ルチ・フォナ外伝 第20話「実に珍しい奇妙で奇特な病魔の話」

次の目的地であるウェデワン族の集落に移動していたのですが、突如として大地が引っ繰り返り、靄の中に包まれたように色を失ってしまいました。どういうことでしょうか、陽射しは刺すように強く肌を焦がすように熱いはずなのに、裸で雪山に放り出されたような寒さが襲い掛かってきていますし、歯の根が合わないくらい小刻みに震えています。頭が割れるように痛い上に世界はぐるぐると上下左右に揺れたまま、もしかしてこれは変な病気にでも罹ってしまったのでしょうか……。

「ノルン、風邪ひいた。荷台乗っていく」
テントや食糧と一緒に馬車の荷台に乗せてもらいましたが、状況は一向に改善する気配がありません。体の節々に激痛が走っていますし、顔と頭は蒸したように熱を持ってしまっています。このままでは死んでしまうのでは……そんな不安が頭を過ぎる程度には状況は最悪です。水を含ませた布を顔に貼りつけて、ぜえぜえと掠れた空気を吸い込むのが精一杯です。
「……ルチさ……まずい……解毒薬……ポーショ……」
言葉もどうにか絶え絶えに発するのが限界ですが、おそらく通じてくれたでしょう。解毒薬やポーションがどこまで病気に効くのかわかりませんが、解毒薬には体内の毒素を分解する働きが、ポーションにも解熱作用と体力回復の効果があります。特定の病に対する特効薬ではありませんが、飲むのと飲まないのとでは生存率は大きく変わってくるでしょう。
唾を飲むだけで喉に激痛が走る状態ですが、どうにか解毒薬とポーションを飲み干すと、さすがに戦場でも使われている治療薬です、随分と楽になりました。骨折が打撲になったくらいのものですが、骨が折れたままよりは遥かにマシでしょう。

「……ルチさん、これは何なのでしょう?」
疲れなのか悪いものでも食べたのか、それとも病気なのか、心当たりがあり過ぎます。体の疲労は説明するまでもありません、荒野の生活は町よりもずっと過酷ですし移動だって大変です。食べ物も怪しいところです、さすがに人肉を食べるのは全力で避けていますが、他の食べ物も基本的に野生の獣と保存食ですからね。
病気は一番可能性があります。ピョルカハイム保護区に騎士団や教会が攻めきれなかったのは、戦いでの人的被害もありますが、未知の風土病や疫病の危険性もあったからです。当初こそ外の病人が使っていた毛布や衣類を提供して病を流行らせるなんて畜生以下の戦術を取っていた騎士団ですが、途中からあえて生還させられた捕虜から未知の病気を蔓延させられて、部隊だけでなく近隣の町が壊滅したなんて鏡返しのような事例もあります。私もその類の病気に罹ってしまった可能性は捨てきれません。
「私、医者じゃない。断言できない」
さすがにルチさんが医者じゃないことは私だって知っていますよ。ルチさんは人を治す側というよりは、人を屠る側ですから。
「でも知ってる症状。ぷくぷく病、おそらく」
なんだかかわいい響きの名前ですね、症状はまったくかわいい要素はありませんが。

「ぷくぷく病、この辺りのよくある病気。熱いっぱい出る、頭すごく痛む、全身とても痛い、ひどく寒い。数日経つ、上から下から出っぱなしになる。最期、泡吹いて死ぬ。その音からぷくぷく病、呼んでる」
えー、この後で嘔吐と下痢が待ってるんですか。それは嫌ですねえ、私もこれでも女の子ですからね。みなさんの前で下から垂れ流しは勘弁願いたいですが、それで治るなら仕方ありませんね。その時は荷台の上ではなく、テントの切れはしにでも乗せてもらって、引っ張って運んでもらいましょうか。
「それで肝心の致死率は……?」
「ぷくぷく病、そんなに死人ない」
良かったです。拠点でならまだしも、こんな荒野のど真ん中で死ぬのは避けたかったので……いや、拠点でも死にたくないですけどね。せめて平均寿命くらいは生き延びたいですから。

