ルチ・フォナ外伝 第35話「不思議な隧道ポンコロリンの話」

「生贄、探しに行く」
「……この雨の中をですか?」

地形が変わってしまうほどの水が大地に注がれる雨期とはいえ、私たちが煮沸した水を飲むために火を起こし、寄生虫や風土病を避けるために肉や魚を焙らなければならないように、ルチさんたちヒルチヒキ族のみなさんも精霊への感謝を捧げるための生贄を確保しなければなりません。
しかし普段は適当な野盗や人狩り、或いはピョルカハイム保護区へと捨てられた流刑囚、最悪の形でも行き倒れそうな旅人辺りを捕まえれば済むのですが、この雨ではそういった幸運は期待できません。かといって周辺の部族とはなるべく友好関係を築いておきたいですから、その人たちの集落を襲撃するわけにもいきません。
となれば選択肢はひとつです。そう、出稼ぎのようなものです……汗水垂らして出稼ぎに勤しむ労働者のみなさんには一緒にしてくれるなと怒られそうですが、形としては出稼ぎのようなものなのでご容赦いただきましょう。雨期の影響の少ないピョルカハイム保護区で最も外に近い地域、外周部分の森林や泥地を抜けた先の緩衝地帯、そこであれば雨を避けて一時的に身を隠す野盗や山賊、或いは撤退を始めた人狩りの連中と遭遇できる可能性が高いはずです。

というより実際に高いそうです。ピョルカハイム保護区の部族も生きるためには水や食料、さらに道具だって必要になりますので、雨でろくに狩りも出来ない間は近くの町まで近づいてきて交易を行います。そうなれば金と人と物が動くわけですから、その流れを狙った野盗や人狩りが現れるのも道理です。
「生贄、捕まえる。他の部族、外の商人、ヒルチヒキ族、みんな助かる」
「それはまあ、そうですね」
労働力を運ぶ人狩りはさておき、他人を襲って楽して稼ごうとする野盗なんかは保護区の外でも嫌われ者です。昨今たまに出現する人道主義者でもない限りは彼らの存在を喜ぶ者などいませんし、保護区の部族が処分してくれるならと黙認している部分だってあるくらいです。

「しかしですね、こんな雨の中をどう移動しろと……」
生贄の確保に問題が無いとしても、この雨の激しさは大いに問題有りです。視界は真っ白になるほど雨が強く、道だったものは高台を除いてほとんどが水の底です。川から溢れた危険生物はサメやワニだけでなく、水魔と呼ばれる正体不明の化け物まで枚挙に暇がない状況です。
筏を作れば泳ぐよりは安全に進めるでしょうが、保護区に棲息する魚は常識外に巨大で獰猛な種が多く、人の背丈など優に超えながら襲い掛かってきます。出来れば筏に乗るのも避けたいものです。
「問題ない。秘密の道、知ってる」
「秘密の道?」
いわゆる地元民だけが知る抜け道というやつでしょうか。ヒルチヒキ族は岩壁にも集落を築いていますし、横穴や洞窟を掘り進めて隧道を作っていても不思議ではありませんが。
「道、結構広い。生贄、荷車、余裕で通れる」
随分と大きいんですね。折角なので食糧以外にも薪や炭なんかも買っておきましょうか。


◆❖◇◇❖◆


その隧道はポンコロリンと妙にかわいらしい名で呼ばれていて、元々はこの辺りで採れる水晶を運び出していた採石屋が使っていたとか、まだ保護区でなかった頃の戦争で使われた塹壕だったともいわれています。真相は歴史のみぞ知るといったところですが、現在はヒルチヒキ族のみなさんが雨期の時のみ使っているそうで、普段は片側の入り口が岩で、残る片側も泥や枯れ草で隠されています。
「なんだか力が抜けそうな名前ですね」
「ポンコロリン、由緒正しい。伝説の獣、棲んでる」
途端に嫌な予感がしてきました。隣で荷車を曳くルチさんからも、私たちの後ろをついてくるヒルチヒキ族の戦士たちからも、警戒心や緊張した様子は伝わってきませんが、伝説の獣ともなると非常に危険な予感がします。先日の水魔、さらにその前の古大蛇……そういった得体のしれないものだったらと思うと、隧道を進む足取りも自然と重たくなってきます。
馬車が行き交えるほどの幅と猛禽も飛べそうな高さのある、どちらかというと快適に進める隧道ですが、そこに怪物が出るとなると心構えや気の持ちようが変わってしまいます。自分たちより体の大きな敵からすれば、広い空間であるほど動きやすいわけですからね、いっそ狭くて窮屈な鍾乳洞のような場所の方がマシかもしれません。

