ルチ・フォナ外伝 第10話「鉄道の隣では烏賊が走っている話」

ワラ・ネルゲ、ドゥエ! タンヌフ・ペリベルテ・プランドーラ、ジョムア・キーニ・ホルメス!

……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。私ルチ・フォナと愉快な仲間たちは、プランドーラ交易道を南下する鉄道とやらに乗っている。歩かなくて済むのは楽だけど、一日中座っているだけというのは体が石のように凝るし、固いだけの板の上で尻が割れるくらい痛くなるし、不安定に揺れ続けるから油断するとすぐ気持ち悪くなるし、おまけに嫌になるほど煙を浴びせられる。
贔屓目に表現しても乗り心地は崖を転がり落ちる藁の塊以下、つまりは最悪だ。大陸縦貫鉄道は一定の区間を往復している鉄道同士を繋げているので、乗り換え場所でしばらく休めたり、運が良ければ1日2日のんびり過ごせたり出来るものの、こんなものに乗っていると頭がおかしくなると思う。

「気分転換、必要」
煙を防ぐために張った天幕の下でノルンに訴えかける。この天幕のせいで景色もわずかな隙間と後ろ側しか見えず、かといって天幕を外すと全身真っ黒に汚れてしまう。不快感と一緒に旅の楽しみを捨てるか、煤を浴びながら解放感を感じるか、最悪の選択肢しかないのはどうかと思う。
「そうですねー、私もさすがに気が滅入ってきましたよ」
ノルンがただでさえ半眼になりがちな瞳をさらに重たくしながら、うんざりした気持ちを顔全体で伝えてくる。確認するまでもなくカラとヤクシ兄さんも同じような感情を抱いているはずなので、次の乗り換えの時にでも思い切った気分転換を提案したい。
「でも駅逓街で気分転換といっても……お金も正直心許ないですし」
「気分転換に金、要らない。必要、餌だけ」
「まさか釣りとか言わないですよね?」
ノルンが疑うような目を向けてくる。もちろん気分転換なのだから釣り一択だ。犬を撫でるとかそういうのでもいいんだけど、噛みついてこない賢い犬がいるとは限らない。しかし釣りは何処でも出来る。町があるということは、そこには必ず川があるはずだし、そもそも森の中なんだから。

「イカ、釣れる」
「冗談はサメまでにして下さいよ。タコが川にも棲んでるのはわかりましたし、サメが砂漠にいるのも事実だったので受け入れましょう。でも、イカが森にいるのは明らかにおかしいですよ」
ノルンはどうやらイカのことを理解していないようだ。イカ、説明するまでもなく10本の足を持つタコの親戚みたいな生き物だ。タコよりも細長い尖った形をしていることが多くて、主に森の中に棲息しているけど海や川にいなくもない。ヒルチヒキ族の集落辺りではあまり見かけないものの、ヴァッカレラ族の縄張りでは割と頻繁に見かけて、だいたい人間の子どもくらいの大きさの、いわゆる小イカが釣れる。
「……疑うわけではないですけど、本当ですか?」
「ヒルチヒキ、嘘つかない。嘘つき、皮剥ぐ」
私たちヒルチヒキ族は嘘をつかない。イカは本当に森で釣れるし、今まさに中々に大物なイカが私たちを乗せた鉄道と並走するように、森の中から飛び出してきた。

「ほら」
「ほらじゃないですよ。あのイカ、イカかどうかちょっと怪しいですけど、とにかくあのイカ、段々こっちに近づいてきてますよ」
イカが空を飛ぶ原理は単純だ。体内に含んだ水を10本の足の根元から吐き出して、その勢いで胴体ごと前に進む。鳥のように急旋回したり空中で止まったりということは出来ないけど、水を吐き出す時に足で方向を調整して、斜めに飛んだり曲がったりすることも出来る。もちろんタコのように足で歩くことも出来るけど、その場合は動きはかなり遅い。
現れたイカは地面と平行に飛びながら近づいてきて、先頭の蒸気機関と私たちを乗せた客車の間の、主に石炭や機関士を乗せる車両に衝突してきた。
衝撃で鉄道が大きく揺れて、振り落とされないように足腰に力を込めながら銃を取り出して構える。さあ、イカ釣りの始まりだ。


◆❖◇◇❖◆


「お嬢ちゃん、銃が使えるのか!? 手前の車両に猟銃がある、あのバケモンをどうにかしてくれ!」
イカ釣りを始めようとした私たちに向けて、車掌がそう叫んだ。どうやらイカが襲ってくるのは珍しくないようで、襲撃に備えた猟銃も用意してあるらしい。つまり今走っている区間は絶好のイカ釣り場というわけだ。もしかしたらあの大物以外にもイカが釣れるかもしれない。
前の車両に飛び移って木箱を開けると、そこにはルェドリア銃よりも重く銃身が長い猟銃が眠っていた。アンゴディア式散弾銃という種類の銃で、単発の弾丸ではなく小さな鉄の玉を大量に収めた筒を飛ばす。発射された筒は程なく燃え尽きて、あとは獲物に向けて玉が散らばっていくという仕組みで、空を飛び回って当てにくい鳥を狙うのによく使われる。
私たちヒルチヒキ族であれば鳥を射落とすなど容易なことだけど、こうやって色々な銃が開発されるのだから下手にも感謝ってやつだ。
私が持ってるルェドリア銃2丁、弓矢、そして新しい散弾銃、こっちの人数分の獲物は揃った。ルェドリア銃をノルンとカラに、弓矢をヤクシ兄さんに渡し、張っていた天幕をくるくると丸める。拡がる視界の中で再び迫りくるイカの姿を捉え、私は即座に引き金を引いた。

