ルチ・フォナ外伝 第18話「最初に文明の始まった地の話」

ナシャ・デデレピャ、ホウェ! ワサハ・レベチェ・ジェンリィン・ノワレム!

……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。ジェンリィン族と同盟の約束を取り付けた私たちは、ドンガドンタ族との交渉の前に、とある場所への巡礼を済ませておくことにした。
そこはジェンリィン族の祖先が作ったと伝えられる、この地上で最初に生まれた文明が築き上げた遺跡スカラ・エストゥラパだ。おおよそ1万年以上前に作られたそれは、現在の技術でも不可能に等しい深さのを荒野のど真ん中に、しかも四方の壁はどれも寸分違わぬ幅でさらに完璧な垂直に彫られているのだ。その壁を更に刳り抜いて52層にも渡る階段が鱗状に、上下左右すべて同じ幅、同じ角度で底まで敷き詰められている。そんな果てしないほど長く深い階段を降りた底には、やはり現在の技術でも難しい余りにも精巧な装飾の施された石彫りの玄室が鎮座していて、中にはかつてのジェンリィン族の長が眠る石棺が封じられているのだとか。
私はそれほど遺跡に興味があるわけでもないけど……ここまで来ておいて自分を偽るのはやめよう。なにを隠そう、私は趣味の釣りと同じくらい遺跡巡りが好きなのだ。遺跡はいい、歴史そのものには別に興味はないけどヒルチヒキ族の集落や縄張りでは見ないような建物もあるし、盗掘目的のけしからん連中を後腐れなく全滅させて生贄に捧げることだって出来る。
ありがとう昔の人、今日も精霊に感謝、泥棒は皮剥いで残りはお肉! というわけで逸る気持ちを一切抑えずにスカラ・エストゥラパへと向かうのだ!

「着いた! でっかい、素晴らしい!」
遺跡は大きければ大きいほど良い。もちろん小さい遺跡にだって他のものに換えがたい魅力があるけど、やはり遺跡は大きい方がいい。大抵のことは大は小を兼ねるというけど、移籍と魚に関しては大は小を兼ねない。大きいことが正義なのだ。
「ルチさん、鼻息荒くしているところすみませんが、本当にこれを降りるんですか?」
ノルンが果てしなく続く階段を見下ろしながら、私に物言いたげな眼差しを向けてくる。最短で真っ直ぐ降りるにしても52層、1層につき14段あるから500段? 600? もうちょっと多い? ただ降りるだけでも楽しむ時間はたくさんある。私なんて隅々まで歩き倒してやろうと思っているから、ノルンの気持ちはちょっとよくわからないけど、疲れているのに無理強いしたりもしない。
遺跡の楽しみ方はひとつではない、そこから雄大な姿をゆっくり眺めるのもまた遺跡への正しい向き合い方なのだ。
「ノルン、そこで休む。問題ない、眺めるのも正しい」
「正しいかどうかはわかりませんが、お言葉に甘えて私はここで待っていますね」
胸躍る気持ちを抑えきれずにノルンに笑顔で手を振り、私はスカラ・エストゥラパの無限に楽しめそうな階段へと踏み出した。

……どうやらヤクシ兄さんもカラも、ヌン・ドゥガもネム・ピヒャも来ないみたいだ。みんなはいいけどジェンリィン族、お前らのとこの聖地なんだからお前は来るべきなんじゃないか?
無理強いはしないけど、こんな遺跡を目の前にして勿体ない。私だけで満喫するから、後で降りとけばよかったなんて言ってもしらないぞ。

