もぐれ!モグリール治療院 第1話「ギルドに登録しよう」
スルークハウゼンは冒険者の町と呼ばれるだけあって、ハルトノー諸侯連合の領内で活動する冒険者の半分以上が拠点にしている。そんなわけで、とにかく宿や貸し家が多い。宿代が払えない冒険者が勝手に建てたバラックやテントもめちゃくちゃ多い。さらには冒険者相手の道具屋や武器屋も多くて、外で死体と一緒に回収した装備を売るような中古屋も少なくない。加えて商人相手に商売をする店や、その店を相手に商売をする店も出てきて、しかもその店相手の店を相手に商売する……キリがないからいいや。
とにかくこの町は、だいたい全部が冒険者を中心に成り立っているのだ。
そんなスルークハウゼンの中心市街地のど真ん中に佇む巨大な時計塔みたいな建物が、いわゆる世間で呼ばれるところの冒険者ギルド。正式名称はスルークハウゼン開拓部都市計画課冒険者管理係事務所。スルークハウゼンかいたくぶ、としけいかくか、ぼうけんしゃかんりががり、じむしょ。
町の入り口にいた、新米冒険者にあれこれ教えることだけが生き甲斐のおじさんから聞いたんだけど、冒険者ギルドは主に冒険者の管理と仕事の斡旋、住民や権力者からの依頼の受け付け、報酬の受け渡し、冒険者の査定なんかを受け持ってる。他に権利関係とか税金関係のなんやかんやもやってるらしいけど、その辺の難しいことはよく知らないし、多分だけど一生そういう用はないと思う。
今日の目的は冒険者としての登録。冒険者は基本的にギルドから紹介してもらった依頼をこなすタイプと、勝手に冒険に行って手柄を立ててくるタイプのふたつに分かれるけど、私はどうするか実はまだ決めてない。せっかくこんな遠くまで来たんだから、それなりに町暮らしを満喫しようかとも思うし、手下には町に入れない組もいるからとっとと出てしまおうとも思うし、そもそも住む場所もまだ決めてなくて空き地にテント張ってるだけだし。ちなみに一緒に町に入ったルチは今日は留守番というか、こっそり荷物を預けても大丈夫そうな空き家とか探してる。
どうするにせよ最初の一歩は冒険者登録。私は意気揚々とギルドの扉を叩くことにした。
「たのもーう!」
勢いよく扉を開けて、ずかずかとカウンターまで歩いていると、いきなり狼の毛皮を纏った私が入ってきたからか、周りにいた連中がざわざわと騒ぎ始めた。ここまでの道中でなんとなくわかってたけど、どうやら私のような恰好をしている人は珍しいようで、故郷ノルドヘイムとごく一部の雪国でしか見られない風習らしい。
しかしこの狼の毛皮は私の強さの象徴、私というノルドの戦士がここにいるぞという証明、さらには毛皮を纏ってる方がかわいいから、私はこれからも毛皮を着ていたいのだ!
さあ、平伏せ! 恐れろ! おののけ! 私こそがノルドヘイムで最もかわいい女、ヤミーちゃんである!
なんて心の中で吠えながら、カウンターの前にあった椅子にちょこんと座り、天板に両腕と顎を乗せてダラダラして待つことにする。
右隣では風貌だけは熟練っぽいけど、見るからに戦力に欠けてそうな中年男が、なにやら苦情みたいなことを喚いているし、左隣では私よりちょっと年が上くらいの若い冒険者の一団がもっと強い敵を出せ、みたいなことを自信満々な顔で話している。どっちも早死にしそうだなー、でも生きてるからこういう連中向きの安全な依頼なんかもあるわけか。楽に稼げるならそれに越したことはないけど、例えばめんどくさそうな貴族の護衛なんかするよりは、暴れる熊とでも戦う方が気が楽だな。
「大変お待たせしました!」
受付のお姉さんが大きな声と一緒に、慌ててカウンターの向かいに腰掛ける。
別にそんなに待ってないけど、きっと世の中には、少し待たされただけで苛々して怒鳴るような器の小さい奴もいるんだろうな。代わりにぶん殴ってあげようか? ここまでの道中で食う寝る歩く以外にやることがなさ過ぎて、返り討ちにした野盗の肋骨を折るのが趣味になってたから、殴るのは得意だけど、どう?
