ルチ・フォナ外伝 第12話「せっかく都会に来たから下水道のワニを捕まえる話」
ベメ・ゲミュビハ、ドゥイ! ルーオ・デモフ・スェボミ・リベレルテ、ドゥン・モラ!
……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。冒険者ギルドから町内清掃の仕事を紹介されたので、郊外の大きめなどぶ川に来ている。
本当はみんなで来るつもりだったけど、ノルンはヘイルワードとかいう教会の偉い人と面通しが出来るように忙しそうにしてて、カラは掃除なんてしてられるかと教練を受けに行った。ヤクシ兄さんは変に目立つと気の毒なので、宿で留守番ついでに洗濯や武器の手入れをお願いしてある。
そういうわけでこの場は私ひとり、正確には他の冒険者たちもいるからひとりではないけど、実質私ひとりといった状況だ。
町内清掃は文字通り市街地や郊外の掃除だ。普段乱暴者や不審者に思われがちな冒険者たちが、ゴミを拾ったり雑草を刈ったりして住民たちからの印象を良くして、ぼくたち危ないものではないですよーと猫を被るのだという。実物の猫を頭に乗せた方が話が早い気もするけど、世の中には致命的に猫に好かれない人間もいる。なにを隠そう私もその類で、不思議と昔から猫にはよく唸られるし、犬にもよく吠えられる。他のヒルチヒキ族は血の臭いのせいって言ってたけど、血の臭いなら仕方ない。精霊に生贄を捧げないのは、飼い猫に餌をあげない以上の大罪だ。大事にしていこう、精霊も、猫も。
「ふしゃぁー!」
そんな風に思っていても、通りすがりの猫は私を見た途端に牙を剥いて威嚇してくる。懐かれないものは仕方ない、そこまで無理して好かれようとは思わないし、頭に猫は被れない。
そんなことより今は掃除だ。この町内清掃、受付のお姉さんが言うには結構おいしい仕事だったりするらしくて、街路の掃除でもお金を拾えたりするし、酒場街なんかだと酔っ払いが落とした財布が見つかったりする。河川清掃、いわゆるどぶさらいだと交易船がうっかり落とした積み荷とか、誰が落としたのか美術品や骨董品、果ては武器なんかも拾えることがある。さすがに下水道にはうんこと生ゴミくらいしか落ちてないけど、スルークハウゼンには開発途中に勝手に作られた秘密の地下道や隠し部屋もあるらしくて、運が良ければそういう場所が見つかるかもしれない。巧妙に隠された場所ならお宝のひとつもあるに違いない。
というわけで私は川漁りから始めて、あまり得るものが無さそうだったら下水道にまで掃除の範囲を伸ばしてみようと考えている。
「えー、冒険者の同志諸君、今日は頑張って掃除に精を出しましょう。もし高価なものが見つかった場合は、一旦ギルドで預かって持ち主を探しますので、くれぐれも勝手に持ち帰ったりしないように。あと死体を発見した場合は必ずギルドに報告すること、危険なモンスターが現れた場合も同様に、自分たちだけで対処せずにギルドまで報告するように」
河川敷に並んだ集団のリーダー格の男が、挨拶ついでに注意点を並べている。確かなんとかってギルドのなんとかって男で、いわゆるベテランの冒険者だったはず。受付のお姉さんから教わったはずだけど、今朝になったら全部忘れてた。
「はい、新人のお嬢さん……えーと、なんて名前だっけ?」
角スコップを受け取りに行くと、ベテランも私の名前を憶えていなかった。そもそも名前を名乗った覚えもないので知らなくて当然だけど、これでお互い様なので私が覚える必要は無くなった。よし、そのまま忘れておいて欲しい。
「ルチ・フォナ」
「そうそう、ルチさんね。まあ最初だからね、無理せず適度に頑張りなさい」
それでも尋ねられたからと名乗ってみせたら、どうやら覚えられてしまった。忘れてもらって結構だ、そもそもの話、ずっとこの町にいる予定でもないので。
「掃除、もといお宝探し、がんばる」
私は使い古されたスコップと、護身用の銃剣付きのアンゴディア式散弾銃を担いで、見るからに汚い川の中へと踏み込んだ。
◆❖◇◇❖◆
「かぁー! 今日はゴミしかねえなあ!」
「こっちもっすよ! 金目のもんなんか見当たらねえっす!」
