ルチ・フォナ外伝 第34話「雨と共に現れる怪物の話」

不毛の大地と呼ばれるピョルカハイム保護区ですが、私たち外の人間の採用している月日にして2ヶ月ほどの雨季があります。普段はほとんど雨の降らない乾いた大地にそれまでの十月が嘘のように大量の水が注がれ、渓谷は水瓶のように半分ほどが沈み、川べりや低地は見る見るうちに遠浅の湖へと姿を変えてしまいます。これを恵の雨と捉えるか日常を飲み込む恐怖と捉えるかは部族によるのでしょうが、地図が意味を成さないほど形を変えてしまった荒野はもはや別世界のようです。変わっていないのはこんな時期にもかかわらず、世界から取り残されたように雨が降らない砂漠くらいでしょう。
私たちの拠点も洪水に備えて、動かせるものは元々ルチさんの暮らしていた岩壁のヒルチヒキ族の集落に引っ越し、他の部族のみなさんも一旦自分たちの集落に戻ったり、帰る場所のない人たちや出稼ぎに来ていたドワーフの商人は砂漠のタルダイ族のオアシスに身を寄せることとなり、解体に近い形で散らばってしまいました。

「拠点もそうですが、こんなに雨ばかりだと嫌になりますね」
「今の内、雨溜める。雨期終わる、釣り堀、出来上がり」
ルチさんは雨期に備えて拠点に大きな穴を掘り、雨水を溜めて釣り堀を作るつもりのようです。いつの間にそんなもの用意してたんですか。
ルチさんの行動力には驚かされますが、釣り堀があれば魚の養殖も出来るかもしれません。仮には危険が伴いますし必ず獲れるわけではありませんからね、安定した食糧の確保は拠点を運営する上で強みになってくれます。水質の維持など現実的に乗り越えないといけない問題も多そうですが、作ってみる価値は大いにありです。
ここから眺めている限り、拠点は大半が水に覆われていてどこに釣り堀があるのか確かめられませんが、きっと素晴らしい施設が出来上がってくれると願っておきましょう。

しかし雨期があるのは知識として知っていましたが、これほどのものとは思っていませんでした。しとしとと弱く長い雨でも続くのかと思いきや、毎日が絶え間なく続く嵐のようで雨粒は強く叩きつけるように落ち、時として小屋や防護柵を薙ぎ倒すような暴風が襲い来るのです。
これでは狩りに出ることも容易ではありませんし、釣りに向かうのは危険を通り越して無謀です。水に困ることは無さそうですが、外に出ずに干し肉や干物を齧るだけの毎日は気が滅入ってしまいますね。しかしこの雨では野盗や人狩りも悪事を働けないでしょう、狂気じみた攻撃性を持つアルバディー族やドゥローミー族もさすがにおとなしくしているでしょう。
騎士団や教会もこんな時期に仕掛けてくるとは思えません。彼らの行軍には大量の食糧と消耗品、それを運ぶための馬車、さらにその馬車を動かすための道が必要になります。地図が役に立たないほど状況が変わり、水没せずとも車輪が沈んでしまうほどぬかるんでしまっては行軍そのものが不可能です。
平和という意味ではこの退屈さも日々の充実といえるのかもしれません。

「このまま雨期が終わるまでおとなしく過ごしましょうかね。こちらに来てからずっと忙しかったですし、ちょうどいい休暇とでも考えましょう」
スルークハウゼンから帰った後も多少休んだような気もしますが、今振り返るとあれは休暇とは言えません。あの後すぐに他の部族との交渉に向かったり、ピョルカハイム法の改正や大地を引き裂く大蛇のせいで移動ばかりでしたから。休暇というよりは一時的な休息、むしろ困難に備えるための準備期間だったといえます。
「危険、時々ある。雨の時期、怪物現れる」
ルチさんが聞き捨てならない発言を繰り出しました。怪物ですって? こんな視界が涙目のようになるような悪天候でそんなものが現れたら、平和や休暇どころの話ではありません。まともに身動きの取れない岸壁に掘られた横穴、そこに建てつけただけの雨除けと簡易的なテント、こんな行き止まりのような場所で襲われたら命の保証がありません。