「伝説の獣、怖くない。安全」
そう言われても元々人を襲ったり出来るルチさんと未だに戦いそのものに苦手意識のある私とでは、危険に対する認識がまるで違いです。ルチさんはワニやベヘールに向かってこられても平気でしょうが、私はツノジカでも怖いですからね。
無意識に腰に下げたナイフに手を添えた私の目の前で、子犬くらいの大きさの生き物が飛び出してきました。犬、ではありませんね。短い毛に覆われた体は丸々として手足は短くて黒い、体の大きさに不釣り合いな大きな鞄を背負い、私たちに気づいていないのか鼻を鳴らしながら歩ています。
あ、段差に躓いて転びましたね。なんでしょう、このどんくさくて愛嬌のある生き物は。
「ノルン、あれが伝説の生き物、ポンテラック」
ポンテラックなる小動物はようやく私たちに気づいたのか、丸い顔に丸い目を浮かべてぷるぷると震え出し、もうお終いだといわんばかりに地面に寝そべって死んだふりを始めました。いや、別に捕まえたり食べたりしませんよ。可食部も少なさそうですし、私が育った地域には犬食の文化もありませんでしたから。

とはいえ道の真ん中で転がられても困ります。かわいげで乗り切ろうとしているのか、近づかれてふーんふーんと弱弱しく鳴きだしたポンテラックを抱えて道の脇へと動かしてあげると、危害を加える気がないと理解したのか足下に纏わりついてきました。
「ポンテラック、似た獣はいっぱいいる。ピョルカアナグマ、ピョルカムジナ、アライグマ、ハクビシン、よく見ると違う。ポンテラック、ここにしかいない、珍しい」
なるほど、希少価値的な意味での伝説というわけですか。この隧道にしか生息していない、というのはさすがに眉唾物ですが、希少な生き物であることは確かなのでしょう。
「しかもポンテラック、戦力にもなる」
「このパンみたいな獣がですか?」
我ながら適確な表現をしたと思いますが、実際にそんな風にも見えるので仕方ありません。悪く思わないで下さいね、どう見ても狩りが下手そうなので。他の獣や魚はもとより、枝にぶら下がってる林檎を取れるかも怪しいところです。
足下をうろうろされて荷車に撥ねられても困るので、まだ空に等しい荷車の上にでも乗せてみたところ、もう捕まったと思ったのでしょうか、荷車の隅ですべてを諦めたように静かに虚空を見つめ始めました。狩りどころか生きることも下手そうです。なんなのでしょう、この残念な子は。全然逃げてもらっても構わないのですが……まさか荷車から降りられない、なんてことはありませんよね?

「いいですか? 私たちは今から野盗を捕まえに行くんです、巻き込まれると危ないから降りてくださいね」
そう呼びかけたところで返ってくるのはふんふんとこだまする鳴き声だけなのですが、それでも忠告はしておくべきでしょう。この残念な子がどのくらいの知能があるのか知りませんが、犬並みに賢ければ私たちの言葉も理解してくれるでしょう。
一応の警告をし終えて隧道を進んでいると、通路の横を水が流れていることに気が付きました。水面辺りに苔や雑草が生えていないので、普段はもっと水位の低い、それこそ湧き水がちょろちょろと流れる程度の水路なのでしょう。どこか崩れて外と繋がってしまったのか、地面の下を流れる水脈が溢れてしまったのか、騒々しく水音を反響させながら結構な量が流れています。
困りましたね、大きな段差があるので今すぐ通路まで溢れ返るとは思えませんが、もしかしたら帰りには道が塞がっているかもしれません。それにこういう場所では水魔が現れる予感がします。
「ノルン、見る。ポンテラック、擲弾筒持ってる」
ルチさんが呑気に残念な獣を抱えて、鞄から武器を取り出して見せました。擲弾筒とは内部に火薬を詰めた弾頭を発射する銃の親戚のような武器で、着弾と同時に弾を破裂させる危険な武器です。なんでそんなものを持ってるのかわかりませんが、犬は人間の服やおもちゃを巣に持ち帰る習性があるので、この子もそんな感じなのでしょうか。
まさか短い前足で筒を掴んで水魔に向けて撃ってくれるとか……無駄な期待は止めておきましょう、そんな芸を持っていればそれこそ伝説の獣ですよ。

