もぐれ!モグリール治療院 第37話「竜の騎士と闇医者と」

収穫祭も終わり、ポルトデールにも普段の日常が返ってきて、私たちも近場を探検したり用心棒みたいなことをして過ごしていたある日のこと、
「……あれ? なんでこんなとこいるの?」
ギルドハウスの前に竜騎士が立っていた。

竜騎士、本当の名前は知らないけど、その姿から誰しもがそう呼んでる。リザードマンの竜戦士を倍程に大きくして、頭に鋭い角、背中に大きな翼を生やし、全身に頑強な甲冑を纏ったドラゴンに従う生物。オルム・ドラカの王であるドラゴンから授けられた二本一対の長剣、刃から高熱を発するエルタニンと刃に冷気を宿したアルタイスを携えて、王の剣となって戦う騎士だ。
その竜騎士がどういうわけか、私たちの暮らすギルドハウスの前に佇んでいて、小金稼ぎに構えた治療院の看板をじっと見つめている。
「怪我でもした?」
竜騎士は言葉を発しない。その口と喉は炎や電撃を発するためにあり、意思の疎通を図るためには使われない。使う気がないのか使えないのかわからないけど、とにかく会話が成り立たないのだ。そして残念なことに私はまだ文字がいまいち読めないので筆談というわけにもいかない。
なので喋れない者同士でどうにかしてもらおうと、うちのパーティーの古参のひとり、タコを連れてきた。

「ブシャアアア……!」
「……」
「ブシュルルルル」
「……」

なるほど、まったくわからん。このままじゃ埒が明かないので、主に来てもらおうかな。
竜騎士がいるってことはドラゴンもきっと近くに来てるだろうし。


◆❖◇❖◆


「よう、お邪魔してるぞー」

まずは腹ごしらえをしようとギルドハウスの食堂に足を運ぶと、そこにはドラゴンがいて、当たり前のようにワニのステーキなんかを頬張っていた。このワニは近くの川で獲れて、近くの森にいる猪と並んで私たちの主食のひとつに成り上がっている。食べられるから成り下がってるなのかな、どっちでもいいや、おいしいことに変わりないんだし。
ワニのステーキは塩で食べても甘辛いソースで食べてもおいしく、私としてはピリッと辛いマスタードを添えるのがお気に入り。ちなみにドラゴンは鼻にツーンと抜けるワサビとかいうもので食べている。さては通ぶってるな!

「ねえねえ、表に竜騎士がいるんだけど」
「あー、なんかここの話したら来たがってたから連れてきた。人間の頃のことでも思い出したんだろ」
え? 竜騎士って人間なの? でかいリザードマンにしか見えないんだけど?
もしかして私を騙そうとしてるのか、ってドラゴンに訝しむ目を向けていると、ドラゴンはワニステーキに塩とワサビを乗っけて口に放り込み、もがもがと噛み千切りながら語ってくれた。


それはドラゴンとひとりの冒険者の昔話。

15年ほど前、冒険者の一団がオルム・ドラカとハルトノー諸侯連合領との緩衝地帯、人間の国の冒険者たちから【禁域】と呼ばれる森に踏み込んだ。侵入者とオルム・ドラカの警備兵との間で戦闘になったが、当時すでに圧倒的な技術力の差がある両者の戦いは一方的なもので、冒険者の一団は数日も経たずに逃げ惑うのが精いっぱいの敗残兵と化してしまった。
それでもなお一部の腕利きは剣戟の中を切り抜けて森の奥へと踏み込み、念のためにと出張っていたドラゴンの、それこそ王の喉元にまで到達してみせた。彼らはドラゴンの目から見ても確かに強かった。ドワーフの戦士はその剛腕をもって重厚な斧を振るい、魔道士の青年は様々な魔法を巧みに使いこなし、彼らを支える探索者の女は未知の状況下でも正解を導き出せる優れた目を、治療術を使う青年は的確な判断力と高い技術を持っていた。
中でも特に剣士の青年は並外れた才の持ち主で、もう10年20年も磨き上げれば、本当にドラゴンの喉まで届き得たのかもしれない。
しかしまだ若く未熟な青年の剣は、ドラゴンの腕をわずかに傷つけるにとどまり、反対にドラゴンの剣と魔法は、青年の力と未来を奪うには充分過ぎるほどだった。