「5人ぷくぷく病なる、死ぬ、ひとりくらい。少ない」
ルチさんがヒルチヒキ族だというのを忘れていました。外の町では致死率20%の病気は災害並みに危険ですが、ルチさんたちの中では少ない部類なのです。確かに半分死ぬことを考えれば少ないでしょうけど。
「それに1度罹る、2回目もうならない」
「ちなみにルチさんも罹ったことは……」
「ある、子供の頃なった。子供まず死なない、簡単に治る」
どうやらルチさんたちも既にぷくぷく病に罹ったことがあり、しかも簡単に治す方法があるようです。なんだ、それならそうと先に言ってくださいよ。まず怖がらせるなんてルチさんも人が悪いですね。
「子供、生贄の肉食べる、1発で治る」
人肉ですか。あれ食べると幻聴に悩まされるから嫌なんですが、今の症状がどうにかなるなら人間だってなんだって食べてみせますよ。なんでしたらおかわりだって望むところですよ!
「大人になる、肉食べる、治らない。不思議」
誰が人肉なんて食べるもんですか、夢も希望もない。今の症状に加えて幻聴まで乗せられたら、気が狂って別の原因で死んでしまいますよ!

「だから治せる賢者、連れていく。この近く、住んでる」
ルチさんは私を安心させるために、身振り手振りも交えて説明してくれました。どうやら前回訪れたのは随分と昔の頃だったそうで、今も同じ場所に居るかは確実ではないようです。
神に祈りましょう……おっと、神はもう居ないのでした。代わりに精霊に祈っておきましょう。
ルチさんの肩の辺りでふよふよと浮いている精霊虫に向けて、両手を絡ませて祈りを捧げておきました。お願いしますよ、精霊さん。私の命が懸かっていますからね。


◆❖◇◇❖◆


その方は荒野の賢者と呼ばれていて、誰かと集落を築くことはせず独りでひっそりと、大岩を掘って造られた祠に隠れ住んでいるそうです。その居場所は基本的には秘密とされていて、周辺部族の中でも特別に許可された人、それこそ酋長や族長にしか伝えられていません。彼になにか頼みごとがある時は部族の長がひとりで出向いて、或いは長が病の者を伴って訪ね、相応の礼を土産として置いて帰るのだとか。
ルチさんは好奇心と興味が強く、それに対しての枷が外れている人なので、以前ヒルチヒキ族の集落の中から治せない病人が現れた時に世話係として名乗り出て、そのまま祠まで同行してしまったのです。

「賢者アロロパ、なんでも治せる。すごい薬、作れる」
「それはすごいですね」
それほどすごい薬なら、この変な名前の病気……ぷくぷく病でしたっけ? そんなもの簡単に治せてしまうのでしょう。むしろ治せなかったら困ります。私は自分の運に自信を持ってませんから、むしろ5分の1を引いてしまうタイプですからね。
「賢者アロロパ、少しめんどくさい。いい年してひとり、だいたい変」
ルチさん、それは色んな人に刺さりそうなので他所では言わないようにしましょうね。ピョルカハイム保護区ではどうか知りませんが、外には独身主義とか性差廃絶主義とか色んな思想の持ち主がいますので。

賢者アロロパの祠は属にいう秘密結社の隠れ家的な姿を想像していたのですが、随分と様子の異なるものが出てきました。
荒野に時折あるような奇妙な形をした巨石、その根元部分に横穴を刳り貫いて作った祠の入り口には、取ってつけたような看板が幾つも張りつけたり立て掛けたりしていて、そのどれもに賢者の名や万病に効く薬が有ること、さらには女性の訪問者を歓迎する旨が記されています。おまけに少しでも目立つように入り口の周りには極彩色の意味不明な絵が描かれていて、当初は稚拙な画力なりに厳かなものを描こうとしていたのでしょうが、途中で気でも狂ったのか女性の乳房や男性器ばかりが描かれるようになり、見ようによっては乳房そのものに見えなくもない乾燥させた植物の実が大量に吊るされています。
もしも住宅街にあったら悪い意味で隠れた名所になったのかもしれませんが、だだっ広い荒野にあるので特に目立つわけでもなく、気づいて欲しいのに視界の端に消えてしまいそうで、そこがまた絶妙に不快感を強めてきます。
「うわぁ……気持ち悪いですね……」
「賢者アロロパ、芸術家でもある」
これを芸術と見做すことが出来るルチさんもどうかと思いますが、普段からヒルチヒキ族のみなさんの骨みたいな化粧を見慣れていますからね。審美眼や評価対象が外とは異なるのでしょう。

