ルチ・フォナ外伝 第30話「荒野の狩人と氷の狙撃手の話」

蛇への信仰もある地で蛇蝎の如くと形容するのは少々違う気もしますが、狙撃手というのは最も忌むべき兵士のひとつだといわれています。その理由は相手に気づかれないように身を隠し、一方的に命を奪ってその場から離れる、ともすれば卑怯者と蔑まれる狙撃手ゆえの振る舞いにあるわけですが。
騎士団や特定の部族の戦士には、敵の前に姿を晒して自らの命を危険に置いて戦う勇敢さを誉れと考える悪癖があり、併せて銃という引き金ひとつで攻撃を行える限りなく簡略化された殺意の登場によって、弓兵が持つことの出来た優れた技術への畏怖も失ってしまったのです。
剣や槍を振るう者からすれば狙撃手はあらゆる意味で卑怯者とされ、同じ味方からでさえ嫌悪感を抱かれ、敵ともなれば蛇蝎の如く嫌われてしまうわけです。銃がもっと一般化し、それこそ末端の兵や奥地の部族にまで行き渡ってしまえば狙撃手への見方も少しは変わるのでしょうが、それが叶う日は平和な未来よりも遠いでしょう。

私たちにもルチさんという優秀な狙撃手がいますが、ルチさんは銃剣も併用して白兵戦も行っているため、普段はあまり狙撃手的な行動はしません。どちからというと中衛からの追撃要員、もしくは前衛で誰よりも先に敵を攻撃する鬨の声です。元々ヒルチヒキ族には弓と槍を使う狩人が多いので、ルチさんもその影響が強いのでしょう。銃持ちでありながら積極的にその身を晒すことが多いです。
しかし今回は敵が姿を現してくれない狙撃手と即座に判断し、発砲に気づいた瞬間に近くの建物の陰に身を隠し、そのまま狙撃手を狙うポイントを探し始めました。

そうと判れば私のやることはひとつです。敵も場所を探られないように移動するでしょうが、その直前までは少しでも私たちの戦力を削るために狙撃してくるはずです。ルチさんに注意を向けられないように、同時に私たちに狙いを定めさせないように相手の視線を遮る必要があります。
「みなさん、火炎瓶をあちら側に放ってください。私は煙幕を炊きます」
カラさんとヌン・ドゥガさん、ネム・ピヒャさんが火炎瓶を放って地面から盛大に炎と煙が立ち上ります。私も煙幕弾という大量の煙を発する非殺傷性の爆弾を投げて、黒い煙の外側から白い煙で辺りを覆い隠しました。
既に大まかな居場所は知られている状況ですが、これだけ煙を起こせば頭や心臓を撃ち抜かれる危険は減ってくれるでしょう。私たちも次の攻撃に備えて頭を屈めて物陰に移動し、煙が晴れるまでに出来ることを済ませることにしました。

まずは状況分析です。私たちを襲った鋭利な氷柱のような弾丸、おそらく魔法の類でしょう。とはいえ魔法というのは、そんなに簡単においそれと使えるようなものではありません。教会の正規の魔道士でさえも魔道書を媒介にして、投擲と同程度の距離に火炎瓶ほどの炎を飛ばすのが精一杯です。それが氷や雷になっても威力や射程は変わりません。ましてや魔道書も無しでは松明程度の火を起こすのがせいぜい、それがこの大陸での魔道士の標準値とされています。
私やルチさんが魔道士としての才があるかは知りませんが、飛び抜けて強い効果を発揮できるのは魔道士の中でもごく一部、そういう方でも銃のように狙撃を行うのは割に合いません。並外れた魔力と集中力を費やして放つのが弾丸と変わらないのであれば、素直に銃を用いれば済む話です。教会であればルェドリア銃はもとよりベリニャ式狙撃銃の入手も用意でしょう、であるならば余計に魔法で銃の代わりをするのは疑問です。

