ルチ・フォナ外伝 第39話「虹色のマスを釣る話」
メデベ・チャペペネム、セヌ・メテラ・ドゥエ! ドネム・エベレ・モサ、ボルロイ! ……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。雨期が終わりに近づくこの時期にだけ見られる不思議な現象があって、普段は別々の水域に棲息している魚たちが一箇所に纏まるのだ。特にレッドチスイマス、オレンジカミツキマス、イエローカジリマス、グリーンヒキサキマス、ブルークライマス、インディゴホネオリマス、パープルアバレマスの7種類はニジマスという総称でひとまとめに呼ばれていて、雨期が終わる時期にしか出会えない。しかも高所から激しく降り注ぐ滝が虹を作る、そのわずかな時間にしか現れてくれないのだ。
そういうわけで今日は久しぶりの釣りに来ている。雨も小降りで太陽の光もわずかに地面を照らし、水の流れもそれなりに速くて魚たちも活発に動いている、絶好とまではいえないけど悪くない釣り日和だ。ニジマスに限っていえば最高の釣り日和ともいえる。
よし、珍しい魚をいっぱい釣って釣って釣り倒して、今夜は魚祭りにしてやるのだ!
……と意気込んでいたんだけど。
「キレてるよっ! キレてるよぉっ! 二頭の新時代来てんのかいっ!」
「仕上がってるよっ! 仕上がってるよぉっ! その足、ゴリラみたいだよっ!」
いや、私が求めているのは珍しい7色の魚たちであって薄茶色のゴリラではない。
ダバダバと滝のように水が落ちる岩壁の中腹、どうやって運んだのか太い柱と奇妙な石像を並べた舞台のような場所で、不自然な体型をした筋肉質な大男が7人、意味不明な奇声を発しながら騒いでいる。なんていうんだっけ、ああいう生き物? 前にノルンから教わったような気が……確かマッチョとかなんとか。
そのマッチョたちが腕を上に掲げたり、腰の後ろで組んでみたり、奇妙な筋肉を強調するポーズを取ってはうおーとかわあーとか叫んでいる。
一体なんなんだ、この謎の筋肉大博覧会は……?
「肩にデリラ山脈乗せてんのかいっ!」
「背中にブリオン・ダーナ走らせてんのかいっ!」
「腹筋でマグリラ要塞線築いてんのかいっ!」
うるさいだけで特に害はないから無視して魚釣りを始めてもいいけど、視界の端で腰履きだけのマッチョたちにうろうろされると目障りだし、よくわからない例えが飛び交う野太い奇声は耳障りで、どちらもしっかりと集中力を乱してくる。もしかしたら魚にも悪影響を及ぼすかもしれない。
関わり合いになりたくないけど、ひとこと注意くらいはしておくべきか。別にするなと言うわけではない、お互いに邪魔にならない程度に趣味を楽しめばいい、という話だ。
◆❖◇◇❖◆
「なるほど、お嬢さんの言うことも一理ある。しかしそいつは見解の相違というやつだな、ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ!」
筋肉たちの長らしき男が鼻と口の間で左右にぴょんと躍るような髭を摘まみながら、無駄に野太い美声で異常に気持ち悪い笑い声を発した。男は筋肉の長だけあって筋骨たくましく、全身のあちこちが岩肌のように隆起している。しかも表面は染料や色水でも塗っているのか、金属や甲虫のような光沢を帯びている。
ついでに異様なまでに鍛えた肉体には相応の屈強さが宿っているのか、上から降ってきた岩の塊が顔面を直撃したのにまったくダメージを受けた素振りを見せず、それどころか顔に当たった岩が砕けなかったことに不満を抱いて、まだまだ鍛え方が足りない筋肉を今の倍は増やさねばなんて言い出した。
なんだろう……ピョルカハイム保護区には体を鍛えた者は珍しくないし、私の仲間にもヤクシ兄さんやウェデワン族の三戦士のように筋肉質な男もいるけど、こんな風に不自然に肉を膨らませたりはしない。きっと狩猟や訓練ではなく、それ専用の鍛え方をしているのだ。