泥まみれの冒険者たちが悲壮な嘆きを吐き出している。どうやら今日は外れの日みたいで、それなりに価値のあるものは落ちてないらしい。交易船だって来る度に積み荷を落とすようなへまは繰り返さないし、コツを掴んだ手練れが既に回収してしまっていることもある。酔っ払いだっていつも財布を落とすわけでもなく、喧嘩した恋人が必ずしも川に指輪を捨てるとは限らない。
なので、そういう日もある。
(……仕方ない、下水に行ってみるか)
あまり行きたくはないけど、このまま掃除だけ済ませてお駄賃で終わるのも味気ない。一流の釣り人がいつだって大物を狙うように、私も一縷の望みにかけて下水道に繋がるトンネルへと向かった。
「……くさい!」
下水道はただ汚い水が流れてるだけではなく石畳の通路や鉄柵や階段、中二階の高さにも通路が張り巡らされていて、要所要所でどこかの建物と繋がっているみたいだ。よく見ると通路の奥に扉もあるし、おそらく掃除夫や整備士の出入りに使われているんだと思う。
でも掃除はしばらくされていないみたいで、水の中には何の動物かもわからない腐乱死体が浮いていたり、原型がわからないほどヘドロと水垢がこびりついた物体が転がっているし、どれだけの時間が経ったのかわからないくらい朽ち果てた掃除道具が落ちている。
そして滅茶苦茶に臭い。布越しにでも伝わってくる悪臭は、例えるなら豚の糞と死臭を混ぜたような絶妙に吐き気を催す類のもので、下水道の中で三日三晩過ごすっていう刑罰があってもおかしくない。
さてと、そんなことよりお宝探しだ。
汚水があまり掛かっていなさそうな場所を選びながら踏んで、通路を奥へ奥へと進んでいく。普通に考えたら水中に落ちた小さなものは外の川まで流れてるか、底に溜まったヘドロの中に埋まってるはずだから、上から見える範囲になにも見つからなかったら、その場合は無いと考えてもいい。
もし上から見てわかる程度に違和感があっても、それが金目のものとは限らない。
「……はずれ」
水の中で水面を揺らす物体をスコップで突いてみたら、それは汚れと獣の骨とが固まったもので、ぐずぐずに崩れて悪臭だけを撒き散らした。
こいつは思った以上に大変だ。私の鼻と正気が壊れるのが先か、運よくお宝が見つかるのが先か、希望はかなり薄そうだ。
「……えいっ」
目を凝らすのも嫌になってきたので、駄目元で水の中の塊を突いてみる。すると金属のような手応えが伝わってくると同時に、汚水を派手に飛び散らせながら1体の巨大なワニと、その顎に体を半分挟まれた溺死寸前の人間が現れた。
「ギシャアアァァァァ!」
「死ぬかと思ったぁー!」
私はすかさず後方に飛び退くことで降り注ぐ汚水を避けて、さらに着地するまでに背負った銃を構えてみせる。目の前には巨大なワニと妙な人間、人間の方は怪我をしながらもドタバタと動きながら顎から抜け出して逃げ回り、ワニはワニで私には関心を示さずにそいつだけを追っている。
……助けるべきか、無視して進むべきか。
「そこのお嬢ちゃん、助けてー!」
よし、無視して進もう。私はお宝探しで忙しいのだ、よくわからない争いに首を突っ込んでいる暇はない。
「なんでだよ!? 普通は助けるでしょうがっ!?」
齧られかけていた人間が意外と元気そうに怒鳴ってきた。その人間は全身が悪臭と汚水で黒ずんでいるものの、よくよく見たら私よりは幾らか年上で背丈も高い女で、元々は夜の闇のような青黒い外套を羽織っていて腰にはナイフにしては大振りの刃物を提げている。背中にはノルンが使っているものよりも縦長の鞄を背負っているけど、下水道に迷い込んだか旅行者なのか、ワニ退治に挑んだ冒険者なのか……どっちでもいいか。
「いいかい、耳の穴かっぽじってよく聞きな! あたいはソマリ・キムリック! 盗賊ギルド『長靴に隠れた猫』の7代目お頭さ!」
「うん、わかった」
盗賊ギルドのお頭を名乗っているので、まず間違いなく盗賊なのだろう。下水道には秘密の通路や隠し部屋もあるって話だし、盗賊が利用していても不思議はない。
名乗られたので一応の礼儀で会釈を返して立ち去ろうとすると、ベタベタに汚れた腕を伸ばして私を捕まえようとしてきた。もちろん無駄に汚されるのは不本意だ、石畳を蹴って飛び退いておく。
「なに?」
「名乗った相手には名乗り返す! それが礼儀でしょうがっ!」
めんどくさい、今すぐワニに食べられてしまえばいいのに。