「敵はいったいどうして魔法で銃の代わりを……?」
「撃ってきたのは戦術魔道騎士だ。戦術魔道騎士っていうのは対諸部族用の専門部隊で、要するに騎士と魔道士のハイブリッドだ。魔力のある騎士とも筋力のある魔道士とも好きに捉えていいが、そいつらの使う獲物がさっきの特殊な銃だ」
私たちに連れて行ってくれと頼んできた赤毛の少女、見た感じでは10歳になるかならないかの幼い少女が急に、まるで人が変わったかのように流暢に説明し始めました。
「あの銃は通常の弾丸の代わりに魔法を込めた弾丸を飛ばせる。見たところお前は戦闘要員ではなさそうだが、銃使いが弾丸に闘気を込めるのは知ってるよな? あの要領で弾丸に魔力を込めるわけだ」
私でもそのくらいは知っています。同じ銅製の剣でも熟練の戦士と貧弱な女で威力が異なるのは、筋力や技術の差だけではありません。切っ先や刀身に闘気とでも呼ぶべき体外物質に干渉する力を込めることで、銅でも鋼の盾や甲冑を切り裂くことが出来るのです。たまに明らかに体格が小さい女戦士が、力自慢の大男と渡りあっていることがありますが、その理由もこれです。
込める闘気の量や質が同等であれば、当然腕力と体力で上回る方が有利ですので、どうしても男女差というものは生じますが、女性でも上澄みのレベルに達していれば単純な攻撃力で男の上を行くことも不可能ではありません。

が、今はそんなことより赤毛の少女です。明らかに私たちと遭遇した時とは口調が違いますし、この口調や仕草は男性、それも熟達した戦士かのような口なのぶりです。
「あの、あなたは一体……?」
「隠すよりは白状した方が生存率が高まりそうだから話すが、俺は元々はクレゴ-ナァイというものだ。時代と場所によってはダラ・エッジだのガルダオだのバタ・ナンだのと呼ばれている。最近はチペカミクという魔女の体を使っていたが、戦術魔道騎士にしてやられてサウィルネッカの体を間借りしている」
ルチさんがドードーから聞いた話で出てきた名前です。ダラ・エッジであれば私でも文献で読んだことのある名前で、彼も荒野の王に相応しい指導者や戦士だったはずです。ということは、この少女が荒野の王なのでしょうか。てっきり称号のようなものだと思っていましたが、まさか体を乗り換えているとは考えもしませんでした。ドラゴン種族の遺したポータルがなければ、そんな世迷言は信じる余地もないのですが、常識外の道具や創造主の存在が頭をよぎる今なら不思議と納得してしまいます。

「仮に王様とお呼びしますね。それで王様、その戦術魔道騎士はなぜ私たちに攻撃を加えてきたのです?」
「俺がサウィルネッカに乗り移ったのに勘づいたのか、それとも単に敵対しそうな一団がいたから戦力削りのつもりか、どちらにせよ友好的な態度でないのは確かだな」
確かにヒルチヒキ族とタルダイ族、さらにピョルカハイム保護区外の人種との混合パーティーを見れば、教会や騎士団からすれば要注意対象でしょうし、今後の面倒事を減らすためにも暗殺しておきたいと判断しても不思議ではありません。私たちが部族同盟の拠点を築いていることを情報として知っている可能性もありますからね、私が敵の立場だったらひとりでも削りたいと考えるでしょう。
「ノルン、煙が晴れる。しっかり隠れろ」
ネムさんの掛け声で気を引き締め直し、建物の陰から周囲の様子を窺うことにしました。


◆❖◇◇❖◆


煙が完全に晴れるとルチさんの姿は既になく、何処に隠れていてどんなルートを進んだのかさえわかりません。足跡もなければ気配すらありません、警戒心の強い獣に挑む狩人のように完全に姿を隠したみたいです。
一方、敵の狙撃手も煙が的を絞らせない間に場所を移したようです。そもそも何処にいたのかさえ私にはわかっていないのですが、弾の飛んできた方向からして集落の外、荒野に点在する廃屋や岩陰のいずれかに潜んでいるのでしょう。
「ちなみに撤退してくれた、なんて都合のいい話はありませんよね」
「ないだろうな。追い詰められれば可能性も無くはないが、煙幕を張られたくらいで退く理由がない」
ですよね。となると私たちに出来ることはルチさんの援護、しかしルチさんを助けすぎると居場所を見抜かれてしまう可能性があります。せいぜいルチさんが移動しそうなタイミングで煙幕を張るとか、敵の注意を向けるために火炎瓶を放るくらいが関の山でしょう。
「ノルン、向かって右側、やや斜め上の建物の屋根に目を向けろ」
「ルチさんがそこにいるんですか?」
「いいから、見ろ」
ネムさんに促されて指定された位置に視線を向けると、そこには誰の姿もなく、しかしその直後に殺意というか敵意のようなものが微かにそこに向かった気がしました。

