もぐれ!モグリール治療院 序章―1―「かわいい子には旅をさせろ」
大陸の北の最果て、分厚い雪と氷に閉ざされた……といえば幻想的な響きもあって聞こえはいいけど、要は寒過ぎて移住してくる人すらいないド辺境のド田舎の、さらに超絶的な限界集落。人間よりもトナカイの方が多く、人に会いに行けば先に熊と出くわし、これといった遺跡や観光地もないから都会の生活に疲れた現実逃避趣味の人たちも自分探しの暇な若者も訪れない。周辺にはトナカイ、トナカイ、狼、トナカイ、セイウチ、トナカイ、狼、トナカイ、熊、トナカイ、海賊、トナカイ、トナカイ、セイウチと見せかけてうちのじいちゃん、家族、村人、そして私! 最北端の村ノルドヘイムとはそんな場所だ。
そんな最果ての地に、かつて一度だけ冒険者の一団がやってきたことがある。
おかーさんが言うには、冒険者というのは自らの腕っ節に人生を賭けた奴らのことで、人々のために魔獣や魔物を狩ったり、古代の遺跡を見つけ出したり、珍しい薬草なんかを探したり、というのはほんの上澄みで、大抵は早々に諦めて田舎に帰ったり、定住した町で労働者になったり、手足を失って物乞いに落ちぶれたり、酒場で嘘の武勇伝を並び立てる酒カスになったりするらしい。限られた上澄み連中は、どこかの貴族の教育係や護衛として雇われたり、傭兵団を結成したり、騎士として取り立てられたり、伝記なんかを書いてみせたり。中でも、特に世のため人のために働いた者は勇者や英雄と呼ばれるようになり、故郷の町に立派な銅像とか石碑が建てられて、ついでに絵本や小説の題材になったりなんかするのだとか。
ノルドヘイムの中心にはセイウチの毛皮を纏った戦士の像があるけど、これはじいちゃんが勝手に最寄りの町まで出向いて作らせたもので、モデルもじいちゃんその人だ。ちなみにじいちゃんも、かつては冒険者として名を上げようと頑張ったそうだけど、気づけば海賊の一団を率いる賞金首となり、さんざん各地で略奪と襲撃を繰り返した末に、部下たちと一緒にノルドヘイムに帰ってきたのだとか。今年で86歳、今は村の長老として主にトナカイを狩っている、ナイフ一本で。
話を戻すね。
その冒険者たちは村から更に山奥の岸壁を棲み処とする魔獣に狙いを定め、じいちゃんから売りつけられた分厚い毛皮を纏い、おかーさんから売りつけられた魔除けの木彫り人形を握り、雪深い山奥へと進んでいった。そのまま雪の女王の異名を持つ真っ白い狼に襲われて全滅、それが私の初めて見た冒険者の姿だった。
この最果ての地は弱肉強食の世界なので、ふたつ名を持つような獣は強くて当然。彼らは獲物を見誤るようなボンクラだったわけだけど、村に泊まった時に語ってくれた野望、まあざっくりと話すと『おっきな獲物を倒して英雄として祀り上げられて、その後は一生なんにもせずに日がな一日ハナクソでもほじりながら、たまに酒場で女のケツを撫でたりして、あとは勝手に金が湧いて出てくる夢のような生活を送りてえ』というものだけど、その夢を語る時の彼らの目は私の心を射るものがあった。
まじめに働いてる人が聞いたら酒瓶の底で殴りかかってきそうな夢を、死んだ魚のような目の奥で薄らぼんやりと燃えかすのような光を輝かせながら語る彼らの姿は、なんていうか嘘がないというか、とにかく少しでも楽していきたいという人間の本能に忠実で、その素直さと正直さに私は心打たれたのだ。
彼らの死後、そんな話をおかーさんにしたところ、
「お前はほんと、そういうところはお父さんにそっくりだねぇ」
と褒めてもらえたので、どうやら私は間違っていなかったようだ。
ついでに説明しておくと、おとーさんは村一番の熊退治の名人だったけど、基本的に働くのが嫌いで空腹に耐えられる限界までゴロゴロして過ごす人だったけど、それでも村の中ではじいちゃんとおかーさんに次ぐ腕っ節の持ち主だった。暇を持て余した結果、捕まえた大熊の頭が割れるまで脇に抱えて殴り続けるという、ノルドヘイムで唯一の娯楽らしい娯楽も生み出した発明家でもある。最後はおかーさんに蹴り飛ばされて山を下りた先の町まで出稼ぎに行き、そのまま10年ほど戻ってきてない。多分どこかで似たような生活をしてるんじゃないかと思う。
おかーさんは私より頭ふたつくらい背が高くて、腕も足もがっちりと太くて、胸板も大変に豊か。私以外の兄姉はみんな大柄で体も分厚いから、末娘に上げる栄養を忘れちゃったのでは疑惑がある。その証拠に熊の顎を掴んで、そのまま腕力だけで引き裂いたことがある。たぶん人間ではない。
