ルチ・フォナ外伝 第28話「荒野のずんぐり鳥の話」

セムゲヌ・ツオヌバ・レケ・ワディラングァ! セペレ・ソヌテンメ・レデ・ボイ・クォーピア! ……と言われたところで、ヒルチヒキ族を含めたピョルカハイム保護区諸部族の言語体系を知らないとさっぱりわからないと思うので、いわゆる標準語に翻訳しよう。ワディラングァ湖で砂魚を釣っていたら、でっかい魚に飲み込まれてしまい、未だに出られないでいる。飲み込まれた先は魚の中とは思えないほど広い街の廃墟で、さすがに人間はいないようだけど、その代わりに人間の言葉を喋るドードーと思しきずんぐりとした鳥たちがいた。
ドードーたちは私と精霊虫に食べられると勘違いしたようで怯えてばかり、埒が明かないから放っておいて街を探索しているわけだけど、あるのは砂と泥を被った廃墟ばかり。私の他に人間はいそうにもないし、いくつか廃墟を巡ってみたけど、さしたる武器や宝も無ければ出口は一向に見つからない。
それに困ったことがもうひとつ……。

「おなか、空いたな」

「やっぱり食べる気なのである!」
ドードーたちのところに戻って呟いた途端に、またクァークァーと騒ぎ出した。やれやれ困った鳥たちだ、あんまり騒がしくされると余計におなかが減って美味しそうに見えてしまうのに。
空腹を紛らわせるために干し肉を取り出して齧っていると、ドードーたちもおなかが空いているのかまんまるな瞳で私と精霊虫を覗き込んでくる。
「それはなんの肉なのである?」
「人間だけど?」
問い掛けに正直に答えると、ドードーたちは再び部屋の隅っこに集まってぷるぷると震え出した。もしかしたらこの集まって震えるのは習性なのかもしれない、子犬なんかもよく震えてるし。
「人間は野蛮なのである!」
「同じ言葉を喋る者を食べるのは変なのである!」
「でも言葉喋る、そういう獣や魔物いる」
私たちの縄張りでは滅多に見かけないけど、ゴブリンやトロールは確かに人間の言葉を喋るし、コボルトやオークといった獣人たちも同じく言葉を喋る。聞くところによるとモンスターに括られる魔獣や樹木の怪物にも人間の言葉を真似る種類がいるらしい。
精霊への生贄に捧げる相手に言葉を喋るかどうかは関係なく、魂の抜けた肉を捨ててしまう方が粗末な行為だと思う。そういう意味では騎士団や山賊といった連中は間違いなく野蛮だ。やつらは人間の命を奪うけど肉を食べるわけでもなく、血や臓腑を再利用することもない。私たちヒルチヒキ族の方がよっぽど文化的で命に対して真摯といえる。
「人間、野蛮なの多い。倒す、食べない、死体そのまま。勿体ない」
「言葉は通じるけど、会話が成立してないのである!」
ドードーたちが大声で喚いている。いちいち騒がしい鳥たちだ、家畜にするには向いてないかもしれない。

「ところで君たち、ここ何処? 魚、丸呑み、ここ来た」
肝心な話を聞き忘れていた。ドードーたちがいつからここで暮らしているか知らないけど、自らの意思でここに棲みつくようになったのなら、この場所が何処にあるのかもわかっているはず。
「ここはクジラの中なのである」
「クジラ?」
「さっき丸呑みにした巨大な生物のことである」
「ドラゴン様が海の向こうから連れてきたのである」
あの魚、クジラっていうんだ。しかも詳しく教えてもらったところ、あのクジラは元々ワディラングァ湖に棲んでいたわけではなく、ドラゴン種族という太古から生きる者たちが連れてきたそうで、この場所は原理はわからないけどやはりクジラの中で間違いないらしい。
「ぽーたる、同じもの?」
「概ねその認識でいいのである」
「人間にしては察しが良いのである」
ポータルはヒルチヒキ族の長老がドラゴン種族から貰った道具で、離れた場所と場所を一瞬にして移動するものだ。クジラの口の中に同じ仕組みのものがあるとしたら、この場所が荒野の彼方、誰も辿り着けないような場所にあったとしても、飲み込まれるだけで簡単に移動することが出来る。
いや、武器収集家のおじさんはクジラに齧られた上に食べられたから、クジラの気分次第かもしれない。だとしたらちょっと博打みたいな仕組みで嫌だなあ。

「ドラゴン様は絶滅に瀕した吾輩たちを助けてくれたのである」
「吾輩たちは飛べないのである、そこを人間に狙われたのである」
「その人間たちを追い払って吾輩たちに知恵と言葉を与えたのがドラゴン様なのである」
「ドラゴン様は素晴らしい御方なのである」
ドラゴンの話になった途端、ドードーたちは聞いてもいないのに一方的に説明し始めた。どうやらドードーたちはドラゴン信仰者というかドラゴンの崇拝者というか、ドードーたちにとってドラゴンは外の人間でいう神のようなもので、私たちにとっての精霊と同じ存在にあるらしい。
もしかしたら私たちは同じ存在を、精霊とかドラゴンとか神と呼んでいるのかもしれない。
「ちなみにドラゴンってこんな姿?」
念のため確認しておこうと精霊虫をドードーたちに向けると、
「そんな黒饅頭みたいな姿ではないのである」
「ドラゴンと精霊は別の種類の存在なのである」
「どちらも超常の存在であれど種類と役割が異なるのである」
よくわからないけど違うらしい。だったら神と精霊も違う可能性が高い、よかったよかった、外の人間と同じものを崇めているなんて冗談じゃない。

