ルチ・フォナ外伝 第29話「百の顔と名を持つ英雄の話」
ルチさんがドードーから聞き出したという、耳にした時は怪しい果実でも食べたのかと疑ってしまいたくなる情報によると、荒野の王は幾つもの名前を持っていて、数百年前からピョルカハイム保護区の各地で戦いに参加しているらしく、ルチさんは「王といってもひとりの人間を指しているわけではなく、冠のようなものなのではないか」と考えているようです。
確かにその情報が事実なら荒野の王が指すのは優れた個人ではなく、数多の戦士や指導者に付けられた称号。どこそこ族の誰かではなく荒野の王としているのは、侵略してくる騎士団や教会に対しての威嚇や脅しの意味を込めてでしょう。我々はあらゆる部族に優れた者がいて、この地で戦い続ける限り王は何処からでも現れる、といった具合でしょうか。
確かに特定の部族を標的にさせず、全体を脅威と思わせる手法は現地情報に欠ける教会や騎士団にとっては嫌な手法でしょう。誰が最初に思いついたのか知りませんが、効果的なのは間違いありません。
「つまり称号のようなものだと」
「それ、私が考えた」
いや、ルチさんが最初に考察したのは重々承知していますよ。あくまで考えをまとめるための独り言です、手柄を横取りするつもりはありませんので。
「しかし困りましたね。ルチさんの考察が正解だとして、荒野の王が称号のようなものであれば、私たちが今それが誰の頭に被されているのか探し出すのは困難極まります。そもそも長老さんが指し示した場所にいるのかどうか、これも定かではないわけですから」
「諦めて帰る?」
「戻るのはポータルで一瞬ですから、行くだけ行ってみましょう。なにか手掛かりがあるかもしれません」
とはいえ難しいでしょう……まあ、運よく荒野の王を探し出せたとして、彼が協力してくれるとも、そもそも大地を引き裂いた大蛇を知っているとも限りませんから。なにか情報が手に入ればいいな、くらいの心構えで臨みましょうかね。期待し過ぎず悲観し過ぎず、そのくらいがちょうどいい心持ちでしょう。
◆❖◇◇❖◆
時間はしばし遡って、ノルンやルチたちが荒野の王が潜む地に辿り着く数日前のこと。荒野の奥地の名も無い小さな集落の片隅で、現在の荒野の王の冠を持つ鷲鼻の老魔女の、その命の炎は今にも尽きつつあった。
(……しまった、しくじった……!)
鷲鼻の老魔女は白く濁った視界の彼方からの狙撃で喉と胸を貫かれ、声も出せず助けも呼べず、翻していえば自らの魂を受け継ぐ次の器を探すことも出来ず、その身が朽ち果てるのを待つしかない状況に陥っていた。
(教会の戦術魔道騎士……まさかあれほどの腕とは……)
狙撃したのは教会と騎士団が設立した、対ピョルカハイム諸部族用の専門部隊、通称『戦術魔道騎士団』と呼ばれる者たちだった。騎士の中でも魔道の素質を持つ者、或いは魔道士の中で騎士と対等の白兵戦等能力を有する者を選りすぐった、戦術的に組み込めるレベルで魔法と騎士戦を両立できる精鋭。旧式の魔道士のように魔道書を手に投擲の間合いに踏み込む必要もなく、従来の騎士のように魔法に対して非力な盾と忍耐で凌ぎながら駆け寄る必要のない、魔法の込められた弾倉を用いて標的を狙撃する暗殺者、それが戦術魔道騎士である。
そのひとりが鷲鼻の老魔女の視界と警戒網の外から鋭い氷柱のような弾丸を喉と胸に1発ずつ、自らの場所と姿を悟られることなく見事に穿ってみせたのだ。
(……それはまだいい……最悪なのは近くに器がいない……!)
