ルチ・フォナ外伝 第27話「砂漠に浮かぶ砂魚の話」

マグナ・リテレペソ・ツァソ・タルダイ! ラッサ・ペペネポメ・テテラ・トン・ポルゲッパ! ……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。タルダイ族から砂漠を通り抜ける許可を得た私たちは、荒野の王がいるらしき場所を目指して進んでいる。その道すがら砂魚がたくさん棲むと噂される湖を見つけたので、折角なのでヤクシ兄さんと一番懐いている精霊虫を連れて砂魚釣りに勤しむことにした。

「ようこそ、ワディラングァ湖へ。砂魚を狙うなら餌はこいつにしておけ」
砂魚がいっぱい釣れるという噂が流れているだけあって、湖のほとりには釣り客用の万小屋が建っている。店番のおじさんによると砂魚を釣るにはバイソンのもも肉か肩肉が一番らしく、他の餌と比べて食いつきが段違いらしい。ちなみに砂魚は普段は地中深くを泳ぐ小振りの肉食魚で、味と食感は脂身の少ないバイソンに近い。バイソンみたいな味の魚がバイソンの肉で釣れるというのも皮肉な話だけど、熟練の釣り師にもなると1本の脚で20匹は釣れるそうなので、単純な量ならバイソンよりも食べ応えがある。
砂抜きが面倒なのが難点だけど、砂魚は定期的に湖や池に帰って体内の砂を吐き出す習性があるので、こういう水辺で釣れる砂魚はそのまま焼いても問題ない。

「ところでお嬢ちゃん、獲物はちゃんと持ってるんだろうな?」
「得物?」
そう訊かれたので愛用の釣り竿を見せつけると、小家主のおじさんは呆れたような溜息を吐き、カウンターの上に武骨で荒々しい擲弾筒を置いてみせた。
「いいか、お嬢ちゃん。野生動物は人間の味方とは限らねえ、時として凶暴な爪と牙を見せてくるもんだ。その時に身を守ってくれるのは釣り竿じゃねえ、こいつだ」
あー、武器としての得物を訊いてたのか、だったら見せるのは釣り竿じゃなくてこっちだ。私は釣り竿を横に動かして、長らく愛用している銃剣付きのアンゴディア式散弾銃を置いてみせた。おじさんはほほうと感心したように唸ってみせて、アンゴディア式散弾銃を上から左右から色んな角度で眺めて、しかしお気に召さなかったのか首を横に振った。
「その銃も悪くないが、散弾が通じるのはせいぜいツノジカまでだ。このワディラングァ湖を歩きたいなら、もっと威力の高い相棒を担いでおくんだな」
いや、そんなこと言われてもピョルカハイム保護区で手に入る銃なんて限られるし、これ以上の銃となるとドワーフの商人だって滅多に扱っていないんだけど。

「だが、お嬢ちゃんは運がいい。俺は荒野の東西を問わず、様々な武器を集めている。そしてお嬢ちゃんの銃、なかなか使い込まれた代物だが整備は行き届いているし、大事に使っているのは見ただけで理解出来る。そこでだ!」
おじさんは鼻息荒く立ち上がり、くいっと親指と顎先と、ついでに酔っ払いみたいないい顔で小屋の裏を指し示した。
「このマグアライテ様の武器庫を見せてやる! そっちの牛頭、お前さんも力がありそうだから一緒に来い」
「……だって。行ってみる?」
ヤクシ兄さんはやれやれといった顔で、実際には顔は水牛の被り物で隠れているから見えないんだけど、雰囲気でおおよその言いたいことは伝わる。
こういう面倒な相手は適当に合わせておくのが後で揉めなくていい、って言ってる。私も同感だ、こだわりの強い相手は適当に褒めて持ち上げておく方がいい。それに武器庫の中身もちょっと気になってるし。

小屋に隣接した物置はおじさんの工房にもなっていて、中には大振りの投げ斧に始まり大型のハンマー、電撃を発生させる棒、発火装置付きのクロスボウ、吹き出すだけで肺が空っぽになりそうな特大の吹き矢、他にも種類を問わない武器の数々が机の上から壁まで所狭しと飾られている。
さらにわざわざここまで運んできたのか野戦砲や砲弾の代わりに銛を発射する大砲、さっきもカウンターの上に置かれていた敵弾筒、見たこともない銃が何丁も並んでいる。
「どうだ、俺がこの10年で集めた武器の数々は! 最高だろう!」
最高かどうかはさておき、これだけ武器を集める労力には素直に感心する。私も今でこそ拠点で銃を買えるようになったけど、最初のルェドリア銃を手に入れるのには随分と苦労したのだ。そう考えるとこの偉業ともいえる収集具合は、最高と称してもいいと思う。