「ちなみに出口はあっちなのである」
「使うのは久しぶりなのである」
「数十年前に荒野の王が迷い込んで以来なのである」
「たまに魚と間違えて人間が来てしまうのである」
どうやらクジラの中にあるせいか、時々私のような迷子が来てしまうらしい。って前に人が訪れたのが数十年前だとしたら、ドードーたちは数百年単位で生きているのか。
「肉は硬そうだな」
鶏は年を取り過ぎると肉が硬くなってしまう、そう考えるとドードーたちの肉は噛み切れないくらい硬いかもしれない。その代わりにお湯で煮ると濃厚な出汁が取れるので、ドードーたちの出汁はギットギトに濃くて旨いのかもしれない。
「やっぱり食べる気なのである!」
「いや、まだ食べない……荒野の王、ここに来た?」
荒野の王は私たちが訪ねに行く予定の人物だ。もちろん覚えている、釣りに夢中で忘れていた、なんてことはない。一時たりとも忘れたことは無い、断じて。

「荒野の王、どんな人間?」
私たちは荒野の王について知っていることは少ない。直に遭遇したことのあるドードーたちから、話を聞いておいて損はないはずだ。


◆❖◇◇❖◆


荒野の王。今も生きていたら100に近い年齢になる。
かつてサエィラ・アウフクパの戦い、騎士団や教会が大地の解放事変と呼ぶ戦いで大小70ほどの部族を率いて侵略者に立ち向かった英雄で、弓で射貫かれても槍で突き倒されても決して倒れなかった不死の戦士だ。元々その地域で名のある戦士だったそうだけど、ドラゴン種族から力を与えられたことにより頭角を現して、戦いの中心人物として活躍したらしい。
もしもドラゴンから知識も授かっているのであれば、ピョルカハイム保護区の外周に現れた巨大な蛇、あれについてなにか心当たりがあるかもしれないと、ヒルチヒキ族の長老ディレ・ワラバの指示で迎えに行っている途中なのだ。

「荒野の王は魔女である」
「痩せこけた老婆だったのである」
しかしドードーが目にした荒野の王は勇猛な戦士ではなく不気味な気配をまとった魔女で、ディレ・ワラバから聞いた人物像となにもかもが違う。
「話、違う。嘘ついてる?」
「嘘ではないのである」
「みんなにも聞くといいのである」
ドードーたちが憤慨しながら足をペタシペタシと地面に叩きつけて、建物の奥からダチョウよりも大きなモアという鳥やターパンという原始的な馬、尻尾が触手のように長いネズミ、バンディクートという腹に袋のある草食獣、鮮やかなオレンジ色のカエル、そういったピョルカハイム保護区では見かけないような獣たちを呼び出してきて、それぞれが見た荒野の王の姿を説明させ始めた。
ちなみに建物の奥には別の似たような街へ繋がるポータルがあって、その先ではドードーたちのように同じ種類の生き物たちで固まって暮らしているのだとか。もしかしたらここはドラゴンのペット小屋みたいなものなのかもしれない。いや、そんな俗なことするかな、ドラゴンじゃないからわからないけど。

「吾輩が会ったのはダラ・エッジを名乗っていたのである」
ダラ・エッジ、外の世界からそう呼ばれていた滅びた部族の男で、300年ほど前に酋長として多くの諸部族を移動させて危機を救った逸話が残っている。
「吾輩が知ってるのはクレイジーブルと呼ばれてたのである」
クレイジーブル、外の世界からそう呼ばれていた滅びかけた部族の男で、250年ほど前に多くの戦で外敵を退けた話が伝わっている。
「ビッグタートルのことなのである」
ビッグタートル、外の世界からそう呼ばれていた戦士で、巨大な亀の甲羅を背中と腕にまとった鉄壁の男という伝説が語られている。
「レッドエルクのことなのである」
レッドエルク、外の世界からそう呼ばれていた戦士で、頭に巨大なツノジカの骨を被った大女だと語り継がれている。
「ガルダオのことだと思うのである」
どこかの部族の伝説的な酋長にそんな名前があった気がする。
「バタ・ナンがそのはずなのである」
以前タルダイ族の集落で聞いたような気がする名前だ。

話が食い違い過ぎてさっぱりわからないけど、とにかく荒野の王は過去に色んな場所でそう呼ばれた人間がいて、どうもひとりを指す名前ではないようだ。もしかしたら実力者だけが受け継いでいく称号みたいなものなのかもしれない。
荒野の王の居場所に辿り着く前に知れてよかった。現地で見当違いな探し方をして、危うく手ぶらで帰る羽目になっていたところだ。
「ドードー、獣たち、感謝する」
素直に獣たちに礼を述べて、いい加減帰って欲しそうな顔をしているみんなに見送られて、クジラの口の外へと戻ったのであった。


ちなみにクジラは拠点から応援を呼んだヤクシ兄さんによって全身に銛を打たれて息絶え、移動と食糧確保の手段を失ったドードーたちは私たちの拠点の一角を間借りすることになったんだけど、悪気があってやったことじゃないから許して欲しい。


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