「お嬢さん、ビルダーを見るのは初めてかい?」
「ならば、じっくり見ていくといいよ。ぬぅん」
横から割って入ってきた、やはり不自然に筋肉を発達させた二人組が、それぞれ鍛え過ぎてバランスが良いのか悪いのかわからなくなった肉体に力を込める。片方は太腿から下だけがベヘールの足のように太く、もう片方は腰から上だけがバイソンのように大きくて、ふたり合わせて完全体みたいな体格をしている。
「これこれ、お前たち。まだ自己紹介も済んでいないだろう。部族のお嬢さん、失礼をしたね。彼らは吾輩の高弟、アブドミナル・サイとサイド・チェスト! そして吾輩が筋肉友の会の代表を務めるモスト・マスキュラーである! ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ!」
筋肉ヒゲダルマが言うには、こいつらは筋肉友の会とかいう集団らしい。なんの説明にもなってないけど、筋肉が好きなのだけは伝わってくる。
「ちなみに我々はだね……ふむ、話すと長くなるゆえ、筋肉言語で喋らせてもらおう。ぬぅん! ふんっ! ずえいっ! ぬおぉっ! まあ、こういうことなのだよ」
筋肉ヒゲダルマはおそらくマッチョ同士でしか伝わらない暗号というかポーズで説明を繰り出してきたけど、私は脂肪も少なければ筋肉もそれほどあるわけでもないので、もちろん筋肉言語は喋れない。
「理解、無理。言葉で喋る」
「ふぅーむ。標準語に翻訳すると、吾輩たちは本来より強くより美しい筋肉を求めて、スルークハウゼンを拠点に活動していたのだが、近所のご婦人たちから苦情が来てしまったのだよ。どうやら我らの筋肉と掛け声が、暑苦しくて迷惑だったらしい。そこで苦肉の策として、ここピョルカハイム保護区を活動の場としているのである。ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ!」
標準語で説明できるなら最初からそうすればいいのに、と思わないでもないけど、きっとこいつらはこいつらなりに誇りを持って活動しているのだろう。そんな相手を無下にするほど私は非道ではない。とりあえず邪魔で仕方ないから、今すぐ水の中にでも飛び込んで欲しい。
「今すぐ水の中、飛び込んで欲しい」
「なるほど、水中でのトレーニングは膝への負担も少なく、さらに地上で行うよりも水圧で負荷がかかってより効果的に鍛えられる。部族のお嬢さん、筋肉は少ないようだが筋肉には詳しいとみえる。まだ遅くない、今からでも素敵なマッスルレディとなれるよ」
そんな話はしていない、釣りの邪魔だと言ってるのだ。
「だがね、部族のお嬢さん。吾輩はここにしばらくいて気づいたのだよ。つまり、ぬんっ! ふぅんぬ! はあっ! せいいっ! まあ、そういうわけなのだよ」
筋肉ヒゲダルマはまたしても中身の一切伝わらない筋肉言語を駆使してきた。ポーズを変える度に肩や胸板が膨らんだり動いたりしているけど、よくもまあこんなに器用に動くものだと感心する。感心はするけど意味はわからないので、こっちもヒルチヒキ語を食らわしてやろうかと思わなくもない。
「標準語に翻訳するとだね、吾輩たち筋肉友の会は筋肉の素晴らしさを伝えたいわけだよ。そして筋肉への愛にちまちまとした言葉は不要、百聞は一見に如かず! 見せることで、否、魅せることで伝えるのが最適と改めて気づいたのである!」
「要するに我々は見せたいのだよ、ぬぅん」
「穴が開くまで見て欲しいわけだ、つぇい」
「その上腕三頭筋、グラッゾ砦みたいだねっ!」
「その大腿四頭筋、カナリッサブリッジみたいだねっ!」
見せたがりたちの筋肉大博覧会が再び始まった。さっきまで静かだった水面では、筋肉の影響を受けた魚たちがバシャバシャと水飛沫を上げている。おまけにその中には、赤や青の色鮮やかな魚も混じっている。
筋肉なんかにかまけている場合じゃない、一秒でも早く竿を投げないと……!
