もぐれ!モグリール治療院 第21話「待ちくたびれたじいさんの長い長い小言」
漁師も商人も奴隷さえも流れてこないような川の果て、幅の広い大河が次第に細く狭まり、最後の一滴になるまで削り切ったその先、逃亡兵の血も涙も砂に消えるような乾いた断崖の大地を越えた先に、人間以外の種族の楽園とも呼ばれるオルム・ドラカという国が拡がっている。
どこからどこまでがオルム・ドラカなのかはわからないけど、この断崖から見下ろす大地は深い窪地のように抉られていて、一説には数千年前のドラゴンの戦いの傷跡とされている。いやいやまさか、と思ってしまうけれど、断崖から見渡せる反対側、私たちが先日まで旅していたフィアレアド王国を振り返ると、この距離からでもはっきりとわかるほどの巨大な大穴が地面にぽっかりと空いている。道中で聞いた話だと、あの大穴は10年ほど前にドラゴンが作った穴で、それを目にしたフィアレアドの王党派と教会派の指導者たちは、無条件でオルム・ドラカに対して白旗を上げてしまった。
つまりドラゴンという生き物は実際に存在していて、しかもオルム・ドラカの頂点に君臨していて、数とか武力とか軍隊とか宗教とか、あと人間の誇りとか、そういうものを一切寄せ付けないほどの強さを持っているのだ。
っていうのを踏まえた上で、オルム・ドラカに踏み込むのだから、ドラゴンとだけは絶対に敵対してはいけないことは常に頭の片隅に置いておかないといけない。
「というわけで、私たちはモグリールたちが追いつくまで、友好的な旅人としてふるまうことにする!」
「賛成、危険、ドラゴン、敵対、馬鹿」
「そりゃあ、好き好んで化け物と揉める必要はないからな」
相棒のルチと、流れで同行している元奴隷のガルムも迷わず賛成してくれる。
もちろん最初から敵対するつもりもないし、別に戦うのが目的でもない。むしろモグリールが用事があるってだけで、私は用事らしい用事もない。強いて目的を作るとするならば、冒険者として名が上がるような成果のひとつでも持って帰りたいけど、それも無理して手に入れることはない。
むしろ私の子分には、ゴブリンとかサイクロプスとかオークとか、人間社会に馴染めないような面々が揃っている。彼らの為にも出来れば仲良く楽しく友好的でいたいののだ。
「いざ、オルム・ドラカへ!」
私たちは意気揚々と断崖を、慎重に丁寧に怪我しないように降りたのだった。
◆❖◇❖◆
オルム・ドラカの最初の町……都市? 村? 他がどのくらいの規模か知らないから、ここが村なのか町なのか集落なのかわからないけど、とにかく最初の町は私が知っている人間の町とはかなり違っている。建物は石造りで頑丈そうだとか、街灯にともる灯りは油とも木とも炭とも違う炎だとか、あっちでは貴重なロンダリア鋼やランバール銀が当たり前に並んでるとか、そういう細かいところ以前の違い。そこら辺の道端を普通にゴブリンやオーク、あと頭が虎とかサイの獣人とかトカゲみたいなのが歩いているのだ。見たところ人間はいないようで、エルフとかドワーフといった人間の町で見かけるような種族も見当たらない。
「ママー、へんないきものがいる!」
「こらっ、指差しちゃいけません!」
変な生き物ではない、ヤミーちゃんだ。二足歩行のトカゲの親子に振り向くと、目が合うよりも早く建物の陰に逃げていった。
「警戒されてる?」
「警戒、当然。ここ、違う、人間の町」
それもそうか。スルークハウゼンでも街中をゴブリンが歩いてたら警戒する人もいるだろうし、ここではむしろ私が珍しがられる側ということか。
せめてあまり目立たないように私の象徴でもある狼の毛皮を頭から被ってみせると、今度は背丈の低いトカゲとかゴブリンとかの子供が、わーっと集まってきて、きゃあきゃあはしゃぎながら群がってくる。
「ノルド、ノルド!」
「おおかみのノルド!」
なるほど、理由はわからないけどオルム・ドラカでもノルドヘイムの戦士のことは知られていて、おまけにどういうわけか子供たちに人気があるみたい……多分、私のお兄ちゃんかお姉ちゃんのうちの誰かがこの辺に来て、なんか活躍したんだと思う。
「君たち、ノルドヘイムの戦士を知ってるの?」
