もぐれ!モグリール治療院 第3話「基礎教練を受けよう」

私が拠点にしている冒険者の町スルークハウゼンの城壁外には、主に畑と牧場と見張り櫓とちっちゃめの砦があるんだけど、城門を出て1時間ほどの場所に訓練場というものもある。訓練場は簡易的に拵えた柵と壁で何個かに区切られていて、大中小で大きさを分けた案山子の太くて頑丈なやつとか、丸を何重にも描いた的を横にズラッと並べたのとか、縄登り用のロープを何本も垂らした高い櫓とか、たぶん懸垂とかするための台とか、やたらと重そうな鉛の塊とかがあちこちに置かれていて、日々どこかで誰かしらが訓練に励んでいたりする。
冒険者ギルドに登録したての新米冒険者は、生まれや育ちに関係なく一通りの基礎教練を受けることを勧められている。まあ、ろくすっぽ体力もなければ狩りも戦闘もしたことのない貧弱なんかを冒険に行かせて、ドッグタグだけかろうじて戻ってきました、なんてことになったらそいつの身内から怒られちゃうよね。実際そういう苦情も過去にまあまあな件数あったらしく、こっちはちゃんと訓練を受けさせてますよっていうポーズも兼ねているのだとか。
それでもめんどくさいから受けない、っていうひねくれ者もいるからギルドも大変だ。

で、私は前回の怒られた件もあるので、今日からルチと一緒に基礎教練を受けることにした。私は雪国育ちだからノルドヘイムに適した鍛え方しかしてないし、ルチもピョルカハイム保護区で育ったから主に荒野と岩場での動き方しか知らない。ここまでの道中で森とか川とか線路の上をひたすら歩いたり、野盗を返り討ちにしたリ猪や鹿を狩ったりしたけど、いや、猪や鹿は毎日のように近くの森に行って狩ってるけど、きっとまだまだ知らないことの方が多いはずなのだ。
故郷のおかーさんもこう言ってた。
「もっと強い生き物とかぶちのめしたいなあ。ノルドヘイムにもドラゴンとか出てくれないかなあ」
おかーさんの言葉は特に関係なかった。私は自分より強い奴に会いに行くみたいな趣味はないから、ドラゴンとか一生出遭わなくていい。ドラゴン倒せたら、もう訓練とかいらないでしょ、強さの到達点だもん。おかーさんがドラゴンを倒せるかも知らない……さすがにドラゴンは無理だと思う。

「教練、種類、たくさん。どれ選ぶ?」
「ギルドは一通り受けなさいって言ってたけど、なにがあったっけ?」
ギルドから渡された訓練場のパンフレットには、三等身くらいのかわいい衛兵が剣を打ち合ってる絵とか的に向かって弓を射る絵が描かれていて、その下にうにゃうにゃーって文字が書いてある。もちろん私は文字が読めないので、絵で判断するしかないわけだけど、ギルドの依頼一覧といい、もしかすると冒険者の中には文字が読めないのが結構いるのかもしれない。
「私たちに必要なのは……これとかこれじゃない?」
兵士が走ってる絵と衛兵が剣を打ち合ってるを指差す。絵で見るからには体力向上とか持久力向上、もうひとつは剣術の練習とか武器使用込みの格闘術の連中とか、そういう内容だと思う。間違っても商人相手の交渉術とかそういうものではない。もしそうだとしたら作った人は働き過ぎだから休んだ方がいい。
「教練する、体力、体鍛える、初心者向け。戦い方、武器、基礎」
難しくいうと初級体力錬成教練と基礎戦闘術訓練ってところかな。要するに体力増やして冒険に備えよ、武器の扱いくらい覚えとけ、といった趣旨で鍛えるんだと思う。なにをするにしても体力は必要だ。歩き続けたり走り続けたりする体力があれば、世の中の窮地の半分は免れるって聞いたことがある。地の果てまで逃げる体力があれば大概のことは許されるし、その体力に武力を上乗せしたら、地の果てまで追いかけて仕留めることが出来るわけで、仕返しを恐れて噛みつく相手も減ってくれるのだ。
「体力、大事!」
「そう、体力は全部解決する! 体力大事!」
私たちは体力信仰者のように体力体力と口にしながら、訓練場の門を叩いてみた。