「アロロパ! アロロパ!」
ルチさんが男女が不可思議な体勢でまぐわっている絵が描かれた扉を叩くと、中からボサボサに伸びた白髪混じりの浮浪者と邪教の信仰者の境目のような男が現れました。砂埃だらけの髪と髭に覆われた顔には爛々と光る眼が覗いていて、呼吸をする度に鼻の下の髭がふわりふわりと蠢くせいで余計に薄気味悪いです。
「ルゥゥゥチィィィィ!」
こんな場所にいるせいで普段人と話していないのか、川向こうにいる人を呼びかけるような音量で声を発しています。例えるならば壊れた蓄音機、調節の出来ないラッパ、そんなところでしょうか。ええ、もちろん耳が痛いです、症状的な意味合いで。
「女か! 女を連れてきたのか!?」
久しぶりの再会で発する第一声としては確実に間違いですが、普段他人と接しないとこうなってしまうのでしょう。喋っている言語が部族語なこともあって、余計にがさつで乱暴に聞えます。いや、病気さえ治して下さるなら私はなんの文句もありませんよ……治療代として凌辱されるとかは勘弁願いたいですが、ルチさんもそんな真似は許さないでしょう。さすがに許しませんよね? 同じ女として信じてますよ?

アロロパさんがルチさんの後ろに隠れていた私に気づき、瞳孔が開きっぱなしの目を向けてきました。なにを考えてるかさっぱり読み取れない薬物中毒者のような目をしていますが、不思議と考えていることの予想はつきます。性欲とか色欲とか、あと肉欲とかでしょう。全部同じ意味ですが、入り口周辺の様子とルチさんへの第一声から、おそらく外れではないでしょう。
「ひぃいやぁぁぁ! 若い女だ! どうしよう! こわい!」
……それはこっちが言いたいですよ。私は病人ですよ、なんで怖がられてるんですか。
「アロロパ、落ち着く。ノルン、ぷくぷく病、おそらく」
「ぷくぷく病? そうか、君、外から来た子か」
感情の起伏がよくわからないですが、私が病気だと聞いて落ち着いたようです。さすが荒野の賢者だけあります……賢者は関係ないような気もします、むしろ情緒の問題でしょうね。
「えーと、どこだったかな。うあぁー! ない! 薬がない! 困ったなあ! ……仕方ない、作るか」
なんかもう怖いです。急に大声で喚き始めたり、人が変わったように静かになったり、一体全体どうなってるんですか。むしろこの方に治療が必要なのではないでしょうか。

「若い女、ノルンっていったっけ? あんたハタカプァ族が今どうなってるか知らないか?」
「いえ、知りませんが」
「知らなぁい! なんで!? 話が終わっちゃった!」
再び大声で喚きながら、棚に置いてある奇妙な形の実やよくわからない生物の干物、鉢植えから伸びる見たこともない植物を乱雑に千切っては、すり鉢の中へと次々と放り込んでいきます。一応は天秤や石皿といった道具もあるのですが、賢者にもなると目分量で作れてしまうのでしょうか、それらを使う素振りは見えません。ええ、もちろん不安です。
それにしても先程の世間話からして、この方はハタカプァ族なのでしょうか。ハタカプァ族は教会の調査資料にもそれほど記述のない部族です。勢力は非常に小さく、争いを避けるように森の中で暮らしていましたが、一部の少数で暮らしていた方々を除いて何十年も前に新天地を求めて旅立ったそうです。ピョルカハイム保護区の外へと抜け出して、そのまま南のフィアレアド王国との国境線を越えたところまでは記録が残っていますが、その先でどうなっているのかは不明です。

