もぐれ!モグリール治療院 第14話「難民キャンプを覗いてみよう」

ハルトノー諸侯連合とフィアレアド王国との国境線近くには、戦火で追いやられ難民が作ったキャンプが幾つもあるけど、私たちが目指しているのは元ベリーニヤ村にあるキャンプ。ここは元々ベリーの産地でのどかな農村だった場所だけど、何十年も前に侵略を受けて……この侵略もどっちが先かとか言い始めたらキリがないんだけど、とにかく戦地となった後に無人の廃村と化した。それからしばらくこの土地を巡って争っていたけど、どちらの主要都市からも遠いっていう理由で国に所属しない空白地帯となり、10年ほど前から難民が流れ込み続けている。
もちろん流れ込むだけでなく外に流れ出る人材もあり、噂によるとそれなりの腕の立つ男子は傭兵として、フィアレアド側に連れていかれたり、若い女は軍人相手の売春婦になったりするのだとか。
世知辛い話ではあるけど、つまりはフィアレアドに入国するルートが存在するということ。それも事実上停戦状態にある場所で。

私たちヤミーちゃんパーティーとモグリール治療院は、各地で難民支援をしている慈善団体【善意の右手】に偽装してベリーニヤ難民キャンプに向かっている。その団体は悪意の左手とか奴隷商の三本目の足なんて揶揄されることもある、ちょっと胡散臭い団体らしいけど、各地で難民や流浪の民を支援しているのも事実。一応世界的に共通する決まり事で、難民支援の団体に攻撃してはならない、っていうのがあるそうだけど、そんなもの目撃者がいなければあって無いようなものなので攻撃される時はされるけど、されない時はされないので、素で冒険者面して移動するよりは安全といえなくもない。
程よく有名で程よく生臭い、偽装するには持ってこいの団体、ってモグリールは言ってたけど、そもそも偽装する必要あるかなあ? 敵なんか全部ぶちのめして進めばいいのに。
「はいはい、善意善意」
「ヤミーちゃん、慈善団体は自分から善意とは口にしないものだよ」
「暴力的な組織ほど平和とか友好とか名乗るの、あれ何なんすかね?」
「その点、モグリール治療院は悪くない名前だろ? 程よく無名で程よく悪い、胸を張って善を飲み込めるし、唾を吐くことだって出来る」
モグリールは私とヤーブロッコとクアック・サルバーに向けて、にやりと笑みを浮かべて、幌馬車に描かれた善意の紋章を指差してみせた。私は胡散臭い桂冠と地母神の微笑みを見上げながら、街道を進む足に力を込めた。

ベリーニヤ難民キャンプまではスルークハウゼンから南へ1月ほど。道中の街道沿いにはハルトノー側の交易所や騎士団の野営地が点在していて、フィアレアドからの難民が進まないように取り締まっている。勝手にどんどこ戦いを起こしておいて、さらには移動まで制限するなんて迷惑な話だけど、こういう国境沿いではよくある話らしい。
他にも放棄された集落や宿を例によって山賊が占拠しているので、おかげで道中の補給には困らない。交易所で食糧を買い足し、野営地から物資を分けて貰い、山賊からは遠慮なく奪う。その甲斐もあって出発から今まで、ほとんど荷物を減らさずにここまで来れた。むしろ換金できる荷物は増えたので、後でフィアレアドで金に換える予定。
「もうすぐ難民キャンプだが、とりあえず俺とヤーブロッコ、クアック・サルバーで情報を集めてくる」
「はい! 私も行く!」
当然とばかりに手を挙げた。なんせこう見えても、いや、見ての通り私は情報収集の達人なのだ。この天性のかわいらしさと愛想の良さ、人懐っこさは大抵の相手がお節介を炸裂させてくれるし、あばらのひとつふたつ折って、指の1本2本もぎ千切ったら涙を流しながら教えてくれる。

