もぐれ!モグリール治療院 序章―5―「筋肉とかわいいはいつだって正義」
≪前回までのあらすじ≫
ピョルカハイム保護区をうろうろしている。以上、あらすじおしまい。
突然だけど人類の夢は酒池肉林だと言われている。
酒池肉林、素晴らしい言葉だと思う。お酒が池のように溢れ、肉がまるで樹木のようにそびえ立つ。故郷のじいちゃんやおかーさん、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちが見たら、眼を輝かせながら涎を垂らして走っていくに違いない。私だったらそうする、我慢できる自信がない。
他のどんな神々しいものよりも、例えば山のような黄金とか神をも凌ぐ叡智とか、それこそ永遠の生命とか、そういうものさえも上回る、圧倒的に甘美な響きが酒池肉林にはある。もし並ぶものがあるとすれば、それはきっと食べても食べても減らない丼と、飲んでも飲んでも無くならない酒樽だけ。無限の丼、無限の酒樽、酒池肉林、それが人類の目指すべく三種の神器なのだ。
だから当然、人類の夢と言われていることに異論などない。ええ、ないのだとも。
ないんだけどさあ……。
「キレてるよっ! キレてるよぉっ! 二頭の新時代来てんのかいっ!」
「仕上がってるよっ! 仕上がってるよぉっ! その足、ゴリラみたいだよっ!」
いや、確かに肉林ではある。紛れもなく屈強な肉の塊が林のように立ち並んでいるのだけど、私が思ってた肉は食べ物としてのお肉、串に刺した肉が積み重ねて樹木みたいになってる、それのいっぱい版なのであって、筋骨たくましいおじさんたちではないのだ。
『この先、酒池肉林』などと書いてある看板を、うちのスプリガンのでっぷりが見つけ、もしかしたら古代の遺跡かもしれないと歴史好きの血が騒いだのか、ぽよんぽよんと勢いよく駆け出し、仕方ないなあって涎を堪えながらついて行ったらこれだ! 人間の歴史はいつだって裏切りの歴史! 許し難い屈辱だ!
心に風穴が空いたような私たちの目の前では、岸壁に築かれた神殿のような場所で、オバケみたいなマッチョたちが謎にポーズを取り、その度に他のマッチョが妙な掛け声を発している。
一体何なのだろう、この謎の筋肉大博覧会は……。
「いよっ、ナイスバルク!」
「腹筋が地割れ起こしてんのかいっ!」
それにしても腹が立ちそうなくらい楽しそうである、この筋肉たちと来たら。
「ねえ、ルチ。あいつらもなんかの部族なの?」
「知らない。ピョルカハイム保護区、広い。部族、たくさん。私、知ってる、ほんのちょっと」
ピョルカハイム保護区で生まれ育ったヒルチヒキ族のルチも、どうやらこの筋肉たちのことは知らないらしい。でっぷりに至っては一つ目を細くしかめて、不満と怒りを隠しきれない表情を浮かべている。
わかる、わかるよ。肉林は思ってた肉林じゃないし、酒池に至ってはもはやどこにあるのやら。まさか流れる汗が酒池である、なんて言いださないだろうな。そんな暴言、私は絶対に許さないからな。
「汗、素晴らしいよ!」
「輝く泉みたいだよ!」
よし、わかった。戦争だ。私は鉄製の斧を肩に担いで、まるで狼のように筋肉の林に向かって突撃した。
◆❖◇◇❖◆
「そいつは済まなかったね。見解の相違というやつだな、ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ!」
筋肉たちの長らしき男が、鼻と口の間で左右にぴょんと躍るような髭を摘まみながら、無駄に野太い美声で異常に気持ち悪い笑い声を発した。男は筋肉の長だけあって筋骨たくましく、全身のあちこちが岩肌のように隆起している。しかも表面は金属や甲虫のような光沢を帯びているし、なぜか服装は腰布1枚だ。
ついでに不自然なまでに鍛えた肉体には相応の屈強さが宿っているのか、顎の骨が砕けるくらい思い切り殴ったのに、まったく効いた素振りも見せないどころか、反対に鍛え方が足りない、もっと肉を食って筋肉を増やせと注意までされてしまった。
「お嬢さん、ビルダーを見るのは初めてかい?」