「……ノルン、前方右側! 水魔!」
「ルチさん、みなさん、水から遠ざかってください! 弓を持っている方は射撃用意を、武器持ちは距離を保ちながら迎撃準備をお願いします!」
ヒルチヒキ族の装備も充実してきましたが、凶暴な怪物の前ではまだまだ油断出来ません。ヒルチヒキ族のみなさんは基本的に軽装で、ルチさんでさえ麻で作った簡素な服を着ているだけですし、男性陣は最低限の下履きとサンダルに等しい靴で暮らしていますからね。全身に革の服でも身に着けていればもう少し安心感もあるのですが、現実には盾以外の部分は生身も同然です。水魔の強さも個体差が大きいそうですから、目の前の水魔の力量がわからない内は深追いは避けるべきです。
『金、金、金……この魔法銀はきっと高く売れるぞ!』
目の前に現れた水魔はカバを人型に変えたような姿をしていて、やはり会話にならない独り言を叫びながら水上を動き回っています。全体的に太く逞しい姿をしていますが、特に肥大化した右腕の尖端はハンマーのように暴力的で、見るからに力自慢と見受けられますね。
『俺たちにもう明日はない……俺たちは人を捨ててしまった……』
『パパ……ママ……どこに行ったの……ここは暗いの……』
『ピルテンは外洋に出れたのだろうか……』
『人に敵対する異端者どもめ……』
更にその後ろに現れた複数の水魔たち、半魚人のような姿をしていたり鳥のような嘴を持っていたり様々ですが、やはり共通して意味不明な言葉を垂れ流し、片方の腕が剣や槍のように鋭く伸びています。おそらくどれも交渉は不可能でしょうし、危険な相手に間違いないでしょう。

相手に背を向けないように下がりながら出方を窺っていると、私の頭上から鋭く直線状に飛ぶ弾丸に合わせる形で、山なりに放たれた拳大の弾丸が水魔の懐へと忍び込み、大木のような胴体を吹き飛ばして見せました。
まさかあの獣が本当に擲弾筒を使ってみせたのでしょうか。咄嗟に振り返って頭上を見上げると、なんと私の背後にルチさんがふたり並んで立っていたのです。
「ルチさん、双子だったんですか!?」
そんな話は聞いていませんが、もしかしたら双子の姉妹がいるのかもしれません。いや、そんな話は聞いていませんし、教えてくれなかったとしたら随分と水臭い話になってしまいますが。
「……双子? そんなの、いない」
「ふーんふーん。ふんすふんす!」
ルチさんの隣で擲弾筒を抱えたルチさん2号……とりあえず一旦そう呼ぶことにします、とにかくルチさん2号が自信満々な表情を浮かべて犬のように鼻を鳴らしてみせました。
「ポンテラック、変身能力持ってる。私に化けた、だから銃使える」
「ふんす!」
ルチさん2号が擲弾筒から次の弾頭を発射して水魔を怯ませると、追い打ちをかけるように岩場の上から次々とポンテラックたちが駆け下りてきて、くるりと前回りをしながらルチさんへと姿を変えていきました。そのまま本物のルチさん顔負けの身のこなしと構えの速さで擲弾筒を放ち、難しい山なりの弾頭を正確に水魔の群れに撃ち込んでみせたのです。

あの獣たちの変身が姿だけでなく、武力や技量も本人と瓜二つになれるのだとしたら、これは非常に大きな戦力です。ルチさんが騎士団や冒険者と比べてどのくらいの力量なのか私には計りかねますが、私とは比べ物にならない銃の腕前を持っていますし、戦術魔道騎士やヘイルワードさんに勝利を収めたのは揺るぎようのない事実です。
それに、
「ふんす!」
ルチさんの顔で普段見せないような、気の抜けただらしない笑顔を浮かべられると、なんていいますか、かわいくて仕方ないですね。ルチさんはそもそも顔の造詣が良いですからね、きれいな服を着せれば村一番と噂の娘ですし、天真爛漫な笑みを見せれば聖職者から人狩りまでまとめて一撃ですよ。
私が邪まな貴族の男だったらよからぬハーレムとか考えてしまいそうですが、幸いにも私は平民の貧しい女。そんな心配には及びませんよ。


◆❖◇◇❖◆


水魔を追い払うと同時にポンテラックたちは元の獣の姿に戻ってしまいました。どうやら変身は一時的なもので、そう長くは続かないようです。体感なので正確ではありませんが十数分、長く見積もっても30分もないでしょう。丸一日変身できればまた違った使い方も出来るかもしれませんが、この長さだと戦闘時の火力の補強や町に忍び込んだ時の囮なんかが精々でしょう。
区別はつきませんがおそらく最初の1匹が自ら荷台に乗ってもうお終いですといった顔で寝転がっているので、この子だけでもしばらく同行してもらいましょうかね。