「構わないけど、そっちの連中は中に連れていけないぞ」
そっちの連中とはもちろんうちのパーティーのこと。サイクロプスのでっぷりやゴブゴブズが難民キャンプに入ると、余計な混乱を起こしかねないって理由で、少し離れた場所で荷物の番をしながら待つことになった。確かにでっぶりもゴブゴブズも人間とは違う種族だけど、難民キャンプにいたっていいと思う。
だいたいだね、難民が贅沢言うなって話だ。ゴブリンとだって仲良くしなさい。
「いや、俺たちは人間相手の慈善なんてしないぞ」
「人間キライ、オヤブン別枠!」
そもそもこっちが仲良くするつもりがなかった。まったく仕方ない子分たちめ、じゃあ君たちは荷物と一緒に留守番。もちろんただ待つだけじゃなくて、襲撃に対応できるように周囲を見張って、武装集団なんか見つけたらすぐに知らせること!
「くれぐれも油断しないように」
場所が場所だ。場合によってはハルトノー側の騎士団やフィアレアド側の兵士との衝突にも対応しないといけない。個人の戦力では後れを取らないと思うけど、鍛え抜かれた上に統率の取れた部隊を相手に油断は禁物だ。出来ればバリスタやゴーレムの投擲、銃と弓矢で一方的に叩き潰したい。その辺りの判断と立ち回りはしっかり叩き込んでるけど。


◆❖◇❖◆


「……うわ、酷いな」
ベリーニヤ難民キャンプは思った以上に劣悪な環境で、怪我人や病人を雨も防げないような廃屋に押し込み、かろうじて動ける人は穴だらけのテントを張って、泥水同然の水とわずかな塩と野草、捕まえたネズミの肉で暮らしをまかなっていた。こんな環境で健康でいられるわけもなく、子供はお腹を空かせて痩せてるし、老人なんか今にも土に還りそうな様子だ。
「とりあえず食糧と薬だな。ヤーブロッコ、なるべく柔らかく煮て順番に食わせとけ。クアック・サルバーは俺と一緒に診察、病気を貰わないように気をつけろよ」
おお、さすが闇医者モグリール。それで私はなにする? 怪我人でも運ぶ?
「ヤミーちゃんは……」
「私は?」
さあさあ、なんでも頼みたまえ。このヤミーちゃんが大概のことは魅力と腕力で解決しちゃうんだから。
「あー……うーん……そうだなあ……」
「なにする? なにする?」
モグリールは結構長い間、目線を空の方に向けて考え込んで、しっかりたっぷりと時間をかけて、
「とりあえず、その辺で散歩でもしててくれ」
戦力外だと告げてきたのだった。

まったくモグリールめ、私を侮ってからに。とはいえ、こういう時に勝手に怪我人を運んだり、難民の口に肉の塊を捻じ込んだりしたら逆に迷惑なので、おとなしくキャンプ内をぷらぷらと歩くことにする。

こうして改めて周りに目を向けると、同じ難民でも健康そうな人はそれなりに健康そうで、死にそうな人はやっぱり死にそう、目に見える格差が存在している。比較的元気な若者はボロでも最低限のバラックを立てたり、荒れ地を耕して野菜を植えたり、ウサギや鹿を捕まえて干し肉を作ったりしている。余裕がある時は切り株に腰掛けて楽器を弾いて歌ったり、広場で踊る女を安酒片手に囲んでたりして、その辺は町のスラム街の風景とそう変わらない。決して恵まれた環境でもないけど壊滅的な状況でもないみたい。
「俺たちは割と元気だよ、暮らしはくそみてえだけどね」
「死にそうなのはハルトノー側の難民さ。彼らには支援が滅多にないから」
「食糧? 分けるわけないだろ、みんな自分のことで精一杯さ」
どうやら定期的に食糧の援助があるようで、フィアレアド側の難民は飢え死には避けられるみたい。
この難民キャンプにはハルトノー側とフィアレアド側両方の難民が存在していて、実は戦況的にあまり余裕がないハルトノーからの支援は滅多に無く、反対にフィアレアドの教会派が用意した支援団体が定期的に食糧を届けてくれている。この定期的な支援が厄介の種で、支援団体の裏にいるのはフィアレアドの軍人で、用意されるのはフィアレアドの民の食い扶持だけ。100人の村に50人分の食糧を持ち込んでも、当然食える側と食えない側で根深い対立が生まれるだけで、そうやって分断の火種を燃やし続けながら、ハルトノー側の人口が少しでも減るように調整しているのだという。