「ならば、じっくり見ていくといいよ。ぬぅん」
横から割って入ってきた、これまた異様に筋肉の発達した二人組が、それぞれ鍛え過ぎてバランスが良いのか悪いのかわからない肉体に力を込める。片や異常に下半身が太く、もう片方は上半身が極端に大きくて、ふたり合わせて完全体みたいな体格をしている。
「これこれ、お前たち。まだ自己紹介も済んでいないだろう。狼のお嬢さん、失礼をしたね。彼らは吾輩の高弟、アブドミナル・サイとサイド・チェスト! そして吾輩がこの筋肉大聖堂の代表を務めるモスト・マスキュラーである!」
ヒゲマッチョが言うには、どうやらこの場所は筋肉大聖堂というらしい。すごいな、何の説明にもなってない。
「ちなみにこの筋肉大聖堂はだね……ふむ、話すと長くなるゆえ、筋肉言語で喋らせてもらおう。ぬぅん! ふんっ! ずえいっ! ぬおぉっ! まあ、こういうことなのだよ」
ヒゲマッチョは多分マッチョ同士でしか伝わらない言葉というかポーズで説明を繰り出してきたけど、私はそれなりに脂肪の少ない筋肉質な体格をしてるけど、別にマッチョではなければ、むしろ細くしなやかな体格をしてるので、もちろん何ひとつ伝わってこない。
「標準語に翻訳すると、吾輩たちは元々、より大きくより美しい無駄のない筋肉を求めて、スルークハウゼンという町で活動していたのだが、暑苦しくて迷惑だからよそでやってくれとご婦人たちに頼まれて、このピョルカハイム保護区を拠点としているのである。最近のご婦人は照れ屋さんで困る、ぎゅぁっふぁっふぁっふぁっふぁ!」
結局説明はあっという間で終わった。なんだったの、さっきの無駄な時間は! 返せ、私の貴重な時間を返せ!
って、こいつらスルークハウゼンから来たのか。ちょっとどんなところか教えてもらおうかな。
「ねえ、私は冒険者登録をしにスルークハウゼンを目指してるんだけど」
「ほほう、狼のお嬢さんは冒険者志願とな。ここで会ったのも筋肉の縁、ギルドへの紹介状を書いてあげよう」
「わーい」
ヒゲマッチョは体格に不釣り合いな細いペンで、これまた不釣り合いな糸ミミズのような細さの文字を紙に記し、
「とはいえ、ただでプレゼントするのも筋肉への甘やかしのようなもの。ここはひとつ、吾輩たちを邪魔する不届き者たちの討伐を手伝ってくれぬかね?」
「……不届き者?」
私がかわいらしく斜め横に首をかしげると、ヒゲマッチョも釣られて斜め横に首を傾けて、不意に耳をピクピクと高速で動かし始め、
「ぬっ! 噂をすればなんとやら! 見たまえ、あれが不届き者の豚共である!」
左右のヒゲ先を尖らせながら、向こう側の岸壁を指差した。
岸壁の上ではこれまた異様な、全身に限界まで増やした脂肪を帯びた巨体の男たちが並び立っていて、なぜかマッチョたちと同様に腰布ひとつだけ身に着けた姿で、歩く度に全身の肉をばるんばるんと揺らしている。
「あやつらはズゥ・モー族、体を鍛えるためにという口実で、ほんの少しの運動と節制もせずに食べるだけ食べて眠りたいだけ眠る豚暮らしを送り続けた結果、醜く豚のように太った許し難い豚なのである! しかも太っているだけならいざ知らず、減量中の吾輩らへの当てつけとして見える場所で豚のように飯を食い散らかし、筋肉創造の時間を邪魔してくるのだ! おのれ、豚共め! あの太った醜い肉体とだらしない性根を、ぐっちゃぐちゃに叩き潰してくれる!」
「やかましい、この岩ゴボウ共め! 生物の強さは突き詰めれば体重、重いことが強いことなのだ! 貴様らのように肉体美などという不純物にかまけて、自ら重さという武器を捨ててしまった愚物など、戦いの舞台から降りたも同然! そのスカスカな脳みそに刻み込むがいい、自分たちの弱さをなあ! ぶひぃん!」
ズゥ・モー族たちは怒りでぶるんぶるんと体を揺らし、かなりゆっくりとした足取りでこちらに向かいながらマッチョたちに怒鳴り散らし、最後は本当に豚みたいに喚いてしまった。
「なんだ、その豚のような悲鳴は! ついに人間をやめたのか、豚ぁ! ぶひんぶひんぶひんぶひんぶひぃん!」
