ルチ・フォナ外伝 第9話「大地を駆ける鉄の馬車と田舎のおのぼりさんの話」
プランドーラ交易道はただの道ではありません。開拓者たちが切り拓いた森の中に、煉瓦と石畳を敷き詰めた大街道とでも呼ぶべきもので、片側には果てしなく伸びる鉄のレールと等間隔に並べられた枕木が、もう片側には鉄道従業員たちや商人、旅行者を相手に栄える駅逓街が要所要所に築かれています。駅逓街は利用者向けの宿と飲食店、酒場、材木屋、修理屋、道具屋、服屋、買取屋や加工場といった需要のある施設が一通り揃っていて、大きな駅がある町にもなると教会や学校、住宅地なんかもあったりします。
私たちが抜け出た森の近くにある駅逓街はそれほど大きなものではありませんが、この先の旅路を怪しまれないように仕立て上げる道具は一通り揃っていそうです。
「道具、必要。銃弾、矢、刃物、色々」
「違います。まずはみなさんの服です」
言うまでもなくピョルカハイム保護区で暮らす部族の皆さんは、外の町……保護区外に出た今となってはこちらの町では異分子扱いされます。文化的な違いから服装もかなり異なりますし、それこそヒルチヒキ族の骨のような化粧やタルダイ族の蛇のタトゥーは、否が応でも目立ってしまいます。
幸いなことに一番隠すのが難しそうなヒルチヒキ族の戦士のおふたりは、他にやることがあるからと森を出たところで別れ、ヤクシさんの乗っていた水牛と一緒にピョルカハイム保護区の内側へと戻ってしましました。元々タルダイ族との交渉のための護衛でしたし、外にまで付き合う筋合いはないのでしょう。もしくは本当に他に役割があるのか、その辺りは私にはわかりませんが……。
「服の方はどうにかなるとして、ヤクシさんの頭は……とりあえず帽子と布でなんとかしましょう」
カラさんの体格は一般的な男性と大差ありませんし、顔にも少々タトゥーが入っていますが、それほど目立つものでもありません。普通のシャツでも着ておけば、ごくごく一般的な青年を装うのも難しくありません。ヤクシさんも全体的に厚めとはいえ人間離れするほどではなく、肉体労働者だとよく見かける体型です。帽子と布で顔の怪我を隠せば、元負傷兵や元労働者風に仕上げることも出来なくはありません。
ルチさんに至っては元の素材が良いため、頬の白い染料を落として獣の頭蓋骨を脱ぎ、町娘風の長袖のシャツとスカートでも着せてしまえば、それだけでどこに出しても問題ない美少女に仕上がるでしょう。むしろこれだけの素材、勝手に服を選んでしまうのは勿体ない気もします。
「本当はルチさんで着せ替え遊びをしたいところですが」
「ノルン、旅、遊びじゃない」
あまりルチさんが乗り気じゃないので、無難な服を選んでおきましょうか。せっかくの素材を活かさないのは服職人さんへの冒涜のような気がしないでもないですが……私がする助言でもないですが、ルチさんはもう少し自分の顔と女であることに自覚を持った方がいいですよ、かわいい服を選ぶのは女子の特権ですからね!
「……どうかした?」
「いいえ、体のサイズを目測してました。では、ちょっと買ってきますので待ってて下さいね」
ちなみに服代は人狩りのみなさんやスコットさんたちの所持金を使います。宿代、食費、鉄道乗車券、ただでさえ移動にはお金が必要になるのです、きっと彼らも喜んで許してくれることでしょう。仮に天国で再会した場合には素直に謝罪しましょうかね、神もいないので天国もないと思いますけど。不思議なことに地獄はきちんと存在していそうですね、なんででしょうか?