「一緒に行けばよかった! そうしたらこんな場所で独り寂しく暮らすこともなかったのに!」
「でもアロロパ、他の部族の集落、引っ越さない」
「だって他の部族、怖いだろお! ヒルチヒキ族とか絶対嫌だ、怖い!」
それはそうでしょう。ルチさんの性格で忘れそうになりますが、ヒルチヒキ族のみなさんは人間を生贄に捧げる部族ですから。それにヒルチヒキ族は血が混じるのを嫌うため、仮に本人が望んでも一緒に暮らすのは難しいでしょう。
せめて他の部族であれば可能性もあるのでしょうが……。
「あーあ、どこかに俺の言うことを全部笑って聞いてくれて、おっぱいのでかい美人がいないかなあ」
そんな人はいません、何歳なのか知りませんがそんな夢は少年時代に捨ててください。
「いない。現実から逃げる、よくない」
「くはぁっ! こうなったら惚れ薬を作るしかないな!」
そんな薬は存在してはいけません。そんな夢は生まれてくる前に捨ててください。

賢者は馬鹿みたいな寝言を垂れ流しつつも、よくわからない材料の数々を念入りに潰し、その上から水を注いで粘りが出るまで混ぜ合わせました。どうやら薬が出来上がったようです。
形容するのが難しいですが、一番近いのは絵の具をめちゃくちゃに混ぜ合わせて最後に辿り着く気持ち悪い緑がかった灰色、それに粘りと油分を加えたものといったところでしょうか。臭いは鼻が曲がるというよりは、鼻を潰して念入りに捻じって千切ろうと頑張ってみせた悪臭です。自分でも不親切な例えだなと思いますが、そうとしか言いようがないので仕方ありません。
「ほれ、薬だ。嫌そうな顔をしているが、飲まないと死ぬぞ! 礼は体でと言いたいところだが、子供相手にそんなことをするほど落ちぶれてはいない! おっぱいの大きい姉か従姉か未亡人を紹介してくれ!」
「ありがたくいただきます。身近にそんな人はいません、ごめんなさい」
「なんてこった! またタダ働きだ! 現実は地獄だな!」
どうやら賢者の中では私はそういう対象ではないようです、胸は平たい部類ですからね。おそらくルチさんもそうなのでしょう、私と同じく地平線のような胴の持ち主ですから。


あまり信用できない薬を飲み込むと、体の奥底から全力で拒絶するような吐き気を催しました。どうにか吐かずに喉の奥へと追いやると途端に全身を襲っていた痛みや悪寒が消え去り、今からでも全力で荒野を駆け回れそうな活力が漲ってきました。
見た目と味と臭いはともかく、素晴らしい薬です。素直に頭を下げて感謝の意を示し、外で暇そうに待っていたみなさんのところへと無事に生還したのでした。


▶▶▶「洞穴の中から月に手を伸ばす者たちの話」


≪NPC紹介≫
アロロパ
種 族:ハタカプァ族(男、48歳、属性:土)
体 格:167cm、60kg
クラス:ハタカプァ族(レベル15)
移 動:3↑3↓3(山岳)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 22  4  9  3  8 11 19  1 15 11

【スキル】
【個人】荒野の賢者(1ターンかけて万能薬を1個生成する)
【種族】薬餌の儀式(周囲5マス以内のユニットのHPを魔力×2回復)
【習得】チャクラ(毒・麻痺からの回復)
【習得】採集(平野で待機時、植物を入手)
【習得】野晒し(戦死ユニットの位置に待機時、骨と遺品を入手する)
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:D 魔道:E 回復:B 重装:E 馬術:E 学術:B

【装備】
石器ナイフ 威力5(1+4)
革のマント 回避+10

【所持品(3)】
万能薬×3

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