「行ってくる!」

1万年も経ってるなんて信じられないほど安定した、ほとんど風化していない階段を1歩1歩踏みしめながら、壁に這うように刻まれたカメやトカゲの模様や、踊り場のような空間に置かれたコヨーテやジャッカルに似た石像にも目を向ける。かなりの深さだけあって下りを半ばも過ぎると肌寒くなるほどの温度差があり、底に降り立つ頃には吐く息が白んでしまうような冷気で満たされていた。
祖先を弔う玄室に相応しい冷やりとした空気は、歩いて火照った体にちょうどいい心地良さをもたらしてくれるし、余計な雑草も苔すらも生えていない地面や壁と併せて厳かな雰囲気を醸してくれる。
……満足! みんな勿体ないことをしたな、後でたっぷり自慢してやろう。
なんて思いながら最後に玄室を拝んで帰ろうと足を踏み入れてみると、中は四隅に猿のような人間のような、その中間のような顔をした生き物の石像が祀られていて、中央には一体いつ動かす必要があるのか石の車輪に乗っかった石棺が置いてあった。もちろん車輪がついているからといって、こんな石の塊を担いで階段を登れるわけがないので、一度として動かした様子はない。
だったらこの車輪はジェンリィン族の名誉の為なのか、それとも動かす意味があるのか……?

「押してみる?」
遺跡見物でそういう行儀の悪いことは望ましくないのだけど、このまま隠された意図を誰にも知られないまま朽ちていくのも気の毒に思う。今のところ朽ちる気配はないから、仮にその日が来たとしても私の寿命が尽きた遥か未来のことだけど。
雪解け水が流れてくる頃の川底の石みたいにひんやりとした石棺を押してみると、車輪は思ったよりも簡単に動いて、半分ほど押したところで何かに引っ掛かって止まった。どうやら石棺の下に窪みがあったようで、車輪がそこに嵌ったらしい。盗賊対策なのか事故を防ぐためなのか、どちらにしろ自然に空いた穴ではなく、わざわざ予め用意しておいたものに違いない。
「……何かある?」
石棺の真下の床には車輪を模した円模様が彫られていて、試しに表面にそっと触れてみると、車輪模様から青白い光が浮かび上がり、
「んん? なに、この光?」
ぐるぐるとゆっくり円周を拡げながら回転して私の頭上まで伸びて、そのまま石棺ごと私を包み込んだ。


◆❖◇◇❖◆


「……ルチ……ルチ……ヒルチヒキ族のルチ・フォナ……起きなさい」

いつの間にか眠ってしまっていた。確か変な光に包まれて、気がついたら玄室とは別の温かい空気に満たされた場所にいて、そのまま抗いがたい睡魔に襲われて眠って……そうだ、ここは何処だ?
意識が戻ると同時に反射的に飛び起きて、背負っていたアンゴディア式散弾銃を掴んで身構える。前後左右上下を素早く見渡してみると、どうやら襲いかかってきそうな生き物の気配はない。念のため銃口の先にナイフを取り付けて、突然の急襲にも備えながら背筋を伸ばして立ち上がる。
「グルルルルル」
肩に纏わりつく精霊虫が唸り声を発している。どうやら私と一緒に光に飲み込まれたようで、同じように見知らぬ光景に警戒心を強めている。
どうやらここはさっきまでとは全く別の場所みたいで、天井は蝋燭の火とも太陽の光とも違う橙色の光が灯っていて、壁は石に近い素材だけど金属のような光沢を帯びていて、目線の高さに文字のような模様が複雑に絡み合った線が縦にも横にも張り巡らされている。床は石? 木? 鉄? そのどれとも違う触れたこともない素材で、歩みを進めると不思議な音が反響し続ける。

「……ルチ……起きたようだね」
そういえばさっきから声が聞こえてくる。それは囁きかけるような小さな声で、耳から届いているというより頭の中に直接話しかけられているような感覚だ。
「誰?」
「私はこの場所の番人、君たちがスカラ・エストゥラパと呼ぶ遺跡の守護者である」
声がはっきりと聞こえるようになると、どうして今まで気づかなかったのか、カバくらいの大きさはありそうなカメが目に映った。すぐ目の前で平べったい杯のような台座に座って、私の方をカメらしいなに考えてるのかわからない目で見下ろしている。
それにしても随分と大きいカメだ。これだけあれば肉は焼いて、肝は骨と一緒にスープにして、みんなで食べても3日は食い繋げそうだ。独り占めしたら10日は余裕だ。でもカメは干し肉にしたリだとか、そういった保存には向いていない。なるべく新鮮なうちに火を通して、なるべく早いうちに食べてしまいたいところ。
「カメ汁、焼き肉、油で揚げる」
「うん、食べないでね。まず話を聞いてね」
カメは全く表情を変えず、ほとんど首や手足を動かすこともなく、諭すように注意を告げた。