腹の下まで伝わるような重たい音が響く。イカの手前で弾けた筒から大量の金属の玉が散らばって、半透明な灰色の胴体に沈み込んでいく。表面を傷つける程度で致命傷とまではいかなかったけど、思わぬ反撃に驚いたのか速度を落として様子を窺うような仕草を始めた。
さっきの一撃で銃の癖をなんとなく把握しながら再び狙いを定めていると、
「そこの鉄道! 命が惜しかったら今すぐ停まれー!」
左右の森から遠吠えのような声と共に、犬のような頭をして人間のように二本足で立ち、投げやすそうな小振りな鉄斧を手にした妙な連中が現れた。どうやらこの森はイカだけでなく犬も釣れるらしい、正確には犬人間だ。なんだっけ、コボルトとかいうんだっけ?
「まーたお前らか、この犬畜生共! 仕事の邪魔すんじゃねえ!」
「犬畜生ではない、誇り高きコボルトだ! お前らこそ森をこれ以上破壊するんじゃねえ!」
どうやら車掌と犬人間は知り合いらしく、現れて早々に口喧嘩をし始めた。犬人間たちは鉄道が走らないように妨害を繰り返していて、でもこうして走っているということはそこまで本気じゃないのか、鉄道を止めるほどの戦力がないのか、とにかく妨害は成功していないみたいだ。

そもそもの話、馬ほどではないけど怒った牛くらいの速さで走る鉄の塊を止めるのなんて、同じくらい重たい怪物でもなければ無理なわけで、犬人間が手斧片手にわんころわんころ喚いても止まるはずがないのだ。
どうせこのまま蹴散らされるんだったら先に撃ってしまおう。私は次の弾を装填して、全速で走る犬人間のひとりに銃口を向けて、躊躇なく引き金を引いた。
「なんだ、貴様! いきなり撃ってくるなんて畜生にも劣る所業だぞ!」
強盗同然の連中に怒られる筋合いはないので、再び銃を構え直す。新しい銃のことは最低限理解できた、ルェドリア銃よりも反動が大きく、発射と同時に上振れしてしまう癖があるらしい。銃口を向けるのは頭よりも胸元を狙うくらいでいいかもしれない、散弾だから大きな違いはないかもしれないけど。
「待て待て待てーい! よーく聞け、俺たちは開拓反対同盟、清らかな大地と恵みの会の者だ! 木を伐採して道を拡げる人間たちの横暴に怒り、こうやって反対運動を行っているのだ! 自然大好き、人間マジ嫌い!」
「うん、わかった」
相手の主張は理解した、理解したので引き金を引く。狙いを少し下げたおかげで、今度は標的の胸から頭にかけて満遍なく散弾が食い込んだ。よし、銃の癖も完全に理解した。

「わかったって言って銃を撃つのはおかしいだろ! なあ、そこの小娘、いったん銃を置いて交渉に応じてみないか!?」
「一理ある、わかった」
一理あるけど撃たないとは言ってない。私が引き金を引いて犬人間をまたひとり吹き飛ばした瞬間、犬人間たちも客車に向けて手斧を投げつけてきた。どうやら発想の出所は似ているようで、奴らの方が少しだけしたたかなのは斧の柄の部分にロープが結んであって、客車の側面に突き刺さったのを利用して一気に取りつこうとしてきたのだ。
「ルチさんはイカの方を、彼らの対処は私たちでします」
カラとヤクシ兄さんが銃と弓で犬人間を牽制して、その隙にノルンがナイフを使って手斧とロープを切り離していく。犬人間の相手をしている隙に銃の狙いから外れたイカが、今までは側面同士をぶつけてきていたのに、今度は先端から突っ込むような形でこちらに向かってきた。

まずい。横から腹で体当たりされるだけでもあれだけ揺れるのに、頭から突き刺さってきたら振り落とされてしまう危険がある。それどころか客車ごと引っ繰り返されて、あんな鉄の塊の下敷きになったら……間違いなく死ぬな。
「みんな、イカ来る!」
「犬人間も来ますよ!」
突っ込んでくるイカの真下から、どうにか客車にしがみついた犬人間が競り上がってくる。ノルンが慌てながら身を屈め、カラが犬人間の頭をルェドリア銃の銃床で殴りつけ、同時に私がイカに散弾を発射する。
先端が派手に吹き飛び、ぬめりのある体液を撒き散らすイカを掬うように、ヤクシ兄さんが天幕を引っ張って軌道を逸らしたことで、どうにか転倒は避けた。大きく揺れたおかげで、乗り込んできた犬人間は線路の反対側へと振り落とされたものの、私たちも客車の中で荷物と一緒に引っ繰り返されてしまった。
「ノルン、荷物、任せた!」
「はいっ!」
大きく弧を描きながら斜め後方から再び迫りくるイカに向けて、私も挑むように指に力を込めた。