【基礎戦闘術訓練】
「たのもー……ん?」
「なんだ、そのへっぴり腰は! そんなんじゃゴブリン1匹倒せやしねえぞ!」
ギリギリで人間の顔をした強面の鬼教官みたいなおじさんが、まだまだ経験の浅そうな少年を怒鳴りつけている。少年の目の前には丸太を藁で覆った案山子みたいな練習相手、少年の手には何度も振り回して刃毀れを負った青銅製の長剣、そして持ち主の少年は疲れ果てて手足がプルプルしてるし、怒られ過ぎて目に涙が浮かんでいる。
「誰が休んでいいっつった! とっとと構えろ! 構えたら打て! ん? なんだお前ら、新人か?」
「新米冒険者のヤミーちゃんと」
「ルチ・フォナ」
鬼教官は私たちの返事にピクリと眉を動かし、ふぅんと大きめの鼻息を吐き出して、ちょっと腕前を見せてみろよとでも言いたげに案山子を指差した。
実に話が早い。私はすぐさま立て掛けられている青銅の剣を取り、大きく振りかぶって剣が折れんばかりの勢いで振り回した。案山子の本来頭である位置で、丸太が藁越しに大きく削れて、さっきまで真っ直ぐ立っていたものが老人の腰くらい曲がる。隣ではルチも青銅の槍を丸太に深々と突き刺して、丸太を足蹴にして穂先を引き抜いた。

「勢いと力の伝え方は、まあ合格だ。だがな、人間相手にそれが出来るのかって話だ! どうだ、でき……っ!?」
鬼教官が怒鳴り終わる前に私の手にあった斧は、大きく弧を描きながら斜めに振り下ろされて、手に持っていた八角の訓練棒を薙ぎ払う。そのまま相手の体勢が僅かに崩れたのを視界に捉えながら、斧を切り返して鬼教官の頬を削りながら切っ先を走らせる。
もちろん首を狙った。でもこの鬼教官、中々に経験豊富な手練れのようで上手い具合に避けられてしまった。おまけに拳を固めて私の顔を狙ってくるんだから、怖いのは顔だけじゃない。相手の腹を蹴る勢いで大きく弾いて、拳を避けるのに合わせて大きく後ろに跳び退がる。
「ヤミー、やり過ぎ、よくない。ギルド、怒られる」
「それもそうだね」
ふーっと体内に溜め込んでいた空気を吐き出して、改めて斧を握り直しながら鬼教官に向き直る。
「腕ぐらいで済ませておこっか」
「大丈夫、たぶん。事故、片付く」
私とルチは獲物を狩る時のように静かに近づき、口の中でちょっとだけ舌なめずりしてみせた。

「合格だ、合格! ったく、新人だからって油断した! だがそれでいい! 見てたか、そっちの新人! 戦いってのは、いかに度胸をつけて自分のペースに持っていくかだ! 技術はその上に積み重ねるもんだ!」
あれ? なんか授業が始まったけど、戦いは終わり? まだ腕を千切ったりしてないんだけど?
ルチも途中で終わったからか不満そうな目で鬼教官を眺めている。ほら、うちのメンバーも不満そうだよ。もっと大怪我するまでやろうよ、なんだったら骨折まででもいいから。
「ヤミーっつったか? 獣相手ならそれでいいが、対人戦だと殺気の出し過ぎで読み易すぎる。全部が本命じゃなくて、もっと駆け引きというか、相手に反応させて隙を作らせる技術を覚えた方がいい」
と棒を構えて、先端を小刻みに動かして反射を誘い、私が避けた先に回転させた棒の柄尻を置いてみせたりする。
「そっちの女もだ。深く突いたらそれだけ自分も無防備になる。お前らは、というか人間自体が他種族より腕力と体格で劣る分、穂先の長さだけ刺して即座に次の行動に移れる力加減を覚えろ」
そう説明しながら、青銅の槍で案山子を真っ直ぐに突きながら重心をある程度後ろに残し、すぐに腕を引いて横薙ぎを繰り出す。