「ここに来られるのは遺伝子的に選ばれた種族、そう、この大陸には人型種族の中で大きく分けて人間種、神人バスコミアナを祖とする大多数の種族。ドワーフと呼ばれる大地の民。エルフと呼ばれる長命の種族。そして君たち精霊に愛されし民がいて……」
カメがなにやら語りかけてきているけど、そんなことはどうでもいい。カメを食べるのなら、やはりまずは基本中の基本スープだ。カメを甲羅ごと煮込んで出汁を取り、そこに調味料と香辛料を加えて味を調える。お好みで獣肉を混ぜてもいいし、獣の臭みが嫌なら野菜や山菜を入れてしまってもよい。小麦粉で作った麺を入れるのも選択肢に加えてもいい。カメの可能性は無限だ。
「食べようとしないで聞いてくれるかね。ごほん、ここに来られるのは精霊に愛されし民の中でも遺伝的に他種族の混ざりが無い者で、精霊が宿っている者に限られるわけなんだが、まあその辺りの仕組みはいずれドラゴン種族に出会った時に教えてもらうといい。あの遺跡もこの場所を創ったのも、どちらも彼らドラゴン種族なものでね。ちなみにドラゴン種族というのは、この大陸に人類史以前から暮らしている超常の存在で、大抵の生き物は彼らの血肉や魔力溜まりから生まれ……」
カメは可能性の生き物なので、単純に潜在的な旨味も強い。手なんかは塩茹でするだけでも充分に食べ応えがあり、特に酒を飲む際にはおつまみとして食べられることが多い。私はあまり酒を飲まないけれど、飲んではいけないという決まりがあるわけでもないので、前足の1本は塩茹でにしてしまおうかな。皮膚が分厚そうだけど銃剣でも斬れるだろうか、斬れなかったら至近距離から銃を撃ち込んで吹き飛ばしてしまうのも手だな。

「お願いだから食べることから離れようか。1回離れてみよう、食べることを忘れよう」
「わかった」
カメが妙なことを言い出したので、望み通りにカメから数歩分の距離を離れてみせる。
「いや、物理的な距離じゃなくてだね。というより私を食材として見るのを1回やめようか」
距離まで開けたのに、さらに目を閉じてくれときた。仕方ないな、他でもないカメの頼みとあれば私もそのくらいは譲ろう。でも1口目は譲らない! 最初に食べるのは、もちろん私だ!
「意味からか? 言葉の意味から説明しないと駄目なのか?」
言葉の意味は必要ないけど、甲羅の味は重要だ。甲羅まわりの肉は煮込むとぷるぷるとした食感になり、好き嫌いが分かれるけど好きな者からしたら逃せない程だという。私は歯応えを重んじているからそれほどでもないけど、それでもあれはあれでちょっと食べておきたいところだ。カメ、隅から隅まで美味しい生き物め。