ついでに私の服も新調させてもらうことにします。しばらく洗っていない上に、砂と泥と汗でかなり酷いことになっていますので。
◆❖◇◇❖◆
幸いにも安価な服が売っていたので一通り買っておきました。私のものも含めて麻で出来た目の粗いものですが、あまり上等なものを身に着けていても却って危険ですからね。駅逓街は人の往来も多く、中には無法者や逃亡者も混ざっていたりしますので。ピョルカハイム保護区の部族のみなさんと比べて、どちらが危険かは測りかねますが、狙われないに越したことはありません。
「というわけでみなさん着替えてください。ルチさん、目立たないように獣の骨も外しておいてくださいね」
「これ、ヒルチヒキ族の象徴。外す、嫌だ」
それはそうでしょう。ですがヒルチヒキ族と、もっと大きな括りで保護区の部族と判断されれば鉄道にも駅馬車にも乗れません。途方もない距離を延々と歩いていては、余計にお金もかかってしまいますし、ここはどうにか我慢していただきたいところです。
「……ノルン、骨被り、した。我慢する、仕方ない」
おや、すんなりと受け入れてくださいました。どうやら保護区内で獣の骨を被っていたことが功を奏したようです。特に我慢していたわけでも嫌だったわけでもありませんが、ルチさんは誠意と受け取ってくれたのです。善行は積んでおくに越したことはありませんね、こうやって得として返ってきますから。
ルチさんが獣の頭蓋骨を外して、私の手の上に乗せてきました。後ろで結んでいた黒髪を手櫛で解いて、白い染料を洗い落としただけで、どこかの村で一番と噂の娘に早変わりです。
むしろすみませんね、粗末な安物なんて着せてしまって。
「俺たちモ着替えタ、これでいいカ?」
カラさんも旅行者風のシャツとズボンを身に纏うだけで、日焼けした健康的な好青年に見えます。いや、目元の蛇の牙を模したタトゥーは少々物騒ですが、顔に彫り物をされる方はそこまで珍しくありませんから。大丈夫です、問題ありませんよ。
「……」
「ヤクシ兄さん、怪しい、大丈夫?」
ヤクシさんもサイズの大きい服を着てもらったものの、シャツの下は顎の付け根まであるような肌着に耳の上から巻いたタオル、更に顔そのものを覆い隠す布を垂らして帽子を被っているのだから、どう足掻いても怪しさは隠しきれません。かといってルチさん曰く酷い状態になっている顔を晒してしまうのは心苦しいですし、どうにかして誤魔化しましょう。
そうですね……炭鉱労働者で崩落に巻き込まれて怪我をした、とでもしておきましょうか。野戦砲も崩落も似たようなものですよね?
ルチさんの獣の骨、カラさんの仮面、ヤクシさんの牛の頭、ついでに先日の泥の仮面、そういった諸々の部族の服や装飾は私の鞄に詰め込んでおきます。これはルチさんたちの誇りでもありますし、今後の交渉で彼女たちがピョルカハイム保護区の部族だという証明にもなります。今は鞄の肥やしにしかなりませんが、後々役に立ってくれると信じておきましょう。そこまで重たいものでもありませんし。
「鉄、動いてる! なんで!?」
鞄を背負い直す私の隣で、ルチさんが線路上を走る鉄道に驚いて目を丸くさせています。どうやら鉄道を見るのは初めてのようですね、ルチさん、いいですか。これが騎士団や教会が各地に伸ばしている鉄道網、その線路上を煙を吐き出しながら走る鉄製の馬車とそれ連なる複数の客車、すなわち鉄道です。
といっても私もそんなに乗ったことはないですし、なにがどうなって動いているのかは理解していません。一般的には馬車のように牛馬が引っ張るものと、石炭を使って動かすものとがあり、大陸縦貫鉄道は主に後者が走っています。
「ちなみに私たちの目的地はスルークハウゼンという町ですが、順当にいけば一月ほどですかね」
鉄道の速度はそれほどでもなく、速さ自体でいえば馬の方が優れています。鉄道の利点は石炭を燃やし続ければ勝手に走ってくれる点で、目的地が遠くなればなるほど休みなく走れる鉄道に分があります。スルークハウゼンまでは結果として10日から20日ほどの短縮になり、それだけ食費や宿代も浮くので結果として旅費も少なくて済むわけです。
「スルークハウゼン? 知らない町」
「私も行ったことはありませんが、元々は開拓者たちが築いた町だと聞いています」
スルークハウゼン、元々は開拓者たちの集落でしたが、そこに様々な……一獲千金を夢見る若者から故郷にいられなくなった訳ありの方々まで、実に様々な冒険者と呼ばれる人種が集まって、増えた人数分だけ土地を開拓して、増えたトラブルの数だけ大地を踏み固めて作った町です。人が増えればそこに集まる物と金も増えるわけで、開拓者の町から交易都市にまで発展し、今では大陸中西部の要所となっています。
冒険者の中には亜人種族やモンスターを従える人もいて、当然ですが部族の戦士たちと協力し合う人だって少なくないそうです。きっとルチさんたちに協力してくださる方々もいるはずです。
「ちなみに協力者には心当たりもありますよ」
騎士団からも教会からも忌み嫌われているピョルカハイム保護区の部族たちですが、彼らを同じ人間、もしくはエルフやドワーフたちのように友好的な近似種族として認め、自分たちと同じ権利を与えようと提唱する異端者がいます。すでに故人、どころか私たちからしたら歴史上の人物ですが、ピョルカハイム保護法なる原住民を庇護する法律を制定して、保護区設立に尽力したハウンゼン・ピョルカハイム氏。教会からは異端として危険視されている平等主義者で、保護区の部族たちへの権利付与を提唱するヨアヒム・ヘイルワード氏。他にも彼らにも教会の教義を学ばせれば同じ人間になり得ると提唱する神学者、彼らの領内にある鉱物資源を活用するために商売として対等の関係を結ぶべきとする富豪、彼らの戦力を期待する裏社会の要人とされる人物などいますが、私が期待しているのはヘイルワード氏です。
というより他の異端者は会うことすら難しそうなので、必然的に選ばざるを得ないだけなのですが。
「そのヘイルワード氏がスルークハウゼンにいるらしくて……って、ちょっと、ルチさん」
ルチさんは見るものすべて珍しいのか、停留所近くの露天商に気を取られたり、串料理やスープの並ぶ屋台に頭から突っ込みそうになったり、落ち着かない様子で忙しなく動き回っています。カラさんやヤクシさんは落ち着いたもので、適当な柱に背中を預けてその様子を見守っていますが、別におふたりもはしゃいだっていいんですよ?