「俺はちょっと手当てしてくるから、そこで案山子相手にあれこれ試したらいい。勝手に休むんじゃねえぞ!」
なんて言い残して鬼教官は他の区画へと出かけていき、備品のポーションで応急処置を済ませて、傷口を大雑把に塞いで戻ってきたのだった。


◆❖◇❖◆


鬼教官はオンデル・ウェイズという名前で、元々はスルークハウゼンの警備兵で、腕を認められて冒険者の護衛もするようになり、やがて冒険者となった。銀の等級を貰えるくらいには冒険者としての名声とギルドへの貢献度を高めて、数年前から新人相手の教官も引き受けることにしたのだとか。
要するにベテランの働き者で苦労人、やたらと厳しいのは冒険の危険を身をもって理解しているからで、根は優しいのか教え方は語気は荒いけど親切でわかりやすい。

【初級体力錬成教練】
「ちんたらするな、走れ! 疲れても相手は待っててくれねえぞ! 足を止めるな! 速度を落とすな! こんな平地も走れねえんだったら、街中で座り仕事でもやってろ!」
体力錬成教練は文字通り、どこまでも体力向上を目的とした訓練で、要するに延々と休みなく走らされる。基礎体力に劣る新米冒険者たちは1時間も経たない内に速さを落としたり、足を止めて休んだりするけど、疲れてるから待ってねと微笑んで、ほんとに待ってくれるような敵はいない。腹を空かせた獣なら容赦なく襲いかかってくるし、金や食糧を奪いたい野盗はむしろ足を止めた方に狙いを定めてくる。
鬼教官の言う通り、足を止めることは死そのものなのだ。それにそもそもの話として、目当ての場所まで歩いて行ける体力のない奴なんて、冒険者になる資格すら無いのだ。
実際、これで自信を無くして廃業する新米冒険者も何割かいるのだとか。だったら登録前にやった方がいいんじゃない、って思わなくもない。

【投射技能修練】
「まずはゆっくりでいいから確実に的のど真ん中を狙え! それが出来たらなるべく速く、なるべく遠くから、的を見つける・構える・狙う・撃つ! この流れを無駄なく素早く出来るようになるまで、何百回でも繰り返せ! 徹底的に体に覚えさせろ!」
投擲や弓での射撃訓練、闇雲に撃つんじゃなくて短い時間でもしっかりと狙う癖をつける。全部の動作から無駄を省いて、必要最低限の動作で頭と体を動かす。時々、曲芸みたいな撃ち方をする人がいるけど、ああいう芸当は基礎がしっかり出来てから。
投擲も同じだけど体感では弓よりも難しくて、距離が近くなるだけ敵に気づかれやすいし、手斧だとまっすぐではなく回転しながら飛んでいくから、微妙な距離感と力加減を調整しないといけない。ついでに明らかに投げるぞーって動きだと簡単に読まれちゃうから、投げるって思わせない動きから素早く投げる動作へと繋げて、実際に投げるまでの時間をなるべく短くしないといけない。
「おりゃあー!」
「おいおい、ヤミーちゃんよお。殴るのは一丁前だが、投げる方はさっぱりだなあ? やり直し! もっと早く、無駄なく、正確に投げろ!」
覚えてろよ鬼教官、町であったら手斧ぶん投げてやるからな。

【重装兵訓練】
「もっと踏ん張れ! 簡単に飛ばされるな! 玉蹴り遊びじゃねえんだぞ! 姿勢は低く、足腰に力を込めろ! 盾は腕で受け止めるんじゃねえ、腰で受け止めるんだよ!」
盾や甲冑を使った防御技能の訓練。これも基本はしっかり受け止める、次に盾の角度を使って武器を滑らせて受け流す、それが出来たら相手に向けて盾を突き出して攻撃を弾き返す。大事なのは確実に受け止めること、怪我を負わないこと、相手の体勢を少しでも崩すこと。
実際に盾を使うかどうかはさておき、盾を使えるけど使わないのと、そもそも使えないのとでは雲泥の差がある。
「うおりゃあ!」
「ヤミー! 盾で殴りかかるのは、また別の技能だ! まずは基礎をやれ! 相手を待て! ちゃんと受け止めろ!」
どうやら私は受け止める才能はいまいちで、盾で殴る才能は結構あるみたい。