「早く対策を立てましょう。その怪物はどんなものなんですか?」
「怪物、水の底から現れる。水魔、そう呼んでる」


◆❖◇◇❖◆


水魔とはその名の通り、水の底から這いだす魔物です。姿は先日遭遇したカバに似たものやベヘールに近いもの、セイウチやワニのようなものなど様々ですが、共通する特徴として雨期に川底や湖底から姿を現し、人間の言葉のような鳴き声を発するそうです。また人間のように道具を掴める腕があるらしいので、もしかすると獣人に近い種族なのかもしれません。
ちなみにヒルチヒキ族のみなさんが知っている範囲では、水魔は言葉に似た鳴き声を発するものの会話は成立せず、問いかけに対して正しく答えることはなく、あくまでも誰かの発した断末魔の言葉などを真似ているだけと考えられています。
モンスターの中には人間の言葉を真似て誘き寄せるものもいますので、水魔にもそういった生き物なのかもしれません。なにせ普段は水底に隠れていて、雨のほとんど降らない乾季には一切姿を現すことが無いのですから。
この大雨で私たちがじっとしているしかないように水魔は雨がなくては動けない、そういった仮説も立てられそうです。

どのみち危険は避けて通るに越したことはありません。触らぬ神になんとやらです、この世界に神など存在しませんが、それでも危険は触れるべきではないでしょう。


◆❖◇◇❖◆


「それで水魔はどのように対策すればいいのでしょう?」
「水魔が動く、水が必要。水のない場所、大丈夫」

なるほど、少なくともこの横穴の中は大丈夫そうですね。
周りの様子を改めて見てみましょう。視界は無いに等しいほどの雨です、普段は荒野の拡がる岸壁の下はすべて水に浸かっています。岸壁を移動するための通路も水浸しで、場所によっては人工的に作った滝のように大量の雨水を吐き出しています。仮に水魔が通路の部分まで来てしまうことがあれば、私たちに逃げ場は無いともいえますね。

「ルチさん、聞き忘れていたのですが、水魔というのは例えばバイソンやサメと比べてどうなんですか。その、強さといいますか獰猛さといいますか」
「水魔、ピンキリ。弱い水魔、追い払う、ツノジカより簡単。強い水魔、サメ食べる」
さらにルチさんが言うには水魔の脅威は姿からでは判別できないそうで、同じベヘールのような姿をしている水魔でも1本の弓矢に怯んでくれるものもいれば、大岩を落とされてもびくともしないものもいるそうです。もちろん耐久力以外もそうで、腕に握った武器を振るって枝を切るのがせいぜいのものもいれば、水牛を頭から両断してしまうものまで様々、おそらく速さや知能も個体差が激しいのでしょう。
見た目で判断できないのは厄介ですね。常に最悪を警戒しているのは体力的にも精神的にも削られます、どんなに頑張っても雨期が終わるまでもちません。

「遭遇しないように祈るしかありませんね」
「ノルン、水魔出てきた、崖下」
ちょうど私たちのいる横穴の真下で、大量の水を纏ったワニのような化け物が姿を現しました。頭はワニに似ていますが、後頭部にはニワトリのトサカのように巨大なヒレが生えていて、人間のような長い腕は肘から先が槍状に伸びています。水の中から時折姿を現す下半身は尾ヒレのついた蛇のようで、ワニと形容してしまうにはかなり無理がある姿をしています。
遥か先では水の中に取り残されたツノジカが泳いでいて、水魔がそれに気づいた瞬間に水に潜って黒く濁った水に姿を変えてみせました。黒い濁水はひとつの塊のように水の中を泳いで、ツノジカの目の前まで到達するや否や瞬く間に元の姿に戻り、体の半ばまで裂けた大口を開いてして噛みついたのです。
ツノジカも逃げようと抵抗しましたが、水魔の牙が予想外に鋭かったのでしょう。踏ん張った前足と頭を残して噛み千切られて、残った前半分も角もろともに飲み込まれていきました。

