー諸侯連合側、今回潰された西から進むルートの他に、南に大きく迂回してフィアレアド王国を経由するルートと、もっと大きく迂回して海から大陸の東側まで進んで、反対側から向かうルートがある。
いうまでもなくハルトノー諸侯連合はフィアレアド王国と国境線を巡って戦闘中、普通に考えたら入れてもらえるわけがないけど、国境線全部が常に争っているわけではないし、あくまで小競り合いなので互いに攻めにくい山岳地帯なんかは警備が手薄になってたりする。また近隣の村から追いやられた難民のキャンプが国境線を跨いでいたり、互いに亡命してたりもするので、そこに混じって抜けてしまおうというのが、このルート偽装難民。
そして海路だけど、大陸の東に行くには危険な海域を越えていくしかないので、現実的には難しいとされるけど、決して不可能とも言い切れない。シェーレンベルク騎士団領を経由してラティメリア港まで向かい、そこから大陸南部のハルトノーでもフィアレアドでもない未統治地帯まで海路を進み、そこから大陸南端の海岸沿いをちまちま進むルートが存在する。海だって陸地から離れすぎると危険だけど、その土地にだって漁師もいれば釣り人だっている。陸路だって道が途絶えていても、岩山を登るなり密林を抜けるなり出来ないわけじゃない。無理矢理獣道を抜けてしまえっていうのが、こっちのルート端っこ珍道中。

という情報を私はさも予め調べておいたように語ってみせた。実際はマイルズファミリーの輩っぽい親子から教えてもらったことを、そのまま説明してるだけなんだけど、その貴重な情報を手に入れたのは私。あとルート名も私の命名。つまり私の手柄であることに違いないのだ。
「受け売り、横流し」
「いいの。私の手柄だから」
ちなみにマイルズファミリーはどちらも選ばず、さも町の復興に協力しますよという形で近づき、どさくさに紛れて侵入するタイミングを待つって言ってた。上手くいくかどうかは知らないけど、とにかく近づくって選択肢は間違いでもないと思う。


「どうする? 偽装難民するか、端っこ珍道中するか」
私は自信満々にモグリールたちに選択肢を突きつけた。
我ながら名案だと思う。どちらにしても騎士団やギルドの指示には反してない、冒険者が勝手に町から離れるのも国外に出てしまうのも個人の勝手だ。そもそも私はノルドヘイムの民だから、完全に自由の民だったりするし、ルチに至ってはピョルカハイム保護区から既に出ちゃってる。なにを今更って話なのだ。

モグリールたちは少しの間、お互いに顔を見合わせて、やがてひとつの答えを出した。


◆❖◇❖◆


「というわけで禁域調査に向かうべく、まずはフィアレアド王国との国境線に向かう!」
「まずはってなんなんだよ、まずはって……」

拠点に戻った私とルチを、でっぷりが呆れた目で出迎えた。
そう、モグリールたちが選んだのは、あくまでも『まずは』なのだ。どっちにしても難しい道なので、スルークハウゼンからまだ近い側の国境線に向かい、抜けれそうだったら抜ける。もし無理そうだったら引き返して海路に進む。
ちょっと後ろ向きな気もするけど、判断としてはそんなに悪くない。だって圧倒的に距離が近いのはルート偽装難民なのだ、試しに行ってみる価値はある。
「それで事情が変わったから、みんなにも来てもらうことにした!」
そう、正攻法で行けなくなった時点で、歩調を合わせるべき他のパーティーもいない。誰かに気を使う必要もないので、堂々とみんなを連れていけることになったのだ。
「オヤブン、拒否権ハ?」
「そもそも私たちは禁域に行きたいわけではないのですが」
「そうだぞ、ここは個人の意思を尊重してだな」
……なんて薄情な奴らだ! このパーティーのリーダーで親分で中心人物でかわいいみんなのヤミーちゃんが、危険を顧みずに禁域に挑むというのに、誰も一緒に行こうとしないなんて!

「人徳、出る、こういう時」
「うるさい! 私が行くと言ったら行くの! みんな、準備準備!」
私はでっぷりたちの尻を蹴飛ばしながら、出立の準備を急かしたのだった。


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≪NPC紹介≫
ヘイルワード
種 族:人間(男、39歳)
クラス:スナイパー(レベル26)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 35 19  3  9  7 54 11 21  7 10  4↑3↓4(歩兵)
成長率 30 35 10 20 15 40 20 20 15 20

【技能】
短剣:C 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:A 体術:E
探索:B 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:D 学術:C

【装備】
魔弓の射手   威力27(8+19)
鋼の短剣    威力26(7+19)
クリフモンキー 跳躍(↑↓)+1

【スキル】
【個人】先読み射撃(間接攻撃を受けた際、命中%で先制反撃する)
【基本】命中+5
【下級】命中+10
【中級】弓兵の雇用(アーチャーの傭兵を呼び出す)
【上級】必殺必中(次ターンに命中100%・高確率でクリティカル発生の狙撃を行う)
【奥義】夢想弓(弓での攻撃が絶対に命中する、但しHPが20%以下になるまで操作不能)

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