「フィアレアド国内は王党派と教会派に分裂していてね、あと最近はドラゴン信仰者も増えてきているよ」
「王党派はハルトノーを駆逐したいけど、教会派は教義があるからね、こうやって地味な嫌がらせに収まってるわけだ」
「それに人の心は縛れない。ここにはハーフだって多いんだ」
表立って敵国側の難民を制圧しないのは、フィアレアド王国内が国王こそ絶対の指導者とする王党派と人間は神の庇護の下に生きるとする教会派に分かれていて、信仰心さえあれば神は全ての民を救うという中々に無茶な教義を保つためにあからさまな弾圧は出来ないのだとか。ハルトノー側に空白地帯に侵攻させる理由を与えたくないって事情もあり、さらには難民の中には両方の国の混血もいるという問題もあって、直接手を血に染めれない理由も幾つかある。
「そういえばドラゴン信仰者って?」
「フィアレアド王国は最近、ドラゴンが統治する亜人の国オルム・ドラカと軍事的な同盟を結んだんだ。といっても、かなり一方的で利のないものだけど」
ドラゴン信仰者はその名の通りドラゴンを神のように崇める連中のことで、ドラゴンは力に関してはこの世界の頂点に君臨する生き物。かつて禁域にも姿を現して冒険者に大きな被害をもたらしたし、禁域の奥に存在するオルム・ドラカはドラゴンに支配されている。そのドラゴンと同盟を結んだということは、フィアレアドからオルム・ドラカへと進めるルートが存在するかもしれない。
禁域を目指す私たちには大きな情報だ。さすがヤミーちゃん、散歩するだけで大いなる成果を手にしちゃった!

「ねえ、フィアレアドの道案内してくれる人、誰かいない? 私たち、このあとスラム街の支援に行く予定なんだけど」
もちろん嘘だ、スラム街の支援なんてしない。でもスラム街ほど身を隠しやすい場所もないから向かうことに嘘はない。あとそういう場所には犯罪で一大勢力を築いた、お偉いさんにも顔の利く悪党がいるのが定番だから、そういう奴は適度にしばき倒して利用するつもり。決して暴力ではない、スラム悪党流の交渉術なのだ。悪党は腕っ節を重視する、だから腕力で屈服させるのが正解。
「ほんとに町に辿り着けるんだろうね?」
意外なことに最初に声を発したのは、酔っ払いに囲まれて踊っていた踊り子の女だった。年は私より幾らか上で、麦畑みたいな金色の髪をしている。こんな場所だから顔も服も砂埃で汚れているけど、風呂にでも入れて着飾ってみせたら結構な上玉だと思う。もちろん私ほどじゃないけどね!
「もちろん」
「本当だろうね? 同行して山賊にでも襲われて浚われるのはごめんだよ」
中々に見る目がないな、この女。山賊なんて拳を鍛える叩き台や暇潰しにあばらを折られるだけの道具に過ぎないのに、いったい私がどれだけの山賊の骨を砕いてきたと思ってるんだ。数えてないけど、まあまあな数だぞ。
「こう見えてもうちは武闘派だからね。山賊なんて単なる叩き台だよ」
「あんたはそんなに強そうに見えないけど、確かにあっちの医者と炊き出しの男は強そうだ」
モグリールは後衛で、ヤーブロッコは探索係で、戦闘は私が中心なんだけど、信用してくれるんだったらそれでもいいや。誤解は後で、適当な山賊でも捕まえて晴らせばいいし。

「おいおい、そんな危ない橋渡らなくても、ここで暮らせばいいじゃねえか」
「そうだぜ。フィアレアドに戻ったところで、俺たちみてえなのに上がりの目はねえぜ」
絶対的な国王か絶対的な神、あと外の国のドラゴンと、どれかを盲目的に信じないといけない国とか、確かに住み心地は悪そうだけど、そんな反対することもないのに。
「もううんざりなんだよ! 暮らしはちっともよくならない! 一座の迎えも来てくれない! こんな不毛な地でお前らに抱かれて老いぼれるくらいなら、都会で端金で体売った方がマシってもんさ!」
なんか極端から極端に走ってるけど、別にそんなことしなくても生きていく方法はいっぱいあるよ。泥棒とか強盗とか追い剥ぎとか死体漁りとか。
「わかったよ! じゃあ俺も一緒に行くからな!」
踊り子女と口論していた男のひとりが勝手についてくるとか言い出した。ごめん、道案内はひとりで十分なんだ、飯代もただじゃないから。
「いや、道案内そんなにいらないから」
「つれないこと言うなよ、お嬢ちゃん。なあに、悪いようにはしないからよぉ」
男が馴れ馴れしく手を伸ばしてきた瞬間、私は腰に提げたナイフを抜いて、即座に迫ってきた指を切り落としてみせた。まったく、許可もなく触ろうとするとか図々しい男だ。そんなだから指を失う羽目になるのだ。