その瞬間です。まったく別の場所から放たれた弾丸が外の岩陰に潜んでいた気配を貫き、ほぼ同時にネムさんが指定した位置に氷の弾丸が突き立てられました。
「ノルン、煙幕」
「はいっ!」
そのまま促されて反射的に煙幕を張りましたが、どうやら敵の狙いが私の視線に誘導されたようです。どうやら私の位置は既に補足されているようで、しかし撃ってこないということは見えているけれど致命傷を与えるには難しく、無理をして居場所を悟られるよりは先にルチさんを片付けた方がいいと判断されたのでしょう。要するに取るに足らない存在というやつです。
私の視線は建物の窓に移った影で見抜かれたのでしょう。集落の建物の中にはガラス窓もあれば、ぼんやりと姿が映りそうな金属板で覆われた窓もあります。おそらくそこを見抜かれたわけですが、ネムさんが機転を利かせてあえて罠を仕掛けたのです。

「ちなみにネムさん、そこから敵の位置は?」
「わかったら既に撃ってる。ルチの位置はおおよそわかる」
ネムさんも建物越しですからね。敵は弓の間合いの外にいるようですし、直に見渡せるならまだしも物陰からでは特定するには至らないようです。一方、ルチさんの位置はなんとなく把握出来ているようで、これも狩人の成せる業というやつでしょうか。どちらも私にはさっぱりわからないのでお手上げです。
「でも今のでわかった。敵、気配消せない。狩りの経験浅い、おそらく」
「どういうことですか?」

ネムさんが言うには、優れた猟師や狩人は獲物を撃つ時に鏃に敵意や戦意を乗せないのだそうです。標的に意識を向けはしてもそこに獲ってやろうという意識が残ると、警戒心の強い獣には悟られてしまうのだそうです。その辺りの獣の感覚は人間よりも遥かに鋭敏で、草食獣や鳥は特に優れているようです。慣れない内は執拗に何度も射かけたり、獲物が眠ったり気を逸らすまで待ったりするそうですが、一人前の狩人になれば警戒した獲物相手でも仕留めることが出来るようになります。
こればかりは才能や勘の良さもですが絶対的な経験と年月が必要になるそうで、ルチさんは弓の腕こそネムさんからすればまだまだですが、戦意を乗せない術と気配の消し方はしっかりと身に着けているとのことです。

「人を撃つ練習、それなりに重ねた。でも獣や鳥、ほとんど撃ったことない、おそらくな」
一方、敵の狙撃手は銃の練習は重ねたものの、獣を撃つ経験が浅いため敵意を消す技術を身に着けていないようです。いわれてみれば戦術魔道騎士なんて教会にいた頃に聞いたことがありません。魔法を放つ銃も同様にです、噂ですら聞いたことがありません。
ということは戦術魔道騎士も魔法の銃も作られたのは最近、せいぜいこの数年のことでしょう。教会の魔道士には才能を見出された孤児も一部いますが、大多数は育成機関を卒業した貴族の子息や魔道士の血縁者ですから、元々狩人だった魔道士は存在すらしていないのかもしれません。即席で実戦に投入出来るまで鍛え上げたのであれば、敵意を消す術までは習得できなかったと考えていいでしょう。
そもそも強い魔力はそれそのものが珍しいですからね、私でも感知してしまう程度には目立ちます。完全に消せるものではないのかもしれません。

「ということは、ルチさん有利と考えていいんですかね?」
「わからん。先手は取れる、勝てるとは限らん」
ですよね。狙撃で先手を取れるのは有利ですが、それは必ず相手より先に見つけた場合に限りです。敵が先にルチさんに気づけば先手を取られてしまいますし、体の頑丈さに差があれば撃ち合いそのものが危険です。
「種は蒔いた、手助けする」
ああ、なるほど。察しの悪い私にもネムさんの意図は理解出来ました、援護するとしましょう。


◆❖◇◇❖◆


ネムさんの蒔いた種、それは私の目線と煙幕です。1回目の私の目線、あれを敵は撹乱と理解したはずです。そう信じたらタイミング次第でルチさんから目を逸らすことが出来ますし、反対に信じなかったら見当違いの方向に誘導することも出来ます。
それに煙幕、これも起きればルチさんが移動すると判断するでしょう。しかしルチさんがその場に留まれば、いるはずのない相手をいつまでも探す羽目になり、反対に一度でも動かなかった状況を作ってしまえばその位置を無視することは出来なくなります。
もちろん私はともかくネムさんまでそちらに集中しないといけないため、狙撃手に随伴する魔道士がいた場合の対処が薄くなるのですが、幸いにも単独の暗殺者のようです。もしかしたら他に魔道士がいるものの銃を持っていないため加勢することが出来ず、また集落に攻め込むには人数が足りないだけの話かもしれませんが、どちらにしろ好都合です。