私は筋肉たちの不自然な体躯の間を抜けて、背負っていたベリニャ式狙撃銃と釣り竿を握りしめた。
◆❖◇◇❖◆
「ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ! 釣りは良いよねえ、釣りは胸鎖乳頭筋と頭板状筋を鍛えてくれる」
釣り糸を垂らしている私の隣で、頭にロープを巻き付けた筋肉ヒゲダルマが足の裏と後頭部だけを地面に設置させた仰向けの姿勢で、ぷるぷると全身を振るわせながら全身を反らしている。頭に巻き付けたロープは水の中へと伸びていて、その先には人間の頭より重たそうな鉄球と申し訳程度の粗末な釣り針が結ばれている。どうやら筋肉を鍛えすぎると釣りの仕方も忘れてしまうらしい、何事も過ぎたるはなんとかってやつだ。
他の6人のマッチョも自分の鍛えたい場所にロープと鉄球を括りつけて、やはり不自然な体勢で水の中に沈めている。
「ところで部族のお嬢さん、こうして一緒に釣るのも何かの縁。名前を訊いてもよろしいかね?」
「ヒルチヒキ族、ルチ・フォナ」
「ふぅむ、ルチくん。ところでさっきから釣れる気配がないのだが、吾輩はなにか間違っているかね? いかんせん釣りは初心者でね」
どこが間違っているかといえば全部間違ってるとしか言えないんだけど、それを的確に伝えるのは難しい。相手は変人だけど筋肉が好きなだけの迷惑マッチョ、なるべく傷つかないように教えてあげよう。
「全部。頭の中、筋肉になってる。生まれる前に戻る、やり直し」
「つあぁいっ!」
どうやら優しく例えたおかげで傷つかなかったみたいだ。薄っすら目に涙が浮かんでいるけど、きっと首や腰が疲れただけだと思う。
ところでニジマスを釣るには、ちょっとしたコツがいる。
例えばイエローカジリマスはその名の示す通り、口に収まりきらない大きな獣を狙って齧りつく習性があるので、いくら釣り針に小さな餌を付けていても食いついてくれない。またインディゴホネオリマスは骨付きの肉しか食べないし、オレンジカミツキマスは柔らかくないと見向きもしない。レッドチスイマスは血を含んでいないと反応しないし、パープルアバレマスは生きた餌じゃないと水面から上までは出てくれないのだ。
7種類すべての条件を満たすのは、比較的柔らかく裂きやすい肉質で血をたっぷり含んだ大型の獣ということになり、家畜の馬や牛もしくは人間辺りが丁度いいのだけど、この雨期に貴重な家畜や生贄を潰すのは難しく、おまけに鋭い歯で簡単に糸を切ってしまう点もニジマス釣りの難しいところだ。
「というわけで、他の大きめの魚釣る、それを餌にニジマス狙う。食いつく、そこを銃で狙う」
このマッチョたちを餌に使うのが一番早いけど、さすがに7人もいると倒すのが難しい。地味で平和的な作戦で行こうと思う。
「ふぅーむ。であるならば吾輩に名案がある。我らはちょうど7人、さらにはロープも7本。トレーニングの一環として綱登りをしたいので、餌代わりを務めてあげよう」
「綱登りは上腕二頭筋を鍛えるのに最適だからね、むぅん!」
「広背筋を鍛えるのにもちょうどいいのだよ、ずえぇいっ!」
筋肉ヒゲダルマたちは私の返事を待たずにロープを引き上げて、適当にその辺りの岩に括ったかと思うと、瞬く間にロープを手繰りながら下へと降りて行ってしまった。
「ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ! 遠慮することはない、ルチくん、釣りに勤しみたまえ」
「じゃあ、遠慮なく」
折角の申し出なのでお言葉に甘えるとしよう。ベリニャ式狙撃銃に弾を込めて、岩と筋肉ヒゲダルマたちを結んでいるロープを次々と射貫く。弾丸を受けて弾け飛んだロープの先では、マッチョたちが順々に大きな水飛沫を上げて飛び込み、ニジマスや他の肉食魚に襲われながら彼方へと流れてくれた。
「静かになった、釣り再開する」
そもそもさっきの作戦では駄目なのだ。ニジマスを釣るコツは糸を切られる前に銃撃して気絶させることだけど、奴らもむざむざ釣られるような間抜けではない。気を失う瞬間に口を開いて話してしまうのだ。なので餌となる魚や獣の内側に針を仕掛けておく必要があって、重りと一緒に針を飲み込ませたり、最初に食いつきそうな箇所に針と糸を埋めておかないといけない。
釣り上げたそこそこ大きな魚に鉤爪ほどもある釣り針を飲ませて、重りと一緒に水面に落とす。早速食いついたブルークライマスが針にかかるのを待ち、糸を切られないように適度に揺すったり餌を上下させて機を窺う。釣りは我慢比べで知恵比べだ、焦ると逃げられてしまうし、かといって慎重になり過ぎるとそれはそれで逃げられてしまう。
左腕に抱えた竿を動かし続け、伝わってくる重さの質が変わった瞬間、針が刺さったその隙を狙って弾丸を撃ち込んだ。側頭を撃たれて気を失ったマスはだらんとマヌケに口を開くも、その顎にはしっかりと針が食い込んでいる。糸を巻き取って引っ張り上げて、ようやく1匹目のマスを手に入れることに成功した。