「あんた! 今、ワニに食べられてしまえって思ったでしょ! あたいはねえ、そういう鼻が人一倍利くんだよ!」
こっちは悪臭で鼻が曲がりそうだけどな。ついでにワニは追いかけるのに飽きたのか、水の中に飛び込んでこの場から離れようとしている。
「前門のワニ! 後門の礼儀知らず!」
そま、なんだっけ……名前は忘れたので盗賊女って呼ぶことにする。盗賊女がいきなり叫んだかと思うと、ワニを追いかけようとしてみせたり、私にくってかかろうと戻ってきたり、無駄に忙しなく動き出した。
「ワニも追いかけないといけないし礼儀知らずには物申したいし、ついでにギルドの連中は役に立たないし、私があと5人くらい欲しい!」
「ワニ、追いかける、なんで?」
女は気性の激しい猫のような目を尖らせて、
「あのワニはねえ、あたいたちのギルドからお宝を盗み出したんだよ!」
毛を逆立てそうな勢いで喚き散らした。
あのワニは元々は複数の盗賊ギルドで飼い慣らしていたワニで、下水の底に埋もれたお宝を拾う達人だったらしい。安い鶏肉を食べさせて馬車馬のように酷使していたら、今朝になって急にギルドの拠点で暴れ出して、代々の後継者が受け継いできた金の懐中時計を呑み込んでしまった。お頭の面子にかけて取り返そうと追いかけていたところ、いきなり水中からの反撃を受けて汚水の中に引き摺り込まれ、生死の境を彷徨っていたところで助かったのだとか。
「私、命の恩人。お礼、とっとと出す」
「偶然じゃないか! でも助けられちまったのは事実だ! 特別にうちのギルドの一員として末席に加えてやるよ!」
いらない、どうせならお宝がいい。そうだ、ワニの腹の中にある懐中時計とやらを貰うことにしよう。
盗賊女から目線を外して、水路を走るワニに狙いを定める。水路と通路は同じ場所を通っているけど、もしかしたら水中には上から見えない抜け穴があるかもしれない。
ワニから離れ過ぎないように併走しながら通路同士を繋ぐ板の橋に飛び乗り、そのままワニの頭上から散弾を浴びせてみせた。相手は水中に隠れているワニ、効果があるのはせいぜい背中の鱗くらいで足を止めるまでにはいかない。
「なにやってんだい! ワニの相手はねえ、こうやるんだよ!」
盗賊女がぐっしょりと濡れた鞄から黒々とした液体を閉じ込めた瓶を取り出して、蓋代わりに捻じ込んだボロ布に火を点けようとする。火打石を一生懸命カチャカチャ鳴らしているけど、布自体が濡れているんだから点くわけもなく、最終的にはやけになってそのままワニに向かって放り投げた。もちろん瓶はワニの鱗に弾かれて汚水の中に沈み、ワニの足を止めるほどの効果は無かった。
なにやってんだか。鼻で笑いながらワニを追いかけて、面倒な道に進まないように散弾を浴びせて妨害する。
ワニはたまに価値があるのかないのか微妙な金属片や骨を拾いながら汚水の中を進み、前足で鉄柵を掴むと器用に人間さながらの動きで乗り越えて、通路の奥にある鉄扉へと近づいていく。
「待ちな! そこはあたいたちの秘密の小部屋その5だよ! 中のお宝はぎゃああー!」
扉を開けようとするワニを止めようとした盗賊女は、盛大に足を噛みつかれるや否や豪快な回転と共に空中へと放り出されて、そのまま無残に汚水の中へと頭から突っ込んでいった。生きてるか死んでるかわからないけど、そんなことよりワニだ。ワニを見失わないように私も向かわないと。
器用に鍵を開けて扉の中へと進んでいくワニを見失わないように、私も続いて扉に手を掛けた瞬間、中からガチャリと鈍い音を響かせて扉は侵入者を拒絶した。
「……あんた、こいつを持っていきな」
汚水から上半身を出した盗賊女がドロドロに汚れた鍵束を放ってきた。汚いから触りたくないけど、どうやら盗賊の鍵という代物で、大抵の扉や宝箱は魔法で封じられてでもいない限り開けることが出来る。ってギルドの受付のお姉さんが言ってた気がする。
半信半疑で適当な鍵を扉に差し込んで捻ると、最初こそ抵抗があったものの中で馴染んだのか、初めからこの扉のために作られたかのように鍵が回って扉が開いた。
「頼んだよ、8代目……!」
ついでに盗賊女が勝手にお頭の座を押し付けて、親指を立てながら汚水の中に沈んでいったけど、そっちはどうでもいい。今はワニが最優先だ。