紛れもなく怪物です。しかも相当に厄介です、仮に水の中しか動けないとしても単純に移動が速すぎます。仮に足がつく水辺を私たちが走ったとしても、水魔の方が遥かに早く動けます。足が付かなければその差は絶望的なものになるでしょう、人間は魚のようには泳げません、どう頑張っても逃げきるのは不可能です。
もしも襲い掛かられたら水魔の届かない場所まで逃げる、或いはそもそも水魔の現れそうな場所には近づかない、現状このふたつしか対処法はありません。
船でもあれば話は変わってくるのでしょうが、いえ、それも現実的ではありませんね。私たちは船なんて持っていませんし、仮に船があっても水魔から逃げるのは難しそうです。
「まあ近づかなければいいわけですから、ルチさんの釣り竿の出番ですね」
釣り糸を目一杯伸ばせば水魔に近づかなくても魚は釣れますし、仮に魚を横取りされた時は糸を切ってしまえば難を逃れられます。糸と魚は勿体ないですが、水魔と正面からやり合うよりはずっとマシです。
いい機会ですから、私も見様見真似ではなく本格的に釣りを教わりましょうかね。

ルチさんに目を向けると、その手にはベリニャ式狙撃銃が握られていました。いやいや、ルチさん、今手にするべきは銃ではなく釣り竿ですよ。
「……もしかして水魔と戦うんですか?」
「水魔、人を喰う。放っておく、出来ない」
「グルルルルル」
ルチさんに懐いている牙の生えた精霊虫も、水魔に敵意を抱いているようです。精霊は人間を生贄に捧げてもらっていますからね、精霊からしたら水魔は供物を奪う泥棒に見えているのかもしれません。
「水魔、精霊への生贄奪う。水魔がいる、雨の間、生贄捕まえられない」
そういうことですか。ヒルチヒキ族のみなさんは雨だからといって精霊への生贄を止められません、むしろこの災害めいた雨から身を守るためにも精霊の加護を求めるでしょう。そのためにも生贄の確保は必要不可欠つですし、移動を妨げる上に脅威となり、同じ人間を狙う水魔は排除すべき敵となります。
私は精霊の加護など信じていませんが、ルチさんやヒルチヒキ族のみなさんの考えを否定しようとは思いません。

私も鞄からアンゴディア式散弾銃とボーラを取り出しました。この雨では火炎瓶や発破缶は当てになりません、使えそうなのは下手な銃と通用するか定かでない足止めの道具、あまり役に立てそうにありませんがナイフを振り回すよりはマシでしょう。

ルチさんが照準を水魔に合わせた直後、水魔の体が足元から水に溶けて黒い濁水となり、私たちの隠れる横穴のすぐ傍、移動用の通路を浸す足首ほどの深さの水溜まりから姿を現しました。
ワニのような頭に見えましたが近くで見るとまた大きく異なる形をしています。輪郭だけがワニのようで、体の半ばまで裂けた口の他に内臓や喉と繋がっているのか定かでない口が幾つもあって、逆に目や鼻といった感覚器官がいずれも存在していません。人間のように見えた首から腰までは、背骨と蔦が絡まって頭と槍と尾を繋げているに過ぎません。
もしかしてこの水魔も先日の古大蛇のようにドラゴンの影響を受けているのでしょうか、どう見ても普通の生き物ではありません。弱点かはわかりませんが、銃弾が通じそうな部位は頭と尾だけでしょう。もしかしたら背骨には効果があるかもしれませんが、根拠のない期待は禁物です。素直に頭を狙いましょう。