ついでにもうひとつ、あの狙撃手は弱点となる癖を持っていました。既に2回ほど使っていますが、いよいよ仕留められてしまうと判断した際には、岩ほどの大きさの氷の防壁を作り出すのです。数度の銃撃で壊れてしまう防壁ですが、岩と併せて自身に向かう射線を遮ることも出来ます。例えば正面に岩があり、右手側に防壁を作ってしまえば、警戒する方向は左と後方の180度ほどまで限定することが出来、ルチさんが回り込む間に有利な場所まで移動したり、ルチさんを狙いやすい地点へと誘導することも可能なため、一見すると心強い防御に見えます。
しかしそれは直線的に飛ぶ銃同士での戦いであればの話。ルチさんは一人前の銃だけでなく、ネムさんがいうまだまだな弓も携えています。相手に見つかる前に銃弾が来ないと信じ切っている死角、そこから戦意の籠っていない、けれど精密に狙われた矢が降ってきたら、防壁は身を守る盾ではなく死地へと誘う落とし穴と化すのです。

何度も移動して地の利を取り合い神経を擦り減らしていく消耗戦の果てに、完全に意識の外側から放たれた敵意も戦意もない鋼の鏃は、ただただ静かに放物線を描いて狙撃手の脳幹を貫いてみせました。

「仕留めた、疲れた!」
使った弾丸はたったの数発、矢も1本だけとはいえ、移動と狙撃を繰り返すのは想像以上に消耗が激しいのでしょう。ぐったりと疲労を浮かべるルチさんが高台から降りてきて、私の鞄に入っていた水筒の水を勢いよく飲み干しました。どうぞどうぞ、その水は勝利の功労者にこそ相応しい水ですから、遠慮なく飲んじゃってください。

「……大したもんだな、お前ら。あの魔道士が単独だったから成立した戦い方だが、世の中は結果がすべてだ。素直に称賛しよう」
物陰に隠れて成り行きを見守っていた荒野の王が、ルチさんに称賛の言葉を投げかけました。
「……誰?」
「ルチさん、こちら荒野の王です。パッと見ではそうは見えませんが、実際にそうらしいです」
一応、ルチさんに掻い摘んで説明し、さらに荒野の王自身がその仕組みを詳しく語ってくださいました。体を乗り換えるのに意識を失った相手を探すか、反対に自分を倒してもらうかしないといけないとは思いませんでしたが、とにかく面倒な手段を用ることで可能なようです。
そしてそれを明かしたということは、この場で倒してもらっても構わない、そういうことなのでしょう。

「この姿だとお前たちも心許なかろうよ。そこの銃使いでも狩人でも、他の者でも構わんぞ。荒野の王の冠と記憶、好きに受け取るといい」
「お断りします。情報を得るだけなら今のままでも充分です」
年端もいかない少女の命をどうこうするほど、私たちは非人道的でも自分勝手でもありませんよ。王様には気の毒ですが、その姿のまま拠点まで来て頂きましょう。
「ちぃっ!」
耳に刺さるくらいわかりやすい舌打ちとかしないでください。そんな恨めしい目を向けられても、私たちはそういう流儀ではありませんので。


▶▶▶「蒲焼きには向いていない大蛇の話」


≪入手アイテム≫
スノーマン×1


≪エネミー紹介≫
レァダス・フロスト
種 族:人間・貴族(男、24歳、属性:水)
体 格:172cm、66kg
クラス:魔道士(レベル25)
移 動:4↑2↓3(歩兵)/移動6↑1↓2/騎馬
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力
現在値 40 14 18 10 16 29 42  7 10 10 

【スキル】
【個人】氷の防壁(射程5、範囲1×3マスの氷塊を生成。最大3回)
【種族】貴族の嗜み(撃破した敵ユニットから少額の金を入手する)
【兵種】魔力解放(魔道書の射程+1)
【習得】軍馬(移動6↑1↓2/騎馬)
【??】
【??】

【技能】
短剣:E 剣術:D 槍術:C 斧鎚:E 鞭術:E 弓術:E 銃砲:B
体術:E 探索:D 魔道:B 回復:C 重装:C 馬術:C 学術:B

【装備】
スノーマン   威力27(9+18/魔法武器、氷属性)
魔道士のマント 回避+25、魔力+1

【所持品(3)】
なし

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