扉の先は安宿よりも狭い小部屋になっていて、吹き抜けの天井に向かって1本の梯子が垂直に伸びている。おそらくワニはこの梯子を伝って上に向かった。ならば私も追いかけるしかないわけだけど、梯子の途中で押しかかられたら嫌だな。
……行くしかないか。覚悟を決めて梯子に手を伸ばし、慎重に登っていく。上は真っ暗でわからないけど、中腹くらいまで登ったところで突然、梯子を掴む手に微細な振動が走った。
間違いなくワニだ。私より高い位置にいるワニが梯子を蹴って、自らの体重に落下の速度を上乗せして襲いかかってくる。暗すぎて距離はわからない……けど上から襲いかかってくるのは確実だ。銃口に取り付けたナイフごと持ち上げる形で散弾銃を構えて、切っ先を垂直ではなく斜めに反らす形で待ち受ける。
飛び降りてきたワニの顎にナイフを突き立てて、銃を回転させて直撃を避ける。同時に銃口が下を向いた瞬間に引き金を引いて、至近距離から散弾を浴びせてやった。背中よりは幾分か柔らかい首から腹にかけて散弾を受けたワニは、断末魔の悲鳴に近い鳴き声を発しながら梯子の下へと落ちて、鈍い落下音を響かせて床全体をどす黒い血で染め尽くした。
梯子の先も気にはなるけど、また今度にしよう。まずは確実にお宝を手に入れて、無事に下水道から抜け出す。
念のためにもう1発散弾を撃ち込んでワニを完全に沈黙させて、腹を切り開いて金色に眩い小さな時計と、ワニが道中で飲み込んだのか1冊の古びた手記を拾っておいた。他にも腹の中に鉱石や骨なんかを隠していたけど、これ以上は抱え切れないし大した値も付きそうにないものばかりだ。
「さすがに気の毒、安らか、眠る」
そのままに放置しておくわけにもいかないので、ワニの死体を水の中に沈めておいた。そのうち魚が食べてくれるだろう。汚水の中に魚がいるかはわからないけど、居なかったら居なかったで腐って朽ちるだけだ。ゾンビワニとして蘇る心配はない、と思う。
「疲れた! 帰る!」
ちなみに後でギルドから小言をひとつふたつ言われて、宿屋の女将さんから臭い汚いって怒られたけど、それだけ働いたのだから仕方ない。それよりもせっかくのワニなのに食べられる代物じゃなかったから、次はきれいな池でカメとか捕まえたいな。
▶▶▶「交渉という名の机下の殴り合いの話」
≪入手アイテム≫
スコップ×1、金の懐中時計×1、名も無き娼婦の手記×1、盗賊の鍵(スキル習得:解錠)×1
≪NPC紹介≫
ソマリ・キムリック
種 族:人間(女、28歳、属性:火)
体 格:168cm、53kg
クラス:盗賊(レベル10)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 23 9 4 5 3 16 20 4 16 12
【スキル】
【個人】泥棒猫(盗む成功時、再行動が可能になる)
【種族】投石(射程3、0~3ダメージの間接攻撃を行う)
【兵種】盗む(敵ユニットから装備やアイテムを盗む)
【習得】冒険者の鞄・小(アイテム所持数+3)
【??】
【??】
【技能】
短剣:C 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:C
【装備】
アサシンダガー 威力12(3+9/最大HPの3%の持続ダメージ付与)
隠密の外套 攻撃対象になる確率ダウン
【所持品(3+3)】
ポーション×2、火炎瓶×1、盗賊の鍵×1
≪エネミー紹介≫
ワーニンガブ
種 族:ワニ(男、年齢不明、属性:水)
クラス:ワニ(レベル10)
移 動:4↑2↓3(水兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
能力値 33 13 1 8 3 9 5 12 1 1
【スキル】
【個人】下水道の主(下水道でアイテム発見時、確定でレアアイテム入手)
【種族】デスロール(必殺発生時のダメージ倍率を2倍から3倍に増やす)
【習得】アイテム発見移動(埋もれたアイテムを確定で入手)
【習得】解錠(扉・宝箱の鍵を解除)
【習得】冒険者の鞄・小(アイテム所持数+3)
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
なし
【所持品(3+3)】
金の懐中時計×1、名も無き娼婦の手記×1、人骨×1、銅鉱石×1、朽ち木×1、尖った角×1