「結構です。今日は登録ですか?」
「うん。よろしくね」
そう答えた瞬間、目の前に書類がどんどんどんっと次々に積み重なる。おおう、すごい量。あとで町の外にいるサイクロプスのでっぷりかオーク兵のピギーに書いてもらおう。自慢じゃないけど、私の故郷は文字という文化が無かったから、こんなに出されても読めないし、当然書けない!
「ねえ、後でまた書いて持ってくるでもいい?」
「もちろん大丈夫ですよ。では、今日は一旦、仮登録ということにしておきましょう。それで、どっちにします?」
どっち?
……わかった、きっと毛皮の有る無しの話だ。登録は素顔でしたおいた方が便利かな、じゃあ脱ごうかな。
ってことで頭に被った毛皮を外して、背中側にだらりと垂らし、首の後ろで括っていた髪を解く。手櫛であせあせと毛の流れを直して、肩の下までさらりと下ろして準備完了。
さあ、写真でも似顔絵でも好きな角度からどうぞ。
「おい、見ろよ、あの毛皮娘。若過ぎるが将来有望だぞ」
「うちのパーティーに来てくれねえかな」
「俺、ちょっと便所に行ってくるわ」
さすが冒険者、どこまで行っても社会不適合者の集まり。そういうのは聞こえないように小さい声で喋るのがマナーだと思うけど、冒険者にそんなものを求めてはいけない。他人の家に土足で上がって隅々まで物色して、そのまま勝手に住みついて、更にここは自分の家だと言い張るような奴こそ、冒険者に向いているのだ。
「やめとけ、顔はいいがあれは北の蛮族だ。毛皮被ってるのは、かなりやばい証拠だ」
「北の蛮族は戦闘狂で、なんでも千切っちまうって話だ。見ろよ、胸がスッカスカだろ。きっと自分の胸を千切ったに違いねえ」
ちなみにそんなことはない。ちょっと発育が遅れているだけだ、発育がいつやってくるのかは知らないけど。
「おっぱいがねえんじゃ話にならねえな、がははははは!」
「……がはははは、じゃねえっ!」
私は即座に床を蹴って、豪快に笑っている小太りの男の眼前まで駆け寄り、そのままの勢いで足を前へと突き出して眉間を思い切り蹴り抜く。引っ繰り返って頭を打つところを、受け身を取って防いだのは褒めてあげよう。でも、それでは私の攻撃は防げない。床に腕を着いたおかげでガラ空きになった頭めがけて、跳び上がった勢いを乗せた踏みつけを浴びせて、さらに踵を何度か顔の上で踏み鳴らす。
相棒が血まみれで床に転がったところで、もうひとりの社会不適合者は気づいたのだ。自分が胸がスカスカと侮ったのが、どういうものなのかを。
「そこのお前! 胸がスカスカって言ったよね! 言ったよなあ!」
「言ってない! 言ってないっ!」
言ってないじゃない、ちゃんと聞こえてんだよ。で、ちゃんと聞こえてるってことは、ちゃんと殴り返していいってことなんだよ。拳を捻じりながら打ち込んで、社会不適合者の鼻っ柱を叩き割る。そのまま悶絶しながら下がった顔を、跳躍させた膝で跳ね上げる。
無力化した社会不適合者共を左右の腕で持ち上げて、うおーって勝利の雄叫びを上げると、周りの見物人たちは歓声を上げて盛り上がる。さすが冒険者たちだ、血の気の多い人種だと態度で示してくる。
さらに調子に乗って、ぶんぶんと社会不適合者を振り回していると、受付のお姉さんがこほんと咳払いしてくるので、おとなしくカウンターに戻って椅子に座る。
椅子に座った後は、さあ、どこからでも撮りなさいってことで、なるべくいい感じに見える角度で小首を傾げたりしてみる。見た目の評価はさっきも聞いた通り、決して悪くないので、ここに角度が加われば最強なわけなのだ。これが町に出てきて得た最大の学びかもしれない。
「なにやってんですか?」
「いい感じに見える角度だけど?」
「……写真は撮りませんよ」
そうなの? じゃあ、どっちってのはどういう意味なの?