「おじさん、最高だ!」
「そうだろうそうだろう。よし、お嬢ちゃん、お前にはこれだ」
褒められて調子に乗ったのか、おじさんは真新しい銃を渡してきた。この銃はベリニャ式狙撃銃という逸品で、騎士団の射撃部隊が運用する新型だという。弾はより遠くまで飛びそうな細長く尖った専用弾で、銃身はルェドリア銃よりも半分ほど長い。
「牛頭、お前さんにはこいつだ」
ヤクシ兄さんが渡されたのは釣り船の碇を改造した鎖斧で、最大限まで伸ばせば蛇腹剣や槍よりも遠くまで届きそうな上に、遠心力を加えたら戦斧よりも破壊力が乗りそうな代物だ。利き腕が壊れているヤクシ兄さんには重たそうだけど、元々の体格が体格だから妙に似合っている。
「ヤクシ兄さん、似合ってる」
どうにも不満そうな顔をしてるので、あとで他の仲間に渡すことにしよう。

「よーし、よしよしよし! さっそく釣りに行くぞ! 準備は良いな、野郎共!」
捕鯨砲という名前らしい銛を発射する大砲を運びながら、おじさんが鬨の声を上げている。野郎じゃないけど準備は万端だ。新たに手に入れた狙撃銃を背負って、再び湖のほとりへと戻ることにした。

ところでそんな化け物みたいな大砲でなにを取る気なんだろうか?


◆❖◇◇❖◆


「ヤア、君タチモ湖ニ遊ビニキタノカイ? コノ湖ハ水質モヨクテ、泳グノニモ釣リヲスルニモ最高ダヨ」
湖に戻ると鼻と口の間を覆うくらい大量の髭を生やした妙に癖のついた髪型の男が、呼んでもないのに私たちの前に現れた。
「オ嬢サン、火ノ起コシ方ハ知ッテイルカイ? 教エテアゲルヨ、ワタシハ子供タチニ自然ノ素晴ラシサヲ教エルノガ大好キナンダ」
「え? いらない、邪魔」
「オーウ、手厳シイネ。最近ノ子供ハ自然ト触レアウヨリ家ノ中デ遊ブホウガ好キナノカナ? コレハ嘆カワシイコトダヨ」
さっきから何を言ってるのかさっぱりわからないけど、どうやら自然が好きな口髭らしい。黙って釣りをするなら近くにいてもいいけど、話しかけられるのは邪魔だから他所に行って欲しい。

「オーウ、牛ノ頭ヲ被ッテイルヨ。素晴ラシイ趣味ヲシテイルネ、今度作リカタヲ故郷ノ子供タチニ教エテアゲナクテハ」
今度は湖のほとりで日除けのテントを建てていたヤクシ兄さんにも話しかけたかと思ったら、
「オーウ、ドウシテコンナトコロニ、オマエガイルンダ? オマエノヨウナ自然ヲ汚ス男ハ、コノ素晴ラシイ場所ニ相応シクナイ。オマエノ使ウ武器デコノ美シイ湖ガ汚サレ、毒ヲ帯ビタ銃弾ガ川ヲ流レ、ワタシタチノ海ヲ汚シ、世界中ノ子供タチガ不幸ナ結末ヲ迎エテシマウ……!」
「うるせえ、勘違い野郎が! 釣りの邪魔だ、とっとと失せろ!
武器好きのおじさんと猛烈な勢いで揉めだし始めた。
もちろん私には何の関係もないので、ケンカも仲直りもどこか邪魔にならないところでやって欲しい。私は静かに楽しく釣りに勤しみたいのだ。