で、そんなおとーさんとおかーさんの血を引いてる私も気づけば15歳になり、そろそろ独り立ちを考える頃かしらということで、先日、ナイフ1本渡されて雪原に放り出された。
「かわいい子には旅させろっていうし、あんた体はチビで瘦せっぽちだけど、顔だけはかわいいから」
「そうじゃ。わしの孫娘はみんな美人だが、お前は特にかわいい。きっと将来は戦女神として世界中に名を轟かせるじゃろう」
「そうかなあ。まあ、自分でもかわいいと思うけど?」
私の顔がかわいいのはさておき、ノルドヘイムには掟があって、この地で生まれた男は15歳になった時、成人した証としてナイフ1本で熊や狼を狩る。ひとりで獲物を仕留めて初めて一人前と認められ、失敗したら当たり前だけど命を落とす。どのみち狩りの出来ない者は死ぬしかない場所なので、まあそこは出来ないのが悪いで片付く話。
女には別にそんな風習はないんだけど、最近町の方では男女平等とかそういうのが流行ってるらしいから、とりあえずなんか倒してこいって言われた。お兄ちゃんたちはいうまでもなく、お姉ちゃんたちも狩りをしてるから、やれと言われたらやるけど。
「うおりゃあー!」
私は雪の女王と呼ばれる真っ白い老狼とその群れに奇襲を仕掛け、見事女王を討ち取った。討ち取ったまではよかったけど、まだ息の残っている群れは死に物狂いで私を吠え立て、腹を裂かれた女王は最期の力を振り絞って私に覆い被さって、一緒に崖下へと落ちたのだった。
猟師や登山家が取りつけた古びた梯子やらロープを片っ端から掴み、女王の亡骸を盾にして頭から落ちるのは避けたけど、その代わりにノルドヘイムまで戻る方法が無くなってしまった。
どこか別のルートがないかなって探してみたけど、終わりが見えないほど果てしない崖の向こうまで歩く気力もなく、仕方なく女王の肉を削いで飢えを凌いだり、元気があるうちに毛皮を処理して防寒具にしたりしている内に、一番近い村へと辿り着いたのだった。
こうして私は齢15にして一人前の戦士となると同時に、うっかり帰れなくなってそのまま冒険者として生きることになり、狼の女王は私の象徴として普段から背中に羽織られることになったわけなのだ。毛皮は頭から背中までしっかり残っていて、ちゃんと尻尾も付いている。この尻尾が重要なのだ。
尻尾は大事、尻尾は大事! 大事なことなので2回言ったけど、尻尾ほんとに大事。なんと3回目。
もしかしたら冒険者以外の道もあったのかもしれないけど、学もなければ手に職もない田舎娘に出来ることなんて、せいぜい村を脅かす獣や盗賊をしばき倒すとか、殴っても後腐れなさそうな悪党から金を巻き上げるとか、それくらいしかないのだ。山賊や海賊よりは冒険者の方が親不孝じゃない気がするし、そっちの方が得るものが多そうだと私の勘が言ってる。
◆❖◇◇❖◆
エスカルチャ村はノルドヘイムから一番近い村だ。
海まで繋がる大きめの川の傍にあり、北からは山脈から解け出した氷塊混じりの水が、西からは略奪品を溜め込んだ海賊船が流れ込んでくる。なのでノルドヘイムと比べるまでもなく人が多く、冒険者らしい仕事もあるんじゃないかと睨んでいる。
「確か……ギルド? とかいうのがあるんだっけ?」
私は以前冒険者から聞いた話を思い出しながら、冒険者になる方法をひとつずつ確かめる。
・冒険者はギルドという場所に登録する
・ギルドは役場の中にある
・ギルドは情報提供のほか仕事の斡旋もしてくれる
・登録しなければ密猟者や通り魔と見なされる
「よし、まずは役場に行こう」
村役場がなんなのかよくわからないけど、村というのはどこも似たような造りをしていると思う。村の中心には捕らえた熊を吊るしたり振る舞ったりするための広場があり、その広場の真ん中には村長の像があって、その像を一番いい感じに見られる場所に長老とか村長といった偉い人が住んでいる。であるならば、村長の命令を聞いて働く村役場の位置は、像を挟んで反対側に違いない。
つまり広場に行けばわかる、といった寸法だ。さすが私、天才だな。
「たのもーう!」
それらしき建物を見つけては訪ねていく。
「ここは酒場だ、夜に来な」
「ここは飯屋だ、金がないから帰れ」
「ここは教会だよ、懺悔でもしていくかい」
「ここは葬儀屋です、ちょっと今予約でいっぱいでね」
「ここは診療所です、誰でもいいから僕を治してくれ」
「ここは道具屋だよ、でもそれどころじゃなくてね」
「ここは武器屋だよ、それ欲しいの? まあ、肉と交換でもいいよ」
「ここは解体屋だよ、まず肉を持ってきてくれ」
「ここはトイレだよ、女はあっち」
「ここは地下牢だよ、開けてくれ」
「ここは海賊のアジトだ、うろうろするんじゃねえ」
