ルチ・フォナ外伝 第16話「平和と労働に満ちた素晴らしい日々の話」
「今日も平和ですねー」
「平和、一番」
素晴らしい日々の条件は、まず平和であることで間違いありません。
ピョルカハイム保護区に戻ってきてから2ヶ月ほど、私たちが持ち帰った支援物資はヒルチヒキ族のみなさんの役に、それはもう大いに役立ちました。50丁近いルェドリア銃は若い女も年老いた老兵も即席の狙撃兵へと変革させ、鋼鉄製の槍や盾は戦士たちをより屈強な精鋭へと発展させました。
さらに回復薬や爆薬を抱え、十分な作戦を練り上げたヒルチヒキ族のみなさんは、労働力として鉱山に連れて行かれた仲間たちの救出に向かい、積み重なった恨みと怒りを存分に振るったのです。
元々保護区外の人間は装備の質という一点でのみ優位に立っていたわけで、文明的で快適な暮らしに浸かる彼らと過酷で原始的な生活を送る部族とでは、そもそもの身体能力からして差があります。もちろん個体差があるので絶対的な差ではありませんが、平均すると体力、腕力、度胸、人数で勝る部族のみなさんが、装備でも対等になったとなると、騎士団の正規部隊ならいざしらず鉱山の警備兵程度では足止めにすらなりません。
夜の闇に紛れての狙撃を皮切りに宿舎や作業小屋をことごとく焼き払い、獣よりも遥かに恐ろしい怒声を轟かせ、混乱する者も逃げる者も容赦なく叩き伏せた後に残っていたのは、恐怖に怯えて涙と体液を溢れさせた者ばかりだったそうです。
その最期にはさすがに同情を禁じ得ませんが、今まで散々ヒルチヒキ族や他の部族の方々を奴隷のように扱ってきたのです。相応の報いは受けて然るべきでしょうし、さらに苛烈な反撃を受けてしまったのも当然の結果でしょう。
仲間たちを解放されたヒルチヒキ族のみなさんは、十数名分の生贄と外の町に運ばれるはずの金塊や鉱石を持ち帰り、さらにこの勢いに乗じてもうひとつふたつ鉱山を襲って戦果を上げました。
私とルチさんは襲撃には参加しなかったものの多くの武器を持ち帰った成果を認められ、ルチさんは小さいながらも拠点を築くことを許され、私は『名誉ヒルチヒキ族』という名誉なのか不名誉なのか判断し難い称号を頂きました。
拠点は以前助けたペペミカ族の居住地の近くで、ルチさんや私が寝泊まりするテントの他に、ここを拠点にするヒルチヒキ族の狩人たちの使う作業小屋、簡素ながらもしっかりとした生贄台、染料の抽出室、牛馬を飼うための家畜小屋、吊り下げ式の織り機や炊事場を用意しました。
まだまだ足りないものばかりですが、最近は近場の諸部族との交流も徐々に増えましたし、儲け話の匂いを嗅ぎ取ったドワーフ商人の出張販売所も建ちました。若干いいようにされてる気もしますが、これも盛り上がりと考えておきましょう。持ち込んでくる商品も悪くないですし、再びヘイルワード氏から支援を得られるとも限りませんからね。
そういう意味ではもっと物流と人流を活発にして、それこそ駅逓街のような交易拠点を目指すのもいいかもしれません。
「平和もいいですけど、もっと色々作りたいですね」
さすがに場所が場所なので宿屋や温泉なんかは求めていませんが、ヒルチヒキ族のみなさんが今後も自立して武力を保てるような設備や収入源は欲しいところです。そうなるとこの地に新たな産業を興すのが正解なのでしょうけど、果たして縄張りの外からも人を集めるほどに魅力があり、安定した収入になるくらい生産性があって、さらにヒルチヒキ族だからこその独自性もある……果たしてそんな産業とはなんなのでしょうか。
たまに保護区の外の山奥なんかで廃村化しそうな集落が村興しなんて試みてますけど、大抵は付け焼き刃的に失敗をしてそのまま廃れてしまったり、都会からひと稼ぎしてやろうとやってきた詐欺師みたいな輩に騙されたり、成功まで辿り着けるのはごくごくわずか。戦場で銃弾に当たらずに駆け抜ける方が成功確率は高いかもしれません。
そういう意味では地に足のついた産業ということになりますが、仮に干し首をお土産として販売したところで欲しがる客は少ないでしょう。肝を乾燥させて煎じ薬にするのは有りかもしれませんが、あっという間に禁制にされてしまいそうですし、かといって髑髏の仮面や染料も需要は底に近いでしょうね。
「……難しいですね」
その辺りを考えるのは長老や酋長と呼ばれる偉い人たちに任せましょう。名誉ヒルチヒキ族とはいえ、私はあくまでも客人の立場ですから。
「畑と訓練場、もうじき出来る」
そういえばそうでした。この拠点はヒルチヒキ族だけでなく、改めてタルダイ族から派遣されてきたカラさんや移住してきたヤクシさん、あと頼んでもないのに同行してきたズゥ・モー族のドスさんも利用しているのです。