横穴の入り口から顔を覗かせる水魔めがけて弾丸を発射しました。こうやって頭を近づけてくれるなら私の腕でも当たります、しかもこちらは単発式の猟銃ではなく散弾、むしろ外すのが難しいでしょう。ルチさんの弾丸は比べるまでもありません、水魔の頭で最も肉の薄い部分を的確に撃ち抜き、怯んだ様子を見せたところに頭と背骨を繋ぐ一点を砕いてみせました。
『……ここは暗い……寒い……あの方はまだ我らを許さないのか』
ピョルカハイム保護区の雨期は普段より気温は下がるものの、決して寒くはありません。むしろ雨はぬるま湯のように熱を帯びていて、湿度が上がるだけ蒸し暑さを感じるくらいです。この水魔が一体いつのどこの誰のことを喋っているのか不明ですが、この言葉に正しく意味があるとも思えません。あくまで人間から聞いた言葉を覚えて再現しているだけ、そう考えるのが自然でしょう。断末魔の悲鳴や救援を求める叫び声ではないのが不思議ですが、今は気にしている場合ではありません。
考える前に引き金を引け、そういうことです。

水魔が右腕に当たる部位を後方へと引き絞り、横穴から出て追撃の用意をするルチさん目掛けて、弓のような反動に捻りを加えた突きを繰り出してきました。ルチさんも後ろに飛び退きながら水魔との距離を開き、次の弾丸を撃ち込む準備を進めています。
私はあえて盾を構えてその場に留まり、水魔が遠くに移動してしまわないように威嚇射撃を続けることにします。あれに意思や感情があるかはわかりませんが、少なくとも攻撃に対して反応を示すのは確かです。目障りな散弾を撒かれては無視することもしないでしょう。
それに……
「あなた、思ったほどの水魔ではありませんね!」
腕を突き出したままがら空きの水魔の横顔目掛けて散弾を撒き散らします。この水魔は先程から避ける仕草すら見せずに弾丸を受けています。すべての水魔がこうなのか、この個体が特別なのか判断できませんが、見え見えの大振りの突きといい一切避けないことといい白兵戦は苦手なようです。事実として私の放った散弾は水魔を捉え、ルチさんの次の一手を待つまでもなく外れかかっていた頭部をぐちゃぐちゃに破壊しました。

水魔は黒い濁水に姿を変えて水溜りに沈み、そのまま崖下の水辺まで移動を繰り返し、とうとう力尽きたのか黒い水を薄く伸ばすように溶けてしまいました。これが水魔にとっての死なのか、それとも緊急避難的な擬態なのか、どちらにせよ眼前の危機は去ってくれたわけです。

「おや、なにか光ってますね。硝子? 鉱石? なんでしょう?」
「水魔、死ぬ。キラキラした石、残す」
ルチさんが周囲を警戒しながら下まで降りて石を拾い、キラキラと輝く銀を持ち帰ってきました。魔法銀と呼ばれる魔力を内包した銀の類でしょうか。教会が聖堂の装飾や魔除けの指輪なんかに使っている銀に似ています。こういう特別な銀鉱石で武具を加工して邪霊やゾンビに対処する僧兵や退魔兵の部隊もいるくらいですので、ドワーフの商人に頼めばそれなりの値で買い取ってもらえるでしょう。
「水魔退治も悪くないかもしれませんね」
「ノルン、現金」
もちろん貨幣は安定した価値がありますからね。教会の説く神や教義よりは現金の力を信じています、神なんてものは存在しませんからね。

それにどうせ大変な目に遭いながら退治するなら、相応の利益があった方がいいじゃないですか。


▶▶▶「不思議な隧道ポンコロリンの話」


≪入手アイテム≫
魔法銀×1


≪エネミー紹介≫
サウルクォスキュス
種 族:水魔(性別不明、年齢不明、属性:水)
クラス:水魔(レベル25)
移 動:4↑1↓2(水上のみ)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 50 20 10  9 18 15  2 15  0  0

【スキル】
【個人】亡国の敗残兵(未行動で待機時、回避+10)
【種族】黒い濁流(周囲9×9マス以内の水辺に転移を行う)
【特殊】骨魚の槍(固定装備/射程2、攻撃8、命中60の槍攻撃)
【特殊】黒濁の膜(状態異常・封じ無効、炎属性半減)
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:D 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:B

【装備】
なし

【所持品(3)】
なし

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