「いいか、自然を舐めるな。自然を舐めくさって自然は友だちだなんて言いだす奴から命を落とすんだ。そういう意味ではお前はもう100回は死んでるぞ、このゾンビ野郎が!」
「オーウ、馬鹿ナコトヲ言ウナ! ワタシガゾンビナラ、オマエハ血モ涙モナイ悪魔ダ、今スグ悪魔ノ国ニ帰ルガイイ、デーモン野郎メ!」
見たところ水面に魚影は無い。釣りは根気と忍耐が必要になる、魚が相手と見せかけて真の敵はついつい釣果を焦ってしまう自分自身なのだ。バイソンの脚に紐を括りつけて水中に放り込み、血の臭いに誘われた砂魚が
近づくのをじっくりと待つことにする。
「いつもいつも俺の釣りを邪魔しやがって! これ以上ごちゃごちゃ抜かすなら捕鯨砲の錆にしてやるぞ!」
「オーウ、ヤレルモノナラヤッテミロ! ワタシハ自然ヲ守ルタメナラ命ダッテカケルヨ!」
水面が少しざわつき始めた。どうやら血の臭いを嗅いだ砂魚や他の小魚が集まってきたらしい。しかしここで焦ってバイソンの脚を持ち上げたりすると、魚たちが驚いて逃げてしまうかもしれない。ここは見に徹しよう。
そう思って引き続き水面を眺めていると、胴と足がふたつに別れた例の口髭が湖の彼方へと消えていった。
「いいか、自然を舐めるな! 自然はすべて敵だと思え、敵には最大限に警戒しろ、奴らは何処からでも襲い掛かってくるぞ!」
湖のほとりで彼方を指差していたおじさんの腕が手品のように消えたかと思うと、砂魚どころかサメよりも遥かに巨大な、全体的にずんぐりとした青黒い岩の塊のような魚が飛び出して、残った肉を一口で齧り取っていった。

どうやらこの湖にはかなりの大物がいるようだ。私もまだまだ未熟とはいえ釣り人の端くれ、大物がいるとわかって逃がすような真似はしない。
まだ水面から顔を出している大物めがけてベリニャ式狙撃銃を構え、焦らず慎重に狙いを定める。あれほどの巨体なら当て損ねることはない、かといってあれだけ巨大な相手なので的確に狙わないと弾が無駄になってしまう。撃つなら皮膚の薄い箇所、先端からしばらく後方に落ちてヒレの手前にある目玉、外から見てわかる急所はそこだ。
引き金にかけた指に力を込める。わずかな振動と共に放たれた弾丸は、ルェドリア銃よりも数段上の速度で魚の巨体へと飛び込み、人の頭ほどもありそうな目玉に突き刺さって奥深くへと沈んでいく。
「……効いてる?」
巨体過ぎて効果があるのかいまいちわからないけど、相手が魚であるなら痛みは感じないのかもしれない。しかし魚も同じ生き物に変わりはない、攻撃を受ければ傷つくし傷が深ければダメージは避けられないはずだ。

次の弾を込めて二発目の準備をしている私の横を、鎖に結ばれた碇が空を切り裂きながら魚の懐に入り込み、ヒレと胴の間へと深々と突き刺さった。ヤクシ兄さんも目の前の敵が危険だと判断して、このまま逃さずに捕えようと判断したみたいで、そのまま強引に水の中から引きずり出そうと力を込める。
狙いは正しい。サメであれば話は変わるけど、魚もタコもイカも水の中で本領を発揮する生き物だ。以前大陸縦貫鉄道で遭遇したイカは空を飛んでいたけど、さすがにこれだけ巨大な魚が空を飛べるとは思えない。陸にさえ上げてしまえば、あとはろくに動けない的と化すに違いない。
ヤクシ兄さんと一緒に鎖を引っ張り魚を釣り上げていると、魚の頭の上からいきなり噴水のように水が噴き出して、兄さんの構えたテントごと辺り一面が水に浸かった。水はそれほど深くない、せいぜい私の腰に届くかどうかなものだけど、人間が短剣ほどの浅瀬でも溺れることが出来るように魚もそのくらいの水があれば動きが大きく変わってくる。
文字通り水を得た魚は大きく飛沫を上げながら跳ね回り、その衝撃で強引に碇を振りほどき、サメとはまた違うバイソンでも生きたまま噛み潰せそうな平らな歯を剥き出しにして襲いかかってきた。


◆❖◇◇❖◆


まさか呑みこまれるとは思わなかった……!