「伝説の獣ということは、高く売れたりするのでしょうか?」
「ぴぎゃー!」
そんな頓狂な声を出さなくても売ったりしませんよ、ちょっとした冗談です。しかし獣はぷるぷると震えながら荷台の隅に収まり、ルチさんの背後から現れた精霊虫に驚いて仰向けの姿で転がってしまいました。少々かわいそうな気もするので、あとでお詫びとして干物でも与えておきましょう。
「しかしルチさん、獣たちとは顔見知りだったんですね」
「毎年通る、餌付けした」
「念のための確認ですが、人間の肉は与えていませんよね?」
人間の味なんて覚えてしまったら大変です。人間に変身して火器を使う知能があるわけですから、大柄な力持ちに変身して非力な女子供を襲って食べる、そのくらいの悪知恵は回りそうじゃないですか。
「ポンテラック、どっちかというと果物が好き。与える、木の実、果物、野菜。肉、もったいない」
どうやら人を食べるまでは至っていないようです。むしろこの後、捕まえた野盗がどうなるかをしっかりと見せつけて人間は怖いと教えておきましょう。

そうそう、もうひとつ気になったのですが、なんでこの子たちは擲弾筒なんて持っていたのでしょう。この隧道は普段通れないはずですし、ヒルチヒキ族は支援を取り付けるまではルェドリア銃が虎の子の1丁でしたから、ルチさんたちが与えたとは考えづらいです。
「ポンテラック、盗み、得意。こっそり人の町、忍び込む。人に化ける、商品持ち出す、逃げる」
「意外としたたかなんですね」
獣の姿ではとてもそんな風には見えませんが、ルチさんに変身した時の機敏な動きや立ち回りは本人そのものでした。人に変身したら自身が湧いて出るのでしょうか。獣の考えることはわかりませんが、どうやら姿からは想像出来ないくらいの悪い子のようです。
「そんな悪い子にはお仕置きが必要ですね」
「ふーん、ふーん」
もちろん冗談ですよ。そんな情けない懇願みたいな声出さなくても、酷いことはしませんよ。

「臆病者同士、仲良くしましょうね」
私はぷるぷる震える獣の頭や背中を撫でながら、隧道の出口へと足先を向けたのでした。


ちなみにこの後、隧道を抜けた私たちは森に隠れていた野盗を襲撃して捕まえたのですが、ヒルチヒキ族のあまりに野蛮な戦いっぷりにポンテラックは自らの命の危機を感じて転がっていました。あの惨劇を見たら人を襲おうとは考えないでしょう、一緒に身の丈に合った平和的な振る舞いをしましょうね。


▶▶▶「水底に沈む眠り姫の話」


≪加入ユニット紹介≫
ポンヌフ
種 族:ポンテラック(オス、5歳、属性:土)
クラス:ポンテラック(レベル25)
移 動:4↑2↓3(山岳)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 22  3  4  3 10 10 10  3 20 22
成長率 30 10 10 10 35 20 20 10 50 50

【スキル】
【個人】ポンコロール(未行動で待機時、追加で1マス移動可能)
【種族】変身(隣接した指定ユニットに変身する※1、HP以外は対象と同数値※2※3)
【習得】冒険者の鞄・大(アイテム所持数+8)
【習得】アイテム発見移動(埋もれたアイテムを確定で入手)
【習得】すり抜け(敵ユニットをすり抜けて移動する)
【??】
※1 変身できる時間は1+(0~幸運÷3)ターンでランダム
※2 移動・技量含むステータスは対象の個人スキル+装備の補正が無い状態と同数値
※3 個人スキル以外のスキルは対象と同じものに置き換え

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:C

【装備】
なし

【所持品(3+8)】
トロンバン擲弾筒×1、落葉の蓑×1


≪エネミー紹介≫
ゴルグォープス
種 族:水魔(性別不明、年齢不明、属性:水)
クラス:水魔(レベル30)
移 動:4↑1↓2(水上のみ)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 55 22 10 20  7 20  0 20  0  0

【スキル】
【個人】嫉妬深い商人(待機時、周囲5マス内の埋もれたアイテムを発見)
【種族】黒い濁流(周囲9×9マス以内の水辺に転移を行う)
【特殊】鯨骨の鎚(固定装備/射程2、攻撃10、命中50の鎚攻撃)
【特殊】黒濁の膜(状態異常・封じ無効、炎属性半減)
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:C 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D

【装備】
なし

【所持品(3)】
なし

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