(このまま死なせるには惜しいな……)

ドラゴンがそう思ったのかどうかは誰も知らない。しかし事実としてドラゴンは彼らを退けたものの、命までは奪わなかった。
ドワーフの戦士はドラゴン信仰者が多い種族だったことから後に辺境の地に封じられ、人間の魔道士は降伏して大陸の果てへと追放された。探索者の女はドラゴンとの戦いの最中に逃げ延びた、というよりはドラゴンがそのまま見逃してやったが、合流した他の冒険者の残党と共に森の中に消えた。
ドラゴンに唯一手傷を与えた剣士は、両手足と臓器のほとんどを失ってしまっていたため、本来そこまでしてやる必要のない特別な治療を施された。ドラゴンは腕なら流れ出る竜の血を彼に飲ませ、そのまま死に行くはずだった運命を捻じ曲げた。

竜の血を与えることなどそれまでしたこともなかったが、魔竜のつけた傷は普通の魔法や薬では治せない。治せないというより、傷そのものが外部からの回復を拒絶する、魔竜の爪や牙、そこから放たれる魔力には呪いのようなものが宿っている。
自力で癒すには損傷の激しい体を修復させるためには、膨大な生命力、限りなく不死に等しいドラゴン種族の、それも王であるドラゴンの血を与えるしかなかった。
息も絶え絶えの剣士に血を飲ませると、ドラゴンも意図しない現象が起きた。
ゆっくりと回復していく体の表面は、鱗のように硬質なものへと変化していき、再生した胴や手足は倍程に大きく伸びて、背中からは竜の持つような翼が生えた。頭は角の生えたトカゲのように変わり、知能こそ失われなかったものの言葉を失い、代わりに火竜や氷竜のような吐息を得た。

そして竜の騎士として生まれ変わった姿を見た治療術師は魔に魅せられ、禁域から戻った後も冒険者を続けているという……。


「ちなみに竜戦士が来てる鎧は、その時の発見を基にうちの技術班が開発したものだ。私の血を100分の1に希釈したものを鍛冶屋の作った鎧に与えると、ああいったものに仕上がる」
ドラゴンが付け加えるように説明してくれた。すべてのドラゴン種族の血がそうなのかは不明だけど、少なくとも目の前にいる魔竜の王の血は、人間だけでなく武具にまで大きな変化をもたらしてしまうらしい。
そういえばフィアレアドのどこかの町で、変な病気が流行ってたってモグリールが言ってたような。なんか似たような症状だったような気もするけど、興味無かったからちゃんと聞いてないんだよね。
「フィアレアド、奇病。硬くなる、皮膚、鱗。似てる、竜騎士」
「確か力が強くなるとか、傷の治りが速くなるとか言ってたぞ。人によっては肉が食えなくなるとか、頭が割れるように痛むとか」
食堂でごはんを食べていたルチとでっぷりが、竜騎士の話と奇病が結びついたのか割り込んでくる。そうそう、そのよくわかんない病気。私もそれを思い出してたの。
「そういえば一部の科学者が、私に内緒でこっそりフィアレアドで実験してたらしいな。オルム・ドラカの民には出来ないとかって理由で」
なるほど、竜騎士みたいな変化が起きてくれるのか試してたのか。人でなしな実験だなあ、人間種族以外もいっぱいいるけど。

「なあ、ドラゴン様。その治療術の使い手って鳥の巣みたいな頭してなかった? 知人に心当たりがあるんですけど」
でっぷりがドラゴン信仰者でもないのに、敬意を込めながら問い掛ける。いや、もしかしてサイクロプスもドラゴン信仰者が多いのかな? 別に誰を崇拝してもでっぷりの自由なんだけど、どうせなら私のことも崇拝してくれないかね。
「ヤミーちゃん信仰者ではないの?」
「はあ……うちのリーダーはまたよくわからんことを言い出す」
どうやら私のことは崇拝しないらしい。ひどい! ドラゴンより遥かに付き合い長いのに!
「ルチは崇拝してくれるよねえ!? 付き合い長いんだもん!」
「……? ヤミー、相棒。違う、精霊。捧げない、生贄」
確かにルチは相棒だし、生贄を捧げられても困る。夜に枕元に剥いだ頭の皮とか置かれたら寝起きが悪くなるし、ルチは信仰者ではなくこのまま相棒で友達でいてもらおう。

「もしかしてドラゴンが私を崇拝したら、全部丸く収まるのでは……!?」
「さっきからなに言ってんだ?」
ドラゴンが呆れた顔でワニステーキの残った肉汁にソースを混ぜて、パンを浸して齧り始める。
あ、その食べ方ずるい! 私もやりたい!