ギルドに登録した冒険者は、まずパーティーを結成する。理由は簡単かつ明確、依頼内容や冒険先によっては単独行動は危険すぎるから。冒険者ギルドも畑で穫れるくらい湧いてくる新人といえど、むざむざ死なせたくないので、まず最初にパーティーを組むことを勧める。
パーティーの組み方はおおむね2種類に分かれていて、ひとつは既に結成済みのパーティーに加えてもらう。まだまだ未熟なヨチヨチ歩きの新人が、冒険や依頼に慣れた先輩たちに指導してもらいながら成長できるので、こっちを選ぶ人も多いらしい。スルークハウゼンには互助会的な、複数集団が合併して出来た大所帯なパーティーもあって、有望な新人が独立するまで面倒を見てあげたりもするのだとか。
となると、もうひとつは言うまでもなく、自力でメンバーを集めてパーティーを組む方法。自分で選んだ仲間たちと行動するので、人付き合いや他人に雇われたりが苦手な、社会不適合寄りの冒険者からすると気楽に冒険できる。その代わり、知識や経験は自分たちでちょっとずつ高めていくしかないので、背伸びをするとそのまま死に直結しかねない。でも、こっちを選ぶ人も多く、割合的にはちょうど半々くらいなのだとか。
「ねえ、受付のお姉さん」
「はい?」
私は一応、他の人に聞こえないようにそっと耳打ちする形で、こっちの手札を伝える。なんせこっちは、ちょっと変わった手下たちを抱えてるので。
「ゴブリンやサイクロプスも登録出来たりする?」
そのままお姉さんに私の仲間の全容を伝える。人間がもうひとり、ゴブリン3人、サイクロプスひとり、オークがひとり、タコが1匹、ゴーレムが1体。我ながら変なメンバーだなあってちょっと思う。でもみんなここまでの道中で、脱走しそうになるくらい鍛え上げたり、野盗を返り討ちにしたりして、それなりには強くなってるのだ。
「いわゆるテイマーですね。その場合は、あなたともうひとりの人間だけ冒険者として登録することになります。依頼を達成した場合も、払われる報酬はふたり分、後のみなさんは個人的に雇っている協力者という形になりますね。またスルークハウゼンの中には立ち入りできません。ごめんなさいね、こればっかりは騎士団が決めた規則なので」
ビーストテイマー、或いはモンスターテイマー。魔獣や魔物を率いる異端の冒険者たちで、状況によっては普通の冒険者よりも大きな成果を挙げる。
スルークハウゼンにも何人かいて、中には獣王を称する大ベテランもいるから、ギルドも最近ではテイマーの有用性に目をつけたそうで、町を囲む城壁の外側にはテイマー用の宿泊施設を用意している。ちなみに廃業した農家のおじいさんから譲ってもらった牧場跡とか、古くなって廃棄した見張り小屋だったりするので、宿泊施設といいつつ実態は牛小屋や豚小屋同然だけど、屋根があればその辺はどうだっていいのだ。どっちみち屋根があるだけで今までの環境よりマシだし、私とルチもそっちに住もうかな。後で場所教えてもらおう。
◆❖◇❖◆
「というわけで、ここを私たちの拠点とする!」
「おー」
数日後、スルークハウゼンの城壁外の、それも結構離れた元牧場跡で私たちは冒険者としての狼煙を上げた。
ゴブリンにタコにスプリガンにオークだとー、この人間の敵め、とか言われたらどうしようと思ったけど、城壁の中に入らない限りはそういう心配はなく、かつギルドから支給されたテイマー証を身に着けていたら安全も保障される、ということになっている。
中には討伐任務を楽に済ませようと、テイマーの使役するコカトリスを狩ろうとして笑い話で済まない規模の戦闘になった冒険者もいたらしいから、身分が保証されてても油断できないわけだけど。どのみち城壁の外だから、旅人狙いの野盗とかモンスターとか、なにかしら遭遇するかもしれないので、そもそも油断してやるつもりもない。