「ノルド、ぼくたちのみかた!」
「ノルド、にんげんいっぱいやっつけた!」
……んー? これはちょっとめんどくさい話になりそうな予感がする。
とりあえず厄介なことに巻き込まれる前に、ルチにはヒルチヒキ族が被っていた獣の頭蓋骨を、ガルムには防寒具代わりに作っておいた鹿の毛皮を着せておく。
「ノルド! 3人もいる!」
どうやら獣のなにかしらを被ってたらノルドヘイム扱いしてくれるらしい。ヒルチヒキ族に並々ならぬ誇りを持ってるルチが納得いかない顔をしてるけど、今だけはちょっと我慢して欲しい。ガルムは別にどうでもいいらしい、さすが元奴隷、捨てられるものは全部捨ててる。
「こらこら、お前たち。お客さんが困ってるべ」
「すまないねえ、旅の方。ノルドヘイムの方はこの村でも人気でねえ」
「さあ、こちらへどうぞ。お茶でも飲んでいってけれ」
その一声で、正確には三声で子供たちがわぁーっと向こうへと走っていき、代わりに近づいてきたのはちょっと悲惨な見てくれの3人組だった。中年のゴブリンと太ったオークと寝ぼけ顔のトロールで、どうやらこの村の村長格にいるみたい。
「あっちに村で一番うまい店があんだべさ。ご馳走するだ」
わーい。見ていて食べ物がおいしくなるような顔じゃないけど、ごちそうしてくれるなら大歓迎だ。私たちは3人組に連れられて、村一番だというお店へと向かった。もちろん罠だったらすぐさま頭を叩き割れるように身構えたままで。
「この店は人間がやってるんだべ」
そう話すのはゴブリンキングのドナルド。いい年して無職で、歯もガタガタで3本しか残ってないし、髪も剥げ散らかしてるけど、来月40人目の子どもが生まれるらしい。多分この世界で最もいらない情報だと思う。
「人間にしては長生きだけど、きっとドラゴン様の加護のおかげだ」
そう語るのはオークキングのフェルディナント。普段はドブ川で拾った女物の下着を顔に被って、村中を裸で走り回る露出狂だけど、嵐の日には誰よりも先に川の様子を見に行ってくれる心強い男なんだとか。そんな奴が下着を顔に被るんじゃない。
「んだんだ、ドラゴン様のおかげでこの村は平和だ」
そう付け加えたのはトロルキングのラジリーノフ。他人のごはんを勝手に一口ずつ食べて、おまけにその一口がダチョウの卵くらいでかいけど、将来は王であるドラゴンの側近になるんだって、毎日のように拳よりもでかいイボ痔をピカピカに磨いてるんだとか。イボ痔を磨いたら側近になれるって何? どういう仕組みなの?
「そして俺が店主のバスコミアナだ……人間なんて見たの10年ぶりだ」
最後に店主のよぼよぼじいさん。どこかで聞いたことがあるような名前だけど、なんと数千年前にドラゴンに挑んだ人間の魔道士なんだとか。戦いには敗れたものの生き永らえて、あっちこっちでパン屋とか飯炊きとか下働きとかしながら食い繋いできて、今はこうして料理店の主をしているのだという。
人間の寿命はせいぜい数十年だって言われてるし、エルフでも長くて500年くらいのはずだけど、どういうわけか数千年も生きてるらしい。たぶん妄想が激しいか夢見がちなままじいさんになっちゃったかのどっちかだと思うけど、こういうじいさんにはなに言っても無駄なので、はいはいって聞き流すかあの世に送るのかが一番。
「じいさんのボンボラ漬けは絶品だべ」
「食べたらほっぺたが落っこちちゃうだよ」
「んだんだ、食べた日はイボ痔の調子も絶好調だ」
そしてよくわからないけど、ボンボラ漬けというオルム・ドラカの郷土料理作りの名人でもあるみたい。
ボンボラ浸けは秘伝のタレに猪や熊の干し肉を漬け込み、10日ほど寝かせたものを焼くのが一番のうまい食べ方。生でも食べていいし、スープに混ぜてもいいし、パンに挟んで食べてもいい万能料理で、オルム・ドラカでは広く好まれているけど、それだけ競争率も激しくて店が出来ては潰れ、潰れてはまた作られってしてるらしい。この村にはじいさんのお店1軒だけで、誕生日から宴会から結婚の申し込みから接待まで、色んな場面で食べられているそうなのだ。
ちなみに匂いは結構強烈で、獣のにおいと香ばしさと力強さと、なんかそういうのが混じった匂いがする。つまり絶品ってこと!