【生存術教練】
「ほら、早く川から上がってこい! ワニに食われてえのか! 着替えなんかあると思うな、その辺の草や木の皮でどうにかするんだよ! お前の田舎では密林に服屋があるのか!? いい田舎だな、今すぐ荷物まとめて帰れ!」
どんな状況下でも生き残るための訓練。川に落ちて装備を失った想定で始まり、火を起こしたり、服が乾くまでの間の虫除けや棘避け、武器がない状態での獣への対処、食糧の確保、自分の位置の把握、そういったこと全般をこなしながら町まで帰還する。涙が出そうなくらい楽しいピクニック。
「服、食糧、確保……!」
「ルチ! 他の参加者から奪うな! 他人はいないと思え! だが、その発想と行動は100点だ! 実際にその状況で奪えるなら、躊躇なく奪え! 密林で歩いてる人間は宝の山だと思え!」
ルチが自慢気な顔で、鬼教官に親指を立てている。足元では後頭部を石で殴られて悶絶してる新人がいるけど、これは油断して殴られる奴が悪い。


「あとは砂漠や湿地帯への遠征なんかもあるが、それはおいおい参加費が溜まってから受けたらいい。他にも魔法理論講習や暗器術、武器の方の暗器な。それに開運講座とか舞踏講座なんてのもあるが、俺の受け持ちじゃねえ。俺が踊りなんか教える顔に見えたら、そいつは中々に傑作だな」
数日間の基礎教練を終えて、鬼教官と焚き火を囲みながら久しぶりの食事にありつく。よく運動の後の飯は旨いというけど、個人的には食べ物はいつ食べても旨いと思う! 味の差は素材と味付けの差、状況はあまり関係ない。おなかの減り具合はスパイスになると認めようじゃないか。
「おい、ヤミーよ。猪肉にはタレだぞ、このタレが獣臭さを消して肉の味を強調するんだ」
「わかってないなあ、オンデル君。通は塩なのだよ、塩。素材本来の味を楽しむなら、選択肢は塩一択に決まってるのだよ」
「肉、旨い。鹿も旨い」
「だろ。やっぱり肉にはタレだ。塩も否定はしないが、どうせ食うならタレに決まってる」
教練の間に私たちと鬼教官は結構打ち解けていて、こうして一緒に猪肉の味を語り合うまでになった。こうやって先輩冒険者と仲良くなるのは決して悪いことではない。むしろ今後の生活を考えたら、仲の良い顔見知りが増えるのは金とはまた別の財産になる。

ちなみにこの直後、タレか塩かで本気の殴り合いになって、私は折角のかわいい顔に青痣なんかを作り、鬼教官は鼻の骨と前歯を折るほどの怪我を負ったのは、まあ若気の至りというやつなのだ。鬼教官はそんなに若くないけど。


NEXT「派遣任務をやってみよう」


≪NPC紹介≫
オンデル・ウェイズ
種 族:人間(男、40歳)
クラス:ファランクス(レベル30)
    HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 48 16  4 18 10 17 25 13  8 11  3↑2↓3(歩兵)
成長率 40 35 10 20 15 30 25 25 15 20

【技能】
短剣:C 剣術:C 槍術:B 斧鎚:C 弓術:C 体術:C
探索:C 魔道:E 回復:E 重装:B 馬術:D 学術:C

【装備】
鋼の槍    威力24(11+13)
八角棒    威力17(4+13)
騎士のマント 回避+15

【スキル】
【個人】地味な修練(命中・回避・必殺にレベル÷9の数値を追加)
【基本】守備+2
【下級】槍衾(未行動で待機した時、1度だけ先制反撃を行う)
【中級】守備槍兵の雇用(パイクの傭兵を呼び出す)
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