ヤクシさんは家畜小屋の近くを開墾して畑を、カラさんは戦士向けの訓練場を作ってくれています。ドスさん? 残念ながらあの人は食って寝る以外に能はありません。でも食事に飽きが来ないように、炊事場の近くに燻製機や焚き火台なんかを用意していましたね。
産業の課題は一旦横に置いて、彼らを見習ってなにか作りましょうかね。特に作りたいものなど思い浮かびませんが、ルチさんはどうなんでしょうか。
「ルチさん、欲しい施設はあったりします?」
「釣り堀」
いいじゃないですか、夢がありますよ。いちいち川まで水を汲みに行ってるこの場所で作れるか定かではありませんが、趣味と実益を兼ねるのは大事なことです。好きこそものの上手なれ、ともいいますからね。欲しいものは遠慮なく作ってしまいましょう。
「サメ、いっぱい放り込む」
絶対やめてくださいね。生け簀の水が血の涙に変わってしまいますから。
「ルチ、ノルン、寝てないで働く」
「若いやつら、銃教える」
寝転んで平和を満喫しているとヒルチヒキ族の戦士のおふたり、ヌン・ドゥガさんとネム・ピヒャさんに怒られてしまいました。おふたりは鉱山襲撃に参加して誰よりも戦果を上げ、若いヒルチヒキ族を従える戦士長とその補佐に出世したそうです。ちなみに従えている若い戦士は確か5人ほど。多いのか少ないのかわかりませんが、そもそもおふたりとも20代の若さ、無闇に100人とか従えるよりは現実的な人数かもしれません。
もしかして私たちも頼めば戦士を借りれたりするんですかね? スルークハウゼンには傭兵の斡旋所なんかもあったそうですし、そういう産業も……それは既にタルダイ族がやってましたね。競合すると怒られそうなので自ら却下します。
そんなことよりもヒルチヒキ語というか諸部族の共通言語しか話せなかったおふたりが、ルチさんのように外の言葉を覚えていたのは意外でした。ドワーフの商人との交易のためでしょうか、それとも私が勝手な真似をしないようにとの忠告も兼ねてでしょうか。どちらにせよ会話が楽になるのでありがたいです、なんせ部族のみなさんの言葉は複雑で難しいので。
「では、今日も働きましょうかね」
といってもルチさんと違い、私の仕事は基本的に雑用です。特技があるわけでもないですからね、身の程をわきまえて謙虚に働きましょう。なんせ平和が一番ですので。
◆❖◇◇❖◆
「……ぜぇぜぇ、疲れた」
素晴らしい日々の条件は、まず休日であることで間違いありません。過剰な労働は体と精神を擦り減らしてしまいます。暮らしの余裕のために欠かせない労働ですが、心の余裕がなくなるほど疲れてしまっては本末転倒です。拠点からほど近い川べりから水を汲み、天秤棒を背負って両側に重たい桶を吊るして戻るを繰り返すだけの単純労働ですが、単純だからこそ心が擦り減りやすく誰でも出来ることだからこそ避けて通れません。
10回も往復した時点で足から背中にかけて途轍もない疲労が圧し掛かり、他のヒルチヒキ族の女性や子供たちに休憩を申し入れてしまいました。
「すぐ疲れる、体力ない」
「力も弱い、情けない」
ううっ、子供からもなじられてしまいました。事実なのでぐうの音も出ませんが、これでも長い距離を歩いたりは得意なんですよ。ルチさんと一緒にスルークハウゼンまで行って帰ってきましたからね。あなたたちは保護区の外なんて出たこともないでしょう、それを笠に着たりはしませんが少しは自重してくださいね。
などと仰向けのまま歯軋りをしていると、戦士のみなさんに銃を教えていたルチさんが覗き込んできました。銃の教練の疲れはよくわかりませんが、ルチさんの基礎体力は私の遥か上、比べるまでもなく涼しい顔をしています。顔の器量はわざわざ比べませんよ、私はわきまえる女ですから。
「ノルン、くたくた」
「まったくです。平和も大変ですね」
ルチさんが呆れた顔をしています。でも呆れた顔が出来るのも平和の特権ですからね。
それにしても平和です。労働は確かに大変ですが、あの慌ただしさや命を綱の上に置き去りにするような日々と比べたら、労働上等ですよ。このまま柔らかい日差しを浴びながら昼寝でもして、もうひと働きして他の人が獲ってきた肉や魚を食べる、そんな毎日こそ最高じゃないですか。
そういう意味では私は冒険者にも教会の調査員にも向いてなかったのかもしれませんね。
ふわぁ……と欠伸を噛みころして空を見上げていると、頭の上辺りをふわふわと浮かんでいる妙な物体に気が付きました。風船でしょうか、いや、この辺りにそんな文化はないですね。鴉にしては羽も生えていないですし全体的に丸すぎます。
「ルチさん、あれなんですか?」
妙な物体を指差しながら問い掛けると、隣で寝転ぼうとしていたルチさんの目が急に光を取り戻して、獣のように素早く上体を跳ね上げました。なんですかなんですか? 危険な物なんですか?