「ところでお前たち、オルム・ドラカに来たってことは当然ドラゴン退治に来たんだよな!?」
ボンボラ漬けをむさぼる私たちに、じいさんが鼻息荒く問いかけてくる。ちょっと、オルム・ドラカはドラゴンを頂点にした国なんでしょ? ドラゴン信仰者も多いはずだから、そういう言いがかりとかは困る……って冷や冷やしながら周りを見渡すと、特に誰もなんにも気にしてなくて、いつのもじいさんのたわごとって様子で聞き流してる。
「じいさん、駄目だべ。ドラゴン様に挑んだら死んじまうべよ」
歯抜けゴブリンがガタガタの歯を見せながらじいさんに注意してる。それにしてもガッタガタな歯だ、あんな歯で肉とかどうやって食べるのかな? うちのじいちゃんは虎くらい歯がしっかりしてたから、お肉も骨ごと齧って砕いてたけど、きっとこの歯抜けは一生口の中でくっちゃくちゃしてると思う。
「うぅるせえ! 俺はなあ、ドラゴンを倒してくれる勇者を待ってるんだよ! 10年前に来たノルドの熊野郎は駄目だった、年寄りに対する敬意が足りん! どうだ、小娘、俺の聖剣を受け継ぐ覚悟はあるか!?」
「え? ないけど?」
私はあんまり剣を使わない。使えないわけではないけど、技術で斬る剣よりも力を乗せて叩き割る斧や鎚の方が得意だし、狩りで使い慣れたナイフの方が手に馴染んでる。ルチも銃を獲物にしてるし、近接武器を使うとしたら槍だ。ガルムは割と器用に戦えることに最近気づいたけど、別に武器の達人でも名手でもない。
「どっちかっていうと、あっちのあれの方がいい」
私はそう言って、通りを挟んで向かいの武器屋に飾ってある円形の武器を指差した。
その武器は持ち手以外の円周部分が全部刃になっていて、直径も私の背の半分くらいあって中々に大きい。おそらく取っ手を掴んで振り回して使うんだろうけど、意外と投げても強そう。あと形的に剣の根元に当たる部分がなく、全部反りがあるも同然なので、どの場所でも十分に斬れる。うん、あれなら興味ある。あれなら欲しい。
「けっ! 熊野郎と似たようなこと言ってやがる! 最近の若いのは、すぐに円月輪だの獣牙槍だの、変な武器を使いたがる! もっと基本を重んじろ!」
さっきの円形の武器は円月輪というらしい。ちなみに獣牙槍っていうのは、槍の根元部分に対猛獣用にと、小型の野戦砲をくっつけた武器で、こっちもスルークハウゼンでもフィアレアド王国でも見かけない代物。オルム・ドラカでは割と一般的なんだって。
「欲しい、槍、大砲付き」
ほら、ルチも食いていてる。ボンボラ漬けにも食いついてるけど、ちゃんと武器にも食いつく辺り、やっぱりヒルチヒキ族の誇り高い戦士なのだ。
「俺はなんでもいいや。むしろ戦闘はあんたたちでなんとかしてくれよ」
ガルムには強そうな剣でも持たせて最前線で頑張ってもらおう。大丈夫、1回2回死にかけたら戦いのコツなんて嫌でも覚えるから。
「うるせえうるせえ! 見ろ、これが俺が地母神より授かった伝説の聖剣だ!」
じいさんが店の奥から骨董品のような剣を抱えてくる。別に私は目利きが出来るわけでもないけど、見た感じその剣は何の変哲もない鉄の剣に、ちょっと豪華な飾りをつけちゃったりして、ついでに古くして薄っすら錆びつかせて刃の研ぎも甘くしたもの。つまり青銅以上で鉄以下の、まあ訓練用にならいいんじゃないかなーって程度の代物。
「鉄の剣より弱そうだね」
「そんなわけないだろ! こいつはなあ、ドラゴンとの戦いに敗れた俺に地母神が与えてくれた聖剣だぞ! そんじょそこらのナマクラに負けるはずがない!」
そりゃあ大昔なら鉄の剣だって貴重で優秀だったと思うけど、今は鉄製の武器なんて私の故郷でも手に入るし、なんだったらこの村には鉄より強い鋼よりももっと強い、ロンダリア鋼とかランバール銀とかで出来た武器がごろごろ転がってるわけで。ノルドの熊男がお兄ちゃんかどうか知らないけど、いらないって突っ撥ねるのも全然不思議じゃない。