轟音と共に肉片を飛び散らせながら襲いかかる怪物に、反動で跳ね上がった銃の尖端に光るナイフを叩きつける。両腕と背中に渾身の力を込めて耐えながら、油断したら体ごと持っていこうとする暴風に等しい力に抗ってみせる。
背中が客車の柵に押し付けられる。悲鳴を上げる板に身を任せながら銃を離さずに両腕を掲げていると、私の腰にノルンとカラがしがみついて、どうにか落下だけは防いでくれた。
暴風が過ぎ去って力の向ける場所を見失った両腕が、前のめりに引っ張られて反対側の柵に突き刺さる。
「ぎゃいん!」
どうやらもうひとり犬人間がしがみついていたようで、額をぱっくりと割られたかわいそうな顔をしながら、ぐったりと膝から崩れ落ちた。顔だけ見ると犬だからかわいそうだな、でも首から下は人間だから罪悪感はないな。
改めて銃を振り上げて、客車を掴む手の甲に刃を突き立てた。


◆❖◇◇❖◆


「助かったよ。奴らは『清らかな大地と恵みの会』、簡単にいえば環境テロリスト集団ってやつだな。そもそも清らかとか平和とか友好とか自由とか、そういう耳障りのいい言葉を名乗りたがる奴らは物騒なもんだ。本当に耳障りのいい信念で活動する人たちは、自分で名乗ったりしないからな」

わずかばかりの謝礼と、イカの体内に甲と一緒に収まっていた鉄製の投げ槍を受け取った私は、縄と包帯で縛られた犬人間たちに目を向ける。あの戦闘の後、最寄りの駅逓街から派遣された衛兵たちに捕まり、こうして往来のど真ん中で晒し者になっている。
人間はこういうところが残酷というか悪趣味だ。こんがりと焼いたイカを食べながら、思わず考えてしまう。私たちヒルチヒキ族だったらこんな余計な痛みは与えず、一思いに頭の皮を剥いで生贄に捧げるのに……久しぶりにイカを食べたけど美味いな。噛み応えはタコに似てるけど、イカの方がさっぱりした味のように感じる。
イカを捧げたら精霊も喜びそうだけど、犬人間は人間の頭じゃないから、皮を剥いでも精霊は喜ばない。むしろ顔が犬に近いせいで罪悪感を感じてしまいそうだから、生贄に捧げたくない。生贄に捧げないなら命を奪う必要はないし、せめてなにかしら役に立ててあげよう。
そんな気持ちでイカを口の中で噛み砕いて、犬人間たちに歩み寄ろうとしたら、背後からルチに腕を掴まれてしまった。

「ルチさん、よからぬことを考えてないですか?」
「考えてない。犬人間、イカの餌にする。また大物、釣る」
「……はいはい。発車まで時間がありますから、ゆっくり休みましょうね」

解せぬ。なぜか餌にする案は却下されてしまった。
まあいい、釣りはまた出来る。タコ、サメ、イカときたので次はワニかカメを釣りたいな。


▶▶▶「部族の少女が“人間”の町に踏み込む話」


≪入手アイテム≫
アンゴディア式散弾銃×1、ジャベリン×1


≪エネミー紹介≫
ゲッソリーニ
種 族:クラーケン(男、年齢不明、属性:水)
クラス:クラーケン(レベル9)
移 動:5↑2↓3(飛行)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 38 13  5  9  4 14  4  8  6  0

【スキル】
【個人】空飛ぶテンタクル(移動タイプを飛行に変更、スキルの地形制限無視)
【種族】スクイッドインク(水中限定。射程5の確定混乱付与)
【習得】ノックバック(直接攻撃時にノックバック発生)
【習得】盲目攻撃(攻撃時に低確率で盲目付与)
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:C 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E

【装備】
なし

【所持品(3)】
ジャベリン×1


ワンドルフ・ポメル
種 族:コボルト(男、25歳、属性:火)
体 格:173cm、70kg
クラス:コボルト(レベル8)
移 動:4↑2↓3(歩兵)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 23  8  1  5  2 10 12  2  8  4

【スキル】
【個人】自然主義(非人工物の上にいる時、幸運+10)
【種族】遠吠え(次ターンまで周囲3マス以内の味方の回避+5)
【習得】伐採(森林で待機時、木材を入手)
【習得】アイテム投げ(射程1のアイテムを射程3にする)
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:D 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:E 探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D

【装備】
手斧  威力14(6+8)
鉄の盾 守備+2

【所持品(3)】
ポーション×1

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