「精霊虫。珍しい、すごく」
ルチさんは腰に提げていた袋から、この辺の特産品といえなくもないけれど産業には成り得ない干し肉を取り出して、猫に餌でもあげるかのように左右に振り始めました。精霊虫と呼ばれた黒い生き物は、頭だか胴体だかわからない球体の上下に数本の突起が生えていて、正面……仮に正面としましょう、揺れる干し肉を向いている側の面にはヒルチヒキ族の戦士が被っている面のような牙が生えています。そこだけ妙におどろどおろしさがありますが、それ以外はどことなくかわいらしさも醸しています。
実際、恐る恐る干し肉に齧りつく姿はかわいい寄りですし、干し肉がシカやバッファローであれば実に微笑ましい光景ではあります。残念ながら人間のものですが。
「ルチさん、その子、なんなんですか?」
「精霊虫、たまに現われる。精霊、本来は見えない、でも時々こんな形でうろうろしてる」
精霊が実体化した姿、といったところでしょうか。ヒルチヒキ族は精霊に生贄を捧げて感謝を伝えていますし、ルチさんも例に漏れず精霊への信仰心は強いですから、目の前に現れても不思議はありません。精霊の存在は教会は否定的ですが、エルフやドワーフの社会では実在するものと考えられていて、ピョルカハイム保護区では多くの部族から信仰の対象とされています。
郷に入っては郷に従えという諺もありますし、ここはひとつ、私も木の実かなにかを捧げて感謝を伝えておきましょうかね。
「精霊さん、こちらをどうぞ」
ルチさんに抱えられた精霊虫がそっぽを向くように横に動きました。どうやら木の実は好みじゃないそうです。好き嫌いしていては大きくなれませんよ、小柄な私がいうのも変な話ですが。
「それにしても、どうして急に現れたんですかね?」
「精霊虫、現れる。幸運もたらす」
日頃の行いに対するご褒美でしょうか。交渉の場では私も結構頑張りましたからね。
「大きな災いの前触れ、教えに来る、とも言われてる」
なんてことでしょう、日頃の行いに対する罰でしょうか。確かに私は嘘吐きですし、少々卑怯なやり方を選ぶこともありますけども。
「長老、相談してくる」
「だったら私もご一緒します」
もしかしたら諸部族解放同盟の出番かもしれませんからね。水汲みから逃れたいわけではありませんよ、そんなわけないじゃないですか。
▶▶▶「知恵の民と荒野の技師の話」
≪入手アイテム≫
精霊・アギト×1
≪再加入ユニット紹介≫
ヌン・ドゥガ
種 族:ヒルチヒキ族(男、28歳、属性:火)
体 格:176cm、85kg
クラス:ヒルチスピアー(レベル15)
移 動:4↑3↓4(山岳)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 33 17 1 11 3 16 14 17 7 3
職補正 6 3 -2 2 -1 5
装補正 3
成長率 50 45 10 30 15 35 35 15 25 10
【解放クラス】
ヒルチスピアー、戦士
【スキル】
【個人】ヒルチの戦士(ヒルチヒキ族と隣接時、与ダメージ+2)
【種族】精霊の祈り(戦闘不能にした時にHPを20%回復する)
【兵種】傷の祈り(攻撃を受けるごとに回避+3、最大+30)
【習得】ノックバック(直接攻撃時にノックバック発生)
【??】
【??】
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:C 斧鎚:C 鞭術:E 弓術:D 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
鋼の槍 威力26(9+17)
手斧 威力23(6+17)
鋼の盾 守備+3
【所持品(3)】
〇〇の干し肉×1、臓物ボトル×1
種 族:ヒルチヒキ族(女、26歳、属性:水)
体 格:163cm、54kg
クラス:ヒルチハンター(レベル15)
移 動:4↑3↓4(山岳)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 25 14 7 3 5 35 13 19 4 6
職補正 2 5 5 5
装補正 10
成長率 40 35 20 15 20 45 25 30 20 20
【解放クラス】
ヒルチハンター、狩人
【スキル】
【個人】獣撃ち名人(獣系ユニットに対して命中+15)
【種族】精霊の祈り(戦闘不能にした時にHPを20%回復する)
【兵種】血の祈り(攻撃を命中させるごとに命中+3、最大+30)
【習得】狩猟(倒したモンスターや動植物を素材に変える)
【??】
【??】
【技能】
短剣:D 剣術:E 槍術:D 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:C 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
鋼の短剣 威力19(5+14)
鋼の弓 威力21(7+14)
照準器 命中+10
【所持品(3)】
〇〇の干し肉×1、ボーラ×1