◆❖◇❖◆


その日の夜、私の夢に見覚えのない青年というかおじさんというか、年の頃は30代の半ばに踏み込んだくらいの、でも見た目は20代の若々しさが無くもない男が現れた。

「ヤミーちゃん、ヤミーちゃん」
「……誰?」
「僕の名はエルウッド・アーミング、冒険者の剣士なんかをやっていた者だ」
確かにおじさんの腰には中々に立派そうな剣が提げられてるけど、椅子に腰掛けて両手足が包帯ぐるぐる巻きの姿は剣士というより怪我人と呼ぶべきだと思う。よく見ると怪我しているのは手足だけじゃなくて、胴体は服の上からでもわかるくらい内側にへこんでいて、涼しげな顔からは程遠い大変な状態なのかもしれない。
「僕には兄と慕う冒険者がいるんだけどね」
「私には6人のお兄ちゃんと3人の姉ちゃんがいるけどね!」
私はすかさず切り込んだ。そっちが家族愛みたいな話を繰り出すんだったら、私だって負けていられない。私には自慢の兄姉がいて、しかも全員が私を溺愛しているのだ。家族の愛情なら誰にも負けない、私にはそういう自信がある!
「うちの兄姉はすごいよ。一番上のアイヴァー兄ちゃんに、ガルヴァリオ兄ちゃん。メルジューヌ姉ちゃんに、オルム・ドラカでも勇名はせるカルフ兄ちゃん。すでに子沢山なピリラ姉ちゃんに、ゴーヴ兄とリューディック兄なんて双子だし、ロローネ姉ちゃんも家で元気に暮らしてるし、一番近いガッドとも仲良しだもん!」
もちろんお母さんやじいちゃんとも仲良しだ。ポータルを手に入れた暁には1回ノルドヘイムに帰って、ここのみんなを実家に招待してあげよう。タコは冬眠しちゃうかもしれないから置いていこう。

「家族仲が良くていいね。ところで僕の話も聞いてもらっていい?」
「駄目! まだ私の家族自慢は終わってない!」
私はさらに捲し立てて、家族がいかに強くて勇敢か語ってみせた。カルフ兄ちゃんとピリラ姉ちゃんは今更語るまでもなく最高だけど、長男のアイヴァー兄ちゃんなんて暴魔のふたつ名を持つ兄姉最強の男で、次期村長に最も相応しいといわれている。2番目の兄のガルヴァリオ兄ちゃんも厄災のふたつ名を持ち、なんとナイフ1本で魔王を打ち倒したことがある猛者だ。他の兄姉もみんなすごいし、六男のガッドでさえ血染めのガッドなんて呼ばれていて、歩いた雪原があっという間に真っ赤なカーペットみたいになるのだ。
さらにお母さんとじいちゃんは、みんなよりもまだまだ強いらしい。お母さんとじいちゃんなら人間に近い姿のドラゴン種族を倒せるかもしれない。もしかしたら本体のドラゴンでも、魔竜の王は無理でも小型のドラゴンならいけると思う。だって私の親とさらにその親だもん!
もちろん私もみんなに負けていられない。なんかすごいふたつ名とか手に入れて、この地にヤミーちゃんありとノルドヘイムにまで轟かせるんだから!


なんて一方的に語っている間に夢から覚めて、朝ごはんを食べに食堂に行くと、竜騎士がパンを呑み込みながらどことなく不満そうな瞳を向けてきた。
どうしたどうした、うちのパン屋の作ったパンが気に入らないのか? お前の呑み込んだパンはそんじょそこたの店にだって負けてないぞ、ウェンディゴが作ったとは思えないくらい絶品なのに! この贅沢者め! おかわり食べるか!?


▶▶▶「再会、旅の再開」

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