……あれー? おかしいな、広場もないし村長の像もないし村役場もない。もしかしてここは村ではないのでは? いや、村だよ。人がいるんだから村のはずだけど、なんか思ってたような村じゃない。少なくとも冒険者ギルドがありそうな気配がない。
「冒険者ギルド? それならスルークハウゼンまで行くんだね」
頭を抱えて、呪文のように冒険者ギルド冒険者ギルドって唱えてたら、通りがかりの親切なおばあさんが教えてくれた。どうやら冒険者ギルドというのはある程度の規模の町にしかなく、おまけにある程度の規模の町にあるギルドも支所というか出張所で、正式な登録には最も近い場所でスルークハウゼンという町まで行かなければならないのだという。
スルークハウゼンの場所は、この大地が一頭の熊だとして、ノルドヘイムが額の辺りにあるとすればエスカルチャ村が目の辺り、スルークハウゼンはちょうど右のどてっぱら辺りになる。この村まで辿り着くのに1ヶ月くらいかかったので、スルークハウゼンまで行こうとしたら……考えたくもない距離になる。
「船が出せればいいんだけど、船着き場が今なくてねえ……というか船着き場も村自体も、ほんとはあっちにあったんだけど、ゴブリンに占領されちゃってねえ」
おばあさんが村の西を指差す。枯れ木のような指が指し示した先には木材や板金を乱雑に打ち付けたバリケードがそびえ、その向こうには荒らし尽くされた廃屋が佇み、子どもの落書きみたいな旗が掲げられている。なにか文字っぽいものが書いてあるけど、あいにく私はゴブリン語は読めないし、そもそも人間語も読めない。
ノルドヘイムには文字などなかった。読む前に走れ、そして狩れ、それが私の村のルールなのだ。
「なるほど、ゴブリンね……ゴブリンってなに?」
「お嬢ちゃん、ゴブリンも知らないなんて、どこのクソ田舎から来たんだい?」
ゴブリン。人間に比較的近い姿をした亜人種族で、平均的に体は小さく、代わりに群れで行動することが多い。割と手先が器用で人間と同じように武器を振り回し、服を着たり火を使ったりもする。もちろん言葉も話せる。最も驚異的な点は人間と同じように徒党を組み、それぞれが役割を持っていること。
対抗策として村の生き残った若者とおじさんたちで討伐隊を結成し、近々反撃しに行くつもりなのだけど、武装したゴブリン相手だと命の危険もあって中々重い腰が上がらないのだとか。
以上、おばあさんの説明。
なんか人間と仲良く出来そうな気もするけど、人間は縄張り意識が強く、同じくゴブリンも縄張り意識が強い。そしてどちらも他人と比べて優劣をつけたがるのだとか。
なるほど、いわゆる似た者同士だ。仲良く出来るはずもないね。
あと、聞くところによるとゴブリン退治は、駆け出し冒険者に回されがちな仕事らしい。なら冒険者の第一歩としては適任な気もするし、実際村の半分以上盗られてるんだから勝手に討伐隊を手助けしても怒られはしない、と思う。
「ちなみにゴブリンと熊、どっちが強いの?」
「はぁ? そりゃあ熊だね。ゴブリンはせいぜい人間とどっこいどっこいだよ」
「ふーん。だったら、私の敵じゃないな」
私は腰に提げた鉄ごしらえの斧に手を添えて、バリケードの向こうに向き直る。数にもよるけどナイフ一本で熊の群れや狼の群れに挑むよりは、いくらかは楽に違いない。なんせ相手は熊より弱い、しかも盾にも囮にもなる肉壁付きときた。足手まといの可能性もあるけど、お手々繋いで仲良く突撃なんて馬鹿な真似するつもりはない。
「敵じゃないって、お嬢ちゃん、あんた一体……?」
「ヤミー。この名前は覚えておくといいよ?」
そういったものの、冒険者になれるかどうかはまだ知らないけどね。
To be continued……
≪加入ユニット紹介≫
ヤミー
種 族:人間(女、15歳)
クラス:ウルフヘズナル(レベル10)
HP 腕力 魔力 守備 魔防 命中 回避 必殺 幸運 魅力 移動
能力値 32 17 2 8 4 21 20 49 7 11 5↑2↓3(水上)
成長率 55 45 10 30 25 50 55 40 20 35
【技能】
短剣:D 剣術:E 槍術:E 斧鎚:C 弓術:E 体術:D
探索:E 魔道:E 回復:E 重装:E 馬術:E 学術:E
【装備】
鉄の斧 威力26(9+17)
鉄の短剣 威力21(4+17)
狼の毛皮 必殺+10
【スキル】
【個人】北方蛮族の血(HP減少時、ダメージ+5)
【基本】腕力+2
【下級】ウォークライ(1ターンの間、自身と隣接ユニットの腕力+2)
【中級】獣の一撃・狼(腕力の数値をクリティカル発生率に上乗せする)
【??】
【??】