そして、あのでっかい魚の口の中が街のようになっているとは思わなかった。といっても人が住んでいるわけではなく、無人の集落がそのまま納まって砂と泥に塗れているといった様子だ。中に太陽の光は届かないはずだけど、砂蛇の巣にもあったランタンを一緒に飲み込んだのか、建物の外壁やドアノブに引っ掛けられて周りを照らしている。
「……ヤクシ兄さん、いる?」
周囲を見渡してみても牛頭は見当たらない。飲み込まれる瞬間、ヤクシ兄さんがその場から飛び退くのが見えたから、どうやらそのまま上手く難を逃れたみたい。私は立っている位置が悪く、ちょうど魚の口が真っ正面に来てしまった。怪我無く丸呑みされて銃も一緒に来られたのが不幸中の幸いだ。
「グルルルルル」
釣りの間、私の荷物袋の中で寝ていた精霊虫も一緒に来ている。どうやら幸運には見放されていないらしい。精霊虫はなにも考えていない小動物のように振る舞うけど、中身はこの地に宿る精霊に等しい。危険な場所には自ら近づかないし、運や命の尽きそうな者からは離れていくと聞いた。

ということは、どうやらここはひとまずは安全で、私の運が尽きているわけでもない。
これからどうするか。これだけの規模の街が入るということは、ここはあの魚の口の中ではあっても魚の体の中ではない。魚の体に対して街の規模が大き過ぎる、縦にも横にも……高さも奥行きも少なく見積もっても魚の10倍以上は大きい。
どうやら端っこは肉壁みたいだけど、あの壁をぶち破って出た場所が魚のすぐ外とは限らない。もしかしたら出たらいけないような場所、砂漠の奥深くに掘られた場所とか泳いで上がれないくらい深い湖の底とか、もしかしたらピョルカハイム保護区ではない場所かもしれない。理屈はわからないけど例えばポータルと同じような物だとしたら、そういう場所まで飛ばされても不思議ではない。

せめて誰か住人でもいたら……万が一の可能性に賭けて建物の扉を開けてみたところ、そこには大きなクチバシとずんぐりとした体を持った、飛ぶのも走るのも苦手そうな不格好な鳥の姿があった。こういう鳥、なんていうんだったっけ? 確か以前スルークハウゼンに滞在している間に読んだ本に描かれていた。
えーと、ド、ドー、ドドー、そうそう、ドードーだ。ドードーとかいう鳥がこんな姿をしていた。
「……人間だ! 人間がいるのであーる!」
「ここは吾輩たちの街なのである!」
「帰って欲しいのである!」
ドードーたちは左右の短い翼をバタバタと動かしながら、短い足で地面を跳ね続けている。中々にかわいらしさもある生き物だが、同時に丸々とした体は美味しそうにも見える。見ようによってはニワトリの親戚くらいに見えなくもないし、食べてみると食用に向いた味をしているかもしれない。

精霊虫と一緒についついじゅるりと音を立てて涎を啜ってしまうと、食べられると勘違いしたドードーたちがクァークァーと大騒ぎしながら部屋の隅っこに集まって震えだした。
「た、食べないで欲しいのである!」
「誤解。食べない、まだ」
「まだということは食べるつもりなのである!」
ドードーたちがさらに慌ただしく喚き始めた。ちょっと気の毒だけど慌てふためいてる姿も美味しそうだ。

さて、どうしたものか。ドードーたちはキリがないから一旦そのままにして、もうちょっと街を調べてみようかな。


▶▶▶「荒野のずんぐり鳥の話」


≪入手アイテム≫
ベリニャ式狙撃銃×1、パワーアンカー×1、リンガー捕鯨砲×1


≪エネミー紹介≫
湖の主
種 族:クジラ(男、年齢不明、属性:水)
クラス:クジラ(レベル21)
移 動:4↑2↓3(水中)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 50 19  2 14  3 11  0 12 11  3

【スキル】
【個人】レヴィヤタン(飲み込んだ相手を任意のマップに飛ばす)
【種族】潮吹き(周囲8マスの地形を水辺に変える)
【習得】リジェネレート(毎ターンHP10%回復)
【習得】かつぐ(味方ユニットを担いで移動させる)
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:E
体術:C 探索:D 魔道:E 回復:E 重装:B 馬術:E 学術:E

【装備】
なし

【所持品(3)】
なし

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