来るなら来い、その代わりその首置いていってもらうよ。というのが、いつでもどこでも正しい心構えなのだ。
「ついでにこんなのも貰った」
私は首に掛けた銅製の認識票を掲げてみせた。冒険者の等級は銅、鉄、銀、金とあって、最初は銅から始まり、冒険の成果やギルドへの貢献度なんかで評価が上がっていく。等級が上がると、より難易度の高い依頼を受けたりも出来るらしいけど、正直そこに魅力はあまり感じてない。だって、めんどくさそうだから!
「いわゆるドッグタグだな」
「ドッグタグ?」
でっぷりよ、私は犬じゃないぞ。狼の毛皮を纏ってるけれども。
「死んだ後でこれだけ持って帰られるやつだ」
やめろやめろ、縁起が悪い! 身に着けるのが怖くなっちゃうだろうが!
真新しいドッグタグには、こう刻印されている。
【ヤミー 登録番号:F666 性別:女 年齢:15歳 クラス:ウルフヘズナル】
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≪改めて主人公紹介≫
ヤミー
種 族:人間(女、15歳)
クラス:ウルフヘズナル(レベル15)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 35 19 2 9 5 23 23 53 8 13 5↑2↓3(水上)
成長率 55 45 10 30 25 50 55 40 20 35
【技能】
短剣:D 剣術:E 槍術:E 斧鎚:C 弓術:E 体術:D
探索:D 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:D 学術:E
【装備】
鉄の斧 威力26(9+17)
鉄の短剣 威力21(4+17)
狼の毛皮 必殺+10
【スキル】
【個人】北方蛮族の血(HP減少時、ダメージ+5)
【基本】腕力+2
【下級】ウォークライ(1ターンの間、自身と隣接ユニットの腕力+2)
【中級】獣の一撃・狼(腕力の数値をクリティカル発生率に上乗せする)
【??】
【??】
≪NPC紹介≫
アンナ・バレンティエラ
種 族:人間(女、24歳)
クラス:受付嬢(レベル20)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 25 8 7 6 9 11 10 7 20 51 4↑2↓3(歩兵)
成長率 30 20 15 15 20 30 25 20 55 70
【技能】
短剣:C 剣術:E 槍術:E 斧鎚:E 弓術:E 体術:E
探索:C 魔道:D 回復:C 重装:E 馬術:E 学術:C
【装備】
鋼の短剣 威力(7+)
リトルエンジェル 魅力+4
【スキル】
【個人】看板娘(ギルド内にいる時、魅力+10)
【基本】幸運+5
【受付】天使の微笑み(金では買えないレベルの微笑み、特に効果はない)
【受付】励ましの言葉(金を積みたくなるような励まし、特に効果はない)
【??】
【??】
【受付嬢】
NPC専用。ギルドの看板娘兼事務員兼広報兼癒し担当兼影のギルドマスター。
能力値 HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
補正値 +3 +4 +9 4↑2↓3(歩兵)
スキル 天使の微笑み(金では買えないレベルの微笑み、特に効果はない)
励ましの言葉(金を積みたくなるような励まし、特に効果はない)