ルチ・フォナ外伝 第14話「命乞いをしながら葡萄酒を飲む聖人の話」

「支援を約束しよう、元々断る気は無かったからね」
ルチさんとのおおよそ交渉とは呼べない交渉を終えたヨアヒム・ヘイルワード氏は、さすがに疲れたのか杯の中のハーブ水を飲み干しながら言葉を溢しました。私も緊張と驚きで喉がカラッカラです、ルチさん、今後は心臓に悪い発言はやめてくださいね。
「……って、断る気は無かったんですか?」
「ああ、そうだよ。ピョルカハイム保護区内の部族に権利を付与するべきだ、なんて論文を世に出しておいて断るのは、それはそれで変な話だろう?」
確かにそうですけど、あんな脅迫みたいな交渉で首を縦に振るのも変な話ではありますよ。

ヘイルワード氏が言うには、そもそもピョルカハイム保護区内の部族を同じ人間と考える者自体が少なく、さらには彼を訪ねてくるような変わり者など、これまで居なかったそうです。つまりここに来た時点で、彼からすれば既に幾つものハードルを超えているわけで、嘘でなければ合格だったということです。
「3点とは言ったが、支援をしないとは一言も口にした覚えはないよ」
「言われてみればそうですけど……少々意地が悪くないですか?」
「ああ、こいつらにもよく言われるよ。私は司祭としては異端者だからね」
ヘイルワード氏は自虐的に苦笑してみせながらゆっくりと立ち上がり、棚に並べてある年代物の葡萄酒を手にしました。酔わなければ話せないような内容でも語るのでしょうか。
私たちは交渉に来ているのでお断り……ルチさんは飲むんですね。どうぞどうぞ、お疲れでしょうから好きにして下さい。酔っぱらって生贄に捧げるのだけはやめてくださいね。

「とはいえ、このままでは解せないだろうからもう少し説明してあげよう。ノルン君、ルチ君、君たちはこの国、ハルトノー諸侯連合が戦争状態にあることは知っているかね?」
ルチさんがどうかわかりませんが、私は当然知っています。ハルトノー諸侯連合は大陸南部の強国と境界線を面していて、何年も前から一進一退の争いを続けています。南部の国境はシェーレンベルク騎士団の中枢からもラステディン教会の本拠地からも遠く、このスルークハウゼンでもそれなりに離れているため、あまり多くの情報は伝わってきませんが、それでも時々『国境線を何メートル押し上げた!』だとか『敵部隊の損害〇〇名、圧倒的勝利を収める!』といった真偽不明な戦果は伝わっています。
「フィアレアド王国との戦争ですよね、もちろん存じています」
「では、ノルン君。戦争というのは、どのような状況を差すと思うかね?」
それは小競り合いから泥沼の死闘まで、互いに兵力を継ぎ込んで領土や権利を奪い合うのが戦争でしょう。貿易を通して繰り広げられる経済戦争であるとか神の布教によって信徒を増やす宗教戦争もありますが、おおよそ一般的に戦争と聞いて思い浮かべるのは、血を流し合う凄惨なもので間違いありません。
正直にそう伝えると、ヘイルワード氏はそれはそうだと前置きをしつつ、
「では、ノルン君。君と……例えばそうだね、殺傷能力のある武器を握って少々のことでは傷を負わない革の服を纏った君と、つい先日ようやく掴まり立ちが出来るようになった小さな子供、この両者が争う場合は戦争と呼べるだろうか?」
なんだか妙に遠回りな言い回しで問い掛けてきました。

「とても呼べるものではありませんね。子供は大人が庇護するべき対象であるという前提もありますが、そもそも争いにはならない程に腕力や体力、体格に差があり過ぎます」
「だよねえ。でもそれが国同士や異種族同士だと戦争と呼ぶしかないわけだ」
つまり、それほどに差があるわけですか。フィアレアドは武勇に名高い王の兵団があると聞いていましたが、随分と尾ひれはひれが付いてしまっているようですね。しかしハルトノー諸侯連合の戦力、具体的にいうとシェーレンベルク騎士団ですが、そこまでの精鋭部隊とは認識していませんでした。だって部族のみなさんとの戦いで多くの死者を出していますからね。部族のみなさんの武器は石器の槍や狩猟用の弓ですよ、そんな原始的な装備を相手に3桁もの死者数を積み重ねた騎士団が、そこまで優秀とも思えないのですが。
「……もしかしてフィアレアドがそれほどまでに強いのですか?」
伝わる戦果など人心掌握の為の大本営発表の可能性もあります。実は圧倒的な大敗を重ねていて、国境線が大きく後退しているのかも……だったらスルークハウゼンの冒険者ギルド辺りにもっとそっち方面の依頼、敗残兵の救助や国境近くの村落の警備、そういった内容のものが並んでそうですが。