鷲鼻の老魔女は裂けた喉からなおも込み上げてくる塊のような血を吐き出し、赤く染まっていく天を見上げていた。
荒野の王が戦いで命を落とした時、寿命が尽きた時、次なる器に相応しい者を見つけた時、その魂を移すために必要な条件が幾つかある。それが満たせない状況にあるのだ。
1.荒野の王たる魂はドラゴン種族から与えられた心臓に宿っており、魂が移されることで対象の心臓を器に相応しいように作り変える
2.心臓そのものは数百年の生存を可能とするが、肉体の寿命は本来の持ち主の種族や健康状態による
3.荒野の王の魂は100メートル以内の生命が尽きていない肉体に移すことが出来る
4.肉体は人間に限らず亜人・獣人・モンスターの種類は問わないが、無生物及びアンデッドは選ぶことが出来ない
5.魂を移すには対象の意識が喪失した状態(気絶、心神喪失、脳死)にあるか、抵抗できないほど自我が弱い赤子や病人を対象に選ばなければならない
6.現在の魂の器を殺傷した者に限り、5の条件を無視して魂を移すことが出来る
7.さらに3~6の条件を満たし、精霊を身に降ろすことで器への完全な定着が完了する
8.荒野の王は自らの意思で死ぬことは出来ない
鷲鼻の老魔女を仕留めた戦術魔道騎士は姿を見せていないため3の条件を満たしたとしても6の条件を満たせず、さらに今の肉体は活動不能どころか生存すら難しい状態にあるため、反撃を試みて5の条件を満たすことも出来ない。仮に誰かが通りかかったとしても語ることが出来なければ、やはり5の条件を満たすことは出来ないであろう。
数多くの英雄の体を借りて幾多の戦で暗躍した荒野の王であったが、教会は苦戦を強いられながらも王が生き残る条件を正確にではないものの大まかに把握してみせた。そして他人に意識を移せると仮定した魔道士たちの作戦によって、移動先のいない状況での暗殺を成し遂げてみせたのだ。
もし戦術魔道騎士に唯一誤算があるとすれば、それは荒野の王の持つ天命であった。ドラゴン種族から与えられた特異な心臓とその持ち主である王自身の天命、保護区の外の世界で暮らし神を信仰するがゆえにその特別さにまで至らなかったことを落ち度とするならば、それが王の命を救ってしまったのだといえよう。
鷲鼻の老魔女が息絶える前に偶然通りがかった縁もゆかりも特別な才も持たない赤毛の少女、その少女がさらに偶然にも足を滑らせて頭を打ち、都合よく意識を失ってくれたことで天命を繋ぐこととなったのだ。
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「……危なかった。これまでに何度か死にかけたことはあったが、今度こそ死ぬかと思った」
少女が意識を失って数時間、同じく魂を新たな器に移して数時間、偶然にも少女の倒れている位置は戦術魔道騎士から死角になっているのか、或いは仕留めたと思い込んで一旦自陣にでも戻っているのか、どちらにしても追撃が無いことを悟った荒野の王は、少女の身に宿るわずかな体力を頼りにその場を離れることに成功した。
しかし難を逃れたわけではない。鷲鼻の老魔女だった時にはその豊富な魔力を活かして治療や呪術を振るったがゆえに王だと見抜かれてしまった。この赤毛の少女が特別な力を持つとは思えないものの、王が長年生きてきたがために魂の根の部分に染み付いた老獪さ、その少女らしからぬ違和感はすぐに集落の人間に見抜かれてしまうに違いない。
集落の人間とて、この地の部族といえど味方であるとは限らない。かつてチャルフォツパ・ミャピィヤが周囲を出し抜いて勝手に条約を結んだように、我が身かわいさや勝手な正義感で教会や騎士団に協力的な振る舞いをしてしまう人間は、いつの時代でも現れるものなのだ。
奴らはわずかな食糧と金を得られるなら喜んで王の首を差し出すだろうし、今回狙撃されたのように簡単に居場所を売ってみせるだろう。
この荒野は現状、侵略者との戦いは続けていられるものの、西半分は勢力的な衰えもあって疲れ果てている。せめて東側のようにタルダイ族やヒルチヒキ族、アルバディー族、ドゥローミー族といった常軌を逸した闘争心や攻撃性の持ち主がいれば、もう少し侵略者に対して優位に立てたのだが。
しかし無いものねだりをしても仕方がない。こうなってしまっては今すぐにでもこの地を離れ、北の寒冷地で逞しい狩猟民族を頼るか、南の三角地帯まで下ってシカリオ族に混じって外と上手く渡り合うか、砂漠を越えて東の猛者たちに近づくか、どれを選ぶにせよ急ぐに越したことはないだろう。
そのためにも早急に少女の体を捨てて、体力のある成人した健康な男の体を手に入れる必要がある。出来れば旅人や行商人、あまり望ましくないが野盗でも構わない。移動が不自然にならない一団、そういったものに出くわさなければ。
赤毛の少女は集落に近づきながら、そんな人物を探すように目を凝らした。
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「……困りましたね」