「……もういいや。それでだね、まあ話半分でいいから聞いて欲しいんだけど、ここは元々ドラゴン種族の作った種の保存施設のひとつでね。君たちの種族が人間や他の種族との戦いに敗れた際に絶滅しないよう精霊と一緒に保存する施設であり、ついでにドラゴン種族の治める国であるオルム・ドラカにも繋がる中継地点でもある。私はドラゴン種族に知恵と魔力を授かり、かれこれ1万年以上この場所を守っているのだ。よってそれなりの権限を持っている、望むならオルム・ドラカまで行けなくも……」
そういえば酒は出来立てよりも、ある程度の月日を寝かせた方が旨くなる。年代物の葡萄酒は人間の町では高値で取り引きされていて、出来立てとは比べ物にならない芳醇な香りがするとかしないとか。もしかしたら1万年寝かせたカメは、普通のカメよりも遥かに芳醇な香りと濃厚な旨味を持っているかもしれない。もしかしたら私は、とんでもない食材を見つけてしまったのかもしれない。どうしよう、胸の高鳴りが止まらない!
「よし、わかった」
「話、終わった? 大丈夫、締める、痛くしない」
ナイフを銃口から取り外し、逆手に握って身構える。大丈夫、まず首から落とすから痛みは一瞬だ。

「食べさせてあげることは出来ないが、せっかく来たわけだしお土産をあげよう」
お土産? カメ肉か? 別に目の前のカメでなく、他のカメでもいい。とにかくカメが食べられればいいのだ。
「カメ肉ではない」
駄目だな、このカメは……所詮はカメだ。カメだから言葉の意味を間違えて覚えてるみたいだ。土産というのは相手の求める物を渡すのが筋で、この場合はカメ肉以外の選択肢は無いのだ。
「カメ肉ではないが、君たちヒルチヒキ族にゆかりの深いものだ」
人間の肉か? 精霊への生贄にも出来るし人間は便利だけど、今はカメの肉の方がありがたいんだけど。
「もういい! 帰ってくれ! これあげるから!」
カメがとち狂ったように怒り始めた。1万年も生きているくせになんて気の短いカメだ。でも、年寄りも年を取るほど怒りっぽくなるというし、カメも人間もその辺りは同じなのかもしれない。
納得した途端に私の周りの壁が青白く光り始めて、そのまま私と精霊虫を包み込んだ。


◆❖◇◇❖◆


「……ルチさん……ルチさん!」
「……んん?」

目を覚ますと私と精霊虫はスカラ・エストゥラパの階段の上に戻っていて、ノルンたちが呆れた顔をして覗き込んでいた。私の傍らには見覚えのない槍と弓、それに盾が転がっていて、槍はそれほど長くない片手槍。柄の上半分が太く膨らみ、分厚い短剣のような穂先までの間にサメの歯状のギザギザの石刃が埋め込まれている。弓はなんの変哲もない弓に見せかけて、全体が捻じれた蔓や蔦のように絡まった姿をしていて、どことなく奇妙な形をしている。盾は円形の獣革の盾で、表面に血のような染みが幾つも枝分かれするように染み込んでいる。どれも雰囲気はあるものの、性能としては石器槍や革の盾と似たような代物にしか見えない。
もしかしてこれがカメの言っていたお土産なのか……大した装備でもないし、もちろん肉でもない。どこをどう見てもカメ肉ではない。
「やり直し! やり直し、要求する!」
「なんのやり直しか知りませんけど、そろそろ行きますよ。ほら、その弓と槍と盾、馬車の荷台に乗せてください」


「……カメ、食べたかった」
私はがっくりと肩を落としながら槍と弓と盾を荷台に転がして、ついでに疲れた体も横たわらせたのだった。


▶▶▶「地平の果てで歌い踊る獣の話」


≪入手アイテム≫
ヒルチヒキの槍(攻撃力1)×1、ヒルチヒキの弓(攻撃力1)×1、ヒルチヒキの盾(守備+1)×1


≪NPC紹介≫
アーケロン
種 族:カメ(男、1万歳以上、属性:水)
クラス:カメ(レベル50)
移 動:2↑1↓1(水兵)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 70  9 19 36 30 10  0  6 32 35

【スキル】
【個人】地下遺跡の守手(玄室にいる時、被ダメージ半減かつ状態異常無効)
【種族】タートルスピン(移動力+3、行動後ランダムで効果が切れる)
【習得】リジェネレート(毎ターンHP10%回復)
【??】
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:B 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:S

【装備】
なし

【所持品(3)】
なし

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