「相手はフィアレアドではないよ。大陸西方の亜人種族の国オルム・ドラカだ」
……オルム・ドラカ? 聞いたことのない名前ですね。


◆❖◇◇❖◆


亜人種族の楽園オルム・ドラカ。スルークハウゼンから西の彼方、ハルトノー諸侯連合の支配地域の外に拡がる【禁域】と呼ばれる深く危険な樹海の更に向こうに、かの国はあるといわれているそうです。その存在は数多くいる冒険者の中でも一握りしか知らず、騎士団や教会の関係者であっても正しく存在を把握できている人は数えるほど僅かなのだそうです。
ヘイルワード氏がその国のことを知ったのは15年ほど前、彼の年の離れた弟が所属する一団が偶然遭遇したゴブリンの親子から伝わったそうです。そのゴブリンは親切ではあるものの、聞けば『いい年して無職で、歯もガタガタで4本しか残ってないし、髪も剥げ散らかしてるけど、少し前に30人目の子どもが生まれるた』そうで、たまたま糖度の高い林檎を採りに来ていたところを出くわしたそうです。
ヘイルワード氏(弟)は弓にしか興味のない性格だそうで、特にゴブリンが現れても焦りも驚きもしなかったのですが、遥か頭上にある林檎を射抜いて落としてあげたお礼にと、オルム・ドラカ内で流通する硬貨を譲り受け、それがかの国の実在証明となったようです。
そして冒険者たち、正確には調査依頼を出している騎士団と教会が、亜人種族たちの庭である禁域を踏み躙っているということは、かの国との争いは避けられないでしょう。そして双方の力の差は、少なく見積もっても先の例えほどの開きがあるとのことです。


「この国は敗ける。あと10年と経たない内にと踏んでいるが、もしかしたら1年足らずの間にかもしれない。それこそかの国の王の気分次第だが、どのくらいにせよ私が存命中の間には確実だろう」
ヘイルワード氏の言葉に、左右に控える護衛もしくは召し使いの男女が口を挟もうとしましたが、氏は片手を軽く掲げて遮ってしまいました。出来れば氏の方を遮って欲しかったですね、さっきから聞かない方がいい情報ばかりが投げかけられていますので。
「そこで本題なんだがね。私が君たちへの支援を引き受けた理由……命乞いだ。かの国の王は配下となった者は亜人種族でもモンスターでも、それこそ人間であっても平等に扱うそうだ。私もあなた様と同じ思想を持っていますよ、という保身はしておきたい」
「そのために提唱したのがピョルカハイム保護区諸部族への権利の付与、というわけですね」
「その通りだ。ハルトノー諸侯連合領内での彼らの扱いはゴブリンと同等、もしくはそれ以下だ。そんな彼らに手を差し伸べる思想の持ち主、教会の司祭であるという汚点を差し引いても見逃してもらえると思わないかね?」
いや、そればかりはオルム・ドラカの人じゃないから、なんとも答えようがないですね。ゴブリンなんかを明確に敵視している教会に所属しているだけでも問答無用で処刑されるかもしれませんし、その後の教会と神の信徒たちを抑え込むための傀儡くらいには据えてもらえるかもしれません。

「偽善を並べて金を引っ張ろうとするだけの活動家は過去にもいたが、実際に部族の代表者を連れて交渉に来たのは君が初めてだ。あれほどの脅迫を受けたのも初めてだったがね」
ヘイルワード氏が葡萄酒をぐいっと飲み干して、皮肉っぽい笑みを浮かべました。
ルチさんも葡萄酒を一気に飲み干して、かわいらしく笑みを返してみせたのですが、これは単にほろ酔いになって気分がいいだけかもしれませんね。そろそろ飲むのはやめておきましょうか、支援物資から葡萄酒代を引かれても困りますし。
「ヘイルワード司祭、そろそろ支援の話に移りたいのですが」
「安心しなさい、数日の内に用意しよう。さすがにロンダリア鋼やランバール銀の装備は用意できないが、鋼鉄製の武具と銃器、治療薬、あとは爆薬に食糧、中隊規模程度の数を用意しておくよ」
中隊規模ということは最低50人分、最大で200人分の支援物資ということになります。ピョルカハイム保護区への支援としては少ないかもしれませんが、ヒルチヒキ族とタルダイ族の戦士に持たせるには不足ない量です。初めての支援要請としては充分に及第点な量ではないでしょうか。
それに個人で用意できる量としては破格、領地を持つ貴族や騎士団の指揮官と比べて多いのかは私にはわかりかねますが、子供への駄賃程度の量ではありません。