荒野の王がいるかもしれない集落に辿り着いた私たちは、住民のみなさんや出入りの行商人に王の話を聞いて回ったのですが、どうやら明確に王とされる者はいないようです。一応、この一帯の有力者して狩りの名手である青年や集落一の力自慢、誠実さで人を引きつける勇敢な男、薬草や呪術に詳しい老魔女といった方々がいるそうですが、これまでに王と呼ばれた者たちと比べると正直見劣りしてしまいます。それなりに優秀ではあるのでしょうが、突出した個人ではないといった印象です。
おまけにその全員が数日前に死んでしまっているのです。共通して喉と胸に1発ずつ、銃弾と思しき攻撃を受けており、しかも不可解なことに誰もが周りに人がいない状況だったそうです。
仮にこの中に荒野の王がいたとしたら残念なことになりますが、まだ希望を失ったわけではありません。これまでの数ある王はどういう方法を使ったかわかりませんが、全員同じように豊富な知識を持ち、過去の戦史や出来事にも詳しかったそうです。
部族の中には文字を持たない、口伝でしか歴史を語らない人たちもいますし、教会が調査した範囲では整えられた歴史書のような物は確認されていません。であるならば荒野の王は、なんらかの方法で後継者に自らの知識を伝えていたとはずです。
王が倒れてもその陰で動く語り部や教師のような人がいる、そう考えてもいいと思うわけです。
「つまり、どういうこと?」
「王の知識を持つ者がいるはずです。その方を探し出して、大地を引き裂いた蛇についてなにか知らないか聞き出しましょう」
「探す、どうやって?」
問題はそこです。仮に王が撃たれたとしたら語り部も最大限に警戒しているはずです。私たちが敵ではないと一目でわかるように振る舞ってみせても、そう簡単には信じてくれないでしょうし、むしろ怪しんでしまうかもしれません。
「捕まえる、拷問する?」
「駄目です」
ルチさんたちに任せては、後々ろくでもないことになりそうです。なんとか知恵を振り絞って、良い策を考えないと……。
「あなたたち、旅の方々ですよね!? 私も連れて行ってください!」
頭を抱える私の前に、唐突に赤毛の少女が走ってきました。
少女は私やルチさんよりも若い、もしかしたら10歳に満たないかもしれない年頃で、健康そうではありますが道中で役に立つようには見えません。親と離ればなれになって他に頼れる相手がいないのか、それとも不本意な主従契約でも結ばされるのか、なにか止むに止まれぬ事情があるのでしょう。
人狩りのような連中がこいつを連れて行け、といった形で押し付けてきたらお断りしますが、年端のいかない少女がひとりで助けを求めてきたのです。無碍に断るのも心に棘が残りそうですし、どこか安全な場所まで連れて行ってあげましょう。
それこそタルダイ族のオアシスなんていいかもしれません。きっと将来のお嫁さん候補として、宝物のように大事にしてもらえるはずです。
「いいですよ。私たちはもうしばらく滞在してから移動しますので、それでもよろしければ」
「……いえ、今すぐ移動するべきです! この集落は危機が迫っているんです」
一瞬、少女が舌打ちしたようにも見えましたが、それはさておき危機ですか。確かに複数人が狙撃される事件も起きていますし、危機が迫っているといえばその通りです。
「ノルン、伏せる!」
唐突に投げかけられたルチさんの声に反応して、素早くその場にしゃがみ込むと私たちが立っていた高さ、ちょうど頭のあった位置を小さな物体が風を切りながら通り抜けていきました。その物体が銃弾だと認識したのは後方の壁に当たった後で、その弾丸が通常の鉛や鉄とは異なり氷の塊のようなものだと気付いたのは地面にこぼれたのを捉えた後のことです。
十中八九この地の有力者を狙撃した犯人でしょう。
私たちは地面に伏せた姿勢のまま弾丸が放たれた方向に目線を向け、次の襲撃に備えて神経と警戒心を研ぎ澄ませたのです。
▶▶▶「荒野の狩人と氷の狙撃手の話」
≪NPC紹介≫
ドーニャ・サウィルネッカ
種 族:人間・平民(女、10歳、属性:水)
体 格:138cm、34kg
クラス:精霊使い(レベル1)
移 動:3↑1↓2(歩兵)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 13 1 4 0 6 4 2 1 8 10
【スキル】
【個人】心臓転生(特定の条件を満たすと対象ユニットに転生できる)
【種族】無力な子供(狙われ率上昇)
【兵種】精霊召喚(精霊召喚が使用可能になる)
【??】
【??】
【??】
※転生の条件
周囲3マス以内に戦闘不能状態のユニット(アンデッドは除く)がいる
周囲3マス以内に自身を戦闘不能状態にしたユニット(アンデッドは除く)がいる
【技能】
短剣:C 剣術:B 槍術:C 斧鎚:B 鞭術:D 弓術:B 銃砲:E
体術:C 探索:B 魔道:B 回復:C 重装:E 馬術:D 学術:B
【装備】
石器ナイフ 威力2(1+1)
【所持品(3)】
なし