「だったらお前、その鉄の剣とやら持ってこいよ! そいつをこの聖剣で叩き切ってやる!」
うわっ、めんどくさい。あまりのめんどくささに顔をしかめてると、歯抜けゴブリンたちがわざわざ鉄の剣を持ってきてくれた。歯も髪も仕事もないけど、いいゴブリンだね、君は。
「ちえぇぇーいっ!」
密林の猿のような奇妙な気合いを発しながら、じいさんが振り回した剣は、私の握る鉄の剣に真横からぶつかり、甲高い悲鳴のような音を立てながら折れて、刃先はそのままガランゴロンと虚しく床の上に転がった。
「……せ、聖剣が……?」
「……だから言ったでしょ」
いや、思ったよりも弱かったな。手入れしてないし、かなり中の方まで錆びてたのかな。聖剣は見る影もないくらい脆くなっていて、鉄の剣をちょっとだけ刃毀れさせてその役目を終えてしまった。むしろ刃毀れさせただけでも頑張ったんじゃないかな! なんの慰めにもならないと思うけど、私は立派な剣だったと思うよ!
……ごめん、欠片も思ってない。そんな剣、とっとと燃えないゴミの日にでも捨てて、新しい武器とか買ったらいいよ。
「じいさん、元気出しなよ。生きてたらいいことあるから、多分だけど」
「あるわけないだろ! この剣は俺の心の拠り所だったんだぞ! ドラゴンに勝てない俺が、いつかドラゴンを倒してくれる勇者と出会って、この剣渡して、この剣のおかげでドラゴンを倒せましたつってるところで、後ろで踏ん反り返って、その後は酒も女も選り取り見取りな生活を送るっつー夢をぶち壊しやがって!」
そんな最低の嘆きを発したじいさんは、その場で目から鼻から、あとあんまり言いたくない場所から、とにかく穴という穴から涙とか鼻水とか汚い汁とか垂れ流し始めて、でっかい赤ん坊みたいに泣き出してしまった。
歯抜けゴブリンが背中をさすりながら林檎を渡してるし、下着を被ったオークは大事な下着で涙を拭いてあげてるし、イボ痔トロールは見世物にならないようにイボ痔を剥き出しにして気を逸らそうとしている。こいつら、見た目は酷いけど意外と良い奴らだな。絵面はともかく美しい友情を見たような気がする、絵面は道端に落ちてる馬糞の方がまだマシだけど。
「ヤミー、急ぐ、買い物。欲しい、槍」
「そうだね、私も円月輪欲しい」
いつまでも眺めていても仕方ない。私とルチは残ったボンボラ漬けを口に放り込んで、とっとと店を後にして、向かいの武器屋への駆け込んだのだった。
▶▶▶「彼方で雷名を轟かせし者」
≪NPC紹介≫
バスコミアナ・ヴィドニメウ
種 族:神人(男、自称数千歳)
クラス:ウィザード(レベル99)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 37 3 16 14 26 9 3 5 3 1 4↑2↓3(歩兵)
成長率 - - - - - - - - - -
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:E
探索:D 魔道:S 回復:S 重装:E 馬術:E 学術:S
【装備】
錆びた聖剣 威力8(3+5/攻撃後100-幸運%で壊れる)
【スキル】
【個人】魔道士の始祖(すべての魔法が行使できる)
【基本】魔力+2
【下級】黒ミサの儀式(1ターンの間、自分と隣接ユニットの魔力+2)
【中級】魔道兵の雇用(ソーサラーの傭兵を呼び出す)
【上級】グリモワールの秘術(攻撃魔法使用時、HP1を消費してダメージ+2)
【専用】バスコミアナの秘儀(攻撃魔法使用時、HP5を消費して2回発動する)