見てください、ルチさんのおのぼりさんっぷり。見た目が整っている分、余計にかわいらしいじゃないですか。私が同じことやっても、おいおいどうしたんだいジト目キノコちゃん、原木ならあっちだぜ、なんて酒場でしか耳にしないような小粋な冗談を飛ばされるだけですからね。ちなみに原木に寄生したりはしませんよ、人間ですから。
「ルチさん、そろそろ移動しますよ。発車時刻を確かめておきましょう」
「わかった」
ルチさんが鶏まみれになりながら振り向きました。長い旅路のお共にと家畜を飼う人もいるようです。確かに卵は栄養になりますし携帯食としてもおやつとしても優秀ですが、餌代と明け方のけたたましさを考えるとどうなんでしょう。
ちなみに私たちの携帯食は干し肉です。ツノジカの肉、バッファローの肉、それと人前では言葉に出来ない種類の肉の3種類です。
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「でっかい! 黒い! ぎらっぎら!」
停留所に佇む巨大な鉄の塊に圧倒されながら、ルチさんが驚きの声を上げました。大陸縦貫鉄道特型蒸気機関車ブリオン・ダーナ、現状存在する中でも最も大きく、最も馬力があり、最も優雅な車両……と、駅逓街に必ずひとりかふたりは存在する不自然なくらい鉄道に詳しいおじさんが、私たちの後方で誰にともなく延々と語っています。私にはよくわかりませんが、鉄道には人の心を掴んで離さない魔力のような物があるのでしょう。人によっては神とだって並ぶのかもしれません。神はいませんが鉄道は存在するので、その場合は実在性の証明で鉄道の勝ちになるんでしょうか、どうでもいいです。
「ルチさん、私たちが乗るのはこれじゃないですよ」
ブリオン・ダーナ……でしたっけ? とにかくこの巨大な鉄の塊は騎士団専用のもので、私たち庶民には縁のない代物です。私たちが乗るのはこの次にやってくる小型のもので、詳細を語るほど詳しいわけではないので簡潔に説明しますと、いわゆる商人や開拓者用の格安移動手段です。
私も調査隊のみなさんとピョルカハイム保護区に赴く際に乗りましたが、乗り心地は一言でいうと劣悪です。延々と揺れる薄っぺらい板の上で酔いそうになり、座りっぱなしでお尻も痛み、風向きによっては真正面から煙を浴び続けて煤だらけになったりするわけで、正直あまり気持ちのいいものではありません。
そんなオンボロ車両が駅逓街同士を行ったり来たりしていて、それを乗り継いだり乗り換えたりしながら移動するので、運が良ければそれなりに立派なものに乗れるかもしれません。がっかりしたくないので、あまり期待はしませんけど。
「私たちが乗るのはあっちです。出発は明日の昼前なので、今日の内に必要なものを買い足しておきましょう」
「小さい……すぐ壊れそう」
指さした先に停まる鉄の塊に申し訳程度にトロッコ同然の客車を繋げただけの代物を見て、ルチさんの表情が明らかに落胆したものへと変わりました。カラさんも過去に乗ったことがあるのか、若干うんざりしたような様子を覗かせ、ヤクシさんは布で隠れているため表情はわからないですが、おそらく愉快な感情とは程遠いでしょう。
大丈夫、私も同じ気持ちです!
「馬で移動、よさそう」
「人数分の馬と日数分の餌代を買うよりは安く済むんですよ」
ルチさんの曇った顔を横目に、私は食糧や香辛料、塩なんかを買えるだけ買い足して鞄に詰め込んだのでした。
▶▶▶「鉄道の隣では烏賊が走っている話」
≪一時離脱ユニット≫
ヌン・ドゥガ、ネム・ピヒャ