「それとピョルカハイム保護区までの輸送のための牛馬、無事に送り届けるための護衛も付けておこう。届かずに町を襲われては本末転倒だからね。君たち、ノルン君たちを無事に送り届けてきなさい」
「我々がですか!?」
「司祭の命令であれば従いますが……」
ヘイルワード氏は左右に控える男女に目配せしました。当然ふたりからはわずかに反発の意思を含む言葉が返ってくるわけですが、それも当然の結果でしょう。教会と保護区の部族は対立関係にあります。神への信仰に乗り換えてくれるなら人間として認めてやってもいいが、神への信仰を持たないなら虫けらも同然、生きている価値など無い、というのが教会の基本理念です。
異端者の司祭の下で働いているとはいえ、保護区への支援を加担せよと指示されては不満のひとつやふたつ抱くでしょう。
「君たちは外のことを知らなすぎだ。もっと教会以外にも視野を拡げなさい、教会の教えだけが正解ではないと学ぶのも人々を導くのに必要な知識だよ」
「そう仰るなら……」
「まあ、はい……」
丸めこまれたというよりは結局従うしかないのだから不満を呑み込んだ、といった様子ですが、道中の護衛をして下さるなら文句はありません。さすがに商隊規模の積み荷と馬車を率いた状態で、野盗や山賊から逃げるのは無理がありますからね。

「よろしくお願いします」
「……ああ」
「……よろしく」
明らかに歓迎しない態度を取られてしまいましたが、保護区の入り口までの間ですから……出来る範囲で仲良くしましょうね。


◆❖◇◇❖◆


ティンバーベルズ聖堂を一歩外に出た途端、鉛のような疲れが全身に圧し掛かってきました。今日だけで寿命が10年は縮んだような気がします、こんな生活を続けていたら確実に早死にしてしまうでしょう。そのうち切りのいいところで後任の交渉役を見つけて、私はどこか辺境の村でのんびり畑仕事でもしながら生きる、そういう道を選びたいものです。

「ノルン、顔色悪い。うんこ、我慢よくない」
ルチさん、若い娘がうんこなんて言うもんじゃありませんよ。それに不調の原因は便意ではなく、先程の無茶な交渉ですから。そうだ、さっきの内容、実際のところどうなんでしょうか。
「ルチさん、さっき言ってた毒とか襲撃とか、本当なんですか?」
「ヒルチヒキ族、たまには嘘つく」
ああ、よかったです。ルチさんは無関係な他人を巻き込むような、そんなことをする人ではありませんから。もちろん信じていましたよ。
「襲撃、本当。支援貰えない、そういう手筈になってた」
まあ、それに関しては何も言いません。教会や騎士団の保護区への方針が間違っていたのですから。彼らを荒廃した土地に押し込んだ上で労働力としても徴集する、そんなことをしていては反抗されても文句はいえません。おそらく支援を手に入れた彼らは、同胞を取り戻すために鉱山辺りを襲撃するのでしょうが、そこも遅かれ早かれです。私のせいではありません、教会の落ち度です。誰も救えないくせに、なにが神ですか。

「集落、早く帰りたい」
少し意外でしたが、ルチさんも懐郷病に罹るんですね。私としてはヒルチヒキ族の集落より、スルークハウゼンでも他の町でもいいですから、ずっとそっちで過ごしたいところです。なんせ快適度と利便性が段違いです。簡単に水と食べ物が手に入り探せば仕事だって見つかる暮らしというのは、金というしがらみからは逃れられないものの、他の何事にも代え難い魅力……俗っぽい言い方をすると中毒性がありますので。
「生贄、そろそろ捧げたい」
あ、そっちですか。そうですね、途中で捧げても問題のない野盗でも捕まえて、みなさんへのお土産にしましょう。私も思考回路が随分とルチさんたちの側に寄ってしまっていますが、この世には異教徒の人権はあっても野盗や山賊の人権など端から存在しないのですよ。


出発まで数日かかるようですし、それまでに私たちの身支度も済ませておきましょう。不覚にも私の服は吐瀉物まみれになってしまいましたから。


▶▶▶「カメを捕まえようとしたら豚が捕まった話」


≪ゲストユニット紹介≫
リヒャルド・ウーノ
種 族:人間(男、21歳、属性:水)
体 格:160cm、58kg
クラス:魔道士(レベル12)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 23  5 10  6 10 15 10 10  7  7 

【スキル】
【個人】右腕の魔道士(シャリルと隣接時、命中+10)
【種族】貴族の嗜み(撃破した敵ユニットから少額の金を入手する)
【兵種】魔力解放(魔道書の射程+1)
【??】
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:D 魔道:C 回復:D 重装:E 馬術:D 学術:D

【装備】
アルマンダル魔術書  威力12(2+10/魔法武器、炎属性)
アウルゲルミル秘術書 威力14(4+10/魔法武器、氷属性)
鋼の盾        守備+3

【所持品(3)】
ハイポーション×2


シャリル・ドヴァ
種 族:人間(女、21歳、属性:土)
体 格:178cm、67kg
クラス:僧侶(レベル12)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 25  9  6  9  8 10 15  5 15  7 

【スキル】
【個人】左腕の僧兵(リヒャルドと隣接時、回避+10)
【種族】貴族の嗜み(撃破した敵ユニットから少額の金を入手する)
【兵種】地母神の祝福(回復杖の範囲を対象の隣接マスまで拡大)
【??】
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:D 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:D 魔道:E 回復:C 重装:D 馬術:E 学術:D

【装備】
メイス 威力13(4+9)
鋼の盾 守備+3

【所持品(3)】
ヒールワンド×1、治癒の杖×1

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