「あと6種類、頑張る」
どうせなら7種すべてを釣り上げたい。味にそれほど違いはないのだけど、この時期にしか遭遇しない珍しい魚を見逃すほど謙虚な性格はしていない。
次の餌に針を飲み込ませて、意気揚々と竿を水面へと投げた。
◆❖◇◇❖◆
「やあ、ルチくん、釣果はどうだったかね? おおっ、見たところ大漁のようだね、ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ!」
釣り上げた7種類のマスを荷車に乗せて帰っていると、筋肉ヒゲダルマが全身を色とりどりのピラニアやアロワナに齧らせながら歩いてきた。ここまで戻ってくるのにかなりの体力を使ったようで、全身から薄っすら虹が出来そうなくらい汗をかいていて、おまけに魚に噛み千切られないように体の隅々まで血管が太く浮き出るくらい力を込めている。
「吾輩もニジマスを捕まえたのだが、その様子ではいらないかもしれないね」
「ニジマス、違う。ピラニア、アロワナ、ガーフィッシュ」
「ぬぅーん、ではこれも違うのかね」
筋肉ヒゲダルマは背中に纏わりついていた頭の悪そうな大魚を見せてきたけど、残念ながらそれはマスではなくマヌケダボハゼという煮ても焼いても食えない川魚だ。ちなみに名前はマヌケそうな顔とダボッとした締まりのない体型から来ている。まさに名は体を表し過ぎている駄魚の代表だ。
「それ、マヌケダボハゼ。とても不味い、飢えたハイエナ、跨いでいく」
「ふぅーむ、まるで吾輩とは正反対な魚だ」
遠からず似ていると思うけど、さすがに傷つきそうだから黙っておこう。むしろ似ているというなら、マヌケダボハゼよりもデコボコヒゲナマズの方が近い。
「そうだ、ルチくん。どこかで聞いた名前だと思っていたが、魚に頭を齧られて思い出した。君はどうやらシェーレンベルク騎士団やラステディン教会の間で、かなりの有名人のようであるぞ」
「有名? なんで?」
「吾輩、見ての通りそれなりに名の通った冒険者でもあってね、町に戻れば向こうから情報が来てくれるのだよ。君の名前は冒険者の間でも噂になっていたよ、吾輩ほどではないがね、ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ!」
特に名前が拡がるような心当たりは無いけど、どうせこの先も積極的に関わるつもりはないし、そのうち忘れられるだろうから別にいいや。
……しかし私の楽観は駄魚よりも大外れで、この先かなりの面倒事に巻き込まれることになるのだった。
▶▶▶「駄犬と三銃士」
≪NPC紹介≫
モスト・マスキュラー
種 族:人間・貴族(男、36歳、属性:土)
体 格:188cm、126kg
クラス:ビルダー(レベル30)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 50 25 0 20 7 20 15 10 10 10
【スキル】
【個人】ポージング(武器防具を未装備時、毎ターンHP10%回復)
【種族】貴族の嗜み(撃破した敵ユニットから少額の金を入手する)
【兵種】筋肉の王(武器防具を未装備時、腕力・守備+4)
【習得】格闘(素手での戦闘可能)
【習得】かつぐ(味方ユニットを担いで移動させる)
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:D 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:B 探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:C 学術:C
【装備】
素手 威力32(7+25)
【所持品(3)】
なし
筋肉友の会
種 族:人間・平民
クラス:ビルダー(レベル26)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 40 22 0 15 5 15 10 5 8 8
【スキル】
【個人】筋肉友の会(ビルダーと隣接時、腕力+2)
【種族】投石(射程3、0~3ダメージの間接攻撃を行う)
【兵種】筋肉の王(武器防具を未装備時、腕力・守備+4)
【習得】格闘(素手での戦闘可能)
【習得】かつぐ(味方ユニットを担いで移動させる)
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:C 探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D
【装備】
素手 威力28(6+22)
【所持品(3)】
なし