「おいおい、ヤミーちゃん、少しは手加減してやれよ」
悲鳴を聞きつけて駆けつけたモグリールたちが、地面をのた打ち回る男の傷に視線を落とす。
「死ぬような傷じゃないな。じゃ、お大事に」
「治してくれないのか! あんたの連れがやったんだぞ!」
「自分で毒薬あおった奴の治療なんかしないだろ? それと一緒だ。この娘に喧嘩を売るってのは、そういうことなんだよ……と普段だったら断るんだが、俺は今日は慈善団体の職員なんでな」
モグリールは男の傷口にポーションをかけて最低限の止血を施して、身に着けていたものを下着を残してすべて剥ぎ取って、さらには男の荷物もすべて代金として引っ手繰り、馬車の荷台に放り込んだ。
「ま、焚き火の燃料くらいにはなるだろ」
「それよりモグリール、道案内見つけたよ」
「さすがヤミーちゃん、しっかり仕事してるなあ」
ちょっと後悔した表情を浮かべる踊り子女を指差して、私の仕事ぶりを胸を張って誇ってみせた。


◆❖◇❖◆


難民キャンプを離れた私たちは、外で待ってたでっぷりたちと合流して、早速踊り子女を紹介してあげた。
踊り子女はサイクロプスやゴブリン、オークやウェンディゴを見て呆然としてたけど、心配しなくても人間は襲わないから大丈夫。正確には味方の人間は襲わないだけで、敵対したら遠慮なく襲撃するけど、私の仲間でいるうちは心配無用。もちろん食べたりもしないから大丈夫。
「踊り子、見た、初めて。生贄、踊れる、貴重」
「道案内だから無しね」
むしろでっぷりたちよりもルチの方が物騒だけど、仲間と認識したら生贄の対象から外れるから大丈夫。ゆっくりと信頼を勝ち取るといい。

「さて、道案内も手に入れたし、ちょっと古いが地図も手に入れた。フィアレアド国内の事情もある程度は把握した。食糧と治療薬を使ったのは痛いが、すぐに補給出来るからな」
「なに言ってんだい、あんた。ここから近くの町まで一体どれだけ離れてると……」
モグリールはしばらく先の街道を進む荷馬車の一団を指差して、
「フィアレアド側からの支援は定期的に来てくれるんだろ」
まだ理解の追いついていない踊り子女に向けて、悪党めいた顔で笑ってみせた。
もちろん勘のいい私はすぐに理解した。使った荷物分は向こうから運んできてくれるということなのだ。野盗程度なら追い払える戦力はあるだろうから、少し苦労するかもしれないけど。

「あのキャンプはフィアレアドからの支援、この一点だけで分断と一方的な優位が成り立っていたわけだが、待てど暮らせど来ないとなったら、もう少し仲良くするんじゃないか?」
「なるかなあ?」
まあ、情勢次第で簡単に吹き飛ばされちゃう難民キャンプ、ちょっと劇薬盛ってでも尻を蹴飛ばした方がいいっていうのには私も賛成だ。
私たちの背後で踊り子女がぎゃあぎゃあと喚いている。長く暮らしたキャンプから離れて落ち込んでたらどうしようって思ったけど、元気そうでなによりだ。そのままの勢いで道案内もしっかりやって欲しい。
戦闘は私に任せといて! そういう点では、あの荷馬車の一団は私の強さを見せつけるのにちょうどいい相手だ。しっかりきっちり叩きのめして、荷物も馬も全部奪ってみせるね。


私は獣のようにぺろっと舌を出して、馬車の荷台からウォーハンマーとトマホークを取り出した。


▶▶▶「地元民しか知らない道はちょっと危ない」


≪加入ユニット紹介≫
ロマ
種 族:人間(女、24歳)
クラス:踊り子(レベル10)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 22  6  3  4  2 12 24  4 13 13  4↑2↓3(歩兵)
成長率 20 20 15 10 15 25 45 10 35 40

【技能】
短剣:D 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:E
探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D

【装備】
鉄の短剣  威力10(4+6)
革のマント 回避+10

【スキル】
【個人】ロマの歌(踊りが成功する度に埋もれたアイテム入手)
【基本】幸運+5
【補助】ジプシー(味方に補助効果を与える踊りを踊る、発動する踊りはランダム)
【補助】マカブル(攻撃時にクリティカルが発生したら追撃を行う、最大3回)
【??】
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