馬鹿にするのはいいけど、もはやどっちが豚なのやら。
「ぶひいぃぃ、このゴボウ野郎め! その細い皮を剥いで、臓物を引きずり出して括りつけて、貴様の故郷の家族の枕元をぐるっと囲ってくれる!」
こっちはこっちで具体的で生々し過ぎて怖いし。
あんまり関わりたくないなって冷めた目で行く末を眺めていると、
「狼のお嬢さん! 君は吾輩らの味方をしてくれるよな!?」
「そこの狼小娘! 当然、俺たちに味方してくれるよな!?」
発情期の獣くらい熱烈な誘われ方をしてしまった。やだー、絶対関わりたくない。
「黙れ、豚ぁ! 小さいのは脂肪に埋もれた粗末な竿だけにしておくんだな!」
「うるせえ、ゴボウがぁ! 青筋が浮き立ち過ぎてて、頭まで性器になったかと思ったぞ!」
ふたりは私が答える前に勝手に殴り合いを始めて、おまけに部下たちもその流れで殴り合いに参加し、あっという間に筋肉と贅肉、どっちが強いのか決めようじゃないか的な戦いへと突入してしまった。いや、そんないいものでもないな、罵り合う言葉なんてまさにゴミ箱に捨てるレベルの暴言ばかりだし。
「よし、先に進もう」
私はこそこそとその場を離れて、ヒゲマッチョの書いた紹介状を毛皮の中に仕舞い込み、呆れた顔をしているでっぷりやゴブゴブズと一緒に、しれっとその場から離脱したのだった。
◆❖◇◇❖◆
「ぬぅん! まったく酷い目に遭ったわ、筋肉がなければ即死するところだった!」
「まったく! この脂肪の鎧がなければ、今頃あの世に送られていたかもしれん!」
ちなみにヒゲマッチョと豚の大将だけど、壮絶な殴り合いの結果、どういうわけか意気投合してしまって肉肉同盟なる団体を結成、数日の内に鍛錬の方向性の違いで仲違いしてしまったのだとか。
まあ、それもそうだよね。
To be continued……
≪加入しなかったユニット紹介≫
モスト・マスキュラー
種 族:人間(男、36歳)
クラス:ビルダー(レベル12)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 35 16 2 11 1 13 10 6 11 8 4↑2↓3(歩兵)
基本値 30 11 1 9 1 9 9 4 7 6
補正込 13
成長率 45 50 15 20 5 35 10 20 35 20
【技能】
短剣:E 剣術:D 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:C
探索:E 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:D 学術:D
【装備】
装備不可能
【スキル】
【個人】ポージング(未行動で待機時、HP20%回復)
【基本】魅力+5
【戦闘】素手格闘(素手での格闘を可能にする)
【戦闘】筋肉の王(一切の武器防具が装備出来なくなる)
【??】
【??】
ノー・クォッタ
種 族:ズゥ・モー族(男、35歳)
クラス:ズゥ・モー族(レベル11)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 38 16 2 7 3 11 0 2 4 4 2↑2↓3(歩兵)
基本値 34 12 1 5 1 8 0 1 3 3
成長率 45 40 10 25 25 30 5 15 10 10
【技能】
短剣:E 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:C
探索:E 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:D
【装備】
装備不可能
【スキル】
【個人】岩塩投げ(腕力%でアンデッド系のユニットを即死させる)
【固有】素手格闘(素手での格闘を可能にする)
【固有】贅肉の王(一切の武器防具が装備出来なくなる)
【固有】清めの塩(射程3 範囲2×4マス 3ターンの間、アンデッド系の侵入を妨げる)
【??】
【??】